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本編

44. 野獣と侯爵は憔悴する。2

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「明日にでも早速仕立屋に連絡をしなくてはいけないわね」

ウキウキと声を弾ませたリアラに、ソファに撃沈していたジェラルドがのろのろと身体を起こす。

「──明日?早すぎないかい?」
「あら、だって早く誓約式を済ませないと、またリィナが勝手に飛び出して行ってしまいそうですもの」
「お母様、もう飛び出したりしませんわ。フェリクス様とはお会いしても良いのでしょう?──って、あら?」

こてんと首を傾げたリィナに、リアラがどうかした?と返すと、リィナはジェラルドとフェリクスを交互に見て、また首を傾げる。

「先ほどの、お父様とフェリクス様のお約束の……誓約式の前に出来てはダメって……。出来なければ、しても良いって事でしょうか?」
「──────!!?」

最早悲鳴すら上げられない様子のジェラルドに、フェリクスは流石に同情を覚える。
というかどういう育て方をしたらこんな天然小悪魔が出来上がるんだと、リアラに問い質したい。

「リィナ、普通はそう言われたら、禁止って事だと……思う、ぞ?」

何で俺が侯爵の援護に回んなきゃなんねーんだと思いつつも、フェリクスは一応そんな事を言ってみる。

「そうなのですか?でしたら『えっち禁止』って、はっきりおっしゃって頂かないと……」
「えっちとか言わない!!!」

半泣きで叫んだジェラルドに、リィナはごめんなさいと悪びれもせずに言うと、「でも大丈夫ですわ!」と胸を張る。

「安心なさってください、お父様。フェリクス様がお薬もばっちり準備して下さいましたもの!2人で飲んでおけば、100回やっても大丈夫!のはずですわ!」

最近巷でよく聞くようになった、丈夫さが売りのどこぞの納屋建設業者の宣伝文句のような事を言うリィナの額を、フェリクスはぺしりと弾く。

「いや、さすがに俺でも100回は無理だ」
「嫌ですわ、フェリクス様。連続でって意味ではありませんわよ?そんなの私、死んでしまいます」

頬を染めたリィナに、リアラが「最近のお薬は信頼性が高いそうねぇ」とニコニコと笑う。

ジェラルドは再び真っ白になって、石膏像のように動かなくなってしまった。


結局リィナは石膏像ジェラルドからたまにはフェリクス邸にお泊りしても良いという許可をもぎ取った。
そんな許可を出してしまった事をジェラルド本人が覚えているのか甚だ疑問な状態ではあったけれど、リアラが「私が証人だから大丈夫よ」ところころと笑ったので、きっと多分大丈夫なのだろうと、フェリクスはありがたくその『許可』を受け取る事にした。

そして仕立屋には明日連絡をして、最速日程でドレスを仕立てて貰う為の交渉をするという。
フェリクスの衣装の仕立ても一緒に頼むから、仕立屋が来られる日が決まったら連絡をするわねとリアラに微笑まれて、フェリクスはただ頷いた。

仕立てだけでなく、段取りなども正直全く分からないから、申し訳ありませんが御教授願いますと頭を下げたフェリクスに、リアラは大きく頷いた。
「どーんと大船に乗った気で任せて頂戴!!」と言われて、もしかして泥船に乗り込んだか?と一瞬不安を覚えたフェリクスだったが、それでもヨロシクオネガイシマスと言う他なかった。


「慌ただしくて申し訳ありませんが、そろそろ」

フェリクスがそう言うと、リィナとリアラがえ?と首を傾げた。
傾げる方向だけでなく角度まで同じで、フェリクスは思わず笑ってしまいそうになって、慌てて口元を引き締める。

「今夜はお泊まりになるのではないのですか……?」

リィナがフェリクスの腕を掴んでそんな事を言ったものだから、フェリクスは内心で「泊まれるかよっ!!」と突っ込みつつ、「悪いな」とリィナの頭をポンポンと撫でる。

「明日も朝から予定仕事があるんだ。今夜中に戻っておかないといけなくてな」
「でも、もう暗くなってしまいますわ。夜道を走るなんて、危ないです」
「慣れてるから問題ない。それに馬車よりも早いから、今から出ればそこまで遅くなるわけじゃない」
「でもでもっ……!」

縋るようにフェリクスの胸に顔を埋めたリィナの身体を、ニコニコと微笑んで観察しているリアラと、ヒビ割れてしまいそうな石膏像ジェラルドの手前抱き締めることなんて出来るわけもなく、トントンとその背を叩くに留める。

「リィナ」
「───っ」

”聞き分けろ”と含ませたフェリクスの声音を読み取ったのか、リィナがギュッとフェリクスの腕を掴む手に力を込める。

「……明日まで一緒にいられると、思っていましたのに……」
「悪い。でもまたすぐに会えるんだろ?」

仕立屋とのデザインの相談やら採寸やらは、恐らくは数日中に行われるだろう。
それに加えて、フェリクスは近いうちに王都に──というより王城に出向かなくてはならない。
その時にも顔を出すつもりではある。流石に相手の日程が全く読めないので、現時点ではその事をリィナには伝えられないが──。

「ちゃんと会いに来るから、そんな顔すんな」
「フェリクス様っ……!」

ぶわっと涙を溢れさせたリィナに、フェリクスは流石に若干頬を引き攣らせる。
今生の別れか何かだったか?いや、今会いに来るっつったよな、と今交わしたばかりの会話を反芻して、リィナの頭をワシワシと撫でる。

「ほら、いい加減離れろ」
「うぅっ……」

リィナが渋々ながらも身体を離したので、フェリクスは改めて石膏像改めジェラルドと、ラブラブねぇなどと微笑んでいるリアラに頭を下げる。

「それでは、日付が決まりましたら連絡をお願いします」
「えぇ。せめて夕食だけでも、と言いたいところだけど……暗くなると危ないものね。次は是非泊まるつもりでいらして下さいな」

リアラに微笑まれて、フェリクスは「ありがとうございます」と頭を下げる。
決して「面倒くさそうだ」などと思っている事は表には出さない。
フェリクスだってそれくらいの事は出来る。出来るようになった──はずだった。

「あら、私達に遠慮は不要ですから、面倒だなんて思わないで下さいね?」

可愛らしく首を傾げたリアラに、フェリクスはぐっと小さく唸って、黙って頭を下げた。


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