上 下
44 / 108
本編

43. 野獣と侯爵は憔悴する。1

しおりを挟む
はっちゃけすぎ続行中……すみません。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*



「何だかとっても距離が近いとは思っていたけれど……そう。そうなのね」

うふふふと口元に手を当てて、にんまりといった風に微笑んだリアラに、リィナが慌てたように違うんです、と手を振る。

「フェリクス様はちゃんと誓約式が終わるまで待つっておっしゃって下さったのですけど……ここでしっかり掴まえておかないとって、私が不安になってしまって!」
「まぁ、リィナ。まさか貴女から襲ったの?」
「襲った……事になるのでしょうか……迫ったのは確かですわ」
「あらあら、よくフェリクス様に逃げられずに受け入れて頂けたわねぇ……」
「だって、モタモタしている間に誰かにフェリクス様が取られてしまったら大変ですもの。フェリクス様はお優しいから、既成事実を作ってしまえばこちらのものかしらって」
「……襲う?きせーじじつ?」
「母上、姉上。リディがいるのですから、そのような話は……」
「まぁ、エミリオ。今の内容が分かったの?貴方もいつの間にか大人になっているのねぇ……」
「そこですか!?」

既に娘の純潔が失われているというのに、怒るでも嘆くでもなく、むしろ興味津々な様子でのんびりと話を続けるリアラの横でジェラルドがどんどん真っ白くなっていって、そしてとんでも暴露をされてしまったフェリクスも、ジェラルドに向かってスミマセンと頭を下げたまま銅像のように固まった。
万が一リィナが妊娠していた時にはどんな罰をも受け入れる覚悟はしていたものの、まさかこんなタイミングで、明日の天気でも話すような気軽さで暴露バラされるなんて事は想定外だった。

「まぁでもこうして元気そうなところを見ると、優しくして頂けたのかしら?」
「はい、とっても!……あ、でもあの……昨日は起き上がれるようになるのに少し時間がかかってしまったのですけれど……」

両手で頬を覆って恥ずかしそうに俯いたリィナに、ついにジェラルドがうわぁぁぁぁぁぁぁ!!と悲鳴を上げて立ち上がって、フェリクスも頭を下げたままぐほっとおかしな声を漏らす。

「まぁ、あなた。どうなさったの?そんな大きい声を出して」

リアラが『五月蠅いです』と顔に書いてジェラルドを見上げる。

「どうしたもこうしたも!!リアラこそどうしてそんな平然と……!」
「どうしてとおっしゃられましても……結婚することは決まったようなものですし、大事にして頂けそうだという事も分かりましたし、だったらもう早いとこ孫の顔が見られたら嬉しいわぁって」
「ま ご !?」

「リディ、ちょっと僕と一緒に外に出てようか。母上、そんな話は後で姉上と2人でしてください。父上、もう色々と覚悟を決めた方が良いようですから、さっさと腹を括ってください。それから、フェリクス様──」

大変に混乱していた現場をちゃきちゃきと取り仕切ったデルフィーヌ侯爵家が嫡男・エミリオがひんやりとした声音でフェリクスに呼びかける。
ジェラルドに頭を下げたままだったフェリクスは、その呼び掛けに頭を上げて姿勢を正す。
何故だか戦場でとんでもなく強い相手に相対した時と同じような緊張感に襲われて、フェリクスは自然と息を詰めた。

「姉は、利用上等だそうです。そして貴方は既に姉に手を付けた──当然、責任は取って頂けるのですよね?」

フェリクスはぎゅっと膝の上で拳を握りしめる。

「フェリクス様……」

不安そうに見上げてくるリィナの頭をくしゃりと撫でて深呼吸をすると、フェリクスはエミリオと、そしてジェラルドを見る。

「『責任を取る』など、過ちの結果というような事ではなく、デルフィーヌ侯爵家の後ろ盾を欲しての事でもありません。リィナ嬢本人を望んでの事です──改めて、リィナ嬢を妻に迎える事を、お許し頂きたい」

「万が一姉を泣かせるような事があったら、許しませんからね」
「──誓って、そんな事はしない」

エミリオはきっぱりと言い切ったフェリクスにふんっと鼻を鳴らして、そして渋るリディを連れて部屋を出て行った。
最後に「姉をよろしくお願いします」と小さな声で付け足して。



その後ジェラルドが何とか色を取り戻したところで、フェリクスはとても重要な約束をさせられた。

『ぜっっっっったいに、誓約式の前に "出来ちゃった" にならない事』

『誓約式まで会うの禁止』とか『お触り厳禁』とかじゃないのか、とツッコミそうになったものの、墓穴を掘る気もないので「それは勿論、重々承知しております」とフェリクスはジェラルドに頭を下げた。
初日は避妊薬がなかったから中では出さなかったけれど既に"出来て"しまっている可能性もゼロでは──なんて事は、勿論言わない。言えない。

そんなフェリクスの横で、リィナが「誓約式っていつ頃になるんでしょう」と首を傾げた。

「私1ヶ月で限界になりそうです、フェリクス様不足……」
「まぁ、1ヶ月ももつの?私だったら2週間かしら」
「本当のところ、もう1日だって離れていたくはないのですけれど……」
「ふふっ、リィナもすっかり恋する乙女ねぇ」
「だってフェリクス様の腕の中って気持ち良……」

相変わらずのんびりとしたペースで交わされていた母娘の会話に、ジェラルドが何度目かの悲鳴を上げる。

「わぁぁぁぁぁっ!リアラもリィナもっ!僕は今フェリクス君と大事な話してるんだから少し黙ってて!」
「まぁ、あなた。そんな子供みたいな……可愛い♡」

ふふっと頬を染めて首を傾げたリアラに、ジェラルドがぱくぱくと口を開閉させて、そしてあぁぁぁぁっとソファの背にぐったりともたれ掛かる。
侯爵としての品格も父親としての威厳も、そんな物はもうどこにも見受けられないジェラルドの姿に、リィナは母親によく似た微笑みを浮かべながらフェリクスを見上げる。

「お父様とお母様は、今でもとっても仲良しなんですよ」
「そ……そのようだな……」

どう返せっつーんだよ!と脳内でリィナの頭を小突き倒しているフェリクスの内心になど気づいていないのか、リィナはフェリクスに向かって照れたように微笑む。

「私も、お父様とお母様のような、ずっと仲良しな夫婦を目指しますわ」
「……お、おぅ」

勝手にしろと、フェリクスは侯爵家に到着してまだ1時間程しか経っていないというのに、もう何度目になるか分からない溜息を落とした。
出来る事ならジェラルドのようにソファにもたれかかってしまいたい、という欲求を押しとどめながら。


しおりを挟む
お読みいただきましてありがとうございます!

** マシュマロを送ってみる**

※こちらはTwitterでの返信となります。 ** 返信一覧はこちら **

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

お願い聖騎士様、浄化して!

カギカッコ「」
恋愛
乙女ゲームの脇役に転生した私。ただ、最悪にも脇役は脇役でもビッチな脇役に。役柄の通りにって世界の強制力が私をメイン男性キャラ三人を見ると意に反して言い寄らせるからもう大変。強制魅了ってやつね。だけどそんな魅了を聖騎士ユリウスの浄化魔法が一時的に消せるとわかってからは彼頼みに。だけど最近彼の様子がおかしいし、私は私で彼への気持ちを自覚して、しばらく会わないようにした。それからもどうにかして操を守っていた私だけど、王宮舞踏会の夜、例の三人と接近して大ピンチに。三人から逃げなくちゃ、と無謀な判断をする私はその時――な話。指定はないけどちょっと大人なラブ。

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

元彼にハメ婚させられちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
元彼にハメ婚させられちゃいました

婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される

安眠にどね
恋愛
 社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。  婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。その虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!? 【第16回恋愛小説大賞 奨励賞受賞。ありがとうございました!】  

処理中です...