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本編
41. 野獣、挨拶をする。1
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リィナを乗せた馬車は途中2回の休憩を挟んで、ヴァルデマン伯爵邸を出発してから4時間と半分程が経った頃、王都内のデルフィーヌ侯爵家の屋敷へと到着した。
出迎えたデルフィーヌ家の執事と名乗ったヴァレリーに挨拶をして、控えていた使用人に馬を預けると、フェリクスはリィナの乗っている馬車へと向かう。
丁度先にアンネが下りて来たところで、アンネはフェリクスに気付いて頭を下げると乗降口の前を譲った。
フェリクスがまだ馬車の中にいるリィナに向かって無言で手を差し出すと、リィナはありがとうございますと微笑んで、フェリクスの手に自分の手を重ねる。
「……緊張なさってます?」
小声でそんな風に問われて、フェリクスが僅かに顔を顰める。
「しねーわけねーだろ」
「ですよね……実は私も、ちょっぴり緊張しています」
小首を傾げたリィナが馬車から足を踏み出そうとしたので、リィナが降りやすいようにとフェリクスが身体をずらそうとした瞬間──
「おいっ!?」
ふわりとリィナがフェリクスに抱き着いて来た。
慌ててその身体を抱き留めたフェリクスが何やってんだとリィナの額を弾く。
リィナはふふっと、いたずらが成功した子供のような顔でフェリクスに笑いかける。
「多分、あそこの窓から家族が見ているんです」
リィナが楽しそうにあそこ、と視線で1つの窓を示す。
「お客様が来る日は──そのお客様が楽しみな相手だと、弟と妹はいつもあそこの窓から外を見ているんです。ですから多分、今のも見られてしまいましたわ」
「……おまえなぁ」
「もしかしたらお父様とお母様も一緒だったかもしれませんわ」
「はぁ!? 馬鹿、今すぐ降りろっ」
「もう手遅れだと思いますけど……」
腕に力を込めて更に身体を寄せた上に、甘えるようにフェリクスの肩に頬を寄せて来ているリィナに、フェリクスは天を仰ぐ。
馬上で──いや、デルフィーヌ侯爵からの返事を受け取った時からずっと考えていた挨拶の数々が水泡に帰してしまいそうな事態に、フェリクスは盛大に溜息を落とした。
「リィナお姉様!おかえりなさい!」
鈴の鳴るような可愛らしい声で呼ばれて、リィナが顔を上げる。
「リディ、ただいま帰りましたわ」
「……おい」
「姉上、何をなさっているんですか……」
呆れたような、少し不機嫌そうな少年の声が続く。
「スキンシップ、かしら?」
「……おい、リィナ」
「まぁ、いきなり見せつけられちゃったわね、あなた」
「うーん……そうだね……」
更に、どこかのんびりとした女性の声と、多分に戸惑いを含んだ男性の声が続いて、フェリクスは流石にこれはヤバいと、いまだしっかりと巻き付いているリィナの腕を解きにかかる。
「おいっ、いい加減離れろ」
「えっ嫌です、もう少しだけ」
リィナの家族の手前、無理矢理べりっと引き剥がす事も出来ずに、フェリクスはリィナの脇の下に手を差し込んでリィナの身体を持ち上げようと試みる。
けれどリィナがぎゅうぎゅうと腕に力を込めるせいで引き剥がすことが出来ずに、内心で焦りだけが募っていく。
ボソボソと抑えた声で「離れろ」「嫌です」の攻防が続く中、控えていたアンネが「フェリクス様」と声をかけてくる。
「お嬢様はお疲れのご様子。ご迷惑でなければそのまま運搬して頂くのが宜しいかと」
「運搬っておまえな……」
「アンネ、私は荷物じゃないわ」
「でもお嬢様。今の状態では荷物と何ら変わりありません」
アンネにそう言われて、リィナがむーっと頬を膨らませる。
「フェリクス様もお困りですし、何より旦那様がお可哀想なのでそろそろ下りられた方がよろしいかと」
「あらアンネ。私はそのままで構わないわよ?」
「奥様、旦那様が涙目ですがよろしいのでしょうか」
「よろしいわよ。どうせどんな状態でも泣くんですもの」
背後で繰り広げられているアンネと、侯爵夫人と思われる人物の会話に、すっかりリィナの家族に向き直るタイミングを逸したフェリクスは、リィナの髪をつんと引いた。
「もうちょっと俺の立場を考えろな?」
小声で言われて、リィナはあら、と首を傾げた。
「緊張、解けていませんか?」
「……何もかもどうでもよくなってきてるな」
溜息を落としたフェリクスに、リィナはやりすぎたかしらと小さく肩を竦めて、そしてフェリクスの首から腕を離す。
フェリクスは即座に、けれどゆっくりとリィナを下ろした。
地面に足をつけたリィナがフェリクスの腕を取って引っ張ると、フェリクスは小さく息を吐きだして、そして意を決してリィナの家族の方へと身体の向きを変えた。
「お父様、お母様。こちらが私の夫になられるフェリクス様ですわ。私、正式にフェリクス様の妻にして貰える事になりました!」
フェリクスの腕に自身の腕を巻き付けて、何故だかドヤ顔で家族に向かってそんな事を言ったリィナに、フェリクスはがくりと肩を落とした。
「────だから、俺の立場考えろっての」
ぼそりとフェリクスが呟いた言葉は誰の耳にも届かずに、ふんわりと空へと吸い込まれてしまった。
出迎えたデルフィーヌ家の執事と名乗ったヴァレリーに挨拶をして、控えていた使用人に馬を預けると、フェリクスはリィナの乗っている馬車へと向かう。
丁度先にアンネが下りて来たところで、アンネはフェリクスに気付いて頭を下げると乗降口の前を譲った。
フェリクスがまだ馬車の中にいるリィナに向かって無言で手を差し出すと、リィナはありがとうございますと微笑んで、フェリクスの手に自分の手を重ねる。
「……緊張なさってます?」
小声でそんな風に問われて、フェリクスが僅かに顔を顰める。
「しねーわけねーだろ」
「ですよね……実は私も、ちょっぴり緊張しています」
小首を傾げたリィナが馬車から足を踏み出そうとしたので、リィナが降りやすいようにとフェリクスが身体をずらそうとした瞬間──
「おいっ!?」
ふわりとリィナがフェリクスに抱き着いて来た。
慌ててその身体を抱き留めたフェリクスが何やってんだとリィナの額を弾く。
リィナはふふっと、いたずらが成功した子供のような顔でフェリクスに笑いかける。
「多分、あそこの窓から家族が見ているんです」
リィナが楽しそうにあそこ、と視線で1つの窓を示す。
「お客様が来る日は──そのお客様が楽しみな相手だと、弟と妹はいつもあそこの窓から外を見ているんです。ですから多分、今のも見られてしまいましたわ」
「……おまえなぁ」
「もしかしたらお父様とお母様も一緒だったかもしれませんわ」
「はぁ!? 馬鹿、今すぐ降りろっ」
「もう手遅れだと思いますけど……」
腕に力を込めて更に身体を寄せた上に、甘えるようにフェリクスの肩に頬を寄せて来ているリィナに、フェリクスは天を仰ぐ。
馬上で──いや、デルフィーヌ侯爵からの返事を受け取った時からずっと考えていた挨拶の数々が水泡に帰してしまいそうな事態に、フェリクスは盛大に溜息を落とした。
「リィナお姉様!おかえりなさい!」
鈴の鳴るような可愛らしい声で呼ばれて、リィナが顔を上げる。
「リディ、ただいま帰りましたわ」
「……おい」
「姉上、何をなさっているんですか……」
呆れたような、少し不機嫌そうな少年の声が続く。
「スキンシップ、かしら?」
「……おい、リィナ」
「まぁ、いきなり見せつけられちゃったわね、あなた」
「うーん……そうだね……」
更に、どこかのんびりとした女性の声と、多分に戸惑いを含んだ男性の声が続いて、フェリクスは流石にこれはヤバいと、いまだしっかりと巻き付いているリィナの腕を解きにかかる。
「おいっ、いい加減離れろ」
「えっ嫌です、もう少しだけ」
リィナの家族の手前、無理矢理べりっと引き剥がす事も出来ずに、フェリクスはリィナの脇の下に手を差し込んでリィナの身体を持ち上げようと試みる。
けれどリィナがぎゅうぎゅうと腕に力を込めるせいで引き剥がすことが出来ずに、内心で焦りだけが募っていく。
ボソボソと抑えた声で「離れろ」「嫌です」の攻防が続く中、控えていたアンネが「フェリクス様」と声をかけてくる。
「お嬢様はお疲れのご様子。ご迷惑でなければそのまま運搬して頂くのが宜しいかと」
「運搬っておまえな……」
「アンネ、私は荷物じゃないわ」
「でもお嬢様。今の状態では荷物と何ら変わりありません」
アンネにそう言われて、リィナがむーっと頬を膨らませる。
「フェリクス様もお困りですし、何より旦那様がお可哀想なのでそろそろ下りられた方がよろしいかと」
「あらアンネ。私はそのままで構わないわよ?」
「奥様、旦那様が涙目ですがよろしいのでしょうか」
「よろしいわよ。どうせどんな状態でも泣くんですもの」
背後で繰り広げられているアンネと、侯爵夫人と思われる人物の会話に、すっかりリィナの家族に向き直るタイミングを逸したフェリクスは、リィナの髪をつんと引いた。
「もうちょっと俺の立場を考えろな?」
小声で言われて、リィナはあら、と首を傾げた。
「緊張、解けていませんか?」
「……何もかもどうでもよくなってきてるな」
溜息を落としたフェリクスに、リィナはやりすぎたかしらと小さく肩を竦めて、そしてフェリクスの首から腕を離す。
フェリクスは即座に、けれどゆっくりとリィナを下ろした。
地面に足をつけたリィナがフェリクスの腕を取って引っ張ると、フェリクスは小さく息を吐きだして、そして意を決してリィナの家族の方へと身体の向きを変えた。
「お父様、お母様。こちらが私の夫になられるフェリクス様ですわ。私、正式にフェリクス様の妻にして貰える事になりました!」
フェリクスの腕に自身の腕を巻き付けて、何故だかドヤ顔で家族に向かってそんな事を言ったリィナに、フェリクスはがくりと肩を落とした。
「────だから、俺の立場考えろっての」
ぼそりとフェリクスが呟いた言葉は誰の耳にも届かずに、ふんわりと空へと吸い込まれてしまった。
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