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本編

16. 野獣伯爵のお屋敷事情

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お支度がありますので、とアンネによって客室からぽいっとされてしまったフェリクスは、自身も自室に戻って身支度を整える。
といってもきちんと服を着る、程度だ。

そしてそのまま執務室へ向かうと、早朝に起こされた時にしたためた手紙をもう一度読み直す。
問題ないだろうと一つ頷くと、封筒に突っ込んで封をする。

そのタイミングで執務室のドアが開いてリシャールが顔を出した。

「フェリクス様、一通り屋敷内の説明は終えましたよ」
「あぁ、朝から悪いな。 あとこれ、出しておいてくれ」
「はいはい」
も徐々にで良いから頼む。俺はその辺さっぱりだからな」
「既にアリスが勝手にとんでもなく張り切ってるので……けっこー早い内に整っちゃうかもしれませんね」
「は?そんな急ぐ必要もねーんだから、無理すんなって言っておけ。つーか何か月も先の話だろう??」
「うーん、まぁ……一応言っておきますが。アリスも嬉しいんでしょうからやる気のうちにやらせましょう。ようやく訪れた主の春ですから、私もアリスも今なら何でも致しますよ」
「じゃあ今日の視察、代わりに──」
「それは貴方の仕事でしょーが。私は付き添うだけです」
「何でもって言ったじゃねーか」
「仕事の領分はきっちり線引きしますよ」
「ちっ」

舌打ちを落としてから、そろそろ良い頃合いかと頭を切り替えると、フェリクスは手紙をリシャールに押し付けて再び客室へ向かった。


❊❊❊❊❊ ✽ ❊❊❊❊❊

アンネが部屋からフェリクスを追い出した後、リィナはアンネが実家から持ってきてくれたお気に入りのワンピースに着替えた。
その際に、何故かまじまじと身体を観察されて、そしてうんうんと頷かれる。

「まさか本当にあの野獣伯爵を籠絡してしまうなんて──やりますね、お嬢様」

「ろっ……籠絡なんてしてないわよっ!?人聞きの悪い事言わないで頂戴」
「しかも随分熱い夜を過ごされたようで。キスマーク、すごいですね」
「ふぇっ?」
「あら、お気付きでなかったんですか。あちこちマーキングだらけですよ」
「え……えっ?嘘、どこに……本物のキスマークってどんなの……」

ワンピースの襟元を引っ張って自分の胸を覗き込んだリィナは、ひゃっ!?と声をあげる。

自分から見えているのは胸の上だけだけれど、そこだけでもポツポツと赤いものがいくつも散っているのが見えた。
ワンピースの胸元を抑えて顔を真っ赤にしているリィナを、アンネははいはい、とメイキングし直したばかりのベッドに横たわらせる。

「私としましては『ふざけるな』と追い返される可能性も大いにあると思っていましたので、マーキングされる程愛されたようで嬉しいです。ベッドも何だかとんでもなくぐちゃぐ……」
「きゃーーーーっ!?」

顔を真っ赤にして布団をかぶってしまったリィナに、アンネは小さく口端を上げる。

「冗談です。いえ、シーツがぐちゃどろだったのは冗談ではありませんが──」

アンネ!!と悲鳴のような声でリィナに怒られて、アンネは一度口を噤むと表情を引き締める。

「まぁ想いが通じたようで、本当にようございました。先ほどフェリクス様とご挨拶させて頂いた折りに、こちらでも私とベティ、クラーラの3名でお仕えさせて頂く事になりました」
「──え?ベティとクラーラも?」

そぉっと布団から頭を覗かせたリィナに、アンネははい、と頷く。

「お話を伺ったところ、フェリクス様はあまり屋敷に人を入れたくないからと使用人がほとんどいないのだそうです。それではお嬢様のお世話に支障が出ますので、3名ねじ込……いえ、受け入れて頂く事で決着しました」
「無理を言ったのね……?でも、フェリクス様がお嫌なら、申し訳ないわ」
「でもお嬢様。掃除も料理人も通いで、このお屋敷に住んでおられるのはフェリクス様お一人だけなんだそうですよ。お嬢様がこちらでお暮らしになるとなれば、それでは何かあった時に困ります」

「──え?フェリクス様、だけ?」

「えぇ。掃除・洗濯は1日置き、馬番兼御者は毎日、料理人はフェリクス様がご在宅の時だけ作りに、通いで来るのだそうです。朝食に至ってはリシャール様のお屋敷の料理人かリシャール様の奥様がついでにフェリクス様の分をお作りになっているそうで」
「ついで?ついでなの???ではリシャール様も通いという事?」
「通い、と言いますか。離れの方でご家族とお住まいなのだそうです。そちらには何人か使用人がいるようですが、それも最低限であるとか」
「そう、なの……」

アンネから与えられた情報に、リィナは呆然としていた。

屋敷の中に入った時に、確かに人の気配がほとんどないとは思っていた。
そしてリィナを出迎えたのも、お茶を運んできたのも、リシャールだった。

冷静に考えれば、フェリクスの補佐役であるはずの彼が執事や侍女のような仕事をしているのは、おかしい。

「せめて料理人はきちんと住み込みで雇って頂きたい旨はお伝えしました。それとか弱い侍女3人ではフェリクス様のご不在時に何かあった際に不安なので、警備ももう少し、とお願いをしておきました」
「か弱い……?誰が?」
「勿論、私達です」

「アンネ……。私の知ってるか弱い女性は、男性相手に体術の訓練なんてしてのしてしまったりしないし、服の下に武器なんて隠していないわよ」


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