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07. 三日も?
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ふわふわと浮上していくような感覚の後、ふと目を開けた。
「……ここ、は……」
呟いたはずだけれど、掠れてしまってあまり音にはならなかった。
起き上がろうとしてみても、何だかひどく身体がだるくて思うように動けない。
諦めて上げかけた頭を枕に戻したところで「エミーリア様?」と呼び掛けられた。
視線を向けると、侍女が驚いたような顔をしてこちらを見ていた。
見知らぬ顔の侍女に、ぼんやりしていた頭が少しはっきりしてくる。
「私……」
そうだったわ。ここはグレンダールの王城で、私はルドヴィク様と婚姻を結んで――抱かれたんだわ。
そう思い出して、私は隣を確認する。
どうやら寝台には私一人で、しかも真ん中で寝ていたようで……。
まさか寝相悪くルドヴィク様を追い出してしまったのかしら、と青くなったところで、侍女が良うございましたと声を上げた。
「ご気分はいかがですか? 何かお飲み物をお持ちいたしましょうか……あっ! まずはルドヴィク様ですね!」
質問の形ではあるけれどちっとも私に言葉を挟む隙を与えてくれずに、侍女は「すぐにお知らせして参りますね!!」と足早に部屋を出て行ってしまった。
――初夜の翌朝と言えど、少々大げさではないかしら? と首を傾げる。
けれどやっぱり身体がだるくて、頭も重くて、ふぅっと息をつくと目を閉じた。
ルドヴィク様がいらっしゃったらまずは何からお話しようかしら、と考え始めたところで、慌てたようなルドヴィク様が部屋に飛び込んできた。
「エミーリア! 目を覚ましたと……!」
そうして私の姿を見たルドヴィク様は随分とほっとなさっているようで、違和感に小さく首を傾げる。
「あの、ルドヴィク様……」
そう声をかけると、ルドヴィク様は僅かに目を瞠って、そうして侍女に合図をして部屋から下がらせた。
侍女が下がってしばらく。じっと黙っていたルドヴィク様がゆっくりとこちらへ向かって来る。
「――エミーリアか」
抑えた声でそう問われて、呼び掛け一つで気付かれるなんて、と驚きながらも頷く。
「はい……エミーリア、です」
私のその答えにルドヴィク様はそうか、と小さく息を落とされた。
「エミリは……」
言いかけて、けれどいや、と首を振ったルドヴィク様が私の頬を撫でたけれど、私の肩がぴくっと小さく揺れてしまったせいかルドヴィク様はすぐに手を引いてしまわれた。
「……お前は、三日間目を覚まさなかった」
「え?」
言われた事が理解出来ずに、きょとんとルドヴィク様を見上げる。
「閨で気を失って、翌朝熱を出して――熱はその日の内に下がったが、そのまま三日、眠り続けていた」
「三日も、ですか? 申し訳ありません、私……」
そんなに眠っていたなんて実感は全くないけれど、もしかしたらこの身体のだるさはそのせいかしら、とも思いながら、もう一度申し訳ありませんと口にしようとした時――
「死んでしまうのかと、思った」
ぽつんとルドヴィク様の口から零れた言葉に、はっとルドヴィク様を見上げる。
だって、えみりは全て話してしまったから。
えみりの大好きだった小説のあらすじを。
小説の中では、これから半年後にエミーリアは死んでしまうのだという事を。
「ルドヴィク様、私……」
「触れても、良いか」
被せるように言われて、私は一つ息をしてから、はいと頷いた。
ルドヴィク様の手が伸ばされて、遠慮がちに頬を撫でられる。
大きくて、温かい手。
大きな手をまだ少し恐く思ってしまうのは、エミーリア。
その温もりを嬉しく思うのは、えみり。
まだ完全には混ざり合えてはいないそれぞれの想いと、ルドヴィク様の温もりを感じながら、胸に手を置いて深呼吸をする。
「――ルドヴィク様。私たち、たくさんお話をいたしました」
そう言うと、今度はルドヴィク様が首を傾げる番だった。
「えみりは私の前の生の名で……私は、えみりの生まれ変わり、のようです」
ちら、と様子を伺うと、ルドヴィク様は私の頬を撫でたまま、笑うでも怒るでもなく、「続けろ」と言うようにただ一つ頷かれた。
だから私は、心を決めた。
――恐がらずに、きちんと。
えみりと交わした約束に背を押されて、一度深く息を吸って、吐いて。そして話し始める。
「本来であれば『えみり』は私の心のずぅっと奥で眠っていて、私は『えみり』の事など思い出す事もなく、ただ『エミーリア』であるはずでした。ですが……ルドヴィク様。私、ルドヴィク様が――いいえ。『征服王』が、恐ろしくて、仕方がなかったのです」
「……そのようだったな」
「ルドヴィク様のお心が分からなくて、初夜も、とても恐くて……いっそ死んでしまえたら良いのに、と願ってしまいました。……そうしたらいつの間にか、真っ暗なところにいました。えみりが言うには、私がえみりが眠っていた場所に飛び込んで、えみりを外に弾き出してしまったのだそうです。――その後の私の様子はルドヴィク様の方がよくご存知だと思いますけれど……」
ルドヴィク様を伺えば、何を思い出されたのか、くっと小さく喉を鳴らされた。
「そうだな……最初はエミーリアの気が触れたのか、そんなふりをして逃げようとしているのか、と思ったが」
「べ、弁解させて頂くと、眠っていたところを突然起こされたせいで、えみりとしての意識しかなかった、と。……それで、その……おかしな事を、たくさん言ってしまった、と」
「なるほど。――そして俺に抱かれて、今度は二人揃って引き籠もった、という事か?」
何だか愉しそうなお顔で、ルドヴィク様は今度は私の髪をふわふわと弄り始めた。
「引き籠もっていたわけでは……。整理していた、と申しますか……」
どう言えば良いのかしら、と首を傾げる。
えみりが起きたことで一つの器に二つの心が入っているような状態になってしまった『エミーリア』。
それは「あまり良い事ではない」という事が本能的に理解った私たちは、自然と一つになろうとした。
個と個が溶け合って混ざり合って、そうして一つの『エミーリア』になろうとした。
「私はエミーリアではありますが、えみりでも、あります。……ですので、その……以前のエミーリアとは、少々違う、かもしれません……」
そこで一つ息をして、そしてルドヴィク様を見つめる。
その厳しいお顔も、鋭い眼差しも、まだ少し恐いけれど。
大丈夫、大丈夫、と心の奥が騒ぐから。
「変わってしまった私でも……その……お、お心を、寄せて、下さいますか」
ごにょごにょと声が小さくなってしまったけれど、何とかそう問うた私にルドヴィク様は一度瞬くと、そんな事かと笑われた。
「エミリには伝えたが、覚えていないか? 美しくたおやかで、少々気弱なエミーリアに惹かれたが、その顔でくるくると表情を変えて馬鹿みたいにぽんぽんと言い返してくるのも悪くなかった」
「馬鹿みたいに……」
がーん、と心のどこかが軋んだ気がした。
そして「そこまでは言ってなかった」と拗ねたような気持ちが湧いて来る。
表情にも出ていたのか、ルドヴィク様はまたおかしそうに笑うと、ふと表情を改められた。
「エミーリア」
真面目な顔で呼ばれて、身体が緊張する。
これは恐怖か、不安か、それとも期待か――判じ切る前に、ルドヴィク様が口を開く。
「抱き締めても、良いか?」
驚いて、少し戸惑って――けれど口が勝手にはい、と答えてしまった。
途端に覆いかぶさるようにしてルドヴィク様に抱き締められる。
「二人でたくさん話していたという事は分かった。女のお喋りは長い、という事も知っている――だが、三日は、長すぎだ」
ルドヴィク様のお声も身体も、微かに震えているのが伝わってきて、恐る恐るルドヴィク様の背へと腕を回す。
「ご心配おかけして、申し訳ありませんでした」
ぎゅっとルドヴィク様の腕に力が籠もって、しばらくそのまま黙って抱き締められる。
「……最初は熱も出ていたが、もう大丈夫か?」
「はい、今は……恐らく」
まだ起き上がっていないので分からないけれど、目眩や吐き気や、そんな症状はなさそうなのでこくこくと頷く。
ルドヴィク様はほっと息を落とすと身体を離して、また私の頬を撫でた。
目があって、そしてルドヴィク様のお顔がゆっくりと近づいてくる。
まだ少し恐れはあるのに、それを押しやるように勝手に心臓を跳ねさせて嬉しそうにしている心に戸惑いながらも目を閉じて、ルドヴィク様からの口づけを受け入れた。
何度か啄むような口づけを繰り返されて、少し固くなってしまっていた身体からも力が抜けてきて――
気が緩み始めていたせいに違いない。
一度お顔を離されたルドヴィク様がもう一度顔を寄せてこられたその時、
私のお腹がくぅっと小さく鳴き声を上げた。
「……ここ、は……」
呟いたはずだけれど、掠れてしまってあまり音にはならなかった。
起き上がろうとしてみても、何だかひどく身体がだるくて思うように動けない。
諦めて上げかけた頭を枕に戻したところで「エミーリア様?」と呼び掛けられた。
視線を向けると、侍女が驚いたような顔をしてこちらを見ていた。
見知らぬ顔の侍女に、ぼんやりしていた頭が少しはっきりしてくる。
「私……」
そうだったわ。ここはグレンダールの王城で、私はルドヴィク様と婚姻を結んで――抱かれたんだわ。
そう思い出して、私は隣を確認する。
どうやら寝台には私一人で、しかも真ん中で寝ていたようで……。
まさか寝相悪くルドヴィク様を追い出してしまったのかしら、と青くなったところで、侍女が良うございましたと声を上げた。
「ご気分はいかがですか? 何かお飲み物をお持ちいたしましょうか……あっ! まずはルドヴィク様ですね!」
質問の形ではあるけれどちっとも私に言葉を挟む隙を与えてくれずに、侍女は「すぐにお知らせして参りますね!!」と足早に部屋を出て行ってしまった。
――初夜の翌朝と言えど、少々大げさではないかしら? と首を傾げる。
けれどやっぱり身体がだるくて、頭も重くて、ふぅっと息をつくと目を閉じた。
ルドヴィク様がいらっしゃったらまずは何からお話しようかしら、と考え始めたところで、慌てたようなルドヴィク様が部屋に飛び込んできた。
「エミーリア! 目を覚ましたと……!」
そうして私の姿を見たルドヴィク様は随分とほっとなさっているようで、違和感に小さく首を傾げる。
「あの、ルドヴィク様……」
そう声をかけると、ルドヴィク様は僅かに目を瞠って、そうして侍女に合図をして部屋から下がらせた。
侍女が下がってしばらく。じっと黙っていたルドヴィク様がゆっくりとこちらへ向かって来る。
「――エミーリアか」
抑えた声でそう問われて、呼び掛け一つで気付かれるなんて、と驚きながらも頷く。
「はい……エミーリア、です」
私のその答えにルドヴィク様はそうか、と小さく息を落とされた。
「エミリは……」
言いかけて、けれどいや、と首を振ったルドヴィク様が私の頬を撫でたけれど、私の肩がぴくっと小さく揺れてしまったせいかルドヴィク様はすぐに手を引いてしまわれた。
「……お前は、三日間目を覚まさなかった」
「え?」
言われた事が理解出来ずに、きょとんとルドヴィク様を見上げる。
「閨で気を失って、翌朝熱を出して――熱はその日の内に下がったが、そのまま三日、眠り続けていた」
「三日も、ですか? 申し訳ありません、私……」
そんなに眠っていたなんて実感は全くないけれど、もしかしたらこの身体のだるさはそのせいかしら、とも思いながら、もう一度申し訳ありませんと口にしようとした時――
「死んでしまうのかと、思った」
ぽつんとルドヴィク様の口から零れた言葉に、はっとルドヴィク様を見上げる。
だって、えみりは全て話してしまったから。
えみりの大好きだった小説のあらすじを。
小説の中では、これから半年後にエミーリアは死んでしまうのだという事を。
「ルドヴィク様、私……」
「触れても、良いか」
被せるように言われて、私は一つ息をしてから、はいと頷いた。
ルドヴィク様の手が伸ばされて、遠慮がちに頬を撫でられる。
大きくて、温かい手。
大きな手をまだ少し恐く思ってしまうのは、エミーリア。
その温もりを嬉しく思うのは、えみり。
まだ完全には混ざり合えてはいないそれぞれの想いと、ルドヴィク様の温もりを感じながら、胸に手を置いて深呼吸をする。
「――ルドヴィク様。私たち、たくさんお話をいたしました」
そう言うと、今度はルドヴィク様が首を傾げる番だった。
「えみりは私の前の生の名で……私は、えみりの生まれ変わり、のようです」
ちら、と様子を伺うと、ルドヴィク様は私の頬を撫でたまま、笑うでも怒るでもなく、「続けろ」と言うようにただ一つ頷かれた。
だから私は、心を決めた。
――恐がらずに、きちんと。
えみりと交わした約束に背を押されて、一度深く息を吸って、吐いて。そして話し始める。
「本来であれば『えみり』は私の心のずぅっと奥で眠っていて、私は『えみり』の事など思い出す事もなく、ただ『エミーリア』であるはずでした。ですが……ルドヴィク様。私、ルドヴィク様が――いいえ。『征服王』が、恐ろしくて、仕方がなかったのです」
「……そのようだったな」
「ルドヴィク様のお心が分からなくて、初夜も、とても恐くて……いっそ死んでしまえたら良いのに、と願ってしまいました。……そうしたらいつの間にか、真っ暗なところにいました。えみりが言うには、私がえみりが眠っていた場所に飛び込んで、えみりを外に弾き出してしまったのだそうです。――その後の私の様子はルドヴィク様の方がよくご存知だと思いますけれど……」
ルドヴィク様を伺えば、何を思い出されたのか、くっと小さく喉を鳴らされた。
「そうだな……最初はエミーリアの気が触れたのか、そんなふりをして逃げようとしているのか、と思ったが」
「べ、弁解させて頂くと、眠っていたところを突然起こされたせいで、えみりとしての意識しかなかった、と。……それで、その……おかしな事を、たくさん言ってしまった、と」
「なるほど。――そして俺に抱かれて、今度は二人揃って引き籠もった、という事か?」
何だか愉しそうなお顔で、ルドヴィク様は今度は私の髪をふわふわと弄り始めた。
「引き籠もっていたわけでは……。整理していた、と申しますか……」
どう言えば良いのかしら、と首を傾げる。
えみりが起きたことで一つの器に二つの心が入っているような状態になってしまった『エミーリア』。
それは「あまり良い事ではない」という事が本能的に理解った私たちは、自然と一つになろうとした。
個と個が溶け合って混ざり合って、そうして一つの『エミーリア』になろうとした。
「私はエミーリアではありますが、えみりでも、あります。……ですので、その……以前のエミーリアとは、少々違う、かもしれません……」
そこで一つ息をして、そしてルドヴィク様を見つめる。
その厳しいお顔も、鋭い眼差しも、まだ少し恐いけれど。
大丈夫、大丈夫、と心の奥が騒ぐから。
「変わってしまった私でも……その……お、お心を、寄せて、下さいますか」
ごにょごにょと声が小さくなってしまったけれど、何とかそう問うた私にルドヴィク様は一度瞬くと、そんな事かと笑われた。
「エミリには伝えたが、覚えていないか? 美しくたおやかで、少々気弱なエミーリアに惹かれたが、その顔でくるくると表情を変えて馬鹿みたいにぽんぽんと言い返してくるのも悪くなかった」
「馬鹿みたいに……」
がーん、と心のどこかが軋んだ気がした。
そして「そこまでは言ってなかった」と拗ねたような気持ちが湧いて来る。
表情にも出ていたのか、ルドヴィク様はまたおかしそうに笑うと、ふと表情を改められた。
「エミーリア」
真面目な顔で呼ばれて、身体が緊張する。
これは恐怖か、不安か、それとも期待か――判じ切る前に、ルドヴィク様が口を開く。
「抱き締めても、良いか?」
驚いて、少し戸惑って――けれど口が勝手にはい、と答えてしまった。
途端に覆いかぶさるようにしてルドヴィク様に抱き締められる。
「二人でたくさん話していたという事は分かった。女のお喋りは長い、という事も知っている――だが、三日は、長すぎだ」
ルドヴィク様のお声も身体も、微かに震えているのが伝わってきて、恐る恐るルドヴィク様の背へと腕を回す。
「ご心配おかけして、申し訳ありませんでした」
ぎゅっとルドヴィク様の腕に力が籠もって、しばらくそのまま黙って抱き締められる。
「……最初は熱も出ていたが、もう大丈夫か?」
「はい、今は……恐らく」
まだ起き上がっていないので分からないけれど、目眩や吐き気や、そんな症状はなさそうなのでこくこくと頷く。
ルドヴィク様はほっと息を落とすと身体を離して、また私の頬を撫でた。
目があって、そしてルドヴィク様のお顔がゆっくりと近づいてくる。
まだ少し恐れはあるのに、それを押しやるように勝手に心臓を跳ねさせて嬉しそうにしている心に戸惑いながらも目を閉じて、ルドヴィク様からの口づけを受け入れた。
何度か啄むような口づけを繰り返されて、少し固くなってしまっていた身体からも力が抜けてきて――
気が緩み始めていたせいに違いない。
一度お顔を離されたルドヴィク様がもう一度顔を寄せてこられたその時、
私のお腹がくぅっと小さく鳴き声を上げた。
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