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06. えみりとエミーリア
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ゆらゆらと水の中を揺蕩うような感覚にぼんやりと目を開ける。
目を開けてみたけど辺りは真っ暗で、何も見えない。
私どうしたんだっけ、と考えて、そうしてあぁそうだったと思い出す。
大好きな小説の、大好きなヒーロー、ルドヴィクに抱いてもらったんだ。
嬉しくて、幸せで――だけど少し、寂しかった。
最後までルドヴィクは「私」を「エミーリア」と呼んだ。
きっとルドヴィクはそんなに深く考えていなかったんだろうなって、姿がエミーリアなんだから仕方ないよねって分かってるけど……。
一回で良いから、呼んで欲しかったなぁ……
ゆらゆら、ふわふわ
沈んでるのか、浮いてるのか、よく分からない暗闇の中、
私はまたそっと目を閉じた。
○o。. .。o○
「あれ」
次に気がついた時、私は真っ暗な中に立ってた。
何も見えないけど、きょろきょろと周りを見回してみる。
――と、どここらか啜り泣くような声が聞こえて来て、私はそっちの方に目を向けた。
「あ……」
真っ暗闇の中、一人の女の人がうずくまってた。
不思議とそこだけぼんやりと光っているように見える。
こっちに背中を向けてるから顔は分からないけど、その背中に垂れているのは柔らかそうな淡い金色の髪。
「――エミーリア」
ぽつんと呟いた瞬間、私は思い出した。
ぽんぽんって思い出して、あぁそっかって苦笑いして、そしてそっとエミーリアに近付く。
エミーリアの前に回って膝をつくと、エミーリアの身体が小さく震えたのが分かった。
「ひどいよ、エミーリア」
少し意地悪くそう言ってふわふわの金色の髪を撫でると、エミーリアはびくっと身体を揺らして、おずおずと顔を上げた。
新緑の色の瞳が涙で揺れてる。そのまま溶けちゃいそうなくらい、涙でいっぱいだ。
でも私は構わずに意地悪を続ける。
「私、ここで――貴女の中でのんびり寝てたのに」
「ご、めんなさい……っでも私……恐くて……っ」
また顔を伏せてしくしく泣き出したエミーリアに、私は仕方ないなぁって溜め息を落として、その身体をそっと抱き締めた。
私、天羽生えみりは事故で死んで、そしてどうした事か大好きだった小説の、ヒーローの前妻であるエミーリア・フィシェルに生まれ変わった。
何事も無ければ「えみり」はエミーリアの心の一番奥――核みたいなこの場所で大人しく眠っているだけのはずだったに違いない。
だけど初夜の場で、エミーリアは恐怖と不安でいっぱいになってしまった。
恐い、恐ろしい、死んでしまいたい――
心が壊れてしまいそうなほどの恐怖を覚えたらしいエミーリアは、私が眠ってたこの小さな空間に飛び込んできて、
そうしてすやすやと眠ってた私は突然外に弾き出されてしまった。
その場の状況は勿論、エミーリアとして生きていた間の事も、転生した事すら、思い出す間もなかった。
「おかげで私、ルドヴィクに変な事たくさん言っちゃったよ」
「ごめんなさい……っ」
しくしくと泣くエミーリアは、だけど震えは治まってきたみたいだ。
その華奢な身体を抱き締めたまんま、とんとんと背中を叩く。
しばらくそうしてると、落ち着いたのかエミーリアが身じろいだから、私は抱いていた腕を緩めた。
「本当に、ごめんなさい」
くすん、と鼻を啜って頭を下げたエミーリアに、私はううん、と首を振る。
「私も、ごめん。そのぉ……抱いて、貰っちゃった」
「……それ、は……どちらにしろ、初夜、でしたし……」
「…………見てた? というか、感じてた?」
「い、いいえっ! でも、あの……えみりの心、は……伝わって、来ました……」
エミーリアはそこで少し俯いて、そしてぐっと手を握りしめると顔を上げた。
「このまま、えみりが表では、駄目でしょうか?」
そんな事を言い出したエミーリアに、私は飛び上がる。
「無理無理無理!! エミーリアはフィシェルの王女様で、ルドヴィクに――グレンダールの王様に見初められて結婚して、王妃様になったんだよ!? 私に王妃なんて絶対無理!」
ルドヴィクにも所作が違うって言われたし! と付け足すと、エミーリアはしょぼんと肩を落とした。
その様子に私はうーんと首を傾げる。
「ねぇ、エミーリア。伝わってたのは、私の気持ちだけ? ルドヴィクの声は?」
「……はっきりとは……ですが、えみりを通じて、何となく……」
「じゃあ、ルドヴィクのエミーリアへの気持ちも、伝わった?」
そう言うと、エミーリアはしばらく黙り込んで、そして小さく頷いた。
私はそれなら良かったと息をつく。
「ルドヴィクもさー、言葉がなさすぎるよね」
ここに来て、まだ全部ではないけどエミーリアの記憶が見えた。思い出した、というべき?
頭を抱えたくなったのは、小説では語られなかったルドヴィクからエミーリアへの求婚の言葉。
あれはないわー、の一言に尽きる。
ひどくない? フィシェルのお城でグレンダール王一行を歓迎する宴の場でよ。
挨拶を交わして、それこそ「良い天気ですね」レベルの会話をほんのちょっぴりと、ダンスを一曲踊っただけのエミーリアに、ルドヴィクは「お前を娶る」としか言わなかったんだよ。ひどくない?
エミーリアが呆然としている間に「構わないな」と、これまたその一言でエミーリアの両親の許可を取り付けた、というわけ。
いくら女性の扱いになれてないからって、ないない。ないわー。
そりゃエミーリアの両親は命令と取っちゃうだろうし、エミーリアだって怯えるわけだよね。
うん、ひどい。
でもルドヴィクもエミーリアに一目惚れして、どうにか手に入れたくて必死だったのかなとか思うと、それは可愛いなぁって思っちゃう。
はい、末期。知ってる。
「あの、ルドヴィク様は本当に……その、私のこと、を……?」
恐る恐ると言った風に確認してくるエミーリアに、私はしっかり頷く。
「小説情報によると、一目惚れなんだよ。それにシてる時もね。愛してるって、言ってたよ」
複雑そうな顔をしているエミーリアの身体を離して、手の平を合わせるみたいにして両手を繋ぐ。
「ね、エミーリア。ルドヴィクって身体はおっきいし何かすごく偉そうだし、口調も恐いかもしれないけどさ。ちゃんと優しいよ」
突然変なことを言い出した私の話を聞いてくれたし、実際全部を信じたわけではないかもしれないけど、信じてくれた。
最中だって、きっとすごく気を使ってくれてた。
「だからエミーリアも恐がってばかりじゃなくて、話してみて欲しいな。きちんと話せば、ルドヴィクはちゃんと聞いてくれるよ」
「えみり……」
まだ不安そうな顔をしているエミーリアの手を、大丈夫ってきゅっと握る。
「全然頼りないだろうけど、私もついてるし!」
ねっ! と笑ってみせると、エミーリアがようやく少し笑って、私の手を握り返す。
私たちの合わさった手の平から、きらきらと小さな光が零れ始めた。
「そう、ですね……私、『征服王』を恐れてばかりで、『ルドヴィク様』を見ようとしていなかったのかも、しれません」
「起きたらちゃんと見てあげて。それで『あなた恐い!』って言っちゃえば良いんだよ」
「それ、は……すぐにお伝え出来る自信はありません……」
「むしろすぐに言っておいた方が良い気がするけどなぁ。多分地味に傷ついて、反省するんじゃないかな、ルドヴィクは」
そう言って笑ったら、エミーリアは「それは余計にお伝えしにくくなります」って少し困ったみたいな顔をして、小さく笑った。
繋いだ手からどんどん光が広がって行って、いつの間にか二人の境界がぼやけ始める。
「エミーリア、私ちゃんと居るから。見てるから。だからね。ルドヴィクと、幸せになって」
小説のヒロインのマリアはどうなるのかなって心配にはなるけど、だけどエミーリアは私だから。
小説の通りに、やっぱり心も身体も弱りきって死んでしまいました、なんて事にはなって欲しくない。
エミーリアとルドヴィク、二人でしっかり幸せになって欲しい。
お願いねって、こつんとおでこを合わせると、エミーリアは小さく頷いた。
「まだ自信はありませんが……えみりの為にも、がんばります」
「……あー、でも私、一つだけルドヴィクに言いたい事があるの。お願いというか……私が出ていっちゃったら、ごめんね」
「まぁ……。ではその時は、私は大人しく見守る事にいたします」
ふふ、と二人で微笑み合って、そうして目を閉じる。
「――幸せに、なろうね」
きらきら、きらきら
私たちは小さな泡みたいな、たくさんの光に包まれた――
目を開けてみたけど辺りは真っ暗で、何も見えない。
私どうしたんだっけ、と考えて、そうしてあぁそうだったと思い出す。
大好きな小説の、大好きなヒーロー、ルドヴィクに抱いてもらったんだ。
嬉しくて、幸せで――だけど少し、寂しかった。
最後までルドヴィクは「私」を「エミーリア」と呼んだ。
きっとルドヴィクはそんなに深く考えていなかったんだろうなって、姿がエミーリアなんだから仕方ないよねって分かってるけど……。
一回で良いから、呼んで欲しかったなぁ……
ゆらゆら、ふわふわ
沈んでるのか、浮いてるのか、よく分からない暗闇の中、
私はまたそっと目を閉じた。
○o。. .。o○
「あれ」
次に気がついた時、私は真っ暗な中に立ってた。
何も見えないけど、きょろきょろと周りを見回してみる。
――と、どここらか啜り泣くような声が聞こえて来て、私はそっちの方に目を向けた。
「あ……」
真っ暗闇の中、一人の女の人がうずくまってた。
不思議とそこだけぼんやりと光っているように見える。
こっちに背中を向けてるから顔は分からないけど、その背中に垂れているのは柔らかそうな淡い金色の髪。
「――エミーリア」
ぽつんと呟いた瞬間、私は思い出した。
ぽんぽんって思い出して、あぁそっかって苦笑いして、そしてそっとエミーリアに近付く。
エミーリアの前に回って膝をつくと、エミーリアの身体が小さく震えたのが分かった。
「ひどいよ、エミーリア」
少し意地悪くそう言ってふわふわの金色の髪を撫でると、エミーリアはびくっと身体を揺らして、おずおずと顔を上げた。
新緑の色の瞳が涙で揺れてる。そのまま溶けちゃいそうなくらい、涙でいっぱいだ。
でも私は構わずに意地悪を続ける。
「私、ここで――貴女の中でのんびり寝てたのに」
「ご、めんなさい……っでも私……恐くて……っ」
また顔を伏せてしくしく泣き出したエミーリアに、私は仕方ないなぁって溜め息を落として、その身体をそっと抱き締めた。
私、天羽生えみりは事故で死んで、そしてどうした事か大好きだった小説の、ヒーローの前妻であるエミーリア・フィシェルに生まれ変わった。
何事も無ければ「えみり」はエミーリアの心の一番奥――核みたいなこの場所で大人しく眠っているだけのはずだったに違いない。
だけど初夜の場で、エミーリアは恐怖と不安でいっぱいになってしまった。
恐い、恐ろしい、死んでしまいたい――
心が壊れてしまいそうなほどの恐怖を覚えたらしいエミーリアは、私が眠ってたこの小さな空間に飛び込んできて、
そうしてすやすやと眠ってた私は突然外に弾き出されてしまった。
その場の状況は勿論、エミーリアとして生きていた間の事も、転生した事すら、思い出す間もなかった。
「おかげで私、ルドヴィクに変な事たくさん言っちゃったよ」
「ごめんなさい……っ」
しくしくと泣くエミーリアは、だけど震えは治まってきたみたいだ。
その華奢な身体を抱き締めたまんま、とんとんと背中を叩く。
しばらくそうしてると、落ち着いたのかエミーリアが身じろいだから、私は抱いていた腕を緩めた。
「本当に、ごめんなさい」
くすん、と鼻を啜って頭を下げたエミーリアに、私はううん、と首を振る。
「私も、ごめん。そのぉ……抱いて、貰っちゃった」
「……それ、は……どちらにしろ、初夜、でしたし……」
「…………見てた? というか、感じてた?」
「い、いいえっ! でも、あの……えみりの心、は……伝わって、来ました……」
エミーリアはそこで少し俯いて、そしてぐっと手を握りしめると顔を上げた。
「このまま、えみりが表では、駄目でしょうか?」
そんな事を言い出したエミーリアに、私は飛び上がる。
「無理無理無理!! エミーリアはフィシェルの王女様で、ルドヴィクに――グレンダールの王様に見初められて結婚して、王妃様になったんだよ!? 私に王妃なんて絶対無理!」
ルドヴィクにも所作が違うって言われたし! と付け足すと、エミーリアはしょぼんと肩を落とした。
その様子に私はうーんと首を傾げる。
「ねぇ、エミーリア。伝わってたのは、私の気持ちだけ? ルドヴィクの声は?」
「……はっきりとは……ですが、えみりを通じて、何となく……」
「じゃあ、ルドヴィクのエミーリアへの気持ちも、伝わった?」
そう言うと、エミーリアはしばらく黙り込んで、そして小さく頷いた。
私はそれなら良かったと息をつく。
「ルドヴィクもさー、言葉がなさすぎるよね」
ここに来て、まだ全部ではないけどエミーリアの記憶が見えた。思い出した、というべき?
頭を抱えたくなったのは、小説では語られなかったルドヴィクからエミーリアへの求婚の言葉。
あれはないわー、の一言に尽きる。
ひどくない? フィシェルのお城でグレンダール王一行を歓迎する宴の場でよ。
挨拶を交わして、それこそ「良い天気ですね」レベルの会話をほんのちょっぴりと、ダンスを一曲踊っただけのエミーリアに、ルドヴィクは「お前を娶る」としか言わなかったんだよ。ひどくない?
エミーリアが呆然としている間に「構わないな」と、これまたその一言でエミーリアの両親の許可を取り付けた、というわけ。
いくら女性の扱いになれてないからって、ないない。ないわー。
そりゃエミーリアの両親は命令と取っちゃうだろうし、エミーリアだって怯えるわけだよね。
うん、ひどい。
でもルドヴィクもエミーリアに一目惚れして、どうにか手に入れたくて必死だったのかなとか思うと、それは可愛いなぁって思っちゃう。
はい、末期。知ってる。
「あの、ルドヴィク様は本当に……その、私のこと、を……?」
恐る恐ると言った風に確認してくるエミーリアに、私はしっかり頷く。
「小説情報によると、一目惚れなんだよ。それにシてる時もね。愛してるって、言ってたよ」
複雑そうな顔をしているエミーリアの身体を離して、手の平を合わせるみたいにして両手を繋ぐ。
「ね、エミーリア。ルドヴィクって身体はおっきいし何かすごく偉そうだし、口調も恐いかもしれないけどさ。ちゃんと優しいよ」
突然変なことを言い出した私の話を聞いてくれたし、実際全部を信じたわけではないかもしれないけど、信じてくれた。
最中だって、きっとすごく気を使ってくれてた。
「だからエミーリアも恐がってばかりじゃなくて、話してみて欲しいな。きちんと話せば、ルドヴィクはちゃんと聞いてくれるよ」
「えみり……」
まだ不安そうな顔をしているエミーリアの手を、大丈夫ってきゅっと握る。
「全然頼りないだろうけど、私もついてるし!」
ねっ! と笑ってみせると、エミーリアがようやく少し笑って、私の手を握り返す。
私たちの合わさった手の平から、きらきらと小さな光が零れ始めた。
「そう、ですね……私、『征服王』を恐れてばかりで、『ルドヴィク様』を見ようとしていなかったのかも、しれません」
「起きたらちゃんと見てあげて。それで『あなた恐い!』って言っちゃえば良いんだよ」
「それ、は……すぐにお伝え出来る自信はありません……」
「むしろすぐに言っておいた方が良い気がするけどなぁ。多分地味に傷ついて、反省するんじゃないかな、ルドヴィクは」
そう言って笑ったら、エミーリアは「それは余計にお伝えしにくくなります」って少し困ったみたいな顔をして、小さく笑った。
繋いだ手からどんどん光が広がって行って、いつの間にか二人の境界がぼやけ始める。
「エミーリア、私ちゃんと居るから。見てるから。だからね。ルドヴィクと、幸せになって」
小説のヒロインのマリアはどうなるのかなって心配にはなるけど、だけどエミーリアは私だから。
小説の通りに、やっぱり心も身体も弱りきって死んでしまいました、なんて事にはなって欲しくない。
エミーリアとルドヴィク、二人でしっかり幸せになって欲しい。
お願いねって、こつんとおでこを合わせると、エミーリアは小さく頷いた。
「まだ自信はありませんが……えみりの為にも、がんばります」
「……あー、でも私、一つだけルドヴィクに言いたい事があるの。お願いというか……私が出ていっちゃったら、ごめんね」
「まぁ……。ではその時は、私は大人しく見守る事にいたします」
ふふ、と二人で微笑み合って、そうして目を閉じる。
「――幸せに、なろうね」
きらきら、きらきら
私たちは小さな泡みたいな、たくさんの光に包まれた――
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