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2章

元魔王様と人族の街 2

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 頭を失ったアーマードベアの身体は地面に倒れ伏す。

「全力を出せると言うのも中々悪くないな。」

 魔王時代に全力で戦ったのは遥か昔の事だったので、気分が良くなったジルは今の身体を気に入る。
とは言っても物理的な攻撃に強いアーマードベアを小石の投擲で倒す異常性には考えが至らなかった。

「あ、あんたが助けてくれたんか?」

 男性は怯えながらもジルに話し掛けてきた。
死ぬ寸前だったのだから声が震えているのも無理もない。

「偶然だがな…。」

 ジルは言い終わると同時に身体から力が抜けて地面に倒れる。

「な、何が…起きた…。」

 身体には力が上手く入らず、起き上がる事も出来無い。
アーマードベアの時は投擲で近付く前に倒したので、特に攻撃も受けていない。

 何故自分が倒れたのか理解が出来ず、ジルは驚き混乱する。
何が起こったのか全く分からない。

「なんや!?まさかさっき怪我でも…。」

「ぐううううぅぅぅ。」

 男性の声を遮る様に、ジルの腹の虫が咆哮を上げた。
男性はその音を聞いて少し呆気に取られながらも、馬車に向かって一先ず自分の食事として積んでいたパンの入った籠を持ってくる。

「た、食べれるやろか?」

 男性は籠を倒れたジルの口元に置く。
ジルは置かれた籠を見て少し鼻を動かしてから、先程と比べて頼りないよろよろとした手付きで、中から一つのパンを掴み口に運ぶ。

 吸い込まれていくかの様にパンが口の中に一つ消えると、ジルは身体を起こして次のパン更に次のパンと次々に掴んで口に運んでいく。

「突然倒れるからほんま焦ったで。」

 男性は目の前でパンをバクバクと食べているジルに向けて言う。
ジルが突然地面に倒れ伏したのは、空腹によるものだった。
まだ転生したての慣れていない身体で急に力を出したので、急激な空腹が襲ってきてしまったのだ。

 食事としてそれなりの量があったのだが、もの凄い勢いでジルの胃袋に吸収されていき、あっという間に無くなってしまった。

「ふぅ、美味かったぞ。久しく忘れたいたが、これが空腹だったか。」

 魔力を得られれば生きていける身体だった魔王の頃は、空腹という経験自体が殆ど無かった。
そもそも食事をした事自体少ない。

 理由は食事からも魔力は得られるのだが、他にも効率の良い手段は幾らでもあるからだ。
なので国自体の食に対する意識が低く、人族の住む国程発展していなかった事もあり、味なんて追求する輩もいなかった。

 なので男性に譲って貰ったパンは、市場で販売されている焼き立てでもない普通のパンだったのだが、美味しい食事をした事が無かったジルにとっては、とても満足のいく物だった。

「どや?少しは腹が膨れたか?」

 男性は水の入った皮袋を渡しながら聞いてくる。

「ああ、礼を言うぞ。」

 ジルは受け取って水で喉を潤す。
パンに水分を持っていかれていたので丁度良い。

「礼を言うんはこっちの方や。ほんまに助かったで。もうちょっとで死ぬとこやったわ。」

「気にするな、たまたま通りがかっただけだ。」

 ジルとしても現在地や人里の情報等を知りたいといった下心で助けたので、それ程感謝されると少し気まずい。

「わいの悪運も未だ捨てたもんやないな。そや、名乗ってなかったな。わいはシュミット、行商人をしてるんや。」

「我はジルだ。」

 シュミットの差し出した手を握ってジルも名乗る。
怪我をした馬を馬車から取り出したポーションで直していたのだが、あれも商人としての売り物だったのだろう。

 アーマードベアの襲撃で幾つか駄目になった物もありそうだが、無事な物もあるので全てを損失した訳では無さそうだ。

「ジルさんか、名前も男前やな。ところでこんな森まで足を運ぶって事は、ジルさんは冒険者なんか?」

「こんな森?」

 こんな森と言われても、転生してきたばかりなので何について言っているのか分からない。

「あら?知らへんの?ここは魔の森っちゅう場所で、魔物以外なんもおらへん場所なんや。」

 どうやら少し危険な場所の近くに転生していた様だ。
と言ってもジルの実力からすれば全く問題無いのだが、普通の人族にとっては危険な場所には違いないだろう。

「そうだったか。我は旅の最中でこの辺りの地形に詳しくなくてな。人里を探してはいるんだが。」

「ほんまか!?ならわいの馬車に乗ってってえな!もちろん謝礼も払うし、街にも案内するで。それに強い護衛がいれば道中安心や。」

 渡りに船と言わんばかりにシュミットがジルの手を握って頼んでくる。
初対面の自分を簡単に信じ過ぎではとジルは思ったが、自分にとっては都合が良い事なので文句は無い。

「冒険者でなくてもいいのか?」

「問題あらへんよ。ジルさんはわいの目利き的に盗賊とかでも無さそうやしな。」

 商人と言うだけあって自分の人を見る目を信用しているのだろう。
まさか盗賊どころか魔王の転生体とは見抜けなかった様だ。

「なら乗せてもらおう。ところで魔物しかいない森で護衛も付けずに何をしていたのだ?」

 魔物以外何もいない森に商人が護衛も付けずに一人で入るのは自殺行為である。
実際にジルが助けに入らなかったら、シュミットは殺されていただろう。

「あははは、魔の森に入るつもりは無かったんやで。ただ遠目に少し珍しい魔物が見えてな。多少ならわいも戦えるから、追いかけてたらアーマードベアに目を付けられてしもうたんや。」

 理由を聞いてみると珍しい魔物に目が眩んだと言うなんとも残念な理由だった。
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