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第四章

動き出す闇

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「女神様…私…一度国へ帰らせて頂きたく思います」

「勿論です。……レスター、ティリスを呼んで貰えますか」

「お気遣いありがとうございます」

 流石に彼女も一国の主だ。
 夜着姿のままのかなり慌てた様子でリーンの部屋を訪ねて来たエリザベス。
 走って来たのか息も切らしているのにその表情は品位を落とす事なく、振る舞いは優雅そのもの。
 
 夜遅くに顔面は蒼白でレオンに支えられながら何とかここまで来た、と言う様子。リーンは取り敢えずお茶に誘って、エリザベスがおちつくのを待つ。
 何かあったのは間違いない。
 
「…国の方で何かあったようなのです」

「何か…ですか」

 ただ、エリザベスから詳しく話しを聞く前に部屋にティリスが到着する。

「お待たせしました、お送りします」

「お手数お掛けしますわ。ティリス様」

「いいえ…」

 ティリスも何があったのかは分かっていないが、自分が呼ばれた事の意味を理解しているのだろう。

「状況が分かり次第報告に戻りますわ」

「…無理だけはされないでください」

「お気遣いありがとうございますわ」

 ただ、エリザベス自身も全ての状況を理解してはいないようで、現状把握をするために一度戻ると言うことなのだろう。

「では、ティリス様。宜しくお願いしますわ」

「エリザベス様。私に出来ることが有れば遠慮なくおっしゃって下さい。……ティリス、お願いしますね」

「お任せください」

 ティリスと共に部屋を後にしたエリザベスとレオンを見送る。
 彼らはリーンが女神だから、と無条件で協力をしてくれている。でも、勿論それにはそれ相応のリスクがあって、リーンに協力する事で当然ディアブロにも敵と見做される。
 そんな彼らに当たり障りのないことしか言えない事にリーンは言いようのない悔しさを感じていた。

 どうしてこんなにも自分は無力なのか、と。

「リーン、おいで?」

「…そう言う気分ではありません」

「分かってるよ。だからこそだよ」

「…強引ですね」

「その方がいい時もありますよ」

 リーンが自分から彼の胸に飛び込む事はないとわかっているから強引だと分かっていてわざと腕を引いて抱き寄せる。
 そして小さな抵抗もなくそのまますっぽりとリヒトの胸に収まるリーン。

「お前は何も悪くない」

「…でも、私が彼女達と関わらなければ…」

「人と関わらずに生きていける人なんていないんだ。分かるだろう?」

 リヒトの言いたいことは理解できる。
 だから、リーンは小さく頷く。

 どんなに人を避けようと、何処かに引き篭もろうと、結局誰かとは関わる事になる。それが親なのか、兄弟なのか、遠いところだと街ですれ違っただけの人なのか、今日食べた野菜を育てた人なのか。

 一人では生きていけない。支え合っている。
 良く聞いた言葉だが、関わりの深さは関係なく一人では生きていけない。

 結局誰かと関わってしまう。そして、その関わった全ての人が良い人とは限らないし、迷惑をかけないとも限らない。
 
 だから、リヒトの言う通りそんな事を後悔していても仕方がない事なのかもしれない。ただ、エリザベスには一度ならず、二度までも悲劇が起きている。

「大丈夫。リーンには助けられるだけのチカラがあるのだから、助けを求められた時に手を差し伸べてあげれば良いだけだよ」

「…うん」

 リーンは寝付けない間、一晩中ずっと背中の温もりがなくならない事を有り難く思いながら目を閉じた。







ーーーーー




「という事で…数日間戻らせて頂きますわ」

「分かりました」

「それでとても図々しい事を申しますが、転移の魔法陣をいくつかお譲り頂きたく思いますわ」

「用意しておきます」

「ありがとうございます」

 エリザベスは次の日の朝にはいつも通りの明るい表情で約束通り報告をするために帰ってきた。

 状況はどう考えても芳しくないはずなのにその堂々とした佇まいに頭が上がらない。一国の…いや、大陸を統べる物なだけある。

「…船に関して何かお手伝い出来ることがあれば言ってください」

「いえ、もう十分すぎるくらいですわ。あれだけ良質な木材が有れば数日のうちにまだ通りに…」

「エリー…数日は難しいと思うよ」

「こ、言葉のアヤですわ」

 エリザベスの話によれば、昨夜長年手塩にかけて総力を注いで建設して来た蒸気式の船が突然崩壊した。
 幸い夜の出来事であったため、職人や従業員にも怪我人はいなかったようだけど、完成間近だった事もあって焦った者達が少し大袈裟な連絡を入れて来たそう。

 船は船底部分から粉々で再建は厳しかった。
 代わりになるような大型の一本木を確保するのに難儀していたが、幸い桃源郷開拓の際に切り倒した大型の木を此方から提供することが出来た。

「では、行ってまいります」

「お気をつけて」

 寄り添う二人の様子を見る限り大ごとにはなってなさそうだとリーンは去っていく二人の背中を見て安心のため息をつく。

「…午後からはデロスに少し顔を出して来ようかと思います」

「イアンに伝えておきます」

「少し休みます」

 レスターはタブレットで簡潔に午後からの予定を伝えるとソファにもたれ掛かっている主人をベッドへと運ぶ。

「お休みになられるならベッドのほうが良いですよ」

「…はい」

 もう既に瞼が降りかけている主人の様子にレスターはクスリ、と小さく笑う。
 心配で昨日寝れなかったのだろう事は予想していた。

「もう少し我儘になられたら如何ですか?」

「…私は十分我儘ですよ。レスターがベッドに運んでくれると分かってて移動しなかったのですから」

「はい。…だから私はもっと貴方様に我儘になって頂きたいのですよ」

「…本当にレスターは世話好きですね……」

「……おやすみなさいませ」

 それが一番の生き甲斐なのだから仕方がない。それを奪われる可能性があるならば、何を犠牲にしてでも取り返してみせる。

 最近は見ることが出来ていなかったリーンの寝顔をベッドの脇に座って覗き込む。

「またディアブロか?」

「…そのようですね」

「…ったく。厄介な奴だな」

 連絡を入れたから仕方がないと、突然現れたイアンにも動じずにレスターはひたすらにリーンの顔を眺め続ける。

「珍しくいないんだな」

「…彼がいた方が良いのでしょうが…」

「気持ちは分かる。俺の価値がなくなってる」

 イアンは本能のままき嫌な顔を隠すことなくリヒトを見る。レスターもそうしてしまいたいのは山々だが、自分の立場上出来ない。

「…お前が羨ましいよ」

「今更かよ」

 自分で選んだ使用人として一番近い位置を今更ながらに後悔する。リヒトのようにただ側にいられたら。イアンのようにせめて友人のようにいられたら。

「…俺はお前が羨ましいけどな。好きな奴にお前は友達だと言われる俺って…普通に可哀想じゃね?」

「お互い、ないものねだりしてるだけだな」

 結局、自分のものにはならないのだから望むだけ無駄。だけど、実際にリーンの側にただ望むままにいられるリヒトを見るとついそれ以上のものを望んでしまう。

「俺らはマシな方だったことだよ」

「そうですね」

 たくさんの人に望まれる尊い人。









 
 
 
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