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第四章
愛情表現
しおりを挟むその日の夜、リヒトが夜中に目覚めてリーンを探すことはなかった。その代わり、消えてなくならないようにと腕の中で優しく抱きしめて、その温かさを感じながら眠りについた。
「坊ちゃんたら…結局、我慢できなくて攫ってきたんですね」
「…あ、それは…私が…」
「リーン様、おはようございます」
目覚めるとカーテンを開けながら、リヒトには呆れたように呟き、リーンには笑顔で朝の挨拶をするサンミッシェルの姿があった。
如何やら、サンミッシェルにはリーンが自らここに来たことは知らされてなかったようでリヒトが攫ってきたのだと勘違いしているようだった。
このまま誤解されていてはリヒトが可哀想だ、と恥を忍んで本当の事を言おうと口を開く。
「リーン様、おはようございます。今日はお花のご用意がまだ出来ておりません」
ただ、本人は誤解されようと何だろうとそんな事はどうでも良い様でリーンにいつも通りの天使な笑顔を向けてくる。
「後で花壇に行ければいいです。それより…」
「リーン様のご準備させて貰ってもいいですか?坊ちゃん」
「リーン様。もう仕事もありませんし、今日は一日デートをしませんか?」
「…やれやれですね。マリンにドレスを用意するように伝えておいてあげますから早く起きてください!」
ミシェルは困ったように、でも楽しそうに布団を剥がすと丁寧にリーンを抱えて部屋を出る。
「坊ちゃんも困ったお人です。女性には準備があると言うのにこうして毎回突然言いだすのですから」
「そ、そうですね…」
結局、サンミッシェルの誤解を解くことも出来ないままヴェルムナルドールの金色の瞳が映えるような光る様な刺繍が丁寧に施された純白の美しいマーメイドドレスに身を包む。
「リーン様…お美しい…」
「…この素晴らしいドレスに負けないのはリーン様くらいです」
「そうですね…」
全くもって自画自賛だが、流石に自分で見ても綺麗だと感じる。ただ、それは第三者から見た感想で他人事だった。
正直に言うと、ドールの姿は凛そのもの。鏡を見ても何の違和感も感じない。だから余計に他の姿は綺麗だとは思うがいつも何処か他人事だった。
ただ、残念ながらドールの姿では似合うドレスが全くない。黒髪黒目、the日本人体型の元の姿じゃ、こんなキラキラしたドレスとてもじゃないが着こなせら訳がない。着物の方がまだマシだろう。
いくら凄腕のサンミッシェルとマリンでもこればかりは無理難題だな、とリーンは心の中で鼻で笑った。
デート、と言われたものだから少し身構えていたところはあったのだが、抱っこされていないだけでやってる事はいつもと何にも変わらなかった。
朝食を食べて、庭を散歩して、お昼にカフェでお菓子を食べて、腹ごしらえに街の散策をして、気になったお店にふらりと立ち寄ってはリヒトがドレスやアクセサリー、手袋や靴にバック、少し見てただけのお菓子やジュース、露店の串焼き、変な置物、珍しい石…それらを片っ端から買い漁って、夕方にはレストランで食事をした。
とは言ってもやはりエスコートされているかいないかでは全然違う。
「楽しんで下さっていたら嬉しいですが、なんだがいつも通りになってしまいましたね」
「…そうですね」
(今までのもデートだったと言いたいんでしょ?)
含みのある言い方をするリヒトにリーンは呆れたように返事をする。
ただ、馬車も使わずにすっかり大人の雰囲気となった街をゆっくりと二人で歩くのも楽しい。
「一度、ヴェルスダルムに戻られるのですか?」
「はい、その後にアルエルムで約束があります」
リーンは恐る恐るリヒトの表情を伺う。今日がエルムを離れる前最後の夜になるから。
しかし、その表情は予想に反して笑顔だった。
「では、ご一緒しますね」
「はい………え?」
「何を驚いていらっしゃるのですか?」
「いえ…でもお仕事は…?」
「見てらっしゃいましたでしょう?全て終わらせました」
リーンには全く理解が追いつかない。
忙しくてしていたのは勿論見ていた。お陰で今日の仕事はお休み出来たのだろう。
「仕事は他の者に全て引き継ぎました。昨日、騎士団も除隊して来たところです」
「除隊…?」
リーンは嬉しそうに微笑むリヒトを見て慌てて神示を覗く。
伯爵子息。
確かに、肩書きが中佐から子息になっている。
「領地は弟が頑張ると約束してくれましたし、両親も健在です」
「そんな勝手が許されるのですか…?」
「勿論、王にもご許可を頂きました。勿論、無理と言われれば家を出る覚悟もしておりましたよ」
いつも通りの天使の笑顔。
いや、誰だ。この男を天使と呼び出したのは。
この男の何処が天使だと言うのだろうか。
「今まではリーン様に私の一生を捧げるためには地位が必要だと思っていたのです。だから、初めは断腸の思いでここに残る事を決めました。でも、それは間違いだったと気付きました。貴方のお側にいるためには素直になれない貴方のために何もかもを投げ捨ててリヒトという1人の男にならないといけないと分かったんです」
「…いや、しかし…」
「リーン様に恥やプライドを捨てさせて、更には苦しみや悲しみを伴うとしても共にある事を覚悟頂きましたので、私も全てを捨てたのです」
いや、そうなる前から準備をしていたのだろう事は明らかだ。こんな事が昨日や今日で出来るわけがない。
一体彼はリーンが覚悟する事が出来ずに今日を迎えていたら一体どうするつもりだったのだろうか。取り返しのつかない事になっていただろう。
「肩書きは如何致しましょう?出来れば夫が良いのですが」
「おっ…お…」
「早まりましたでしょうか?」
「…いえ、その…」
「では、恋人は如何ですか?」
「こ、恋人は…」
慌てふためくリーンを見て楽しんでいるのではないだろうか、と思うくらいいつも通りの笑顔で提案してくるリヒトに爆発寸前のリーン。
「もしかして、みんなからの嫉妬を気にされているのですか?私なら大丈夫ですよ」
「そんな事は気にしてません」
やっぱり揶揄っていたのか、とリーンが小さく溜息をつく。こういう事はしない人だと思っていたから。
「勿論…可能なら私だけをお選び頂きたいですが…」
優しく添えられていただけの手に力が入る。
普段は聞かない消え入りそうな声に思わず顔を上げる。
「やっとこっちを見てくださいましたね」
「…良い加減にして下さい」
慣れないことの連続でどう対応したら良いのかリーンには全く分からない。恋愛のれの字も知らないリーンはリヒトの直球な言葉に圧倒されるだけ。
「多少の我儘はお許しくださると仰ったではありませんか。夫などと欲張ったのは謝りますが、恋仲なのはお認め下さいますよね?」
「…うっ」
確かに思っていた。
これはそう言う事なのだろうと。
戻れない所まで来たのだと。
そして覚悟をして、受け入れた。
でも、言葉にするのは違う。
未だに恥ずかしさの方が強くて素直に言えない。
「リーン様?良いか、悪いか、ただそれだけです」
「…恥ずかしいの」
「そんなリーン様も可愛らしいですが、私も不安にならない訳ではないのですよ」
それはそうだろう。
あれだけ独占し続けてなお、不安で目が覚めてしまうくらいなのだから。
「勿論、リーン様からの愛は伝わっておりますが、言葉が欲しい時もあるのです。自惚れさせては貰えませんか?」
「…こ、恋人は許します」
「ありがとうございます。いつかリーン様に夫と呼んでいただける日を楽しみにしておきますね」
こんなに一気に甘い雰囲気にしなくても良いのではないだろうか、とリーンはニコニコと相変わらず天使な笑顔のリヒトに恨む様な視線を送っていた。
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