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第三章
おんせん
しおりを挟む周りは青々と生い茂る木、木、木、草…たまに花。所謂森だ。
晴天の青空が何とも憎い。
カンカンと照っている太陽がジリジリと皮膚を焼き痛い。流れる汗が滲みて更に痛い。
「僕ってこういうことするタイプじゃないんだけどなぁ」
「な~にがタイプじゃ。何にもせんつもりか」
「そうじゃないよ、じぃ。僕はね、温室のような静かな場所で素敵な花や薬草達に囲まれてゆっくりと研究するのが似合ってるって事」
近くの茂みがカサカサと音を立てる。
「まさに温室育ちって奴だな、お前は」
「ハボックさん」
「なんじゃい。そっちは終わったかいの?」
「まぁ、今日の分はね。それよりどう?進んでる?」
なんだが難しそうな表情で話し込む2人を僕は少しいじけた表情で見つめていた。
僕達はハルト様の指示でとある街に残され調査をしている。調査というのは建前で本格的な仕事内容としてはハルト様がこれから腰を落ち着ける場所を作る土地を見つける事。
勿論その土地には条件があって、候補地は事前に幾つか挙げられているので実質選ぶだけのように見えるが、それが実は難航している。
と言うのもその条件のひとつにある“おんせん”と言うものがどんなものなのかよく知らない事が原因だった。
聞くところによるとその“おんせん”というのは自然に湧き出ている暖かい水が溜まっている所の事らしいが、本当に暖かい水が自然に湧き出るなんて想像もつかない。
「ハルト様も自由だよね」
僕は温室でも良く見ていた薬草を採取しながらポツリと呟く。
こんな事が許されるのは僕が可愛いからであって誰でも許される訳では無いよ。ましてやハルト様の悪口は僕以外は許されない。これは僕の確立したキャラだけが出来る特別な事。これに関してはあのレスター様でさえ何も言えない。なんだってその言われてるハルト様本人が“キールは小悪魔系だから”とお認めになったからね。
「あったかい水が出るって事はどっかで温めてるのかなぁ、ね?ツキノミチクサさん」
「…キール、今なんと言ったのじゃ」
「ん、ツキノミチクサさん」
「もうちょっと前だよ」
「えっと、ハルト様も自由だよね?」
「それのちょっと後じゃ!」
「ん~なんて言ったけ?…どっかで温めてる?」
「それじゃ!」
「それだ!」
興奮する2人を見て何がなんだがわからないが兎に角この発言が自分の手柄だった事を理解する。
「そんなの初めから分かってたことじゃん?だから、ツキノミチクサが多い所を見て周ってたんじゃないの?」
これに気付いたのは実は今だけど。
そんな事は関係ない。“小悪魔系”の僕がこの手柄を物にする事が今は大事だから。
そしてハルト様からお褒めの言葉を頂いて、僕の優秀さを証明してみせる。
「何?どう言う意味?」
「だ~か~ら~!ツキノミチクサは地熱って言うので温められたあったかい土でしか育たないの!今まで温室でツキノミチクサが育ってたのは僕のスキルのお陰なの!これが無かったら上級のポーションなんて作れないんだからね!」
「ん?じゃあその“ちねつ”とか言うものはダーナロにもあったって事か?」
「そうなんじゃない?ツキノミチクサは元々はダーナロのどっかに生えてるのをハルト様が持ってきて下さって株分けしたんだから。他のは…なんだっけ、なんとかって言う商人から買ってたのもあったけど」
「…」
「これで僕が何の仕事もしてないって言うのは無しね~」
2人はまたブツブツと相談し始めた。
それがもう面白くない。
何でその話し合いに僕を混ぜないの?今だってちゃんと有益な情報を渡したのに。
「まぁ、これでハルトの奴がお前を此処に残した理由が分かったと言う事じゃな」
「これからはバシバシ使ってやるから覚悟しとけよ」
「え!何。仕事してるじゃん!ハルト様の為に株分けしてるじゃん!」
「いや、リーンハルト様が望んでいたお前の使い道通りに使うってことさ」
はぁー。嫌になっちゃう。
「僕の存在価値はそんな事じゃない!僕はハルト様の“小悪魔”なの!」
「ハッハッハッ!“小悪魔”ねぇ。悪魔だぞ?きっと良くない意味だろ!俺は“チャラ男系”って言われたぞ?」
「え?何それ。ハボックさん、それあんまりカッコよくないけど。多分皮肉だよ」
軽口を叩けたのはここまでだった。
僕もハボックさんもじぃにお尻を叩かれてヘロヘロになるまで仕事をせざるを得なかった。勿論怖いって事もあるけど、何よりもハルト様の為なのが一番だ。
「…」
「…」
「…」
無言の作業が続く。
疲れているのもあるけど、もうここまで来たら絶対に見つけてやる、とそんな妙な団結力が産まれていた。
ただ疲労も溜まりに溜まっていて体力的には限界で、夜までの作業は想定してなかったから準備も足りなく、頼りない月明かりだけの捜索は更に神経をすり減らすようなものだった。
探し始めてからどれだけの時が経ったのだろうか。
「…みつけた」
「なに!?あったか!」
「どれ、見せてみぃ」
僕達はほぼ月明かりだけを頼りに探していたのでこんなやり取りはこれまで何度もやっていた。
「…ほんとじゃ、赤い葉っぱじゃ…」
これまで見つけたと思っても、影で黒く見えただけだったり、ただ枯れて茶色く変色していただけだったりと紆余曲折していた為に見つけた瞬間の喜びは一入だったりした。
「でもなぁ…この辺か…」
「そうじゃな、こんな谷じゃあ…家ひとつ建てるのも苦労しそうじゃわい」
確かに初め見ていた場所からは遠く駆け離れた場所で谷も谷。山肌が見えていて余り景観も良くないし、平地でもなく岩がゴロゴロと埋まっていて掘り出すのも大変そうだ。
「何言ってるの?ツキノミチクサが赤くなってるって事は此処は地熱が1番強いところでしょう?そしたらその“おんせん”ってヤツも熱すぎると思う。此処まで言えば流石に分かる?」
ーーー転移させるか。いや、冷えないな
ーーー丁度良い温度にするだけなら、此処で一旦貯めておいて必要分だけ運ぶのも手じゃろ
ーーー確かに。でも掛け流し?とか言うヤツをするなら常に転移させる事になるが…
「ねぇ、何に悩んでるの?」
「…ここは熱すぎるんじゃろ?」
「ん?そうだよ。この辺そこら中に地熱が出てきてるんだよ?丁度いい地熱場もあるでしょ」
何を言ってるのだろうかと2人は首を傾げる。
「だから、それをずっと探してたんじゃろうて」
「なんだ、それを早く言ってよ。赤い葉っぱ探す必要も無かったじゃん」
「どう言うことなんだ?」
キールは近くの埋まっている岩に腰掛けた。
「いい?まずは初めの位置。あそこは平地で森の中だから建材も沢山確保できていい理想の場所。地熱もあったからツキノミチクサもあったけど、“おんせん”は見つけられなかった。ハボックさんのところもそうでしょ?森の中で平地で。でもちゃんと考えてみたらそんなところをあのハルト様が指定すると思う?思わないよね?ならそこで良いんだよ。そこにあるの!“おんせん”は」
「…」
「…」
キールははぁー、とため息を吐く。
頭の硬い大人達はハルト様からの依頼の意味を全く理解していない。本当に敵じゃないな。ハルト様が好きな人は一から十まで説明しなくても理解できる知的で理解力があって、そこから更に応用までできる人なんだから。
「ほんと、僕が居なかったらどうするつもりだったの?」
「まぁ、片っ端から歩き回って探してたんじゃろうな」
「え?本気?…此処までいって分からないなら答えを言ってあげるよ。地面に埋まってるの!“おんせん”は!」
「水が地面に埋まる訳ないじゃろう」
「そうだぞ?水を撒いたら地面は吸っていく…」
さも当然のようにキョトンと答えるガンロとハボックに流石に頭を抱える。
「そうだよ。じゃあエンダ川は?あれも地面の上を流れてるんだよ?それに街で見たでしょ?“いど”だっけ?水を汲む為の穴があったでしょ?分かるよ?僕らの大陸ではあり得ないよね。世界樹のお陰でエンダから永遠に綺麗な水が流れて来るし、お陰でウォーターオパールも豊富で水に困った事なんてないから態々何処にあるか分からないなら水を穴を掘ってまで探そうと思わない」
「じゃあ、本当に地面の下に?」
「そう言う事じゃったのか…」
目から鱗が落ちたかのように見開く2人。
漸く理解したようだ。
「じぃは長生きだし、ドワーフならアルエルム出身でしょう?何で知らないの?」
「わしゃぁ、幼き頃から母と2人でエルムダークに住んどった。ドワーフじゃけどな」
「まぁ、いいや。でも、初めから僕を交えて話し合いしておけば良かったんだって分かった?2人してコソコソ話し合ったりして訝しいよ」
流石にこれには2人も反省してほしい。
そうしていたら肌を太陽にジリジリ焼かれる事もなかったし、頼りない月明かりの中ヘロヘロになるまでツキノミチクサを探す必要も無かった。こんな苦労はしてなかった筈なのだから。
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