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第三章
事実確認
しおりを挟む「それは私のことでしょうかな?お初にお目にかかります。この老輩に少しお時間を頂けますでしょうか」
そう言いながらシルクハットを胸に当てたままお辞儀をする老人。ニッコリと笑っていてとても柔らかな印象だ。
「こちらこそお初にお目にかかります。アンティメイティア・シェアマスと申します。以後お見知り置きを」
「私はルーベンと申します」
「御領主様とお見受けします。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
「申し訳ありません」
スカートの両端を持ち上げ優雅にお辞儀をしたアンティメイティアに習って少し下がった位置でルーベンも綺麗に腰を折ってお辞儀をする。
「此方こそ、大したおもてなしも出来ず大変申し訳ない。仰る通り、私はフランセ・トラドリル。御二方共、ご丁寧にどうもありがとう。聞いたいた通りの方々で嬉しい限りですな」
「…?御子息は何と仰っておられたのでしょう。大変気になります」
「ハハハ!確かに倅にも色々聞きましたがね、私に貴方方のお話をしてくださったのはリーンハルト様ですよ」
「…そうでしたか」
2人は目を合わせる。
緊張と衝撃で自身の心臓の音が聞こえる。
「アンティメイティア嬢、貴方には大変申し訳ない事をした。お詫びと言ってはなんですが、これまでの経緯をお話ししましょう」
「はい。是非お伺いします」
「それでは、本日は日差しも強いことです。屋敷の中でお菓子でも食べながらお話し致しましょう」
眉を下げて謝るフランセになんと言って良いのか。
とりあえず促されるがままに屋敷内の応接間にやって来た2人。
「マーカス、君がそんな顔をしていたら僕達は困ってしまうよ」
「しかし…」
「ルーベンの言う通りです。マーカス様」
申し訳なさそうに眉を下げたままのマーカスに声を掛ける。
それでも申し訳ないと落ち込んでいたマーカスも困った笑顔のアンティメイティアを見て流石に顔を引き締める。
メイドが明らかに焼きたてのお菓子を運んで来た所を見ると領主は2人が来る事を予見していた様だ。
「御二人にお会いしたのは本日で2回目です。ただご挨拶の通り、私どもはお見かけしただけでご挨拶はさせて頂いておりません」
「どういうことでしょう」
「私達はリーンハルト様を我が領にお迎えするに当たり、領主として宿の改修を指揮しておりまして、当日ポートガス伯爵の私兵達と現れた御二人を影に控えて見ておりました」
「…成程」
「この子…マーカスは歳がいってからの子供でして親馬鹿で恐縮ですが、私にとっては大変可愛い。そんな息子が貴方に一目惚れをした。幸い、上の息子は婚儀も済ませて跡取りとして成長しておりますし、娘も嫁に行きました。マーカスは次男でなんのしがらみもない。親としては縁を結んであげたく思いました」
「お気持ちはお察しします」
「恥ずかしながら、彼の方の使用人と言うだけでも大変価値があると考えました。それに当時御二人は侍女と侍従のような装いで、彼の方のお側からお離れになっていました」
二人はこの後の展開を理解した。
要はフランセはリーンの側に在る者とただの使用人では扱いは違うだろうと思ったのだ。だから、縁組を申し出ても寧ろ喜ばれるぐらいに考えていた、という事だ。
「今から半月程前に彼の方が屋敷にいらっしゃいました。あのお美しさには流石に私も驚きました。それでいてとても丁寧な方で、知的で…っとまぁ、御二方の方がご存知でしょう。そして御来訪をこれ幸いと私は恐れもせず、縁組を申し出ました」
「リーンハルト様は私を見て直ぐに私がアンティ様に惚れている事にお気づきになられ…目の色をお変えに…」
「と言う事はハルト様はお断りになった、と言う事でしょうか?」
「はい。一言『私にアンティを渡せと?』と。完全な拒絶でした。この老骨が美しさは時に何よりも怖いものになると勉強させて頂いた程に。…ただ少しお考えになられた後、幾つかの条件を出されて、それを守った上で本人が了承するなら、と」
「…条件、ですか」
条件。これが全ての誤解を生んだ要因だったのだろうか。熟考する2人にフランセはまた困ったかの様に笑う。
「はい。1つ、私は最後の縁組の時まで会わない事。2つ、囲い込んだり、金銭などで工作行為はしない事。3つ、マーカス本人が了承を得る事。4つ、自然に出会ったかのように演出すること。これは御二人もご存知のこの2人に頼みました」
「…ナタリーさん」
「ほんと、参ったわ!辞める予定だった酒屋の仕事も先伸ばしにして、私の懐妊祝いパーティーを開く予定だったのに、出会いの場にされたんですもの!」
「まぁまぁ、ナタリー。可愛いマーカスの為だって君も納得してただろ?」
突然現れたトンガナートとナタリー。
この2人が協力者だった事は想定内だ。
寧ろこれで全ての謎が解けるのだと安堵する。
「まぁね。でもこの子達何故か周りを嗅ぎ周り始めるし、神様に言われた通り《隠蔽》してたから色々と誤魔化せたけど、危うく失敗するところだったわ」
「君達には誤解をさせてたみたいだったから説明の為に来たんだ」
「その…嗅ぎ周っていたのは…申し訳ありませんでした」
「いやいや、あれは仕方がないな。俺たちも“自然に出会う”を守る為に本当の事を言う訳にも行かなかったし、“くりすたる”だっけ?あんな便利な物があるなんて知らなかったからな」
「なので、とりあえずの誤解を解く為に急遽ルーベンさんにナタリーさんの懐妊の話や【役者】だった話をさせて頂いたのです」
「では、私にその話をする為に舞台の話を?」
「すみません、ルーベンさん。でも聞きたかったのもあの時言った言葉も嘘偽りはありません」
「それは良かった」
トンガナートとナタリーの話によれば、2人を協力者にする事はリーンからの提案だったそう。リーンが出した条件を満たす為にフランセは何も手を出す事が出来ないからだ。やれば全て裏工作になってしまう。
なので、2人主催のパーティーを開きそこで出会わせるということになった。同時にアンティを酒屋に忍ばせてナタリーが上手く誘う。その後はこれがリーンからの指示だとバレないようにリーンから事前に聞いていたメンバーの経歴、素性やLv.MAXの《鑑定》を使えるなどの能力などを諸々を加味して《隠蔽》などの準備をする、と言うところまでが指示だった。
そしてあの日、元々懐妊発表をするパーティーを急遽誕生日パーティーと変更してマーカスとアンティメイティアを招待した。
「どうも、彼の御方は嬢がお断りになると確信しているようでした。それでもなお了承して下さったのには何か他に理由があると私も感じ、厚かましくもお伺いしたのです」
「私の自信を取り戻させる、と言う事でしょうか」
「流石ですね。やはり貴方が欲しかった」
「嬉しいお言葉をありがとうございます。しかし、まだご説明頂きたいことがあります」
特にあの殺し屋の事。
1番引っかかっている部分だ。
他のところは何となく分かる。大量のレースや布は婚儀の衣装や生まれてくる子供の為の物。果物は妊娠したナタリーが欲しがった、といったところだろうか。そうなれば木材や裏山に困っていたのも納得がいく。新居を構えようとしていたのだろう。
大盤振る舞いも懐妊の喜び故。幸せを配っていただけなのだろう。
ナタリーの能力も【役者】故で、リーンの条件を満たす為に《隠蔽》をするしか無かった。
まぁ爪が甘いところが多々あって誤解を産んだのだが。
「あの者の《鑑定》はされましたかな?」
「いえ。《鑑定》は対象を目視した条件下でしか発動しません。記録や肖像画などでは使えないのです」
「ほう、そのような欠点が…では実際に見て頂きましょう。…マッコ、来なさい」
「はい、旦那様」
ケケケ、と不気味な笑い声を上げるマッコ。
その陰湿な雰囲気は独特で彼は決して何もしていないのに何故か嫌悪感が生まれる。
「…彼が…いえ、これは…どう言う事でしょう…ふ、たご?」
「はい。彼の弟イラフ・マッコはご存知の通り殺人や窃盗など多くの罪を犯した大犯罪人。しかし彼、双子の兄マラス・マッコは普通に暮らしておりました。しかし双子という事もあり間違われる事もしばしば。私共も恥ずかしながら間違えて捕らえていたのです」
「捕まえてきた俺が言うのもなんだが、本当にそっくりなんだよ。この陰湿な雰囲気で特徴的な鼻の下の黒子の位置まで全く一緒なのに別人だなんて誰か思う?そうだろ?ほんで神さんがいらっしゃった時に言われたんだ。『牢にいるのは兄のマラスで犯罪を犯したイラフは帝都に潜んでいる』ってな。まぁ俺が間違えて捕らえたからな、面倒見ることになったんだよ。それで今回の件も手伝わせてたんだ」
「旦那達も色々失礼だなぁ~。これでもおらぁ普通に生きてるつもりなんだ、ケケケ」
リーンの望む物も違った事がわかり一安心する。
リーンはただアンティメイティアに自信を取り戻して欲しかっただけだった。そして、それが彼女の昔の強い思いを思い出させる事になり、同時にリーンへの気持ちが“恋”ではなく、リーンを亡き父親に重ね“思い焦がれていた”と言う事を気付かせたのだった。
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