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第三章
友情のような何か
しおりを挟む「…やってしまいましたわ」
「仕方がないです!だって猛烈な求婚でしたし!」
「あぁ、仕方がない!10以上も歳の離れた少年からの熱烈な求婚だもんな!戸惑うのも仕方がない!」
「…アンティ様」
ダンスから戻ったアンティ様は初めは食事や談笑で楽しんでいたが、(求婚に対する動揺を隠す為)ふと本来の目的を忘れていたことに気づかれてしまったようでそれ以降誰とも踊らずずっとこの調子だった。
「どうしましょう。折角のチャンスでしたのに」
「でも、お返事しにいくのですよね?その時に聞きに行けば…」
「お断りに行くのに談笑など出来ましょうか!」
「アンティ様、落ち着いて…」
「…そうね、ルーベン。ごめんなさい」
自分の失態を許せないアンティ様はひたすらに落ち込み続けている。
普段感情の起伏が余りないアンティ様が最近見せる苛立ちや動揺、興奮、全てが新鮮で嬉しい。
それが本来の彼女でいつもは主人に合わせて落ち着いるのだと言う事も知っているから余計だ。ただどちらの姿も好ましく思うのは惚れたせいなのかもしれない。
「アンティ、今日は来てくれてありがとう」
「…ナタリーさん。ご挨拶遅れて申し訳ありません。本日はお招き頂きありがとうございます。お誕生日のプレゼントは入り口の者にお渡ししてあります」
「あら!言ってなかったのに知ってたの?私が誕生日だって事」
「お店に来る海兵さんや漁師の皆さんが話してたので」
「あぁ、それもそうね。プレゼントありがとう。有難く受け取っておくわ、それじゃあね」
ナタリーは嵐のように去っていった。
「…こんな事はしてられませんね。何とか他の方法で情報を得て来なければ…」
「アンティメイティア様。さっきマーカスとトンガナートが話してたのを聞いたのですが、トンガナートはただ領主フランセとの昔話をマーカスに聞かせていただけでした」
「んー、やっぱりトンガナートの様子がおかしいってのはデマだったんじゃないか?」
「いや、オリバー。実は僕も商人達と話してたんだけど、どうやらトンガナートが変わったのは本当らしい。と言うのも可笑しな物を買い漁ったり、去年は不漁だったから損失は大きかった筈なのに羽振りがかなり良かったらしい」
「可笑しな物をって何を買っていたのですか?」
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「それはいつ頃の話ですか」
「半年前程だそうです」
何かはある。でもさっぱり分からない。
やはり領主の息子マーカスに探りを入れるしかないのだろうか…。
「やっぱり、私がマーカスに…」
「いえ、アンティ様。今回は私に任せては頂けませんか?」
「ルーベン、何かいい方法があるの?」
正直なところこの作戦は難しいと思う。相手の良心次第という賭けのようなものだ。ただそんな事で怖気ついていられる状況では無い。アンティ様のために出来ることを何かしなければいけない。
「確実、とは言い切れませんが、僕のクラスを信じて下さい」
「…まぁ、貴方ほどの【役者】は居ないでしょうね」
「ありがとうございます」
「ルーベン頑張れよ」
「ルーベンさん、お願いします!」
「では、準備してきます」
まずはストックに用意してもらわないといけない物がある。
ルーベンは柱の影に身を潜め、胸ポケットから“タブレット”を取り出す。慣れた手付きで“タブレット”に文字を書き込むとまたそれを胸ポケットに仕舞う。
「…《鑑定》」
これからのパーティーのスケジュールの確認。場所の確保。見えやすい角度。聞きやすいタイミングと声量。
「…《分析》」
更に人々の動き。人流を変えて誰にも見られないように。
そして、それらを踏まえた作戦計画、内容の整理、又その指示。
「…ルーベン」
「大丈夫です。アンティ様の経歴にはなんの傷も付きませんから」
「…そんな事は」
「ではオリバー、3回です。お願いしますね」
「あいよ」
「ルーベン、ストックから預かってきたよ」
「ありがとう、メリッサ」
大きく息を吸って吐く。
必ず成功させる。
これが僕の生き方だ。
「アンティ様、少しお手伝いをお願いします」
「…分かったわ」
「では、作戦通りに」
もう一度深めに息を吐いて心を落ち着かせる。
心配そうなアンティメイティアに笑顔を返して、人気のないテラスへ連れ出す。
「私のミスのせいで申し訳ないわ」
「そうですね、アンティ様がお美しいのが悪いです」
「…ルーベン、そんなお世辞今はやめて頂戴」
「…?お世辞?」
「…?」
胸ポケットが微かに光る。アンティ様もそれに気づいたようだ。視線を合わせて小さく頷く。
「アンティ様、後できちんと謝罪致しますので…お許しください」
「…!?」
アンティ様はマーカスからの質問で一度僕との交際を否定してしまってる。それを覆すのは少々難しい。でも、僕が一途にずっと好きだったと言う事は表現できる。
「…あ、貴方、こ、ここここんな、き、きききき!」
「…アンティ」
ルーベンの妖艶な声色がアンティメイティアの耳に届く。月明かりに照らされた彼女の灰色の目がうるうると宝石のように艶めく。
また胸ポケットが微かに光る。
2度目の合図だ。
「アンティ。そろそろ僕を好きになってはくれなだろうか。君が僕を兄妹のように思っているのは分かってる。でも25年前からずっと君に恋してる僕を…いや、俺を見て欲しい」
「……ルーベン」
そして3度目の合図が光る。
「…アンティ様、申し訳ありませんでした」
「…流石【役者】ね。見事だったわ」
「アンティ様?お顔が赤いようですが…」
「…ちょっと寒いようね」
「そ、それは気付かず申し訳ありませんでした。お風邪を引かれては大変です。此方を…」
そっと自身の来ていたジャケットをアンティメイティアの肩にかける。
アンティメイティア様は空を見上げていた。
「彼に見せる事に意味があるのですね」
「はい、これで同情してもらえそうです」
「…ルーベン、後でお説教です」
「はい、アンティ様。では、行ってきます」
アンティ様に少し困った笑顔で見送られる。
これは気合を入れなくてはいけない。
「こんにちは」
「あぁ、貴方は先程の…」
「ルーベンです」
「ルーベン…さん、何か御用ですか?」
「少しお話し宜しいですか?」
あんな場面に見ていたのに笑顔で了承してくれたマーカス。
彼は本当に良い子だ。アンティ様を選ぶ彼は女性の見る目も良いし、家柄も良いし、背も高くて、まだ幼さが残っているけど整った顔立ちで…求婚する勇気まである男前だ。でも、残念だけどアンティ様は難しい。いつでもアンティ様の一番はリーンハルト様で、リーンハルト様は完璧でアンティ様とお似合いだ。
僕らには入る隙は少しも無い。
「ジャクソン様はお貴族様ですよね」
「…分かりますか?結構馴染んでいたと思うのですが…」
「貴方の立ち振る舞いを見れば分かります。…いつもアンティを見ていたので…」
「…では、やはりアンティ様は…」
「はい。ここから先は私が話して良い話では無いので控えさせて頂きますが」
視線を斜め下の床に逸らす。
深い事情がある、とルーベンの伏せられた視線が物語る。長いまつ毛のせいで出来た影がより彼に淀んだ空気を与えていた。
「はい、アンティ様が隠されているのには何か理由があるのでしょう。私のように…」
「…ジャクソン様…アンティ様に嘘を…?」
「…私の名前はジャクソンではなく、マーカス。マーカス・ポルニャールと言います。この領を収めている領主の息子です」
「…御領主様の、それは大変失礼致しました…」
その場に跪き、深々と頭を下げる。
「あ、あまり畏まらないで下さい!今はお忍びですので…今日はお世話になってるトンガナートさんに呼ばれて来たのですが、貴族が居ると皆さん緊張されますし、僕もお食事を頂く時間すら貰えなくなるので…正体を隠していてすみません」
ルーベンは微笑んだ後、フー、と一息ついた。
「すみません。警戒しすぎてたようです。御領主様の御息子様なら確かにそうなるでしょうね。パーティーどころじゃなくなっていた事でしょう」
「ルーベンさんは…アンティ様の…」
「あ、恋人では無いですよ?…その、まぁ、アンティに片想いしてます。もう25年ですね」
「…25年、では、5歳からのお知り合いなのですね」
「アハハ!アンティから歳を聞いたのですか?」
「…はい、実は20歳ぐらいだと思っていたもので、アンティ様は慌ててらして、とても可愛らしかった」
「彼女にはずっと想いを寄せている方がいます。とても聡明で謙虚で勿論、信じられないほどに美しく、完璧な御人です。でもその人は彼女を一番にはしてくれない」
「…その方は幸せな人ですね」
「…そうだと良いなぁ。その方は謙虚で…いつも私達の事ばかり考えてらして、私達はいつも幸せを頂くばかりなんです」
「…なんか憎まれ口でも言いたかったのですが…とても素敵な方で何も出て来ません」
「そうなんです。僕にはどうする事も出来ません」
困ったように笑うルーベンの手をマーカスは握って彼も困ったように笑った。
「僕は暫く視察団としてこの街に留まる予定です。宜しければ又お会い出来ますでしょうか?」
「…ふふ、ありがとうございます。私でよけれび是非に行かせて頂きます。私はアンティ様について来ただけでいつでも空いてるのでお呼び頂ければ飛んでまいりますよ」
「ふふふ、それはとても楽しみです。…では」
ゆっくり目を閉じる。
途中からただただ夢中で何も考えていなかった。考えられなかった。
いつものように。
「上手くいったの?」
「アンティ様。はい、屋敷に招待されました」
「…流石ね、ルーベン」
アンティメイティアの安心したようにも困っているようにも見える表情にルーベンは何も言えなかった。
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