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第三章

重要なお仕事

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 石造の立派な建物。
 これはエルムダークでは余り使われない技術だ。
 石をここまで綺麗に切ってそれを積むなど時間と労力を考えるととてもじゃないが領主以上の貴族や教会などの権力、財力がなければ難しい。
 流石に真っ白とまでは行かないが、薄グレーの壁が財力の高さと権力を象徴している。

「行きましょう、か」

「はい、アンティさ…」

「ここからはアンティ、と」

「かしこまりました、アンティ」

 案内の男が開けた木の扉の先には沢山の人々が机を囲み会話を楽しんでいる。
 そして自然と集まる視線。

ーーー何と美しい方なんだ
ーーーあの殿方…素敵ね…お話しできるかしら
ーーー本当に…ダンスに誘われたいわね…
ーーーあの美しさ…何処かのご令嬢では?
ーーー貴族をパーティーに呼べるなんてトンガナートさんは流石だな

 こんな反応は予想通り。作戦の通りだ。
 敢えて貴族然とした対応をする事で貴族と関わりを持ちたい人は自然と寄ってくる筈だ。そしてそれがトンガナートと関わりの深い者な筈だ。
 狡賢い者や悪巧みをする者は権力者が好きで同時に敵にもなりうる。だから対応を誤ってはならない。
 勿論利用される気なんてサラサラない。寧ろこっちが利用する気満々だ。
 アンティメイティアとルーベンは目を合わせて頷いた。

「お嬢様おひとつ如何でしょうか?」

「ありがとう、頂くわ」

 ウェイターからグラスを一つ受け取るとあたりを見渡す。パーティー参加者を一人一人の鑑定をしていく。
 今日はパーティーのパートナーのルーベン、護衛オリバー、侍女メリッサ、という体で連れてきた。これも貴族ぽく見せるのには必要な事であり、勿論みんなを連れてくるのにも有効な作戦だ。ストックは年齢の事もあって連れてくることは出来なかったが、宿屋で待機して連絡役になって貰っている。

(…漁師…漁師…商人…大工…海兵…漁師……水夫…)

「こっちは終わりました」

「…貴方ってやっぱり…まぁいいわ」

「…?」

 いつの間にか彼の胸元が目の前に迫っている事に気づかなかった私は思わず彼を真下から見上げて、思わず見惚れていた。
 照れて火照った顔を慌てて隠す為、視線を下げたが結局目の前は彼の胸元で、視線を合わせる為に覗き込む彼と目を合わせる事が出来なかった。
 軽く咳払いして本題に戻る。

「どう?こっちの候補者は居ないわ」

「こっちも特に怪しい人は居ませんね」

 ルーベン越しに気付かれないようにその3人に視線を向ける。
 今探しているのは招待客に混じっているかもしれない敵。
 パーティーまでの残りの時間で徹底的に調べた結果は芳しくなかったが、ナタリーや領主など怪しい人物はいて、そこに繋がりそうな人物がいないかこの会場で探していたのだ。
 それにトンガナートが殺し屋を使って誰かを殺しているかもしれないと言う可能性も捨てきれていないし、この場にマッコがいる可能性もある。用心に越したことはない。
 そして関係者全員の《鑑定》の結果、ナタリーのスキルについては気になる事を見つけた。
 彼女の能力は3つ。その中で気になるのは《憶測》と《騙し》。《憶測》はスキル《推察》下位互換でその上位にはスキル《推理》がある。
 このスキルは使用者本人が疑問に感じた事柄について補助するスキルで段階的にその補助力が上がる。
 そして《騙し》。これは成長のさせ方次第では《隠蔽》もしくは《イカサマ》、危険な《偽証》になるとクラス【ペテン師】を取得できる。
 こちらのスキルも使用者本人が騙したいと思った相手を丸め込めるスキルで段階的にその精度が上がる。
 有名な稀代の大ペテン師マカロン・ストーリーもこのスキル《偽証》とさらに危険な《詐欺》を持っていたと言われている。
 ステータス隠しや逃走経路等の痕跡隠しなど《隠蔽》は重宝されるようにも思えるが、実際にステータスを除くには《鑑定》が必要だし、逃げ回る機会の無い普通の人間には余り必要もないかも知れない。
 そもそも《騙し》を持っている時点で何かしらの罪を犯している可能性は高い。

「お嬢様…宜しければ、私と踊って頂けませんか?」

「初めまして、アンティと申します。誘って頂きまして、大変光栄です。お名前を伺っても?」

「…ジャクソンと申します」

「ジャクソン様…ですね。連れがおりますので後ほどパーティが始まりましたら…」

 アンティメイティアはルーベンに目線を送る。小さく頷いたルーベンは少し困ったような表情で部屋の隅へ向かっていった。

「何故ここに領主の息子が?」

「…ジャクソンと偽名を使っていたわ。やっぱり裏の繋がりがあるのね」

「友人の関係だけじゃない、という事ですか」

「…メリッサ。お願いね」

「はい、アンティメイティア様。行ってきます」

 メリッサは侍女らしくお辞儀をするとニッコリ笑って指示通り仕事に取り掛かる。

「《遠見》は使うなよ。お前のマナじゃ倒れるからな」

「分かってるって、オリバー」

「…気配遮断、…隠蔽」

 メリッサの存在を認識しているアンティメイティア達にはそのままだが、完全に気配を経ち、足音から空気の流れ、抜け落ちる髪の毛の一本までもが消される。

「流石クラス【観察者】」

「早く【観測者】になりたいですー」

「じゃ、【マジシャン】の俺はしっかりアンティメイティア様を守っとくわ」

「オリバー頼んだわよ!」

 まっかせとけー!と笑顔で見送るオリバーにふふふ、と笑ってメリッサは参加者達の間をするするとすり抜けていった。
 喧嘩するほど中が良いとはこの2人の為にある言葉かも知れない。笑い合う姿は微笑ましく思う。思わずこっちまで笑顔になってしまう程に。

「お集まりの皆様!今日は私の恋人ナタリーの誕生パーティーにお集まり頂きありがとう!楽しんで頂けると嬉しい!乾杯はナタリーから!」

「皆様!本日は私のためにお集まりの頂き、ありがとうございます!こんな素敵なパーティー用意してくれたトーンにカンパーイ!」

「「「「「かんぱーい!!!!」」」」」

 ナタリーと目が合う。壇上の上からアンティメイティアを見下ろすナタリーは何事も無かったかのようにすぐに目を逸らした。
 何処からともなく軽やかなメロディが流れ始める。聞き慣れない音楽だ。弾いているのは日に焼けて白い歯が目立つ体格の良い男達。

「…アンティ様、本当にマーカスと踊るのですか?」

「彼から何か情報を得えるかもしれません。踊るしかないでしょう?」

「…では、失礼して」

「…ちょ、ちょっと待って、ルーベン」

「アンティ?パーティーで初めに踊る相手は?」

「……パートナー、だったわね」

 はい、そうです、と笑ってルーベンは手を差し出し、アンティメイティアはそれを取る。

ーーーなんで素敵なの…
ーーーやはりお貴族は違うなぁ…
ーーーアンティちゃん…彼氏いたんだなぁ…
ーーー俺らのアイドルが…
ーーーアンティちゃんってやっぱり貴族だったの??
ーーーさぁ??

 楽しい。
 ダンスはこんなに楽しいものだったの?16歳で社交界デビューしてから4年間、ダンスを楽しんだことは1度も無かったのに。
 ルーベンのリードが上手なのかもしれないけど、身体が勝手に動く。聞いた事も無い曲のはずなのに。このまま終わらないで欲しい。ずっとこのまま踊っていたい。

「アンティ、後ろでマーカスが待ってる」

「…そうね、リーンハルト様の為にも…」

「…アンティ様」

「お待たせして申し訳ありません。ジャクソン様」

 曲が変わる。
 ルーベンの手が名残り惜しく、離れたところから冷たくなっていくのを感じた。

「アンティ様、彼は彼氏なのですか?」

「…?ルーベンが、ですか?」

「はい。みんな噂しておりました」

「ふふふ、まさかですね。誰ですか?そんなデタラメを流した人は」

「…違うのですね。その…こんな事突然言われても信じられないでしょうが、実は貴方の事を一目見た時から私は恋に落ちてしまったようで…」

 流石のアンティメイティアでもこれは目が点だった。彼はどう見ても10代の若者で、アンティメイティアに声をかけたのは彼女が貴族だと勘違いしたからだと思っていた。

「…それは本当に信じられませんね。ジャクソン様は10代だとお見受けしましたが…」

「やはり年下の男はお好きでは無いですか?」

「いえ、そういう話ではなく…」

 アンティメイティアの視界に他のメンバー達が見える。何となく此方の状況を察したようで、困った笑顔のルーベン、ニヤニヤ笑うオリバー、遠く離れた所から親指を立ててドヤ顔のメリッサ。
 当然他人事な彼らに呆れるしかなかった。

(気付いていたのなら初めから言ってよ!)

「アンティ様?」

「申し訳ありません、きちんとお伝えして置かなくてはならない事が…ありまして、その、わたくし……」

「やはり年下の男は…」

「実は…その、30歳なのです、ですので、流石に…」

 目が点のジャクソン、ならぬマーカス。
 そうだろう。当然の反応だ。30歳のおばさんが旦那もおらず酒屋で働いているのだから。

「アンティ様。本当に30歳であられるのですか?私を傷つけないように断るための嘘ではなく…?」

「……はい」

 アンティメイティアの返事を聞いて笑い出すマーカス。呆れたのか、返事に困ったのか。

「ふふふッ。流石に年上だとは思っておりましたが、30歳とは思っておりませんでした」

「…それはとんだ失礼を」

「いえいえ!!それは私の方です!余りにお美しい方だったので20歳くらいかと勘違いした私の落ち度です。…ただ、それでも、もし宜しければ私の事を考えては頂けないでしょうか?」

「…分かりました、良く考えさせて頂きます」

「ふふふ、それは良かった」

 和やかな雰囲気のままにマーカスとのダンスは終わった。





 

 


 
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