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第三章
十師家
しおりを挟むそろそろ外遊を始めて半月と云った所だろうか。外遊生活にも慣れ始めたのはリーン達だけではなく、ポートガス一行も同じだった。
何となくリーンの好みも掴み始めて、街案内の質も上がりお互いに楽しく過ごしていた。
1ヶ月と云う長い旅路も半分まで来たが、やはり立ち寄った街はとても綺麗で栄華を極めていた。
特に何か特産品がある町は街並みも景観も美しく、やはりナイシャールの様に建物に統一感を持たせていた。
「リーン様、お疲れ様でした。此方はヌーヌーという街です。この街では一子相伝で守られて来たヌーという伝統工芸品がとても有名でとてもしなやかなこの生地は我が大陸に伝わる王族の冠婚葬祭の際にも使われる伝統衣装“ヌイナ”にも使われている大変貴重な物で御座います。更に、先日訪れたナイシャールにも引けを取らない鉱山があり、そこでとれた宝石が“ヌイナ”にあしらわれています」
「“ヌイナ”ですか。伝統衣装、さぞ美しいのでしょうね」
「“ヌー”を一反ではありますが現物を用意しておりますのでよろしければご案内させて頂きます」
「はい、是非拝見したいですね」
「リーン様、ヌーは“きぬ”とは如何違う物なのでしょうか?」
「…ミモザ」
止まりかけの車内は一瞬にして凍りつく。“絹”はハロルド経由で仕入れた糸をアリアとジェシーの努力の賜物で出来上がった生地の事をそう呼んでいるのだが、実はこのヌーと言うものと同一の品である。その事を察知したレスターはリーンが敢えて知っている事を言わなかったので口を継ぐんだのだが、ミモザは流石にそこまでは分からなかった様だ。
正直言ってそれを理解したレスターが凄いだけでミモザは何にも悪くはない。リーンも勝手に“ヌー”の事を“絹”と呼んでいたので“絹”が“ヌー”と同一な物とは誰も思わないだろう。
ただレスターがミモザを静止した事で全員がこれらが同一の物なのだと理解してしまった。
そしてその大変貴重な織物を売れるほどに大量に生産出来、実際に数点ではあるがダーナロ王国にて販売の実績もある。服ではなくベッドカバー、枕カバーとしての販売だ。絹で作るなんてとても贅沢な品なのは世界は違えどリーンも感じる。現時点の技術では簡単な縫い合わせしか出来ないため、衣類はリーンだけの物となっている。
勿論それを隠し立てするつもりは無いが、態々言う必要も無いと思っていた。しかし、この状況だと勘づかれるのも時間の問題かもしれない。
「ミモザ、“絹”は私が勝手にそう名付けただけで普通の布なのです。まぁ製法が他と違いますから別の名前にするのは別におかしくは無いですが」
「アレはアリアとジェシーが開発した物だ。普通の糸でも滑らかな仕上がりになる様工夫している。そんな物があるとしれたらどうする。此処には伯爵しか居ないから良かったものの…」
如何やらレスターはリーンの意図に気付いたようだ。一瞬凍りついた車内は何とか持ち直したのだ。
例えこれが嘘だとバレたとしても製法が違うので“ヌー”と同じにはならない、と安易に伝えた形だ。そして、凍りついたのは情報漏洩を危惧したためであって決して同じものだった事の肯定ではない、と言う事に話をすり替えたのだ。
ミモザもようやっとそれを理解した様できっと心の中ではかなり落ち込んでいるだろうが流石一流のメイド。それを顔に出す事は無かった。
「アリアがこの場にいたらさぞ喜んだでしょう」
「そうですね、もし余剰分がありましたら買って帰りましょう」
「いえ、それには及びません。その一反はリーン様ように大陸一番の機織り職人に織らせた物ですので、是非其方をお持ちください」
「いえ、タダと言う訳にはいきません」
リーンは目の前のレスターに視線を送り、レスターは直ぐ様アリアとサーベル、ガンロが共同開発し完成した革でできたトランクを膝の上に置き、中からベロア調の箱を手渡す。
ベロア素材が高級感を引き出し、蝶番で止められた箱は開閉もスムーズ。ご存知の通りリングケースだ。
この世界には紙幣は無い。全てコインでの取引となる。なので金銭の授受の際、殆どが布袋で味気ないし、手渡しはしたない。そこで思い付いたのがこのリングケース。実際にはコインが入るようになっていて、差し込み口が10箇所程ある仕様だ。
「これは…?」
「私たちは“コインケース”と呼んでいます。大金が収まるに相応しいとリーン様がお考えになられました」
「“こいんけーす”ですか、何とも美しい品ですね。是非とも私も使ってみたいものです」
流石に中身がコインだと分かったからかクロードは中を確認しない。幾らであろうとそれはリーンの言い値で良いという事なのは間違いないだろう。
レスターならきっと目一杯入れた事だろう。お金は有り余る程では無いにしてもそれなりに持ち合わせている。こう言う貴族の嗜み的な物事は多少の煩わしさを感じなくも無い筈なのだが、リーンは呑気に中身は大金貨かなー?、と考えているだけだった。
何とか無事に取引きも“絹”と“ヌー”についても纏まったので一安心だが、実は次に向かう土地は少々厄介な所なのだ。一見見せ掛けはとても優美な街なのだが、それ故に独特な雰囲気を持っている街でもある。
何故ならそこレオレアにはこの大陸唯一の治外法権を謳うコートバルサドール神を祀るバルサ教会があるからだ。
ベンジャミンがコートバルサドールと出会った場所と言われているこの土地はこのヴェルスダルム大陸の丁度真ん中に位置しており、各地に広がる教会の総本山に当たる教会だ。その為教会の規模は聖王国の王城にも匹敵する程に大きく煌びやかで神々しい場所だ。
何となく気付いている人も居るだろうが、このヴェルスダルム大陸には少しチグハグな所がある。それが祀りあげる神が“ コートバルサドール”【大魔術師】を授けた神であるのに対してこの大陸の中心地帝国ウェールズの王がこの大陸統一を成し遂げた偉大なる皇帝であり【錬金王】その人なのだ。
リーンの身体が勝手に変わったダーナロ王国は隣国と共にアポロレイドールを祀るレイ教を国教に据えているので、勿論アポロレイドールになった訳である。
実際リーンは神との会話が無ければきっと今頃はコートバルサドールの姿だったのであろう。しかしながら自在に変われる様になった今、特に理由はないのだが、どちらの姿も何となく晒さしていなかった。
「ヌーヌーでは1人ご紹介したい人物が居ます」
「伯爵、勝手な真似をするものでは有りませんよ」
「ラテ嬢…申し訳ありません…。確かにそのご意見はごもっともで御座いますが…」
「ラテ、分かっているから気にしないで大丈夫ですよ。ポートガス伯爵、その代わりと言っては何ですが1つ頼まれて下さいますか?」
「えぇ、勿論で御座います。何なりとお申し付けください」
リーンは少し楽しそうに笑うといつものようにレスターに耳打ちをして、レスターもまたいつものように頷いた。
ヌーヌーもまた綺麗な街並みだ。
石畳みで舗装された歩道。商店街、居住地、工業地帯などは石垣を組んでしっかりと区画整理されている。
街入り口から入って右手側にはそれは立派な山が聳え立っていて、左手側には先が見えない程大きな森が広がっている。
「その方とはこの先のレストランで待ち合わせをしております」
「はい」
歩き易いようにする為にこれだけの技術と作業量。
この街の領主の采配と資金力が伺える。
「…伯爵。そちらの方が…」
「初めてまして、リーンハルトと申します」
窶れた男が近づいて来た。
窶れたといってもそれがわかるのはリーンくらいで彼は上手く隠している。クロードが“その方”と表現したあたりクロードよりも上の立場の人なのだろう。
この手の相手に初対面で正しい対応するのは難しい。リーンのこれまでの経験上笑顔で乗り切るのが1番手っ取り早い。
「ジェニファー様」
「申し訳ありません。私はこのヌーヌーの統括管理者兼第8騎士団の団長を務めていますジェニファー・フローレンスと申します」
少し慌てたように姿勢を直して挨拶してくれたジェニファーに改めて笑顔を向けた。
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