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第三章
仲良し
しおりを挟む一様交渉事なので一旦大人になったのは良いとして、とても曖昧な注文でどうなるかもわからない仕事に大金をはたいて、それも前金まで渡し、持ち逃げもあり得る状況下でも特に気にして無いリーンに誰もが驚く中、レスターとイアンだけはいつも通りだった。
イアンはただ良く分かってない、どうでも良い、と言うだけであるが。
そんなイアンは無駄に目立たない様にと幼女に戻ったリーンに夢中で聞いてもいないかも知れない。
ドレイクと別れて数十分後に次の街アルドに着いた。
1ヶ月程の道のりの旅はまだ始まったばかり。
街はまずまずの広さだが、街というよりは村に近い。それなりに人も建物も多いので賑わいはあるが、やはり港町バロッサと比べて仕舞えば物悲しいものがある。
道は慣らされていて歩くには問題ないが、整備はされておらず土が剥き出しになっているし、建物は木造や茅葺き屋根で煉瓦造りの建物のなどは無い。建物の位置はバラバラで統一感もなく、住民の数が増える毎に計画なしに建てたのは見ればわかる。店と言えば野ざらしに雑多に置かれてる台の上での販売がメインでお店と言うよりはフリーマーケットだ。
しかしながら街の活気、人通りの多さ、住民達の身なりを見てみればかなり豊かに感じる。
身なりだけで言えば服や靴など麻だけではなく、かなり色とりどりでアクセサリーなども身につけている。それだけでも豊かさが伝わってくる。
「ここは街を中心にして林業や農業、酪農の生産が盛んで街の外に住宅を持つ者も多く、その上土地がかなり広大です。街を整備するよりも田畑や農場などの整備に力が入っているので街自体は普通です。宿屋は今日の為に主人が建てさせたのでそれなりの物をご提供出来るかと」
「へぇ、すごいなぁ!リーンの為に作っちゃったんだ」
「左様でございます」
家を立てたぐらいの言い方をしているが、宿屋はかなり立派なものだった。街の中心に良くそんな土地があったもんだ、と言って終えば厄介な事になりそうだったので敢えて聞かない事にした。
宿屋を建てるにはそれなりの期間が必要なのは言うまでもないが、要するに招待する事は確定事項でこの道を通り事もこの街に来る事も確定していた事になる。そうでなければ態々新しくこんな大きな宿屋を作る必要はないからだ。
「イアン頼めるか」
「おー、友人価格にしといてやるよー」
「ふふ、お願いしますね。イアン」
「はいはい」
後ろでに手を振って宿屋に入っていくイアン一行が見えなくなるとクロードはリーンに向き直り、視線を合わせる為に少し腰を屈めた。
「街のご案内いたしましょうか?それとも外を見て回りましょうか?」
「この街はあまり観光するところが無いと言う事でしょうか?」
「…正直に申し上げれば、無い…ですね。この街はヴェルスダルムにおける食料の産地で同時に流通の要。要はこの街は海から都市部に向かう途中の補給地であり、通り道なのです」
「それにしては宿屋が少なく感じますが」
「森や畑しかないので観光するところが無く、普段は通過されるだけ。商人用に少しの宿屋がありますが、かなり質素な場所です。交易の輸送隊にはそれ専用の宿舎が用意されてますので宿屋が増える事も食事処が増える事もあまり無いのです」
農場に行けば乳搾り体験やバター造り体験。田畑を覗けば新鮮な野菜をその場で収穫してその場で食べる。工房などを作れば自分だけの椅子や机などの家具作り体験など観光客に来てもらえるイベントは盛りだくさんだ。出来ることは多そうだが、やはり仕事は仕事。そんな事をやりたがるとは思わないのだろう。
それにネックなのはやはり建物やその配置、歩道の整備、宿泊施設の少なさなどだろうか。それ以外は人手もあり、活気に溢れいて、物流の要なので物もたくさんあり、海からも近い、そしてどちらに向かうにしても通らざるを得ない補給地。とても良い土地だ。
クロードは観光するところも無く、宿屋も微妙だが此処を通らないと街へ行けないので渋々、と言う事を伝えたかったのだろうが、リーンにはドレイクに会う予定があったのでこの街に寄ることは寧ろ確定事項で、それは全く気にならない。
観光は楽しい。新しい物を見たり聞いたりするのもとても楽しい。ただそれだけがリーンの目的ではないのでそれに対してはあれば良い、程度の話なのだ。
「この街でいくつか欲しいものがあるのでその調達が出来ればと思います」
「欲しいものですか、どんな物をご所望でしたでしょうか」
「セントフォール様に以前伺ったのです。温泉石と言うものがあると」
「リーン様!覚えてくれてたのですね!温泉石!この街にもありますよ!」
リーンの会話中に自分名が出た事に興奮するセントフォールは壁になっているレスターやミモザ、クロードの間から顔だけ突き出している。
とても良い笑顔なのは認めるが、その体制は如何なものだろうか。どう見ても首は締まっているだろう。苦しさを微塵も感じさせない笑顔は寧ろ恐ろしく思える。
変な視線が集まる中一同ギョッとしたのは勿論リーンのせいだ。
「セントフォール様ご案内頂けますか?」
「勿論でございます!!」
両手を広げて抱っこのポーズ。
その容姿と相まって可愛さは言うまでもないが、まさかこれまで無視し続けたセントフォールに抱っこを許すとは誰も思ってなかった。
それまでリーンを抱えていたレスターは苦渋の表情だが、リーンがそれを求めたので渋々引き渡すが、目一杯込められた力によって中々セントフォールの腕の中に収まることはない。
「あぁ、姿変えた方が良いでしょうか?」
「い、いえ…そう言う訳では…」
「だーめー!絶対にダメですぅ!」
この姿の方が街に溶け込める、と言うだけで幼女姿を甘んじているだけで別に抱っこされたい訳ではない。リーンは寧ろ歩きたいのだ。ただ皆んなが抱っこ争いするのなら歩く方が楽とリーンは思う。
興奮するミモザを何とか宥めて目的地へ向かう。当然リーンはセントフォールの腕の中だ。
リーンには思惑があった。
と言うのも何せこの土地の人達にはもうリーンが神である事は周知の事実で嘘もハッタリも何もない。ならせめて仲良しだよー、と伝えて置くのが一番はじめにしておきたい事だった。
別にそれだけならクロードでも良かったのだが、セントフォールの方が手っ取り早いと思っただけだ。予想通り一悶着はあったものの簡単に事は進んだのでリーンとしては満足だった。
そしてこれに何の意味があるのかと言うと、今はとりあえず箝口令が引かれていて住民達が不用意に近づいてくる事はない。かと言って店員などが恐れ多いと会話することが無いのは少々不便である。それと神として扱われる事がリーンの中ではあまり納得していないのもある。何となくの予想はしていたにしても神としてやらなくてはならない事は別に言われていない。
なら話しやすい親しみのある雰囲気を作るのが一番効果的だと思ったのだ。
まぁ、それで人が殺到するのは多分リーンも面倒くさがるだろうが。
「リーン様!此方が温泉石です!湯に入れると忽ち温泉の効果が発揮され、美容や健康に効果的だと言われております!」
「セントフォール、リーン様と呼ぶなと何度言えば…」
「セフォのお勧めはどれでしょう?」
輝きに満ちたセントフォールのうるうるとした目は少し厄介だ。何せ可愛いのだから。
勿論リーン周辺からは冷たい目が注がれているが、リーンからすれば慕ってくれていて人懐っこく言う事を良く聞いて此方の思惑通りに進むほどに純真な彼は扱い易くて可愛いのだ。
「私の事を…セ、セフォと…あぁ、何と甘美な響きでしょうか…。幸せとはこの事を言うのですね…」
「どれでしょうか?」
「あ、はい…。コレなんて如何ですか?美容効果の高い薬草、通称【魔女の草】と言われる植物の群生地が近くにあり、温泉の効果だけではなくその薬草の効果も一緒に…」
「リーン様、疲労回復の方が良いかもしれません」
「確かにリーンハルト様はもう十分な程にお美しいのでお疲れを癒すものの方が良いと思われます」
「…そうですね、セフォ。疲労に効くものを選んでくれますか?」
セントフォールはレスターに遮られた事など気にもせずただただ嬉しそうにリーンの言う事を聞くのだった。
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