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第二章
赤の塔
しおりを挟む夕日により赤く染められた塔の上に長く伸びるのは2つの影。寄り添うその影が重なる事はない。
「………とう」
「…?」
「…ありがとう、と言ったんだ」
「ふふふ、はい」
夕日に照らされて真っ赤に染まっているので、顔色は全く分からない。ただリーンには彼が照れているのがよく分かっていた。
彼の“ありがとう”という言葉に詰まった沢山の想いを受け止める。
それはキングストンに【勇者】を与えてくれた事。
マルティアやキングストンが王族として助けを求めていたら貰える筈だった褒美や名誉を受け取らず一個人や友人として手助けしてくれた事。
そしてそのお陰で王族としての権威を保てた事。
もし、褒美を受け取って全てリーン達のお陰となればリーン達は今までの噂や誹謗中傷を覆す事ができた筈だ。だが、これから国を立て直す上ではマルティアやキングストン達への感謝や羨望が集中する事で国を纏め易いのは確かだ。
そこまでの考えがあったかは分からないが、そんな気遣いが有り難かった。
「私は約束を守ってくれる限りは何の文句もありません」
「おい、お前のせいでこっちは大変なんだぞ」
「さて、何の話でしょう」
「俺の部下はすっかりお前の虜だ。わざと無視したり、奴の欲しいものを与えたり…あいつを抑えるのがどんなに大変か…」
「そんな事より…貴方があんな決断をするとは思わなかったです」
ーーー2つに1つ。どちらか選んで下さい。貴方共々王族の総崩れか。貴方だけが生き残るのか。
「あの時はもう俺の手元には何の手札も残ってなかったからな。まぁ元々自分の命以外に掛かるものは何も無かった。俺には自分の望みを叶える為の選択があれしか無かっただけだ」
真っ直ぐを見据えたまま言うキングストンはクスクス、と笑ったリーンの頭を軽く小突く。きっとレスターが見てたら飛んできてただろうと思うリーンがその行動を怒る事はない。
「私はルルティア様をどうこうするつもりは無かったのですが、貴方がさも私が何かするかの様に仰るので少しからかってしまいました」
「…すまなかった、それは許してくれ」
「えぇ、大丈夫ですよ」
ただもう笑わない。彼の自らの命さえも賭けたこの強い決意は笑うものではない。
ーーールルティアと国民が守れるなら俺は捨て置いていい。それで足りるかは分からないが…
下手に出ている者の目では無かった。
その意志の強さ。思いの強さ。それが彼足らしめる全てで、彼の為ならと何かしてあげようと思わせるだけの価値のある人間に見えた。
国王としてはまだまだだがマルティアもいる。きっとこの国はこれからより良くなっていくだろう。
「しかし、ルルティアを助けてやれるとは正直思ってなかった」
「あれは私も賭けでした。あそこまで上手くいったのはクローディライトとディーンのお陰ですね」
「クロ?なんだ、其方も手駒にしてたのか」
「少々お手伝い頂いただけですよ。彼が王女の執事という名は知れ渡ってますからね。他の者が王女の名を語って買い占めを行っても信じて貰えないですから」
クローディライトには2つのお願いをしていた。リーンの手紙の通りに王宮から、メルーサからルルティアを離して文字通り隔離する事。そして、王女名義で貴族達との関わりの無い店で商品を買い漁る事。
これに関してはディーンにもかなり手伝ってもらった。
「あのディーンとか言う男、相当なやり手だな」
「可愛い子でしょう?」
「…可愛い、か?あれが、?」
ディーンは噂を掌握していた。
勿論それは彼固有のスキルのお陰だ。
彼も神導十家の出身でスキル【フェイト】を有する家紋。【フェイト】は相手を運命を掌握するスキル。勿論殺させるや自殺させるなどの強い拘束力は無く、最低限の行動しか掌握できないが上手く使えばスキルの名の通り、噂を台詞のように伝達したり、相手を呼び出す事も可能。色々な制約はあるが相手の意識を乗っ取る事なく行動させられるので、スキルに掛かった本人を自分自身の意思で行動していると思っている。要は証拠が残らない。
それを使いクローディライトと共にルルティアの良い印象を植え付けたのだ。
ルルティアのイメージは下がるところまで下がり切っていた。それを無理矢理あげるには力尽くでも根底を覆すしか無い。暴力や罵倒は薬の所為だとしてもしてしまった事実は変わらない。それでも、元々虐げていた側のメイドや使用人達もメルーサの指示でルルティアを標的にしていたのも事実。なのでそれは簡単に丸め込めた。
後は今までの行動はみんなの為であって自身のためでは無く、ワザとそのように見せていた、と思わせてルルティアの行動自体を正当化する。これは少し無理のある話だとリーン自身も思っていた。だからこれは賭け。この苦しみの10年間を必死に耐えて来たダーナロ王国の寛容な人々なら、と言う情けない賭け。
それとひとつお伝えすると、ディーンが膨大な数の人にそれを広めた訳ではない。噂の広まりやすい所、人、時間、色んなものを計算しての結果なのだ。
キングストンが彼を優秀だと言ったのはこの為だ。
だからこの成功がリーンのお陰と思われるのは正直忍びないもののように感じてやまなかった。
「クロなら分かるが…アイツは何があってもルルティアの側を一度も離れなかった優秀で信頼のおける奴だからな」
「えぇ、とても良い人材ですね」
「…アイツも連れてく気じゃないだろうな」
「勿論欲しかったですが」
「おいおい、寧ろお前んとこの人材を分けて欲しいくらいの状況なの分かってるか?」
それはそうだ。半数とまでは行かなかったが相当な数の貴族が粛清された。それでも後継者側や近衛兵団所属の者も多かったので意外にもお家はかなり残った。勿論彼らもそれ相応の罰は受ける。身内に罪を犯した者がいるという名目で賠償金や軽い刑罰が課せられ、その資金で国を立て直すそうだ。
なので今はより良い国を作って行く為にも優秀で裏切らない人材を必死に集めている最中だと言う事。
「これからどうするつもりだ?」
「これからヴェルスダルムの方へ向かいます」
「ヴェルスダルムか…。遠いな」
「そうですね。簡単に戻ってこれるような距離では無いですね」
「いや、行けるだろ」
「気持ち的にって事です」
「…そうか」
勿論リーンはビビアン然り、転移石然り、簡単に戻ってくる方法を持ってはいる。物理的には簡単だろう。ただこうして戻らないと遠回しに伝えたのはリーン自身が今後この国の為に何か協力する事はもう無いからだ。
勝手に恩を感じているのかも知れないが商会の設立はボランティアのようで【錬金術師】の育成場だったし、お金を稼ぐのにも大いに役立った。
勿論ルルティアの印象をあげて死刑を回避させたり、大量に余ってしまった火薬で“花火”を作り作戦の始まりと終わりの秘密の合図の為に提供したり、メルーサが呪いによる暴走をしない様に誘導したり、などなど…どれも言ってしまえば噂を揉み消す為だった。
自身にも被害がありそうな物を排除しただけ。
リーンの認識はその程度だった。
例えまた疫病が流行ろうとも、スタンピードが起こりこのまま滅びようとも、それは彼らの行い次第。
リーンの領分はディアブロに関しての事だけだ。
それに彼らならもう大丈夫だろうと言う信頼もある。
元々やりたい事のついでに少し手を貸す事になるかも知れない、とそのくらいの意気込みでダーナロに来たリーンからするとここまで王族と関わると思っていなかった。
「そうか、折角対等に話せる友が出来たと思ったんだがな」
「それでは此方を持っていてください」
「…?これは、水晶か?」
「“タブレット”と言います。簡単に連絡が取れる…いえ、やってみた方が早いですね」
リーンは“タブレット”にすらすらと文字を書いていく。邪魔な後毛を耳に掛けながらピアスに触れる。リーンが手にしていた“タブレット”が光ると一瞬の間を置いてキングストンが持っていた“タブレット”が光る。
「成程、原理は分からないが便利だな」
「これで何時でも話しが出来ます。何かあったら…あ、頼み事以外でお願いしますね」
「…仕方がないな。有難く貰っておく」
やれやれ、と言った表情でキングストンはリーンに視線を向ける。“タブレット”の凄さは分かっている。これがあれば解決するであろう事柄は山ほどあるのだ。
ただ“タブレット”についてリーン自身がその詳細を説明しないのであれば、それはキングストンが知るべき事ではないのだと悟ったのだ。
「いつかお話し出来ると思います」
「俺が歳を取る前に頼むな」
「ふふ、そうですね。そうお待たせはしないでしょう」
そして、静かな時間が流れる。
お互いに何も話さない。
これが最後なのだと分かっているのだ。
もう会わない、と言う事ではない。
もう会わない可能性もあるというだけ。
そしてそれはこの国が繁栄しているという事、危険が迫っていないという事とイコールなのだ。
「出発はいつだ」
「明日には」
「随分急だな」
「少しお呼ばれしておりまして」
「そうか、花もありがとうな。気をつけて行けよ」
「伝えておきます。殿下こそ、お身体にはお気をつけて」
キングストンは何も言わずに頷いた。
もう少し風に当たっていく、と言うキングストンを残してリーンは塔の階段を降りるのだった。
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