81 / 188
第二章
遊ぶ為の準備
しおりを挟む日々、沢山の問題が増えていくが、何はともあれ時は過ぎていく。
「ん…レスター…ふわあッ、…もう少し優しくして貰えますか…」
リーンの吐息が混じった声が無駄に広い部屋に吸い込まれて消えて行く。
「ンッ…レスター…お願いします、もっと…優しく…して…」
「……リーン様」
「…はぃ、イッ」
レスターは真っ赤にした顔を天井へ向けてたまま目を目一杯強く瞑り口を一文字に固く結ぶ。レスターが必死に絞り出した声にリーンは必死に返事を返す。何とか力を抜こうと頑張るリーンと視線を天井に向けたままのレスターではこの状況を打開することは出来ない。
「はぁ、レスター様。そのままだとリーンハルト様の真っ白く美しい滑らかな艶々お肌が貴方の顔のように真っ赤になります!」
「いやッ。待て、ミモザ!あ!おい、イアン!私が!」
2人の言い争いを尻目にリーンの露わになった腿にそっと触れる。
「イアン…気持ちいいです」
全身を優しく包み込み、トントンと心地よく深いところまで刺激される感触にトロけきった表情を浮かべるリーン。
満足そうな笑みのイアンと色んな意味で限界だったレスター、対照的に頬を赤らめるミモザ。
「皆んな…注文通りの良い仕事でした…。後はこれを椅子型に改良出来ればぁ、あぁ…イアン背中も…お願いします。後でみんなも使ってみてください、ね…」
「ハルト様…そんなに気持ち良いのですか…?」
顔を真っ赤に染めた職人達がアリアの言葉にごくりと唾を飲み込む。
「…きもち、良いです、」
「リーン、後で俺にもやってくれ~」
「「「「イアン様!!」」」」
突然発せられた大声に皆口元を押さえる。イアンはあれ?俺、またやっちゃった?、と頭を掻く。リーンはトロけて力の入らない身体を足掻くことなくベッドに預けたままだった。
「恐るべし“まっさーじちぇあ”」
「見てられません…」
「ベン…後で、ね?」
「あぁ、ハニー」
そう、リーンはマッサージチェアを作ろうとしていたのだ。今日はその試作品の品評会の日でその性能を己の身で体験していたのだ。
今はまだ足と腕、手のひらを空気圧で刺激するエアバッグ”と背中全体を押したり叩いたりするローラーが部分的に完成しただけなのでとてもマッサージチェアとは言えないが、部分的に使ってもまずまずの出来だ。
しかし、この商品は上流階級の貴族達に売らない。実際、貴族達はメイド達にやって貰ったり、マッサージ師を呼んだりしているので欲しがる人は少ないだろう。物珍しさはあるだろうが。
「ハルト様、宜しければ今度ミモザがマッサージさせて頂きます」
「機械もいいですが、やはり人の手…」
「リーン様、今日のお昼のメインは“ぐらたん”と料理長から聞いております」
「グラタンですか…。もうホワイトソースをマスターしたのですね。楽しみです」
レスターは遮りもいいところだが、うっとり、子供のように目を輝かせて言うリーンに誰もそれ以上は何も言わない。今のように、初めの頃よりも近付きにくい雰囲気が減り、笑顔が増えた事に使用人、職人一同喜んでいた。
ただ、笑顔と一言に言ってもリーンの場合、表情は言うほど変わってない。初めからリーンは常に笑顔で緊張感のある場面でもそれは絶やさない人だ。
なので、どちらかと言うと周りがリーンの喜んでいる、楽しんでいる、と言った感情を雰囲気から読み取れるようになった、と言う方が正しいかもしれない。
いつもクールで冷めた笑顔のリーンとは少し違う、少し子供っぽいような明るい雰囲気。その雰囲気を表情を引き出すために全身全霊で励む彼らは完全にリーン中心に動いているのだ。
「ハルト様!アースめはもう完璧にホワイトソースをマスターしました!どうぞ!“ぐらたん”です!」
「では、いただきます」
「「「「「…」」」」」
ふーっふーっ、と息を吹きかけるその動作を固唾を飲んで見つめる。流れ落ちてきた髪を手で押さえながら“グラタン”を口へ運ぶ。
熱々の“グラタン”をハフハフしながら味わう。軽くかいた汗が額に滲み出る。アースと共にコンソメのスープに格闘した日々の事を思い出しながらその奥深い味を喉の奥へゆっくりと流し込む。
「…完璧です。アース、これは完全に“グラタン”です」
「…あぁ、ハルト様!やっと!!ようやっと…!!」
「“グラタン”が出来たらドリア、それからラザニアやホワイトシチュー…色んなものがまた作れようになりますね」
「ハルト様!…お、お食事中にすみません…。あの、実はオイルの抽出、精製に成功しまし…て…」
息を切らしながら入ってきたイッシュの言葉にアースとリーンは目を合わせる。
この世界の油と言えば動物の脂身を集めたラードだけでその油で揚げた揚げ物は胃もたれは必然、口に残るギトギト感は最悪だ。
それもその筈、ます脂身自体の品質が良くない。保冷機能や高速輸送のような高度なものは無いので酸化しきった脂は旨味はどこへやら。そもそも家畜の餌などにこだわりを持って美味しい肉を!と考える者はこの世界には少ない。
しかも、その脂身を精製する様な技術もないし、酸化を防ぐ為の密封容器などの革新的なアイテムは存在しない。
なので如何に美味しく調理するかが料理人の腕の見せどころで、カラッとジューシーなのに沢山食べれる揚げ物は夢のまた夢だった…昨日までは。
「唐揚げ、トンカツ、海老フライ、天ぷら、酢豚に、海老マヨ…あ、カツカレー…なんて最高ですね」
アースがリーンの言う聞き慣れないメニューを書き留める間、両肘を机に着き両手で頬を包み込みながら、色んな料理を想像し、うっとり頬を緩ませたリーンに皆んなはぁー、と吐息を漏らす。
綺麗な顔立ちながら、その表情は可愛らしくもあり、誰もが思わず見惚れてしまう。
ーーー私、ずっと見てられるわ…
ーーー早く食べさせて差し上げたいわね…
ーーー私の手で心置きなくお支えしたいわ…
ーーパンパンッ
「リーン様、“ぐらたん”が冷めてしまいますよ。熱々が美味しいと語っておられたのに宜しいのですか?」
「いえ、熱々で食べます」
レスターの手を叩く音に使用人達は我に帰り、背筋を正して仕事に気持ちを切り替える。何度もふーっふーっと“グラタン”を冷ますリーンを見て、イアンとレスターも同じく冷ましながら“グラタン”に口をつけた。
“グラタン”の登場と植物油の抽出、生成成功の知らせにより興奮冷めやまない午後、屋敷には大量の荷物が届けられた。中には未だにコネクションを作ろうとする貴族からのプレゼントも混じって入るが、殆どはリーンが注文していた物だ。
正直この世界は娯楽が少ない。今までは事件やら仕事やらで忙しくしていたが、粗方の準備が整い、ひと段落した今は紅茶を飲んで、皆んなの試作品を試して、寝る、そんな穏やかな日々が続いている。言い換えれば暇とも言えるそんな日々の唯一の娯楽が食事であり、不摂生が続いている感は否めない。
「レスター、皆んなのレベルは如何なっていますか?」
「昨日の報告の時点では、シュミット、アンティメイティア、ハボックはLv10《鑑定・全》を習得済みで、他の支店長達も皆Lv8、9まで来ております。習得完了まで然程掛からないでしょう。後は一度錬金術を行えば良いだけです」
【錬金術師】を育てて早4ヶ月。3人もの人間が《鑑定・全》の習得完了した。予想よりも早い結果に満足感と同時に無理をさせたのでは?と居た堪れない気持ちもあるが、何はともあれ結果が最大限出ているので兎に角皆んなを褒めてあげたい気持ちだ。
《錬金術》は《鑑定・全》を取得した者が《錬金術》を一度でも使用すればなれるクラス。《鑑定・全》を取得さえすれば誰でもなれると言える。
ただ、この世界で《鑑定》は貴重なスキルで習得方法を現在、研究中とされている。未知のスキルだ。
今回は4ヶ月と短い間で習得者が現れたが、もし習得方法を知っていても、本来なら10年程は掛かるような特別なスキルを4ヶ月でとなると相当な荒技を使ったとも言える。
「では、資金繰りの方は如何でしょう」
「資金源の魔道具販売と貢物の売買代金合わせて大金貨700枚になりました。当初の目的である大金貨500枚は既に達成しております」
「予定より早いですね」
「貢物の売買代金が大きいですね。ハロルド様が少し色をつけて下さったので予定よりも早く集まりました。お礼状もお送りしております。ご依頼頂きました件もポール様が一括で引き取って下さりましたし、元々リーン様がお持ちのご資産も残っておりますし、リヒト様からお預かりしていたお礼金には手を付けておりませんので、もしもの時も問題ありません」
実は帝国を出る際にリヒトから預かっていた分と言って大金貨250枚を渡されていた。受け取る気は全くなかったのだが、レスターがちゃっかりと受け取ってしまい断る間もなかったのだ。
その際、とうとうあの葉っぱの正体が【世界樹の葉】と言う、ゲームなどに明るくない凛ですら、聞き覚えのある名前にドラ◯エだ、と驚愕したのは言うまでもなく。
「では、商会辞めます」
「…へ?」
「イアン、“自由時間”ですよ」
「おう!遊びだな!」
「その前にひとつだけやっておかないといけないことがあります」
「…?」
1人置いてけぼりのレスターがその意味を理解するのはこれから少し後の事だった。
0
お気に入りに追加
108
あなたにおすすめの小説
暇つぶし転生~お使いしながらぶらり旅~
暇人太一
ファンタジー
仲良し3人組の高校生とともに勇者召喚に巻き込まれた、30歳の病人。
ラノベの召喚もののテンプレのごとく、おっさんで病人はお呼びでない。
結局雑魚スキルを渡され、3人組のパシリとして扱われ、最後は儀式の生贄として3人組に殺されることに……。
そんなおっさんの前に厳ついおっさんが登場。果たして病人のおっさんはどうなる!?
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
転生させて貰ったけど…これやりたかった事…だっけ?
N
ファンタジー
目が覚めたら…目の前には白い球が、、
生まれる世界が間違っていたって⁇
自分が好きだった漫画の中のような世界に転生出来るって⁈
嬉しいけど…これは一旦落ち着いてチートを勝ち取って最高に楽しい人生勝ち組にならねば!!
そう意気込んで転生したものの、気がついたら………
大切な人生の相棒との出会いや沢山の人との出会い!
そして転生した本当の理由はいつ分かるのか…!!
ーーーーーーーーーーーーーー
※誤字・脱字多いかもしれません💦
(教えて頂けたらめっちゃ助かります…)
※自分自身が句読点・改行多めが好きなのでそうしています、読みにくかったらすみません
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!
あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!?
資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。
そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。
どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。
「私、ガンバる!」
だったら私は帰してもらえない?ダメ?
聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。
スローライフまでは到達しなかったよ……。
緩いざまああり。
注意
いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。
農民の少年は混沌竜と契約しました
アルセクト
ファンタジー
極々普通で特にこれといった長所もない少年は、魔法の存在する世界に住む小さな国の小さな村の小さな家の農家の跡取りとして過ごしていた
少年は15の者が皆行う『従魔召喚の儀』で生活に便利な虹亀を願ったはずがなんの間違えか世界最強の生物『竜』、更にその頂点である『混沌竜』が召喚された
これはそんな極々普通の少年と最強の生物である混沌竜が送るノンビリハチャメチャな物語
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる