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第二章
夜の帳に
しおりを挟む緊張した面持ちはそのままに、しかしはっきりとした口調でマルティアはこれまでの事を話し出した。
今から26年前。
当時まだ婚約したてだった現王ファルビターラとマルティアのなんの変哲もないある日にその男は突然現れた。
以前より城に出入りしていた商会の商会長が1人の男を連れてきた。その時紹介されたのがこの商人らしくない静かな男だった。それからも度々王宮で見かけては挨拶をする。そう初めは王宮に出入りするただの顔見知りの商人だった。
その商人は買うわけでもない彼らに出会う度に見るのも珍しい貴重な宝石や魔石、魔道具を見せてくれて2人をとても楽しませてくれていた。それから2人の離宮にも顔を出す様になり、物静かだが言葉が上手い彼は直ぐにファルビターラとマルティアを懐柔していったそうだ。
ファルビターラは元々気が弱く、余り人との深い関わりを好まず、優柔不断で何かを決定する事に後ろ向きな人ではあったが、幼い頃から一緒で信頼を寄せるマルティアの助言にはきちんと耳を貸し、時間は掛かるもののしっかりと自身の考えを纏めて王太子としての政策も滞りなく行なっており、現在の様な愚行をするほどの馬鹿では無く、寧ろ慎重派な人で王妃も自分が支えになれば大丈夫だと思っていたそうだ。
しかし、その男がある時、商人長の姪だと言う女性を連れて離宮にやってきた。その姪は帝国の学校をつい先日卒業し、帰ってきてから世話を商会長に頼まれたとのだと言う。何でもマナーがなってないとの事で教育を兼ねているようだった。その商人が少々困った様子だったので、いつも楽しませてくれる彼の為ならと普段なら絶対にしないのにマルティアがそのマナー講師を引き受け、更に王太子宮の滞在を許したのだそうだ。
そしてそこがこの地獄の始まりだった。
その姪は初めの1年は居候として滞在していたが、その後王太子宮のメイドとして働く事になる。変化が訪れたのはその辺りからだった。
メイドになった彼女は知り合いの姪という事もあり、メイドでありながらも休みを多く与えたり、夕食を共にしたり、とかなり優遇していたそうだ。
そして、王はその頃から少しずつ変わっていった。段々と王妃の話に耳を貸さなくなり、真剣に取り組んでいた政策にも早々に見切りをつけるようになり、しまいには彼女とルルティア以外の話には一切、取り付く暇も与えなくなったのだ。
しかし、そこで王の変化に気づくものは王妃を除いて誰もいなかったのだそうだ。そう、その商人の姪と出会い王が変わっていくまでに実に9年と言う長い歳月が流れていたのだ。
本当にほんの少しずつ変わって行ったファルビターラの変化に唯一気付いていた王妃は自身の侍従やメイドに相談していたが、彼ら自身が子供の時ファルビターラを知らないので誰も本格的に考える事は無かったのだ。
それもその筈、王宮や離宮の使用人の出入りはかなり激しい。王宮で働くのには基本的に身分の縛りなどは無いが、王族の身の回りの仕事は警備などの関係や勿論身分の問題もあるので与えられるのは貴族だけなのだ。特に女性の王族の周りは護衛以外はほぼ女性だけである。必然的に彼女らは貴族なので社交界デビュー後は婚約し、結婚して、後継を育て無ければならない。王族の身の回りの世話のようなの自由の効かない仕事は出来なくなる。
そして、残るのは尾ひれが付きに付きまくった噂だけが残っていくのだ。
それが王宮の現状である。
そして王妃はそれから少しして些細な不運に遭う様になる。
初めはベランダの手すりが腐食していたり、階段が濡れていたり、とその程度の事だった。慎重な性格が好転してその不運を尽く回避していた。
そんなある日の午後。
娘ルルティアの5歳の誕生日を祝う打ち合わせの為に夫人達とお茶会をしていた時、お茶の些細な香りの変化に気付いたマルティアは急遽お茶会を中止した。お茶の異変を調べるため呼び寄せた魔法師によると何かが混入していたのだそうだ。
そこで漸く自身の危機を感じ取ったマルティアはこんな計画を立てた。
自分を殺したがっている人がいるのなら、死んだ事にして犯人を炙り出そうと。死んだら利益になり必ず王妃としてその後釜に収まるだろうと。
そしてその後釜に収まったのが世話を焼いていたはずの姪でメイドだった現王妃であるメルーサその人だった。
それからマルティアは身を隠しつつ、その商人や姪、過去の出来事全てを洗って行ったと言う。そして分かったのは信じられない事実だけだった。
マルティア自身も気付かない内に自身の信用していたメイド達は悉く退職していたがそれを手引きしていたのは全て王の離宮時代からのメイドと言う名目でメイド長となったメルーサの仕業だったのだ。
どんな手を使ったのかは分からないが高位な貴族を充てがったり、思い人を充てがったり…当時は彼女らの幸せをとても喜んで送り出していた。
それだけなら良かったのだ。
それでも辞めない者には無理矢理汚名を着せたりや醜態を暴露したり、脅しや暴力といった嫌がらせもしていた。それもかなり周到に行われていて、誰もそれがメルーサの仕業とは気付いてもいなかった。
全ては王妃派のメイドを消しさり、王妃マルティアの情報や動きを全てメルーサは握ら為のもの。調べによれば、キングストンが産まれて以降に来たメイドは全てメルーサの手の者だった。
それだけでは無い。他にも疑問を持ったマルティアは確たる証拠までは掴めなかったが、王の死についての確信を持てる程の重要な情報を得た。
王の死は公には持病の悪化が原因だと公表されている。勿論それはマルティアも王妃としてその場に居合わせて直接医師に聞いたので信じていた。不遇の死だと。
しかし当時を思い出すと可笑しな点が幾つかあった。その日居るはずの王宮筆頭医師であるマクレガー医師が急患でいなかった。そもそもまず王宮筆頭医師が急患でいない事が可笑しい。そしてその代役で来たのがメルーサが急遽連れてきた帝国の医師だった事。そしてその後マクレガー医師はその日居なかった事を追求され、そのまま追い出された事。そして追い出す事を推したのが現貴族院の筆頭であるカレブ・マンチェスター伯爵である事。そのマンチェスター伯爵はその後に勢力を伸ばし今の地位まで上り詰めた事。
調べれば調べる程可笑しな点が見つかった。
そして、彼女の休暇について。王太子宮のメイド時代から数ヶ月に一回10日程の長期の休みを取る。商人である父の手伝いだと届出にも記載してあったそうだが、実際には実家でもある商会ではなく、帝国の辺境へ行っていた。そして、商会長の姪だという事は事実ではあったが、姪になったのは王太子宮に来るたった1ヶ月程の前の話だった。しかもその商人の兄夫婦は子が出来ず、貰われてきたのはまた更にたった1ヶ月程の前話だったのだ。
子を成さずそれでも子が欲しいと態々孤児を引き取ってこれからだという時にその子を他に行かせるだろうか、と。
考えれば、考える程可笑しな話だった。
そして導き出された答えは全てメルーサ、ないしその背後にいる者の仕業で、王国を乗っ取り思いのままにしているのでは無いか。ダーナロの変化、先王の死、現王の変化、メルーサの境遇、国庫の流れ、得する者達。それ全てにおいて関わっているのは…。
ポーションだった。
マルティアは目にハンカチを押し当てて俯いた。
リーンは何も言わずその行動に話が終わったのだと理解して、レスターにお茶を入れ直すよう合図を出す。音を立てる事なく差し出された事に心の中で感心しつつ、皆に促す様にお茶に口をつける。
誰も話し出そうとしない応接室は長い静寂が続き、マルティアの話の内容を、その重さを推し測っていた。
「王…いえ、ファルビターラを最後まで支え守る事も出来ず、更には最愛の娘も…あの女に毒されてしまいました。私の浅はかな考えで妻として、また母としての立場を投げ出し、大事な局面の判断を間違え、側に、共に居なかったのが最大の過ちでした。ファルビターラの、ルルティアの愚行は全て私の所為なのです。どうか、お許しください」
静寂を切ったマルティアの悲痛な静かな叫びは夜の帳と共に降りて悲しく消えていった。
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