61 / 188
第二章
薬師
しおりを挟むそれから1人、また1人と名前を呼ばれては部屋を出て行った。如何やら彼は最後の“お客様”だった様で新たに人は増えていない。
お菓子を摘みながら、近くにいた参加者の話に耳を澄ませていて分かったことがある。
皆一様に手紙を手にしているが、字を読めない者はその場で少女が手紙を朗読してくれたり、空腹で動けそうに無いと言うと食事の世話までもしてもらった者もいた。
そして如何やらその少女と言うのが今ここで飲み物を運んでいる使用人の少女なのだとか。
あの歳で文字を読み、使用人の仕事をこなし、もう1人の小さな使用人の世話までこなしている。幼少教育が受けられるのはほんのひと握りの人間だけだ。
彼は持っていたスキルが良かった為、薬師の弟子に運良くなれただけで彼女の年頃の時にはまだまだ外を駆け回っていた。
(僕にここの仕事が務まるだろうか…)
途端に不安が押し寄せてきて、椅子の背に身を預けて天を仰ぐ。考え事をしている内にいつの間にか参加者は1人も残っていなかった。
「イッシュ様。お待たせ致しました。ハルト様のお部屋へご案内致します」
「は、はい!」
愛想の良い少年がペコリとお辞儀したのを見て慌てて席を立ち駆け寄る。
クスッと小さく笑った少年に落ち着きのない大人だと思われたのだと恥ずかしくなり、床に視線がいく。
この屋敷に入ってから使用人として見かけたのは少年少女だけだ。彼もそれなりに社会経験を積んできた方だが、どの子も精神年齢の高さに驚かされる。
「“お客様”はご緊張なさってますか?」
「え!…えぇ。かなり緊張してます」
「そんなに緊張せずともハルト様はとてもお優しい方です。僕はほんの数日前までは路上生活をしていたのですよ」
「き、君がかい?」
前方を見つめたまま少し楽しそうに話す少年。普通なら路上で生活していたなんて隠しておきたい内容の筈でとても愉快ではないのに、どうしてこうも繕わずに話せるのだろうか、と驚きを込めて返答する。
イッシュの驚き声に少年はまたクスリと笑い、お陰で何となく緊張がほぐれてきたように感じた。
「ハルト様が皆様を案内する時に何と申されたか分かりますか?」
「そうですね…待っている時の態度とか…」
「あぁ、それなら“お客様”はだらしなく天井を見ておりましたね」
「そ、それは…!」
そしてまた小さく笑って、首を振った。
「ハルト様はカール…いえ、門番をしていたのは私の兄なのですが、兄がお前呼ばわりしても、蛆虫が湧いた頭を撫でてくださました。今度は生意気な私達に自分が学びたい事を自分で選らばせてその分野の先生を用意して下さるそうです。そんな素晴らしいお方なのです。そんなハルト様がお客様の態度など気にする訳がありません。寧ろホールに出した食べ物が少なくないか、とずっと心配なさっておりました」
「で、では…」
「ハルト様はですね。ここに皆様をお連れする迄に緊張がほぐれるよう私を遣わしたのですよ」
少年の話しにはそう言う意味合いがあったのか、と。そしてそれを実行できるこの少年の素質にイッシュは感銘を受ける。
広間を出てから長い廊下を突き当たりまで進み左右に分かれる大きな窓に面した廊下を左に折れてすぐの部屋を少年がノックする。
彼と話している間にあっという間に主人の部屋についていた様だ。
「ハルト様。最後の“お客様”をお連れしました」
「どうぞお入り下さい」
透き通る様な中性的で少し低めの声が聞こえてきた。耳を幸せにさせるその声は心地よく頭の中に響いてくる。
「失礼致します」
「し、失礼致します」
少年に少し遅れて挨拶し、促されるまま中へ足を踏み入れる。木製の重厚感のある書斎机の向こう側にいる噂通りの絶世の美男が優しい笑顔でイッシュを迎え入れた。
「イッシュ様、ご足労頂いき誠にありがとうございます。此方から出向く予定だったのですが、ここ数日は館から出る事も叶わず。申し訳ありません」
「と、とんでもございません!私の様な者に声を掛けて頂いたのですから、此方から出向くのは当たり前で御座います。…その、私を此方で雇って下さると…その…」
綺麗な笑顔を崩す事なく、どんなに言葉を詰まらせても気にせず待つ姿を見て、イッシュは1つ深い深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「此方でお仕事を貰えるとお伺いしました。私はどの様な仕事を頂けるのでしょうか。給仕でも、掃除番でも何でも致しますが、草木には少々学が御座いますので庭番も出来ます!その、庭番も埋まっておりましたら、文字の読み書きが出来ますので書類仕事でも、雑用でも何でもお申し付け下さい!頑張ります!」
イッシュは息継ぎも忘れて、早口で言い切り肩で息をする。
「お庭番ですか。レスター、お庭番は選ぶのを忘れてました」
レスターはにっこり笑って、また明日探しましょう、と言うとイッシュの方に向き直る。
「“お客様”の仕事は給仕でも掃除番でも、ましてや庭番、雑用では御座いません」
主人の後ろに控えていた男の存在にようやっと気が付き、自分が主人に見惚れていて周りが見えていなかった事を思い知らされる。
「…で、では、開いていれば…馬番でも…」
「イッシュ様。貴方にはポーションを作って頂きたいのです」
「ポ…ポーション…を…ですか…。それは、とても難しいご依頼です。確かに、私は以前ポーションを作っておりました。自慢ではありませんが、上級ポーションまでならかなりの品質のものを作っておりました。…しかし、今はエンダの森には魔物が溢れてており、その魔物達の餌としてポーションの原料である薬草は食べ尽くされてしまいました。森の魔物は高ランクが多く倒せず、増える一方なのです。原料が無ければ、どんなに優れた薬師を持ってしても作る事は叶いません」
(そうか。この方はこの街に来て日が浅く、ポーションがないこの国の状況を知らなかったのか。これで私はお役御免なのだろう)
漸く、ここへ呼ばれた理由を理解したイッシュはもうここに自分は必要なくなった事に気が付き、期待していた分、その悔しさが瞳から溢れ出す。
「“お客様”は門を潜った際に右手側にあった温室をご覧になられましたか?」
「オ、オンシツとは…?」
「温室で御座います。この館には季節問わずいつでも草花を育てる事が出来る部屋が御座います。今其方で薬草を育てており、数日後には採取出来るそうです」
イッシュは聞きなれないワードに驚きと困惑を示す。
季節を問わず育てれる“温室”で薬草を育てる。そんな簡単な事がこの国では出来なかった。してこなかった。薬草はエンダの森の恵み。森から頂くもの。それに普通の草花なら育てる事も考えただろうが、薬草は別名マナ草とも言われる程、マナが溢れる森や山などでしか取れないものだと言うのが薬師にとっての常識だった。
それを育てる?マナの供給源は?種や球根があるのか?それを見つける方法は?
疑問はどんどん溢れ出てくる。
「“お客様”をお連れしたキールは少し珍しいスキル《成長》と《繁殖》を持ってまして。種や球根のない植物でも《繁殖》を使って植物を株分けして増やす事が出来、《成長》のスキルでどんな難しい植物でも育て方を知らなくも急成長させる事が出来るのです」
「で、では、イナラ草も…ベンニ草も…あるという事ですか…?」
「安心して下さい。イナラもベンニも有ります。今はヒナタツユクサやツキノミチクサなどの珍しい薬草にも挑戦してます。本物さえあればどんな物でも育ててみせます!」
そこで彼の涙腺は完全に決壊した。
「わ、私は、また薬師としてポーションを作る事が出来るのですか」
「イッシュ様さえ宜しければ、今すぐにでも作って頂きたい」
イッシュは雑に服の裾で目元を拭いて姿勢を正した。
「今はまだ上級ポーション止まりですが、必ず素晴らしいポーションを作ってみせます。最上級も、エリクサーも必ず!」
「それはとても楽しみです。キール、イッシュさんを温室にご案内して差し上げてください」
「はい。ハルト様」
出て行く2人を見送ってリーンは一息つく。
「お茶をお入れします」
「レスター。彼に給料の話をするのを忘れました」
「では、その話と引越しの手配、雇用条件などは私の方でお話しさせて頂きます」
レスターが琥珀色に輝くお茶をカップに注いでリーンの前に置く。それを少し回して口を付ける。
「明日は何人の方が来てくれるでしょうか」
「今日、連絡した方の殆どがいらっしゃったので明日はそんなに多く無いかと」
レスターの返答を聞いて小さく頷き、再び琥珀の液体を流し込んだ。
0
お気に入りに追加
110
あなたにおすすめの小説

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。
大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった!
でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、
他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう!
主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!?
はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!?
いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。
色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
*カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。
異世界転生記 〜神話級ステータスと最高の努力で成り上がる物語〜
かきくけコー太郎・改
ファンタジー
必死に生活をしていた24歳独身サラリーマンの神武仁は、会社から帰宅する途中で謎の怪物に追いかけられてゴミ箱の中に隠れた。
そして、目が覚めると、仁は"異世界の神"と名乗る者によって異世界転生させられることになる。
これは、思わぬ出来事で異世界転生させられたものの、その世界で生きることの喜びを感じて"ルーク・グレイテスト"として、大切な存在を守るために最強を目指す1人の男の物語。
以下、新連載です!楽しんでいってください。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/586446069/543536391
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。

伯爵家の三男は冒険者を目指す!
おとうふ
ファンタジー
2024年8月、更新再開しました!
佐藤良太はとある高校に通う極普通の高校生である。いつものように彼女の伶奈と一緒に歩いて下校していたところ、信号無視のトラックが猛スピードで突っ込んで来るのが見えた。良太は咄嗟に彼女を突き飛ばしたが、彼は迫り来るトラックを前に為すすべも無く、あっけなくこの世を去った。
彼が最後に見たものは、驚愕した表情で自分を見る彼女と、完全にキメているとしか思えない、トラックの運転手の異常な目だった...
(...伶奈、ごめん...)
異世界に転生した良太は、とりあえず父の勧める通りに冒険者を目指すこととなる。学校での出会いや、地球では体験したことのない様々な出来事が彼を待っている。
初めて投稿する作品ですので、温かい目で見ていただければ幸いです。
誤字・脱字やおかしな表現や展開など、指摘があれば遠慮なくお願い致します。
1話1話はとても短くなっていますので、サクサク読めるかなと思います。
スキル盗んで何が悪い!
大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物
"スキル"それは人が持つには限られた能力
"スキル"それは一人の青年の運命を変えた力
いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。
本人はこれからも続く生活だと思っていた。
そう、あのゲームを起動させるまでは……
大人気商品ワールドランド、略してWL。
ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。
しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……
女の子の正体は!? このゲームの目的は!?
これからどうするの主人公!
【スキル盗んで何が悪い!】始まります!

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる