神になった私は愛され過ぎる〜神チートは自重が出来ない〜

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第二章

薬師

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 それから1人、また1人と名前を呼ばれては部屋を出て行った。如何やら彼は最後の“お客様”だった様で新たに人は増えていない。
 お菓子を摘みながら、近くにいた参加者の話に耳を澄ませていて分かったことがある。
 皆一様に手紙を手にしているが、字を読めない者はその場で少女が手紙を朗読してくれたり、空腹で動けそうに無いと言うと食事の世話までもしてもらった者もいた。
 そして如何やらその少女と言うのが今ここで飲み物を運んでいる使用人の少女なのだとか。
 あの歳で文字を読み、使用人の仕事をこなし、もう1人の小さな使用人の世話までこなしている。幼少教育が受けられるのはほんのひと握りの人間だけだ。
 彼は持っていたスキルが良かった為、薬師の弟子に運良くなれただけで彼女の年頃の時にはまだまだ外を駆け回っていた。

(僕にここの仕事が務まるだろうか…)

 途端に不安が押し寄せてきて、椅子の背に身を預けて天を仰ぐ。考え事をしている内にいつの間にか参加者は1人も残っていなかった。

「イッシュ様。お待たせ致しました。ハルト様のお部屋へご案内致します」

「は、はい!」

 愛想の良い少年がペコリとお辞儀したのを見て慌てて席を立ち駆け寄る。
 クスッと小さく笑った少年に落ち着きのない大人だと思われたのだと恥ずかしくなり、床に視線がいく。
 この屋敷に入ってから使用人として見かけたのは少年少女だけだ。彼もそれなりに社会経験を積んできた方だが、どの子も精神年齢の高さに驚かされる。

「“お客様”はご緊張なさってますか?」

「え!…えぇ。かなり緊張してます」

「そんなに緊張せずともハルト様はとてもお優しい方です。僕はほんの数日前までは路上生活をしていたのですよ」

「き、君がかい?」

 前方を見つめたまま少し楽しそうに話す少年。普通なら路上で生活していたなんて隠しておきたい内容の筈でとても愉快ではないのに、どうしてこうも繕わずに話せるのだろうか、と驚きを込めて返答する。
 イッシュの驚き声に少年はまたクスリと笑い、お陰で何となく緊張がほぐれてきたように感じた。

「ハルト様が皆様を案内する時に何と申されたか分かりますか?」

「そうですね…待っている時の態度とか…」

「あぁ、それなら“お客様”はだらしなく天井を見ておりましたね」

「そ、それは…!」

 そしてまた小さく笑って、首を振った。

「ハルト様はカール…いえ、門番をしていたのは私の兄なのですが、兄がお前呼ばわりしても、蛆虫が湧いた頭を撫でてくださました。今度は生意気な私達に自分が学びたい事を自分で選らばせてその分野の先生を用意して下さるそうです。そんな素晴らしいお方なのです。そんなハルト様がお客様の態度など気にする訳がありません。寧ろホールに出した食べ物が少なくないか、とずっと心配なさっておりました」

「で、では…」

「ハルト様はですね。ここに皆様をお連れする迄に緊張がほぐれるよう私を遣わしたのですよ」

 少年の話しにはそう言う意味合いがあったのか、と。そしてそれを実行できるこの少年の素質にイッシュは感銘を受ける。
 広間を出てから長い廊下を突き当たりまで進み左右に分かれる大きな窓に面した廊下を左に折れてすぐの部屋を少年がノックする。
 彼と話している間にあっという間に主人の部屋についていた様だ。

「ハルト様。最後の“お客様”をお連れしました」

「どうぞお入り下さい」

 透き通る様な中性的で少し低めの声が聞こえてきた。耳を幸せにさせるその声は心地よく頭の中に響いてくる。

「失礼致します」

「し、失礼致します」

 少年に少し遅れて挨拶し、促されるまま中へ足を踏み入れる。木製の重厚感のある書斎机の向こう側にいる噂通りの絶世の美男が優しい笑顔でイッシュを迎え入れた。

「イッシュ様、ご足労頂いき誠にありがとうございます。此方から出向く予定だったのですが、ここ数日は館から出る事も叶わず。申し訳ありません」

「と、とんでもございません!私の様な者に声を掛けて頂いたのですから、此方から出向くのは当たり前で御座います。…その、私を此方で雇って下さると…その…」

 綺麗な笑顔を崩す事なく、どんなに言葉を詰まらせても気にせず待つ姿を見て、イッシュは1つ深い深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

「此方でお仕事を貰えるとお伺いしました。私はどの様な仕事を頂けるのでしょうか。給仕でも、掃除番でも何でも致しますが、草木には少々学が御座いますので庭番も出来ます!その、庭番も埋まっておりましたら、文字の読み書きが出来ますので書類仕事でも、雑用でも何でもお申し付け下さい!頑張ります!」

 イッシュは息継ぎも忘れて、早口で言い切り肩で息をする。

「お庭番ですか。レスター、お庭番は選ぶのを忘れてました」

 レスターはにっこり笑って、また明日探しましょう、と言うとイッシュの方に向き直る。

「“お客様”の仕事は給仕でも掃除番でも、ましてや庭番、雑用では御座いません」

 主人の後ろに控えていた男の存在にようやっと気が付き、自分が主人に見惚れていて周りが見えていなかった事を思い知らされる。

「…で、では、開いていれば…馬番でも…」

「イッシュ様。貴方にはポーションを作って頂きたいのです」

「ポ…ポーション…を…ですか…。それは、とても難しいご依頼です。確かに、私は以前ポーションを作っておりました。自慢ではありませんが、上級ポーションまでならかなりの品質のものを作っておりました。…しかし、今はエンダの森には魔物が溢れてており、その魔物達の餌としてポーションの原料である薬草は食べ尽くされてしまいました。森の魔物は高ランクが多く倒せず、増える一方なのです。原料が無ければ、どんなに優れた薬師を持ってしても作る事は叶いません」

(そうか。この方はこの街に来て日が浅く、ポーションがないこの国の状況を知らなかったのか。これで私はお役御免なのだろう)

 漸く、ここへ呼ばれた理由を理解したイッシュはもうここに自分は必要なくなった事に気が付き、期待していた分、その悔しさが瞳から溢れ出す。

「“お客様”は門を潜った際に右手側にあった温室をご覧になられましたか?」

「オ、オンシツとは…?」

「温室で御座います。この館には季節問わずいつでも草花を育てる事が出来る部屋が御座います。今其方で薬草を育てており、数日後には採取出来るそうです」

 イッシュは聞きなれないワードに驚きと困惑を示す。
 季節を問わず育てれる“温室”で薬草を育てる。そんな簡単な事がこの国では出来なかった。してこなかった。薬草はエンダの森の恵み。森から頂くもの。それに普通の草花なら育てる事も考えただろうが、薬草は別名マナ草とも言われる程、マナが溢れる森や山などでしか取れないものだと言うのが薬師にとっての常識だった。
 それを育てる?マナの供給源は?種や球根があるのか?それを見つける方法は?
 疑問はどんどん溢れ出てくる。

「“お客様”をお連れしたキールは少し珍しいスキル《成長》と《繁殖》を持ってまして。種や球根のない植物でも《繁殖》を使って植物を株分けして増やす事が出来、《成長》のスキルでどんな難しい植物でも育て方を知らなくも急成長させる事が出来るのです」

「で、では、イナラ草も…ベンニ草も…あるという事ですか…?」

「安心して下さい。イナラもベンニも有ります。今はヒナタツユクサやツキノミチクサなどの珍しい薬草にも挑戦してます。本物さえあればどんな物でも育ててみせます!」

 そこで彼の涙腺は完全に決壊した。

「わ、私は、また薬師としてポーションを作る事が出来るのですか」

「イッシュ様さえ宜しければ、今すぐにでも作って頂きたい」

 イッシュは雑に服の裾で目元を拭いて姿勢を正した。

「今はまだ上級ポーション止まりですが、必ず素晴らしいポーションを作ってみせます。最上級も、エリクサーも必ず!」

「それはとても楽しみです。キール、イッシュさんを温室にご案内して差し上げてください」

「はい。ハルト様」

 出て行く2人を見送ってリーンは一息つく。

「お茶をお入れします」

「レスター。彼に給料の話をするのを忘れました」

「では、その話と引越しの手配、雇用条件などは私の方でお話しさせて頂きます」

 レスターが琥珀色に輝くお茶をカップに注いでリーンの前に置く。それを少し回して口を付ける。

「明日は何人の方が来てくれるでしょうか」

「今日、連絡した方の殆どがいらっしゃったので明日はそんなに多く無いかと」

 レスターの返答を聞いて小さく頷き、再び琥珀の液体を流し込んだ。


 
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