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第一章
アサシン
しおりを挟む「お!このチビちゃんがサンダークの言ってた、例のアレか?」
ふわっと身体が浮いたと思った瞬間、目の前に真っ黒な髪に色黒で綺麗な翡翠の眼。ニカッと笑った口元から真っ白い歯を覗かせてた男の顔がドアップで映し出される。
「大丈夫です」
戦闘態勢に入っていたリヒト達を諫めて、その男に笑いかける。
足音も気配も感じ取れなかった。完全に不覚をとった形のリヒト達は警戒を緩める気配はない。
「レスターの言いつけ通り敵は全て始末してくださったのですね」
「あぁ、面倒くさかったけどな!まぁアイツには恩があるし、今回はちゃんと仕事したぞ!俺は人を切るのだけは得意だからな~」
悪びれも無く笑顔でこんな発言をする男を不審がるらない人は居ないだろう。
切ったと言う割に本人には傷おろか返り血すらないが、彼が通って来たであろう道筋にはその戦いの壮絶さを物語る程の血の足跡が残っていた。
「では、屋敷の者達は他の邸宅に?」
「ん、まぁそう言う事!うろちょろしてる奴らが居たから、人いたら切るもん切れなくて面倒だし、移ってくれって言ったら、素直に従ってくれたからそうなんじゃない?」
「ありがとうございます。他の屋敷に伺ってみます」
お礼を言うと、びっくりした後、少し照れた様子でリーンをミルに返して背を向ける。
本人の明るい様子とは裏腹に猛獣の様な鋭い雰囲気は普通なら恐怖するだろう。移動する事に素直に従ったのもそのせいだろう。
「なぁ、俺さ~どうすれば良いわけ?レスターからの命令は終わった訳だし?もう自由で良い?」
「可能であれば数日ご自由にしていただいた後、またお願いを聞いて頂けたらと思うのですが、如何でしょう」
リーンの発言にえ?と驚いたような表情の男。リヒト達は拒否したいとばかりの形相だが、リーンに対して何か言う事はない。勿論否定もしない。
「んー。まぁ、いいよ?暇だし」
また少し照れた様な嬉しそうな表情で笑顔言う。
「では、イアン。今日の褒美は何が良いですか?」
「あれ、チビちゃんがくれるの?」
今にも殴りかかりそうなリヒト達にリーンは困った様に眉を下げる。如何やら彼の言葉遣いに憤っているようだ。
「んー。褒美かー。考えてなかった。何でも良いよ!」
「では、自由に過ごす間のお金を少々お渡ししましょう」
「ん。そうか、何するにもお金は必要だよな。んじゃ、適当にしてるからなんかあったら呼んで~」
「はい。足りなくなりましたら、レスターにでもおっしゃってください」
それだけ聞くと、手を振りつつ彼の姿は見えなくなった。
彼はイアン。クラス《アサシン》でトットの所で雇われていた。金にも生活にも自分にも無頓着で特にしたい事がないので特技だと認識している殺しを仕事に選び、トットの傭兵をしていた。かと言って本人は人殺しをしたい訳で無く、特技だからと言うだけの話だった。《アサシン》としてかなり優秀な彼は仕事となると人が変わったかの様に豹変するが、その反面、天真爛漫で可愛げもある。珍しいスキル《天性の勘》はレベル7で今までこのスキルのお陰でのらりくらり生きてきた。
勿論トットの傭兵だった彼もリーンを殺す様命じられていたが、レスターに手を出すのは辞めておけとの忠告受けて素直に従い、黒焦げになる男達を目の当たりにした事でレスターに恩を感じていた。
彼の優秀さを予め気付いていたレスターは手元に置いていたのだろう。彼自身もレスターには素直に従っていた様だ。
「今の男は…」
「レスターの部下です」
リーンは決して清廉潔白ではない。人が目の前で黒焦げになっても少しも良心には響かないし、《賢者》の偽者を仕立て上げるのにも協力的だった。彼が人を殺す事も必要とあらば致し方が無いと思うし、身内に被害が出るので有れば、自分が命じる事も厭わない。
「護衛として連れて行くおつもりですか」
「彼は危ういのです。人としての常識が欠けています。間違いを犯す前に手元に置いていた方が安心出来ます。それに腕は確かです」
リヒト達が気配に気付かず、背後を取られ、リーンを容易に奪った彼の実力に意義を申し立てる事は出来ない。彼のひとつひとつの動作を見るだけで剣に手は掛けていたものの、剣を抜く前に殺られると理解していて死をも覚悟していた。
と同時に実力があったとしても、それだけ危険な相手をリーンの側に置いておくのは危険に思うのは当たり前の反応だ。
「兎にも角にも今はアリス達の所へ参りましょう」
リーンの言葉に従って馬車に乗り込んだ一行は、一時的ではあっても、不覚を取ってしまいリーンを奪われた事に全員落ち込み気味だ。
中でも直接リーンを奪われたミルは絶望しているかの様に項垂れている。どれだけリーンが慰めてもその雰囲気が変わる事はなく、馬車が止まるまで車内は静まり返っていた。
「あぁ、リーン様!行き違いだった様ですね。アーデルハイド家の屋敷に遣いを送った所だったのです」
「ご無事で何よりです」
第4邸宅から1番近い屋敷にハロルド達の姿を見つけ、ホッと心を撫で下ろす。
「リーン様!」
「アリス。怖くなかったですか?」
アリスは全力で首を振った後、ピタッと動きを止めた。
「あの、レスター様が置いていった護衛が1番怖かったです…」
「今日はもう遅いのでこれで失礼します。明日、リーン様を連れて改めてお伺いさせて頂きます」
無事を確認して屋敷に戻ると、レスターの姿があった。どうやらハロルド邸の話を知り早めに戻って来ていたそうだ。
「予想通り、ハロルド邸を狙って来たようです」
「私も少々調べて参りましたが、マナの気配があの監視の者と一致していたのでディアブロの関係で間違い無いかと」
そう、これは予想通り。
ただ、襲われる事まではもしも程度にしか考えて無かった。これが爪の甘さだ。
しかし、これでディアブロが欲しがっている物がハッキリした。リーンの力や能力では無く、リーンが作ろうとしていた物に興味がある様だ。
それは水晶鏡だ。水晶鏡を作るかのように濁したあの資料を見たのだろう。しかし、実際に作ったのは魔法陣だ。そしてそれをただの鏡に埋め込んだ。
魔法が一切使えなかったリーンは奴隷解放の際にビビアンから借りた魔法陣を使えた事で魔法陣に興味を持った。魔法石や血などマナを帯びた物で書けばマナを持たない人でも使える便利な代物だ。
それから神示で魔法陣についてわんさか知識が出て来たのでそこから写実効果と共有効果、そしてピアスが無ければ使えない様、指定効果を組み合わせ、魔法石から出来たインクを使って魔法陣を作った。ただのガラス自体は元々この世界にあるので簡単に作って貰えた。その際に透明なインクを使用する事により魔法その陣についてはリーン以外が知らないようにした。
よってリーンはただのガラスを注文しただけに見えるはずだ。多少の注文は付けたが。
どんなに調べてもただのガラスを数枚作って貰ったと言う事実しか出てこない。ディアブロの目的を知るためだけに職人達に迷惑はかけられないので、《賢者》偽装の際に使う水晶鏡もどきは、自分たちで後から銀メッキ加工をした。水晶鏡に見えるようにするのは大変ではあったが、これで誰も傷つかないだろうと思っていた。
「リーン様。屋敷にこんな手紙があったのですが…」
帰り際にメイビスがリーンに真っ白い封筒に入ったハロルド宛の手紙を差し出す。
内容を要約すると最近取り扱った特殊な商品やそれに関わった職人を教えてほしいとの事が記されている。それもご丁寧に貴族達の権力闘争で腹の探り合いをしてるかのような良くある文面を装っていて、差出人も第一王子派の有力貴族の名前で出されていた。
「おかしな所は何も無いと調べはついたが、その答えに納得が行かなかったので、襲った。と言った所でしょうか」
リヒトが後ろから内容を読んでいたのか推論を立てる。リーンもリヒトのその意見に同意し納得した。
部屋に着いて大きな天蓋付きのベッドに横たわりながら、リーンは考え込んでいた。
今回はレスターの先見の明とイアンの実力もあり、大きな被害はなかったが、一歩間違えれば大惨事になりかねなかった。神示は、情報は万能では無い。そして、知っている事により慢心をも生む。
リーンは目を閉じて、同じ失敗を繰り返さないようこの事を強く心に刻んだ。
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