51 / 188
第一章
ディアブロ
しおりを挟むスイ本日の日程はこれを読み上げてください
ヴィンセントもかなりの無理をしいているスイが眠気まなこでも読みやすい様、台本口調で書くのにもこの1週間でやっと慣れてきたようだ。
教皇猊下、本日は朝食後、
9時からダーナロ王国のベントソン伯爵との面会
11時からハーニアムから特師団副隊長
ヒャダルディン様との面会
12時半から昼食
14時から緊急会議
17時から夕食の予定で御座います
尚、必ず一度は断られるので下記の通り
説得して下さい
枢機卿の失踪の件は内々に処理する為
公になっておりません
今からお断りを入れようにも既に
此方に向かっているので連絡の取りようが
有りません
ベントソン伯爵の所には転移出来ますが
特師団の副隊長殿は貴族様ではなく
騎士爵の方なので爵位章をお持ちでは
御座いません
それにベントソン伯爵は次の奴隷商候補の方
で御座います
いよいよ、作戦開始です
よろしくお願いします
ヴィンセント
いつもの朝とは少し違うのは、今ラミアンの隣にいるのが、ヴィンセントではなくスイだと言う事。
ヴィンセントが居なくなって1週間。何の問題もなくびっくりする程円滑に物事が回っている。
城中の一抹の不安だったヴィンセントが居ないと言う事態は余りにも有能なスイのお陰で払拭されていた。
それもその筈。実際仕事をしているのはヴィンセント本人だ。なのでミスは殆どない。その日の日程確認、ラミアンの身の回りの世話の仕方、その他各種書類仕事は指示通りに書き写す… スイはヴィンセントの指示を忠実に実行するだけだ。
それも今日で終わりだ。
作戦に関しては何も聞いていない。自分が顔に出やすいタイプなのはよく分かっている。だから、敢えて聞かない事にした。
(兎に角俺はヴィンセント様の指示通り行動するだけだ)
スイはヴィンセントの指示内容を書き留めて、内胸ポケットに鏡をそっと忍ばせる。
ヴィンセントが使っていた司教室から出てラミアンのもとへ向かう。
「教皇猊下、本日は朝食後、9時からダーナロ王国のベントソン伯爵との面会。11時からハーニアムから特師団副隊長ヒャダルディン様との面会。12時半から昼食。14時から緊急会議。17時から夕食の予定で御座います」
「面会や会議などしてる暇はない」
ラミアンの支度整えているメイド達がいる事は気に留めずヴィンセントからの指示を読み上げる。
「いえ、猊下。枢機卿の失踪の件は内々に処理する為公になっておりません。今からお断りを入れようにも既に此方に向かっているので連絡の取りようが有りません。ベントソン伯爵の所には転移出来ますが、特師団の副隊長殿は貴族様ではなく、騎士爵の方なので爵位章をお持ちでは御座いません。それにベントソン伯爵は次の奴隷商候補の方で御座います」
「…そうか、お前に任せる」
「はい、私にお任せくださいませ、教皇猊下」
そんなこんなでスイの側使いっぷりがいたについて来た今。聖王国聖城も少しづつ日常を取り戻しつつあった。兎にも角にも、未だに枢機卿4名及びヴィンセントが姿を消したままであるのは変わらず、忙しさは拍車がかかる一方だったが混乱状態は一旦終了していた。
枢機卿で唯一無事帰ってきたユリウスはラミアンの一人息子で後継者だっただけで特段何か仕事が出来る訳ではなかったのでいてもいなくても変わらず。幾らスイが有能であっても枢機卿がいない事で忙しくなっていたのは下々の者たちだった。
少し疲れた様子のラミアンを気遣う素振りをするスイだったが、ラミアンはその手を取る事は無かった。スイの評価が上がっているのは知っているが、代わりにユリウスの無能さが露呈しているのは言うまでもなかったからだ。枢機卿でありながら、次代の教皇となる筈のユリウスが無能だと周知されて仕舞えば、見た目だけで女性信者から支持を受けているユリウスの変わって、次代の教皇として押されるのは各国の貴族からの支持があるビビアンだと分かり切っているからだ。
ラミアンとしては一刻も早くビビアンを破門したいが、枢機卿が居なくなった事でそれは難しい。ならば、とにかくユリウスの無能さが他の有力な信者に露呈してない様にするしか今は方法が無かった。
そしてもう一つの方法を今すぐにでも実践するしかない。
「明日は予定通り1日空いているのだな」
「はい、明日はお申し付け通り何も予定は組んでおりません。司教以下の教会院(貴族院と同義)で失踪事件に関しての会議をすると報告は受けておりますが、猊下に出席賜る様な新たな情報は出てきておりません」
スイの話を聞いてか聞かぬか、ドカリと椅子に腰を掛けるとラミアンは食事を運んできた召使い達を見てふと思い出したかの様に尋ねる。
「助祭にティリスという者がいたと思うが今何処にいる」
「猊下…ティリス助祭は1週間程前にお亡くなりになりました…」
「そうか」
「猊下に名前を覚えて頂けているだけでティリス助祭も救われる事でしょう」
ラミアンの呟いた一言にスイがすかさず付け足すと、何でもないと言う表情で豪華な食事を取り始めた。
「猊下、ハーニアムから特師団副隊長ヒャダルディン様御到着されました」
「ご紹介賜りました、ヒャダルディンで御座います。本日は私共の為にお時間を頂き誠に有難う御座います。ハーニアム卿からもお礼を申し上げると言付けを承っております」
「すまない、ヒャダルディン殿。余り時間がない故、要件をお聞かせ願おうか」
丁寧な挨拶を他所に無愛想な対応をするラミアンにもヒャダルディンは特に気にする事はなく笑顔で頷く。スイからすれば寧ろかなり丁寧な言い回しをしている、と思う所だったが向こうの護衛騎士はラミアンを睨み付ける勢いだった。
「そうですね、回りくどい事は私も嫌いでして、助かります。では、手短に…ディアブロから御伝言が御座います」
「D…からか。ハーニアムにも手を出しているとは流石としか言えん」
ハハハッ、と笑うヒャダルディンに対し、ディアブロの名を耳にしてからラミアンの顔は暗い。
「手を出してる、とは言い得て妙ですね。まぁ、ディアブロはそう言う例えはお好きですから、今回は目を瞑りましょう。…それで伝言ですが、明日私も行く、との事です」
「…」
何もかも知られているのだろう。明日ラミアンが帝都に赴こうとしていた事は側遣いとしていたスイにすら言わず頭の中で密かに考えていた事。それを何故気付かれたのか、心の中を読む力でもあるのだろうか、それはは全く判らない。
「では、また明日お会いしましょう」
予定していたよりもあっさりと帰っていったヒャダルディンをスイに見送らせると、ラミアンはそのまま自分で荷造りを始めた。
正直な話、この後の緊急会議など情報も集まってないのに何を話すのか。
(明日など待って居られるものか。この結晶さえあればどこにだって自由にいく事が出来るのだ)
荷物を持ったラミアンはそのまま部屋を飛び出し、いつも通り鏡とオパールの光だけの薄暗い部屋に入る。
「ポスト・ライデン。…ポスト・マスカス!…ポ、ポスト・ベノボルト!!…ポスト!ディスクラム!!!」
枢機卿が失踪後何度も何度も試したが何の反応も無かった。そして、やはり今もない。
ビビアンの所に直接行きたい所だが、実はポスト先には共通点があり、ある一定の条件下でしか使えないのだ。
ビビアンは前教皇の孫であり、皇族である事でその共通点から除外される。もちろんユリウスもだ。
ラミアンがトット・チベットを貴族にするのは決して彼のためでは無く、自分がいついかなる時も気にせずに行けるポスト先に出来ると踏んでいたからだった。結果、それも叶う事は無かった。
ーーコンコンッ
扉をノックする音でラミアンは上半身のみ振り返った。
「猊下、失礼致します。帝都に行かれるのですね?」
「…スイ。分かるだろう、お前は知らぬかも知れぬが、ディアブロが帝都に来る前に何としてもビビアンを破門しなければならないのだ。もう一刻の猶予もない」
「猊下、でしたら良いポスト先に心当たりがあります」
ラミアンはスイの発言に一瞬違和感を感じた。
何故なら、彼はこの2週間実に見事に内政を回してきたが、2週間前まではただの兵士だった。1度だけ共にポスト先に赴いただけで、転移魔法について何も知る筈のない彼が何故ポスト先についての心当たりがあるわけがないからだ。
しかし、ラミアン自身は焦りからかそれには気付いておらず、ただ単に何か引っかかる、程度の小さな違和感では彼の発言を退ける程の力は無かった。
「それは何処か直ぐ分かるか」
「はい、自室に戻れば直ぐにでも」
スイはそう言い切るとラミアンは黙って振り返って居た身体を戻す。スイはそれを肯定と受け止めて直ぐに自室へ走り出した。
「猊下、この者です」
「名前は」
「ハロルド・マスティス。つい最近男爵となったばかりの元商人です。猊下が突然現れても貴族院バッチの意味を知らせる為と言う事も出来ましょう。それに平民からの成り上がりを嫌う貴族も多いです。そう言う者は貴族社会では簡単に受け入れられない。新参者は何処の派閥にも属さていない。それに元商人です。何か与えれば向こうも何かしらを与えてくれるでしょう」
「…」
スイの言う通りだ。ハロルドが貴族に成り立てなら扱い易い。それに一商人が男爵になったばかりの時、他の貴族からの圧力などで商売を邪魔されて直ぐ廃爵になるのはよくある事で今はとにかく焦っている所だろう。後ろ盾になってやれば良いだけで減るものは何もない。
「ハロルド・マスティスの所へ向かう」
「はい。お気をつけて」
いつも通り予定が詰め込まれている木簡だけを手にしたスイに見送られながらハロルドの元へラミアンは向かうのだった。
10
お気に入りに追加
119
あなたにおすすめの小説

異世界に飛ばされたら守護霊として八百万の神々も何故か付いてきた。
いけお
ファンタジー
仕事からの帰宅途中に突如足元に出来た穴に落ちて目が覚めるとそこは異世界でした。
元の世界に戻れないと言うので諦めて細々と身の丈に合った生活をして過ごそうと思っていたのに心配性な方々が守護霊として付いてきた所為で静かな暮らしになりそうもありません。
登場してくる神の性格などでツッコミや苦情等出るかと思いますが、こんな神様達が居たっていいじゃないかと大目に見てください。
追記 小説家になろう ツギクル でも投稿しております。

転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~
ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。
異世界転生しちゃいました。
そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど
チート無いみたいだけど?
おばあちゃんよく分かんないわぁ。
頭は老人 体は子供
乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。
当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。
訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。
おばあちゃん奮闘記です。
果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか?
[第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。
第二章 学園編 始まりました。
いよいよゲームスタートです!
[1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。
話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。
おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので)
初投稿です
不慣れですが宜しくお願いします。
最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。
申し訳ございません。
少しづつ修正して纏めていこうと思います。

知らない異世界を生き抜く方法
明日葉
ファンタジー
異世界転生、とか、異世界召喚、とか。そんなジャンルの小説や漫画は好きで読んでいたけれど。よく元ネタになるようなゲームはやったことがない。
なんの情報もない異世界で、当然自分の立ち位置もわからなければ立ち回りもわからない。
そんな状況で生き抜く方法は?

賢者の幼馴染との中を引き裂かれた無職の少年、真の力をひた隠し、スローライフ? を楽しみます!
織侍紗(@'ω'@)ん?
ファンタジー
ルーチェ村に住む少年アインス。幼い頃両親を亡くしたアインスは幼馴染の少女プラムやその家族たちと仲良く過ごしていた。そして今年で十二歳になるアインスはプラムと共に近くの町にある学園へと通うことになる。
そこではまず初めにこの世界に生きる全ての存在が持つ職位というものを調べるのだが、そこでアインスはこの世界に存在するはずのない無職であるということがわかる。またプラムは賢者だということがわかったため、王都の学園へと離れ離れになってしまう。
その夜、アインスは自身に前世があることを思い出す。アインスは前世で嫌な上司に手柄を奪われ、リストラされたあげく無職となって死んだところを、女神のノリと嫌がらせで無職にさせられた転生者だった。
そして妖精と呼ばれる存在より、自身のことを聞かされる。それは、無職と言うのはこの世界に存在しない職位の為、この世界がアインスに気づくことが出来ない。だから、転生者に対しての調整機構が働かない、という状況だった。
アインスは聞き流す程度でしか話を聞いていなかったが、その力は軽く天災級の魔法を繰り出し、時の流れが遅くなってしまうくらいの亜光速で動き回り、貴重な魔導具を呼吸をするように簡単に創り出すことが出来るほどであった。ただ、争いやその力の希少性が公になることを極端に嫌ったアインスは、そのチート過ぎる能力を全力にバレない方向に使うのである。
これはそんな彼が前世の知識と無職の圧倒的な力を使いながら、仲間たちとスローライフを楽しむ物語である。
以前、掲載していた作品をリメイクしての再掲載です。ちょっと書きたくなったのでちまちま書いていきます。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。
大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった!
でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、
他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう!
主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!?
はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!?
いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。
色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
*カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。
神様がチートをくれたんだが、いやこれは流石にチートすぎんだろ...
自称猫好き
ファンタジー
幼い頃に両親を無くし、ショックで引きこもっていた俺、井上亮太は高校生になり覚悟をきめやり直そう!!そう思った矢先足元に魔法陣が「えっ、、、なにこれ」
意識がなくなり目覚めたら神様が土下座していた「すまんのぉー、少々不具合が起きてのぉ、其方を召喚させてしもたわい」
「大丈夫ですから頭を上げて下さい」 「じゃがのぅ、其方大事な両親も本当は私のせいで死んでしもうてのぉー、本当にすまない事をした。ゆるしてはくれぬだろうがぁ」「そんなのすぎた事です。それに今更どうにもなりませんし、頭を上げて下さい」
「なんて良い子なんじゃ。其方の両親の件も合わせて何か欲しいものとかは、あるかい?」欲しいものとかねぇ~。「いえ大丈夫ですよ。これを期に今からやり直そうと思います。頑張ります!」そして召喚されたらチートのなかのチートな能力が「いや、これはおかしいだろぉよ...」
初めて書きます!作者です。自分は、語学が苦手でところどころ変になってたりするかもしれないですけどそのときは教えてくれたら嬉しいです!アドバイスもどんどん下さい。気分しだいの更新ですが優しく見守ってください。これから頑張ります!

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)
いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。
---------
掲載は不定期になります。
追記
「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。
お知らせ
カクヨム様でも掲載中です。

荷物持ちだけど最強です、空間魔法でラクラク発明
まったりー
ファンタジー
主人公はダンジョンに向かう冒険者の荷物を持つポーターと言う職業、その職業に必須の収納魔法を持っていないことで悲惨な毎日を過ごしていました。
そんなある時仕事中に前世の記憶がよみがえり、ステータスを確認するとユニークスキルを持っていました。
その中に前世で好きだったゲームに似た空間魔法があり街づくりを始めます、そしてそこから人生が思わぬ方向に変わります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる