神になった私は愛され過ぎる〜神チートは自重が出来ない〜

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第一章

ハロルドの決断

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 ハロルドとの会食から2日後。
 今日は先日約束したハロルド邸にお邪魔する予定だ。協力を取り付けるための簡単な手土産を持参した。珍しい物が好きなハロルドの為にリヒトが持たせてくれたのはバザールで購入したハトハ酒だ。

 領地開拓で忙しいだろうと労いも込めて、お酒をと思ったのだが、ハロルドはそんな素振りは見せる事なく、寧ろ先日の贈り物の件でソワソワと心落ち着かない状態だったのか、朝から邸宅で待機していたようだ。
 リーン達が予定より少し早く到着したというのに我慢の限界だったハロルドは自ら玄関まで迎えに来ていて、興奮した彼はリヒトとジャンと一悶着起こしたのは言うまでもない。
 ソワソワが収まらないハロルドは迎賓室までの距離ですら早足で何度も此方に振り返る始末。
 リーンもハロルドのペースに合わせてあげたいのはやまやまだが、何せリヒトに抱っこされているのだからどうする事も出来ない。
 商人の顔は何処へやら。兎に角落ち着かない様子だった。
 迎賓室に着くや否か、ハロルドは手紙の内容についての説明を求めた。一番知りたかった事を先延ばしにされたので無理もない。確かに元々の予定ではあの会食の日に全てを話すつもりだったのだから致し方が無い。
 この場で手紙を送った事を知らないのはアリスだけだ。

「マスティス卿。そのお手紙の通り貴方が長年お探しになっていた人がどこに居るのかお教えできます。但し、情報を伝える前にそれなりの覚悟をして頂きたく思います」

「覚悟、で御座いますか…」

「それに、ご存知の通り、本日私どもは交渉に参りましたので、これは取引となります」

「では、取引内容をお伺いしましょう」

 リヒトがスラスラと交渉に移る中、リーンは真剣な面持ちになったハロルドに軽く頷いて見せる。当たり前のようにリーンの直ぐ近くで控えているジャンに手だけを差し出す。
 ジャンは腰の皮鞄から綺麗に丸められた羊皮紙を取り出すと、差し伸べられた小さな手にそっと置く。
 その羊皮紙をそのままハロルドに手渡すと、意気込むように唾を飲み込んで表情をキリッとさせて結び目をナイフで切り、広げる。

「では、ご説明させて頂きます。私達は最終目標として掲げているのは聖王国の教皇を代替えさせる、というかなり極秘案件です。聖王国の実態については其方に書いてある通り、奴隷、誘拐、暴行、横領、詐欺、殺害…。どれをとっても許される事では有りません。なので信頼できる方を新たな教皇として担ぎ上げる事にしました」

「知識の神ヴェルムナルドール様のお膝元でよくもまぁそんな事を…」

 ハロルドの秘書メイビスは呆れ果てている。その間ハロルドは声を発する事もなく、ただリヒトの話に耳を傾けていた。

「今後の作戦としましては現教皇は此方の候補者を破門にするため議会を起こそうと躍起になっています。が、これは事前に察知し枢機卿の居場所を掴みましたので身柄を拘束すれば良いだけです。その後、枢機卿達の失踪を軸に教皇を帝都へ誘き出し断罪の告発。代替えとなります」

「では、誘き出すのが私の仕事でしょうか」

「卿にはダーナロ王国で信頼の置ける口の硬い商人との橋渡しと計画の為に必要な素材の手配と職人達の手配。そして、教皇を誘き出した後の窓口になって頂きたいのです。新興貴族へ訪問、と言うのは教皇の帝都訪問の口実になりますので」

 幾ら教皇と言えど流石に他国に易々と入る事は出来ない。転移結晶での転移については両国間の取り決めで緊急時に聖魔法での治療の支援を行う事になっていて許されている。その為皇帝の結界に弾かれる事はないが、秘密裏の教皇訪問がバレた時の為に口実が必要になる。
 
「…それで私を貴族に…」

「そうなのです。なので、貴方を貴族にしたのは決してご褒美にはなり得ません」

 リーンの返事にハロルドはやられました、と言わんばかりににこやかに笑う。メイビスもハロルドの負け姿をあまり見た事が無いようで少し困惑している。

「宣誓契約書は必要ですか?」

「いえ、卿の事は信頼しておりますので」

 そう言いながらポケットから取り出した綺麗な箱に収まる真鍮の塊を見せたリーンにそれはそうだ、とハロルドは更に笑った。
 普段陽気な人だとは思うが話し合いの最中、おちゃらけた様子を一切見せなかったハロルドにコレが本来の彼なのだと理解する。

「では、早速ですが、ダーナロの商人には心当たりがあるので直ぐに連絡をつけましょう。必要な素材や武器、消耗品に関しては在庫のある物は直ぐにアーデルハイド邸に運ばせます。ですので必要な物のリストを頂きたい」

 ジャンはハロルドにもう一つ皮鞄から取り出した羊皮紙を手渡し、ハロルドは読み終わるとメイビスにそれを託した。

「殆ど在庫で間に合いそうですが、幾つか取り扱いの無い物があります。数日お時間頂きたい」

 あの大量のリストを見ただけで自身の店で取り扱いがあるかどうか分かるとは、流石商人の鑑である。

「カモフラージュの品なのでお気になさらず。早急に必要な物は有りません」

「なるほど、そうゆう事でしたか」

「御理解が早くて助かります」

 ハロルドに頼んだ物は全てフェイク。実際に使う物も一部混ぜてはいるが実際に必要な物は元々用意済みだ。ハロルドとの接触に疑問を持たれた時に日用品を買っているだけだと思われるだけで済むように此方からの配慮である。勿論リーンの私的な物も含まれているが。

「窓口として、という事は他にも何か仕事があるのでしょう」

「教皇がここを訪れるよう此方で誘導します。その時に渡して貰いたいものが御座います」

 そう言うとリヒトは内ポケットから小さな袋を取り出してハロルドの目の前に置く。
 ハロルドはその小さな袋の中身を確認すると直ぐに自身の胸ポケットに閉まった。

「コレを渡すのであれば少しアクセサリー加工が必要ですね。素晴らしい宝石ですが身に付けさせなければ意味が有りませんから、本物のように擬態させる必要があります」

「そうですね。その辺は卿にお任せします」

「畏まりました」

 条件を全て受け入れたハロルドに今度は此方の誠意を示す番だ。

「では、詰めた話はまた日を改めてお話ししましょう。此方の提案を呑んで頂いたのでご質問に答えましょう。」

「彼女は…苦労しているのでしょうか…」

(ここからは私の番…)

 リーンは少し眉毛を下げてポツリと話し始める。

「…申し上げにくい事なのですが、お探しの女性は10年前に他界しております」

「か、かの、じょが亡くなった…?」

「はい、卿がダーナロを後にして6年後になります。慎ましくはありましたが、卿のお話の通り明るく楽しく暮らしていたようです」

 ハロルドの絶望を表した表情に誰もが憐れみの視線を送るがハロルドをよく知る秘書メイビスは涙を浮かべ背を摩り慰めの言葉をかける。

「そうですか、彼女の死はとても今は受け入れられそうに無いですが、それが分かっただけでも私の苦労は報われます。彼女に何もしてやれなかった私には後悔や懺悔などの想いも伝える権利はないのでしょうね」

 今はとても彼女の死は受け入れられないだろう。ハロルドはダーナロを後にした後、紆余曲折ありながらもいなくなってしまった彼女との将来を考えて必死で仕事に邁進していた。
 3年と言う歳月も片時も忘れる事なく必ず見つけ出す事だけを目標にして今の地位まで上り詰めたのだ。
 しかし、その3年の間にダーナロは大きな変革があり、彼女を知る人は皆いなくなっていた。
 それでも諦めず探し続けていた彼女がまさかもうこの世に無いなんて思いたくも無かっただろう。

「なので彼女の忘れ形見を見つけました。此方をご覧下さい」

「…これは、本当の事ですか?」

 ハロルドはリーンに差し出された羊皮紙に目を通すと涙を浮かべた顔をぐしゃぐしゃに歪ませてリーンに問う。
 少しだけ残された希望を逃したく無いと切に願う男の表情は険しい、と簡単な言葉では言い表せない。

「全て真実です」

「で、では…その子は…あぁ」

「はい、お察しの通りです」

 アリスの姿を見て納得した様子のハロルドとよく理解できていないアリス。

「リーン様…私は…」

「アリス。いえ、アイリス。貴方の事情は全て知っています。今までどれだけ苦労したのかも。でもこれから貴方は元々居るはずだった所に戻るのです」

「戻る…」

「貴方のお母様は名の通った子爵家のお嬢様だった。卿と隠れて交際し、貴方がお腹に居ると知ると商人で更には他国出身の卿に迷惑が掛からないようにと姿を消したのです」

「私も彼女が子爵家の出だと知ったのは彼女が居なくなってから少しした後の事でした。他に嫁いだのだと思っていたのですが…。私がもっと必死に探していたなら…彼女は…」

「で、では、私の父親がマスティス卿と、いう、事…ですか…?」

「はい。間違いなくマスティス卿が貴方の父です」

 アリスは泣き喚きながらハロルドに抱きつく。それをそっと抱き寄せたハロルドはすまなかった、と何度も何度も謝りながらアリスの背中を摩った。






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