神になった私は愛され過ぎる〜神チートは自重が出来ない〜

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第一章

魔法石

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 教会から出て馬車でパン屋に向かう道中、リーンは馬車の中から外を眺める。流れる街並みを見つめる目はとても遠い。
 ビビアンの協力を取り付ける事に成功したが、リーンには腑に落ちない事があった。しかし、別に答えは聞かなくても良い。勿論何となくだが答えは分かっている。気がかりなのはリヒトの態度の方だ。

「リーン様…」

「リヒト様、私が説得出来るとライセン様が言いましたか」

 隣に座っているリヒトに視線を向けて呟くと、体をピクッと反応させた。肯定しているという事だろう。とリーンは直ぐに視線を外に戻す。

「リーン様を差し向ける形になったのは本当に申し訳ありませんでした。お怒りになられるのも覚悟の上です。言い訳は致しません。以後どんな仕打ちも受ける覚悟です。なんでもお言いつけ下さい」

「何故私なら出来ると思われたのでしょう」

 それは…、とリヒトの煮え返らない返事にリーンは黙った。初めて会った時から今も変わらずリヒトはずっと丁寧に扱ってくれていた。
 小さな葉っぱを高額で買ってくれたり、今回の件も見返りなど求めず協力してくれたり、自分自身隠し事が多く迷惑をかける事も多いがそれでも何も聞かず側にいて支えてくれている。凛の人生はお別ればかりで悲しい事だらけで最後は諦めてその一生を終わらせてしまった。
 何をするにも他人に頼らず生てきたと思っていたが、それでも誰かに助けられて生きていたのだと今なら分かる。今はそれで十分だ。

「いえ、気にしないでください」

 これにはリヒトも楽しそうに話していたマロウとジャンも息を飲む。別にいいんだけども、とリーンは呑気だったが、本人達にとってはとても重大なことの様だ。

「少し気になったので聞いてみただけですよ。リヒト様やライセン様を怒ってもいません。私が怒る理由なんてないのですから」

 何がそんなにリーンを過剰評価していたのか理由はわからないが、その理由を知らなかったのは本人だけだったのね、とリーンは居た堪れない気持ちで窓の外から視線を外す事ができなかったが、その物思いに耽っている表情を落胆の意味に捉えられているとは知らない。

「私、マロウ、私兵達、執事のログス、メイド達、皆リーン様がお好きなように過ごして頂けるよう善処させて頂きますので、今後も共に過ごして頂ければと思っております」

 ビビアンを説得する為に必要な情報もまだ足りていなかったのもあっただろうが、会議後にリーンにライセン達が聞きにくる事はなかった。ライセンは会議の時も必要以上の事を聞いてくるとはなかったし、質問の内容はラミアンが教皇になった経緯やその背景、トットが不可侵領域を知った経緯などの本人達に聞かなければ到底調べ付かない様な裏の事情ばかりだった。それなら足りない情報は自分達で調べていたのは間違いない。
 あの【オリハルコン】ですら動かずにいた事件の糸口を齎したのはリーンであり、出所不明だとしても、リーンの齎すその情報だけがこの作戦を動かしているのはリーン自身も理解している。

「確かに私が持っている情報は有益でしょう。私も出し惜しみしたつもりはなかったのですが、今後は何か必要な情報があれば私が答えられる範囲でお伝えしますので、ライセン様にもそのようにお伝えください」

 これからは気をつけなければ行けない。私の情報次第で状況もすぐ変わる。情報は武器だ。国を潰すような事も容易に出来てしまうのだから。現にどの国であったとしても必ず潰せる程の情報はある。
 あの地下がいい例だ。地下の存在をゴロツキににでも渡せば王族の暗殺も思いのままだっただろう。分かっていたつもりだったが、情報と言う大きな力は良い方にも悪い方にも働く事を更に深く思い知らされた。そして、帝国もまた…色々ある。気にしなくてはいけない事がたくさんあるなぁ、とまた呑気考える。
 
「ジャン、リーン様は気づいてないのかな?」

「あぁ、今帝都で噂になってる女神降臨の話ですか?」

「そう、雷の目撃者が多くて、噂が立ったそばから父さんが直ぐに握り潰してはいるけど、このままだといつリーン様が女神だと知られてしまうか…」

 ジャンとマロウがコソコソとそんな話をしてるとはつゆ知らず、リーンはまだ外を眺めていた。

 馬車がパン屋から少し先の小脇に停車する。リーンは当たり前のように1人で馬車を降りようとしていた。
 だか、すぐにリヒトに抱えられてしまい、実行される事はなかった。まさかついて来るつもりだとはリーンも思っていなかったのだ。
 これは目立つ…とジャンに助けを求める視線を送る。

「リヒト様、ご一緒してしまってはとても目立ちます。リーン様を狙う者も増えてしまいますし、何処でトットの手の者が見ているかも分かりません。どうぞ今回はご辛抱ください」

 リーンの熱い視線受け取ったジャンがリヒトを止めて難を逃れた。これには少し不服そうな顔をされたが、リヒトもその辺の事情に関して理解は出来ているようだ。

「ジャン、リーン様を今日も屋敷にお連れしろ。明日は作戦のため朝も早い。とにかく身の安全とご自由にお過ごし頂く事が最優先だ」

 決定事項なのだろう、リヒトは言い切る。昨日も無断外泊になってしまっていた事を思い出す。

(宿屋にはパン屋の帰りに少し寄って帰らない事をきちんと伝えなければならないな)

 宿屋の優しい女将さんは少し母に似ている。見た目ではなくおっとりとした性格が母を思い出させ、とても心地よい時間を過ごしていた。

「リヒト様、大丈夫ですよ。トットの追手さえ気をつければ、帝国はとても安全な街です」

「リーン様、ならば尚更です。明日は計画通り早朝から乗り込むのです。万が一にも何かあってはなりません。油断も禁物です。リーン様に何かあれば、私はとても正気ではいられません。何処に居ても私達には常にわかる様、此方を御持参下さい」

 リヒトに渡されたのはラピスラズリの様な紺碧の宝石がついた小さなピアスだった。リーンは見た事が無い宝石だ。黒に近い青が光を当てると青空のような色になる、不思議な宝石。

(…これが魔法石か)

 魔法石にはたくさん種類がある。地球で言う所の宝石は殆ど魔法石だ。みんな何らかの効果を発揮する。なので色も豊富で効果は大体赤なら火、青なら水と見ただけで大体何の石か分かるのだが、この魔石は見た目では分からなかった。
 そしてこの石の意味をリーンは知らない。

「これはラピスラズリ、別名“導き石”と言われる魔法石です。この魔法石は1つを複数に分けアクセサリーとして加工されます。リーン様がこの魔法石にマナを通すと他の分けられた魔法石がそのマナに反応して何処に居ても磁石のように引き合うのです。もちろん他には存在しません。残りは私、ジャン、ミル、ライナ、ログスが持ってますので何かあればここに触れて下さい」

 かなり貴重なものなのは一目瞭然だ。
 実は暫くトットの追手の姿を見ていなかったし、レスターが戻った事で情報も逐一伝えられるようになり、リヒトの言う通り少し油断していた所もあったかもしれない。
 前は少しパン屋に顔を出すだけでも辺りを警戒していたのにジャン達と仲良くなってからは守ってもらっている安心感が何処かあった。トットに襲われないようにする為にどれだけ動いてくれていたのか、苦労は計り知れないだろう。

 リヒトにそっとピアスを付けられる。拒否権は無いようだ。ピアスの形をしているが耳に当てがうと穴がなくても魔法石に込められたマナで耳に張り付くようになっている。磁石のようで磁石じゃないとても不思議な感覚だった。
 勿論、リーンは文句を言う気にはなれなかった。何故ならリヒトがとても悲しそうな表情だからだ。いつも笑顔の彼の初めての悲壮な表情に少し戸惑う。つけている事で安心してくれるなら、とリーンは思った。

「大切にしますね」

 リーンは久しぶりの自分の口から出た暖かい気持ちに少し戸惑ってしまっていた。前世の辛い別れの数々は何度も彼女を地獄に突き落とし人との関わりを希薄なものにしていたが、今は別れの辛さよりも協力してくれる沢山の人達、守ってくれる人達と出会えた事がこんなにも嬉しい。

(初めに出会ったのがリヒト様達で良かった)

 そんな事を思いながら、リーンはジャンと馬車を降りる。ジャンは何も言わずともリーンを地面に降ろしてくれた。そして、いつものようにパン屋の扉を開けるのだった。


 
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