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第一章
怒りと願い
しおりを挟む(何故こんな事になっているのだ…)
目の前に置かれた書類とこれから言われるであろう問いに蒼ざめるトット。対照的にトットの目の前座るビビアンはとても冷静な表情だ。
「私は確かにあなたの目の前で転移魔法を使い、女4名と子供2名を送りました。それが10日経った今も国に届いていないと。そしてこの書簡が届いたのがその4日後です」
「つ、使いにやった者が戻っていないのは…確かです。こ、こち、らは把握を…えー、もう一度、い、いえ、えー、とですね…」
書簡を震える両手で思いっきり握りしめてトットは凝視する。書簡にはこの書簡を届ける際に予定ルートを通り道すがら確認をしたが行者も馬車も何も無く、襲われた様な事実も確認できなかったという趣旨の文言が記されており、トットはこの後の言い訳が全く出来ない状態だった。
「貴方は私とのこの取引をそんな程度に見ていたのですか?半月近く戻らないのを放置し、確認を怠り、更には相手側に確認させるなどあり得ません。レスターはいないのですか?あなたでは話が進みません。彼を今すぐここに連れてきてください。彼と話を付けます」
「レ、レスターですか、奴は使えないので…先日、ク…クビに、致しまして」
「レスターが使えない?突然何を言い出すかと思えば…。彼が居なかったら貴方などにこの様な大切な取引は頼んでいません…。そんな事も分からず彼をクビにしたのですか?」
呆れた、と言わんばかりのビビアンにトットの怒りが増し、高揚して顔は真っ赤だ。
今までトットは仕事を全てレスターに丸投げし、自身はお金を湯水のように使い豪遊するのみ。5年前に5代目に就任し、父からチベット商会を受け継いでからずっと同じ生活を続けてきた彼にはレスターが今まで何をしていたのか、この商会に幾らの稼ぎがあるのか、財産の隠し場所は何処なのか、何も知らない。
(あんな奴がいないとこのワシには何の価値もないとでも言うのか!)
「レスターが居ないなら、この取引はここまでです。彼の価値が分からない貴方は貴族になる資質も無い。それが理解出来たのならすぐにでも彼を連れ戻さない。5日だけ待ちます。それ以上は待てませんので契約条件は破棄させて頂きます」
トットは畏まりました、と俯きながら小さく言ったがその表情は怒りに狂っている。とてもビビアンの言う事を納得しているとは思えない程の鬼の形相だった。
ーーーーーー
「リーン様、到着しました」
もう、見慣れてきた恒例の抱っこでリーンとリヒトはポールの店に訪れていた。お前よくそいつといれるな…とポールは疲れたように言う。如何やら元々知り合いのようでリーンと一緒にいる事情も分かっている様だ。
「ポール様、あの件は上手くいってるのですか?」
「あぁ、もう時期来る頃だろう。あいつは仕事が早いからな」
ほら、来た。と言ったポールの言葉通り、執事風の男が店に入ってきた。
「ポール様、全て滞りなく」
執事風の男が乗ってきた馬車の扉が開き、その中にはレスターが乗っている。急な呼び出しにも関わらず冷めた表情だ。トットの屋敷から追い出されたレスターは身を隠していた。商会の情報を全て握っているレスターは消される可能性を危惧していたのだろう。
「助かった、カート。お前はもう団に戻って良いぞ」
執事風の男、とも言いカートは一礼して店を出る。一瞬カートと目があって凄く凝視されたが特に何か言う事もなく、そのまま去っていった。ポールの言葉通り団に戻ったのだろう。
ポールが店を出て、それに続いてリーン達も店を出て馬車に乗り込む。
馬車は質素に見えるが使っている物はとても良い物で質素に見せていると言った方が正しい。馬車の中は外から見るよりも広々していて、椅子や背もたれはかなりふかふかでリヒトに下された時は少し驚いた。
「私はポール・グランドール。王直属部隊【オリハルコン】の団長だ。こっちはリヒト・アーデルハイド。アーデルハイド伯爵家の次期当主。こっちはリーン。まぁ、これは気にしないでくれ」
乗り込んですぐ走り出した馬車の中で軽い紹介が始まる。
「私は、サンダーク子爵領のハーベスター領で領官をしておりましたレスター・サンダークと申します。サンダーク子爵家の遠縁の末席です。ですので、グランドール様が私に【オリハルコン】と名乗られるのは時期尚早かと思いますよ」
指摘を入れつつも挨拶したレスターはリーンを何とも言い難い表情で見つめていたが、リーンの何を考えているか分からない表情に読めない人だ、と小さく言った。
勿論、レスターはポールが【オリハルコン】を名乗る意味を理解している。言ってしまえばポールは一介の洋服店の店主で、レスターは末席ながらも貴族の端くれ。立場はレスターの方が上になってしまう。
誰もそれ以上その事について話さない。【オリハルコン】については暗黙の了解で他言無用だと分かっているからだ。
「それで候国の主の長兄様と次期伯爵様が私なんかにどの様なご用件でしょう」
「聞いてた通りの人物だな、リーン」
リーンは話を振ってきたポールに無言の笑みを送る。それはもちろん何も話さないと言っているのに等しい。
「レスターさん。今回は今までご協力頂いたお礼と今後のご相談に参りました」
リヒトはリーンの代わりにレスターに説明を始めた。リヒトの説明にレスターは顔を顰めたがすぐに相談とは?と切り替えた。
「今後教会側からの指示でレスターさんにトットが再び接触してきます。その事についてです」
リヒトが一通りレスターに説明すると、彼は何も言わず左手で顎を掴み何か考え出した。
「何故そこまでの情報をお持ちなのでしょうか?そこまで知っていらっしゃるなら私など不要に思うのですが…」
レスターはリヒトの『今までのご協力のお礼』と言う言葉で誰なのか、何を言われるのかは理解していた。しかし、どう見ても内通者が他にいるとしか思えない情報が出てきたのだ。そう思うのも無理はないだろう。
「いえ、“全て”を終わらせる為に貴方が必要です」
全て、と言ったリヒトの意味をレスターは分かったのだろう。少し微笑み、喜んで協力させて頂きます、と力強く言った。
馬車が止まり、外から扉が開かれる。
「レスター様、とても危険な事だと貴方は分かってらっしゃるとは思いますが…よろしくお願いします。怪我にはご注意を」
馬車からレスターがだけが降りる。
リーンの問いかけに馬車から降り掛けているレスターは一瞬だけハッとしたがまたすぐ表情を引き締めリーンに視線を合わせる。
「リーン様、今回の報酬は私が望むものを頂きたいのですがよろしいですか?」
リーンはレスターの問いに微笑む。
(本当に頭のいい人)
その場の状況とたったこれだけの情報でこれまでの取引相手がリーンだったのだとレスターは悟ったようだ。普通なら子供と言うだけで選択肢から消えそうなものだが、レスターには分かったのだろう。
「私に用意できるものならば必ず貴方に差し上げましょう」
その言葉聞いたレスターは、ならばその様な心配はご無用です、とリーンの手を取り優しい口づけをした。
「話してよかったのか?」
さっきは睨み付けたくせに、とぶつぶつ文句を言うポールにリーンは優れない表情だった。
「本当はもうこれ以上彼を巻き込みたくなかったので」
レスターにはかなり危ない橋を渡らせていた。パン屋の土地がトットに渡らないようにギリギリまで情報を流さないようにして貰っていたし、悪い噂も回らないよう手を回してくれていた。更には証拠となるトット直筆の命令書もポール達に渡るように手配してくれた。命を狙われる可能性を作ったのはそのせいなのだ。
淡々と話すリーンをリヒトは心配そうに見ていた。
再三言うようにリーンは極力この世界の事件についてはこの世界に生きる彼らに解決させるよう、自分は情報を提供するだけで表に出ないようにしたい。
解決する事が最優先だが、全てを教えるつもりは無かった。出してない情報も沢山ある。そうする事でリーンは自身の身を守り、彼らの貴族としての立場や繋がりを阻害しないようにしていた。トットとその周りの動きについて然り。レスターが何処に身を隠していたのかも知っていたし、トットがレスターを取り戻そうとしている事。そして、トットをこの件に引っ張り出した黒幕についても…だ。
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