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最終章
終結
しおりを挟む「なぜ効かないッ」
「攻撃が一切通らない…!」
「セシル行けッ!」
空の暗さ。圧迫感。
それらを頭上に感じながらも現状をどうにか変えようと彼らは突っ込む。
「ノーバー…」
「王女よ。このままではノーバーは妻に合わせる顔がないのです」
「いや、エレインは気は強いがとても繊細だった。お前の幸せを一番に考えていたはず。こんな事をしたら彼女は余計に悲しむ」
「…いいえ。例え、死後の世界で罵られようが、罵倒されようが、誉められようが、関係ないのです。私は彼女に合わせる顔がないのですから…」
妻エレインとは会う気がない。エフィリアにはそう聞こえた。妻に合わせる顔がないから楽園へ行く気はない、むしろ進んで地獄に落ちるつもりだというのか。
「ノーバー…何が合ったんだ…」
「ふははは…やはり、貴方は何も知らない。知ろうとしなかった。もしかしたら私に降りかかった悲劇を知っているから何も聞かなかったのかと思っていましたが…。貴方は独りよがりなことばかり…元々国の為に命をかけてはいなかった」
「そんなつもりは…」
「では、この状況は何です?貴方にはもう襲う気も壊す気も…罵倒する気すら感じられない」
王女への忠誠心すら消えたノーバーにはもうどんな言葉も届かないだろう。
その微笑まれた表情の裏側は恨みと怒りで湧き上がるドス黒い何かを纏っている。
「我々を陥れた皇帝はもう居ない。実行犯達の殆どは先のフロンタニアでの魔物事件で壊滅させた。あと何を恨むと言うのだ」
「何を?ふざけるなッ!私はこの世の全てに絶望したッ!どんなに叫んでも、助けは来ず、希望だった王女は国に帰ってくることすらない。搾取ばかりされて、帰ってくるものは何もなし。国民の皆は貴方が嫁いで行ったことに気後れし、本当の気持ちを打ち明けようともせず、国は内側から壊れていった。私はその全てを見ていた。見せられたのだ!」
「本当に辛い思いばかりさせて済まなか…」
「形ばかりの謝罪など要らぬ!私は宰相として全てを捧げて尽くしてきた!身重の妻に寄り添う時間さえ国の為に我慢して、彼女に無理させてまで国を守ってきたのに…そんな謝罪如きでは何も変わらないッ!」
彼は国の為に仕事を全うし、奥さんとお腹の中の赤ん坊を失った。何よりも守りたい物を犠牲にしても国を守ることは叶わなかった。
「全ておしまいにしよう。どんなに説得しようとも、もうこれはわたしにも止められない」
大きな岩の落下によって風が切られていく音が聞こえてくる。国を覆い尽くす程の塊だ。きっと遠くの方までこの音が轟いていることだろう。
そして、岩のとんがった先端は朝日達の真上にある。ここが岩が落下してくる中心であり、彼らにはもう逃げ場は残されていない。
城の外にいる人達ならもしかしたらギリギリ逃げ切れるかも知れないが、岩は天高い場所にあるために、本来の大きさは想像以上だ。だから、殆どの命あるものは皆この地で永遠の眠りにつくことになるだろう。
「朝日君」
「セシルさん…」
「目が覚めて良かった」
「セシルさんたくさん怪我してるね。僕、たくさんポーションを持って来たんだ。これ飲んで」
「ありがとう。飲ませて貰うよ。それよりも朝日君。ユリウスの能力でなら、もしかしたら…あの岩の落下地点の外に出られるかも知れない」
朝日はセシルに抱き寄せられて初めて、周りに集まって来た全員から見下ろされているのを知り、笑う。
こんな状況なのに何故笑うのか、と全員が顔を曇らせると朝日は更に笑った。
「みんな全くおんなじ顔してる」
お互い顔を見合って、ゆっくりと息をついた。
もう、ここが自分達の最後地なのだと覚悟して地面に腰を下ろす。
もう何も恐れることなどない。その大陸は等しくあの大岩に蹂躙され、人どころか魔物や動植物すら残らないのだろう。
ならば諦めもつく。
「今度は朝日君をアルメニアの南西にある海岸に連れて行ってあげたかったんだ」
「どんな所なの?」
「あそこは真っ白な砂の浜があってね。とても美しいコバルトブルーの海が広がっているんだ。近くには無人島もあってそこには珍しい動物が沢山いるらしいよ」
「凄いね!」
こんな時にする話ではないのかも知れない。でも、こんな話しでもしてなきゃ諦めが付いたとしても、未練が残ってしまいそうだった。
やりたかったこと、やってあげたかったこと、連れて行きたかった所、食べさせたかった料理、見せたかった場所、見て欲しかったもの、まだまだ沢山ある。
そんな未練が残らないように、今のうちに全てを吐き出してしまいたかった。
それはセシルだけじゃない。
ユリウスはまだ食べさせていない料理についてや釣りだけじゃなくて漁だって見せてあげたかった言う。
クリスも温泉地ならではの蒸し料理をまだ食べさせてなかったと言った。
ゼノは少し恥ずかしそうに冒険に連れて行きたかった場所を並べ、アイラは王都名物は蛹海老と聖剣串だけじゃないと力説している。
「何としても朝日君だけは守るから」
「安心しろ」
「生きてさえいれば、聖獣様が何とかしてくださる」
口々に漏らされる言葉に朝日は何かを悟ったかのように微笑む。
その微笑みはもう聖人のようで、美しいだけじゃなくて、神秘的なものだった。
「ねぇ、セシルさん。あれってどう思う?」
「…どうって、大岩だよ。多分、どんなに攻撃しても大き過ぎて壊すことは出来ない。出来て小さな窪みを作るくらいだよ」
「違うよ、ゼノさんは分かるでしょ?」
「……落下してるな」
朝日の質問に対して見た通りのことしか思いつかなかったゼノは諦めてそのままを口にする。
「うん!落下!落ちてるよね!」
「…あ、あぁ」
「ふふふ」
突然笑い出す朝日に何か考えがあるのかと視線が集まる。
この絶望的な状況なのに何故か朝日なら何かやってくれるのではないか、と期待させられてしまう。
だからと言ってセシル達の心配が消えるわけじゃない。己の命に変えても朝日だけは絶対に生き残らせる、という強い思いは決して消えない。
もう、大岩は頭上数百メートルの場所まで来ており、一寸先は闇と言うほどに陽の光が遮られ、顔を近づけてももう何も見えない。
セシルの朝日を抱きしめる腕に力が入る。
「大丈夫」
「…朝日君はこんな時いつもその言葉を使うね」
「うん、でも今回は本当に大丈夫。見て?」
確かに、朝日の顔がよく見える。
セシルはゆっくりと朝日から離れ、空を見上げる。
多分さっきまでそこに大岩があったであろう痕跡として、空にかかる真っ白な雲が大きな円状にくり抜かれていて、見上げる先は晴天の青空。
「“落とし物”だし、生きてるものじゃないし、的が大きいくて外れないよ!」
「なるほど…朝日君にはあれも“回収”対象だったんですね」
「何だよ、朝日…。それならもっと早くやってくれよ」
「突飛な発想ですが…救われましたね」
視線は朝日からノーバーの方へ向けられる。
彼は腰を抜かして驚くだけでなく、あの規模の魔法を術者から奪って使った代償と呪術の使いすぎで見た目にもボロボロだ。
当然これが彼の最後の手段で、これ以上何か出来る程の体力も気力も魔力もなく、正気も感じられない。
だから、敢えて誰も彼を縛るでもなく、トドメを刺すでもなく、ただその様子を見ている。
「私がして来た事は何の意味もなかったのか…?」
「そんなことはない。皇帝への復讐も、その実行犯への恨みと報復も当然の権利だったと認めよう。皇帝は我々が先に手を出してしまったので申し訳ないが、この件の当事者達を葬った時点で君の復讐は終わっていたんだ」
「…そんな、まだ終わっていない…。私は諦めない…最後まで…」
「残念だが、もう終わりのようだ。もう、お迎えが来る」
「まだだ…まだ出来るぞ…」
ユリウスはゆっくりと首を振って、ノーバーを強い視線で見つめる。
それは憐れみな同情から来るものではなく、彼が死の間際になっても消えないほど人を恨むまで、誰も彼に手を差し伸べることがなかった世界の惨さをユリウスは思い知ったのだ。
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