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最終章
覚悟
しおりを挟む「朝日……?」
「……」
返事がない。
倒れ込んだ地面が赤い血で染まっていく。その光景をうまく飲み込めない。
セシルの攻撃のお陰でニューラスは自身の主人を守るために魔法を中断せざるを得なくなり、お陰で身体の自由も戻ってきた。
「…何故、少年が…」
攻撃を受けるつもりだったニューラスは自身の背後で倒れる音が聞こえてきて振り返る。自分の想像と違う展開に全員が困惑する。
「朝日!何で…!何で…朝日が…!」
「……ごめん、ね。身体が勝手に動いちゃったよ…」
「喋らなくて良い!すぐに直すから!」
「僕はミュリアルとゾルを守れなかった。泣いても叫んでも懺悔しても戻ってこなくて、本当に苦しかった…。王女が言うように僕でこの連鎖を断ち切る。僕が我慢すれば誰も悲しくないよ…だからもう…精霊さんを死なせるわけにはいかないんだ…」
「喋らなくて良いから!朝日…言うことを聞いてくれ…!」
慌てて駆け寄るユリウスとクリスの後ろでただぼんやりとその様子を見ているセシル。
まるで今目にしてるのは現実ではないと受け入れないような視線。
「セシル!何やってる!治療だ…!」
「…っ!…い、今…」
「落ち着けッ!」
セシルは自らの手で朝日を傷つけてしまったその事実に思考が完全に動かなくなってしまっている。
理解はしている。自身が放った攻撃がそのまま朝日の腹部に突き刺さった瞬間も見ていたから。
でも、それを見ていたのに、すぐにでも治療をしなければならないのに、身体が動かないのだ。
何よりも大切で、誰よりも大切にしてきて、誰よりも朝日のことを分かっているつもりになっていたが、実際には朝日が何を抱えていたのか、何も分かっていなかった。
「ハ…ハハ…何なのだ!結局自滅してしまったのか!なら、良い。好都合だ。何の心配事はなくなった。ニューラス時間は沢山ある。進めなさい」
「…はい」
朝日を取り囲むようにユリウス達に上から叫び声が聞こえてくる。
「アホか!お前らには何も出来ないだろが!誰でも良い。メイリーンを下ろせ!直ぐに治療出来る!」
「…あ、あぁ」
ユリウスは立ち上がろうと朝日から手を離そうとすると横から鋭い風の音が駆け抜けていく。
「キャッ!」
「僕が薬師をおろすから、お前は傷口を抑えてろ!圧迫して血が溢れてこないようにするんだ!早く!」
「ッ!」
メイリーンがロエナルドの魔法で中庭に下ろされる。
メイリーンはすぐに朝日に駆け寄り、傷口の様子を見て、言葉を失う。
「…思ってたより傷口が深い。しかも、その傷の中にステンドグラスの細かい破片が残ってしまっていて、このままポーションで傷を塞いだから身体の中にガラスの破片が残ってしまうわ…」
「治せないってことか…?」
「いえ、誰か綺麗な水を持ってない?」
「メイ!魔法で俺が出せる!」
「そうだったわね!ロエナルド、ゼノも下ろしてちょうだい」
「はいはい。本当、人使いが荒いパーティーだ」
ロエナルドは悪態を突きながらもゼノに風を送り、地面へと優しく下ろす。
「ねぇ!二人も降りてくる?」
「当たり前よ!早くしなさいっ!」
「宜しく頼みたいなぁ」
「はいはい、ちょっと待ってくださいねぇ」
そうして、降りてきた二人も朝日の元へと駆け寄る。アイラが煩くしていないのは本当に不味い状況だと分かっているから。
今自分が騒いだところで何の意味もなさないと祈るように見守る。
「傷口を洗うわ。そのあと、炎症を抑えるポーションを振りかけて、大雑把でいいから縫合をする」
「縫合?」
「傷口が深過ぎて今持ってるポーションだけじゃ足りないの。薬を作るにも薬草も道具もないし」
「…素材と道具なら本人が持ってるんじゃ…」
「「「それだッ!」」」
アイラは皆んなから受けたの突然の同意と視線に驚きでたじろぐ。
「でも、どうやって出すんだ。これマジックポーチじゃないんだぞ?本人以外取り出せるのかよ」
「…やるだけやってみましょう」
ギルバートが朝日のポシェットを開け、手を突っ込む。その様子を固唾を飲むように皆が見ていたが、ギルバートは直ぐに首を振った。
「もっとポーションを持ってくるんだったわ…」
「突然連れ出されたんだ。準備する時間もなかった」
「え?それ僕のせい?」
メイリーンは何があっても良いようにと沢山の種類のポーションを用意していた。
だが、ここにくる前。入浴中にボロボロになった衣服を処分すると言われ、ポーションの存在を言うわけにもいかず、持って行かれてしまった。
「誰のせいでもないわ。状況が悪かっただけよ」
メイリーンは朝日の傷口を洗いながらそう呟く。
それを見ていた周りからは嗚咽が聞こえてくる。それはそうだろう。冒険者達は傷口に泥が入ろうと剣の破片が残ろうと魔物の血が掛かっていようと気にせずにポーションで直してしまう。
それが彼らの寿命を短くしているのだが、冒険者は危険な仕事だ。そんな危険な事をする冒険者の大半はその前に魔物にやられたり、盗賊に襲われたりして命を落とす。
だが、メイリーンはまるで魚の血抜きでもするかのように傷口に水を流してジャブジャブと遠慮なしに洗う。
「吐くなら遠くでお願いね」
「…大丈夫だ」
メイリーンはクリスやロエナルドをキツく睨みつけたあと、直ぐに桃色ポーションを振りかける。そして直ぐに傷口に針を差し込み縫合して、青色ポーションをかけた。
「…取り敢えずは大丈夫だと思う。けど、本当は聖水も欲しかったし、回復のポーションも必要よ。傷口は閉じたけど、失った血は戻ってないんだから」
「…これで朝日は死なないのですか」
「…まぁ、いつ目が覚めるかは分からないけどね」
セシルはやっと地に足がついたような感覚を取り戻す。
自分が死なせてしまうのではと何も出来なかった。そして何もできない自分を軽蔑していた。
これまでどれだけ朝日に救われてきたか分からない。なのにそれを返すどころか寧ろ死なせかけた。
全く合わす顔がない。
セシルは振り返り、何やら準備を進めているらしい二人に視線を向ける。
これは完全な八つ当たりだ。朝日の事が本当に分かっていたら精霊を死なせないためにあの行動をする可能性があるのを予測出来たはずだ。
ただその考え方は甘い。
二人がこの世界を壊そうとしているのは事実。どんなに言葉を交わしても相容れないのはさっきの朝日とのやり取りでハッキリした。
なら、出来ることは再起不能にするか、殺すしかない。
そして精霊は何としても主人を守る。王女を再起不能にするためには精霊を葬るほかない。
そしてそれをして仕舞えば、セシルは完全に朝日に嫌われると言うことも理解している。
でも、だからこそ、自分がやらなければならない。
「ユピ。悪いな」
「何を今更。寧ろ楽しみだよ」
「…そうか」
「覚悟できてないな。彼に嫌われる覚悟が」
セシルはフッ、と小さく笑いながら、二人の元へ一歩、また一歩と足を進める。
「それ以上近づくな、同族の者よ。お前は何故向こうの見方をする。あの苦しい日々を忘れたのか?」
「何を言っているのか。貴方こそ、皇城にいてウルザボードで何が起こっていたのか、見てたわけじゃないでしょ?まぁ、私も見てませんが」
「…減らず口が…」
「見てもいないのに勝手に想像して、勝手に恨んで、勝手に復讐してるのは其方では?」
「貴様ッ…!」
「エフィリア様、落ち着いてください。こんな安い挑発乗る必要もありません」
「…そう。なかなか落ち着いてるね。精霊の方は」
王女を宥めるように肩を抱く、ニューラスにセシルは冷たい視線を送る。
「…朝日くんがこうなってしまったからには貴方方には死以外の選択肢はありません」
「何を言っている。やったのはお前だろう」
「…」
「セシルも落ち着きな」
火花散る視線と殺気の籠ったドス黒いオーラ。精霊同士の視線は何とも言い難いアンニュイな雰囲気でありながらも隙はない。
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