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最終章
不能
しおりを挟む高らかに笑い上げたトアックは何の躊躇もなく綺麗なステンドグラスをものの見事に粉々に砕き、外を見下ろす。
そこから引き込む風は冷たく、つい外に出ることを躊躇させるような強い風が吹いている。
「ふむ、何やら少し使われてしまったようだが、問題はないだろう。ニューラス始めようか」
「はい、王女殿下」
彼女が身に纏うのは高速に回転し続ける風の超高音と目を伏せさせるような砂埃と砕いたステンドグラス。
ポッカリと空いてしまったその場所からそのまま外へ飛び出していく。もちろん落ちる事はない。ふわふわと浮きながら中庭へとニューラスと共に優雅に降り立った。
「…理解したか。ロエナルド」
「そうだね、これは疑いようがないかな?」
ロエナルドはゼノに苦笑いと同意の返事をすると、トアックと同じく風を纏いながら中庭へと降り立つ。
そして、セシルは朝日を抱えて、ユピと共に同じく降り立つ。続いてユリウスがクリスを引っ張り飛び出す。
ゼノ、アイラ、ギルバート、メイリーンは流石に飛び降りれるような高さではなかったので、その場から下を覗き込む。
「困ったなぁ、邪魔されるわけには行かないんだけども」
「邪魔をされないと思っていることの方があり得ないと思うが?」
「なるほど。では…そうだな、動かないで貰おうか…!」
トアックが吐き捨てるように言い、ニッコリ笑った瞬間、急に身体に脱力するような感覚が走り、全員地面に膝をつく。
「ふふふ、良いよ。良い景色だ。これまで散々生意気な口を聞いてきた阿呆どもが私に平伏しているのを見るのは絶景だね」
「…一体何をした…!」
「チッ、力が入らねぇ…」
「油断しましたね…」
「でも、残念だなぁ。何で君にはいつも何も効かないのかな?」
皆が膝を突き、崩れ落ちた中で一人たち続けていたのは朝日。何事もなかったと素知らぬ顔でみんなの前に出ていき、大きく手を広げる。
「僕はもしかしたら無敵なのかもしれない」
「無敵?それは笑わせてくれる。たった一回攻撃を防いだくらいでそんな戯言を口走られても誰も信じないさ」
鼻で笑い伏せるトアックに対して朝日も負けることなく、ニッコリと笑い返す。
何言われても僕の方が有利だ、とでも言うように。
「まぁ、いい。ニューラス、準備を進めてくれ。私は少しこの子の相手をしよう」
「朝日…!下がれ!向こうは相当闘い慣れてる!危険だ!」
「口は閉じていてもらおうか!」
「うぐっ…」
トアックが強く言葉を発する度に、その言葉通りになる。動かないで、と言えば身体から力が抜け、口を閉じろ、と言えば口を開くことが出来なくなる。
「不思議かい?これは言霊魔法と言う。残念ながらやっているのは私ではなく、ニューラスだがね。わたしに力を貸してくれるのだ。どうだい?とても楽しいだろ?愉快だろ?」
「トアック。この前の話し、きちんと考えてきてくれましたか?」
「あぁ、なんだったか。私がニューラスに無理強いしているとか、優遇しているとか、そんな話しだったか」
「迷惑について話していました」
トアックは淡々と返してくる朝日に少し眉間に皺を寄せて、睨みつける。
相手が王女だと分かっても態度を変える気がない事も、ずっと呼び捨てにされている事も、彼女をイラつかせる。
トアックは頭に巻いていた布をゆっくりと取り始める。スルスル、と地面に渦を作っていき、最後の布が地面に落ちた時、彼女の美しくて長い艶やかな髪が露わになる。
「トアックは今は亡き弟の名前でね。本当の名は別にある。特に名乗る気はないが、弟の名を軽々と呼び捨てにされていては叶わんからな」
「では、王女様。お返事ください」
「何故、そんなことを考えなければならないのか、私には分からない。迷惑が何だと言うのか。かけた、かけてないで言うならば私は迷惑をかけたのだろう。だから、何なのだ。これ以上の話しは私にはない」
「ならいいんです。貴方の中で納得できる答えが見つかったのなら」
「…見つかっている」
王女の返事を聞いて朝日はニッコリと笑い小さく頷く。
今もなお、動けずに伏せっているセシルには二人の会話の意味は分からない。
ただニューラスが何者なのかはハッキリと分かった。彼は精霊だ。それもゾルと同格の大精霊…いや、もしかしたらそれ以上の存在かも知れない。
セシルはこれまで自身がエルフのハーフだと悟られないよう、常に能力を魔法石でできた腕輪の中に閉じ込めていたが、今日は全てに警戒するため、その力も解放していた。
だから分かる。
あのニューラスと言うのがとてつもなく高位な精霊だと言うことが。
(朝日、気付いてくれ…。あれは精霊だ…。勝ち目なんて何もない…お願いだ…あと少し、あと少しで…コレさえ手に出来れば…チャンスはある…)
「なら、話しは終わりだ。君には利用価値があると思っていたのだけれども、それは見当違いだったようだ。早めに見切りをつけて捨て置けば良かったよ」
「王女様。本当に許す事は出来ないですか」
「くどい!私に我慢を強いるなら、お前たちがしろと言ったはずだ。我々は一度死んだのだよ。私は捨て身の覚悟を持っている。全てに見捨てられ死をも覚悟した我らをお前はどう救うというのだ」
「貴方にもこうしてずっと一緒にいてくれる人がいるってまだ気づけていなかったのですか?その人が貴方をどれだけ大切に思っているのかも分からないと言うのですか?」
「私は今日この日のためだけに生き返った。何もかもを捨てて、諦めて、その念願が今日叶うのだ。あと何を私に諦めろと言うのか」
「違うよ。僕は気づいて欲しいだけなんだ。貴方が全てをかなぐり捨ててまでも諦めきれていないものの存在を」
王女は本気で意味が分からないと朝日を嘲笑う。今の彼女には一体どんな言葉なら伝わると言うのだろう。
全ての物事に対して頑なに拒絶し続ける彼女にもし言葉が伝わるとしたら。それはもう一つしかないのかもしれない。
「本当に分からない?考えないようにしてるの?近過ぎて気づかないのかな?僕には伝わってくるよ?王女様がすごく大切にしてるって事が…」
「何もかもどうでも良いのだ。私はただひたすらに復讐だけを望む。…ニューラス、準備は終わったか」
「もう少しです」
(…今か…!)
ーーーヒュンッ
セシルが魔力を込めて放ったステンドグラスの破片。
「エフィリアさ…」
「私に構うな!作業を続けろっ!」
「…ッ!申し訳ありません…」
「やめろ…辞めてくれ…!」
時が止まる感覚。
向けられた凶器も、噴き出る鮮血も、目の前に現れた仲間の姿も。何もかもがゆっくりと動いているかのように感じる。
そして、押し寄せる大きな物を失ったと言う喪失感。
次々に思い出してされていく楽しかった日々とこれまでの道のり。
あぁ、自分は何をしていたのか、と考える時間さえあるように感じる。
何のために復讐をしようとしていたのか。それら全て民だけのためだったか。
押し寄せる不安と恐怖で体が震える。
大丈夫です、と肯定してくれる人はもういない、と思い知らされる。
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