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最終章

誓い

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「本当にこっちなのか?」

「…う~ん、情報通りならそうなのだがなぁ」

 不安そうな足取りでゆっくりと歩みを進める兵士達。手に持つ槍は飾りのようで、一寸先の闇に足を取られないように白杖のように扱う。

 彼らが何故暗闇を進んでいるのかと言うと、数十分前にこの帝都に隠れ住んでいる者達がいると情報が入ったからだった。
 上官からの命令でその情報の確認のために派遣されたのがこの四人。彼らは日雇い労働者で剣術や武術など戦闘技術は全くないズブの素人だ。

「なぁ、本当にこんな所に人が住めるのかよ…」

「…だよなぁ、こんなに暗いんじゃ獣以外まともに歩く事も出来ないんじゃないか…?」

 彼らが進む道は、二人ほどがやっと並べるくらいの狭い道で、灯りとなるものは一切ない。時折り何かの鳴き声が聞こえて来て、彼らはただただ恐ろしいくて身を震わせていた。

「こ、此処だ…」

「これで誰もいないとか、辞めてくれよ…」

「…誰もいないなんて、あるのか…?」

「や、辞めろよ…恐ろしくなるだろ…」

ーーーヒソヒソッ

 確かに人の気配があるし、顰められているが声も聞こえてくる。
 先頭にいた男が他の男に目配せをして彼らと頷き合うとドアノブに手をかけた。

「帝都憲兵から派け、ん……おい、大丈夫か!」

「どうしたんだ!」

「エルフだ、多分貴族連中に捕まえられて此処に閉じ込められてたんだろうな」

「くっ…可哀想に、子供までいるぜ…」

「エルフは城行きだろ…?大丈夫かよ、」

「いや、だからと言って俺たちには何にも出来ないしなぁ」

「此処にいるよりはマシだと思わないか…?」

 彼らはエルフやウルザボート出身だと証明出来た者は城に連れて行かれると聞いているだけで、彼らが城に連れて行かれた後、城内部で何が起こっているのかは全く知らない。
 だから、彼らがこれまで悲惨な生活を送ってきたのかを目の当たりにして彼らの処遇をどうするべきかを悩んでいるのだ。

「…こんな所で飢え死にするくらいなら皇帝でも貴族でもいいから仕えた方がマシだ」

「…そ、そうか。エルフ族は精霊を扱えるからな、重宝されるだろうよ…頑張れや」

「お気遣いどうも」

 そんな中で捕られられていたエルフ側からの発言で話しはすぐに纏まった。
 最も、彼らが気にしていたのはエルフ達のことではなく、自分たちの事だ。
 命令に背けば自分達が危ない。が、しかし、可哀想な人達を見捨てるのも自分達が悪い奴に見える。
 エルフが提案した時に深く安堵していた彼らからは人間というものの欲深さ、浅はかさ、偽善、欺瞞が良く滲み出ていた。

「城に行くには広場にある馬車に乗る必要がある。歩けるか?」

「大丈夫だ、気にするな」

「そうか、あまり食べていないのだろう。こんなので悪いが、妻の手作りだ。良かったら貰ってくれ」

「…施しは…」

「ありがとう、おじさん。僕、お腹ぺこぺこで…」

「坊主、よく頑張ったな」

「ありがとう」

 サンドウィッチを受け取って喜ぶ少年に兵士はニコリと笑った。

 そのまま大人しく表通りまで戻ってきた彼らに久しぶりに太陽が出迎えてくれる。
 あまりの眩しさに目を細める彼らは息つく暇もなく呼び止められる。

「その者たちが隠れ住んでいた者たちか?」

「鎖に繋がれていました。貴族連中に囚われていたか、もしくは売られる前だったのでしょう」

「…ふん。まぁ、いい。エルフなのは一目瞭然だからな」

 特徴的な尖った耳。エルフ族らしいプラチナブロンドに翡翠の瞳。見惚れるほどに整った顔立ちをしていて、その視線は何処か冷たく見える。
 何より、エルフ族にしか作れないと言われている特別な衣装を着ている事が何よりの証拠だ。

「この馬車に乗れ、すぐに城に着く」

「坊主、達者でな」

「ありがとう、おじさん」

 無理矢理押し込まれる。ような事はなく、笑顔で別れを告げる。

「良い子だったなぁ」

「うちの子もあんな風に育って欲しいものだよ」

「お前んところ幾つだったか」

「もう、10歳だ。お父さん臭い、だとよ。こんなに頑張ってるって言うのによ…」

 手を振るエルフの少年に絵を振り返しながら兵士達はどうしようも無いことを笑顔で語り合っていた。





「流石、メイリーンさん!完璧だね!」

「まぁ、こんなもんよ」

「勝手に毛髪を盗まれていた私は貴方をどう訴えるべきか考えているところです」

「ねぇ、これならセシルさんと兄弟って言っても信じてもらえるよね!」

「えぇ!絶対に信じられるわ!」

「コホンッ。…まぁ、訴えるのは面倒ですし…今回は見逃すことにしましょうか」

 何と和気藹々の馬車の中。
 馬車は人を乗せるための物らしく、荷物は一つもなく代わりにクッションが乗った木箱が並べられていた。
 座り心地は何とも言えないが荷馬車にわざわざ備え付けたのであれば、かなり気を遣ってくれているように感じる。

 馬車は程なくして止まり、降りるように御者から声をかけられた。

 皇城自体はいつもと何ら変わりないように見えるが、その雰囲気はいつにも増して重々しい。
 空気が澱んでいる、とでも言えば良いのだろうか。呼吸がしづらく感じる。

「エルフ族がこんなに…」

「誰に囚われていたか分かるか、」

「…衰弱はして無さそうだ。飯は食えてたんだな」

 何が墓穴になるか分からない。極力話さないのがルールとなっていた。

ーーーこれは私が開発した振りかければエルフの姿になれる香油。効果は一刻ぐらいが限界だと思うわ。注意して欲しいのは見た目はエルフでも声質や言語、訛りなどに関してはハイゼンベルク伯爵以外は似てないってこと。

 メイリーンの注意を思い出しながら朝日は彼女に頷いた。

「僕はお姉さんと一緒にお風呂に行きましょうか」

「…僕、お兄ちゃんとが良い」

「えっ、でも…」

「本人のやりたいようにさせろ。命令だろう」

「え、えぇ…」

 名残惜しそうに離れていく手をから朝日は一目散逃げる。何故かその手が気持ち悪く感じたのだ。

「風呂桶だ。皇城の風呂だ、凄く広いからゆっくりしてこい」

「…ありがとう」

 一同風呂場に押し込まれる。
 確かにそれっぽくみえるように、頭に油を塗ったり、頬に泥を付けたりしている。それを洗うことが出来るのはありがたいが、もう少しで香油の効果が切れてしまう。
 その前に何としても単独行動を取りたい。

「セシルどうする」

「…まず、代表して私がここを仕切っている者に合わせてもらえないかを頼んでみます」

「まぁ、それはお前にしか出来ないだろうな…」

「此処にはエルフの他にウルザボート出身の人間もいます。…これは苦肉の策ですが、姿が戻る頃に上手くそちらに馴染んで下さい。上手くいけば良いですが、災厄侵入者扱いもやむ終えません」

 もう此処まで来てしまったのだから後戻りなんで出来るはずがない。
 そもそももう時間なんてものももうないのだ。手をこまねいている隙に世界が着実に終わりへと向かっていく。
 ならば、今出来ることを最大限にやるしかないのだ。

「そうなったら、取り敢えず皇城に潜んで情報収集だな」

「何がどうなっているのか、把握しなければいけないですから」

 セシルとユリウスが今後についていつにも増して真剣に話し合っている中、全身を洗い終えた朝日とクリスが大浴場に興奮して大騒ぎをしている。
 バシャバシャと水の掛け合いをしたり、泳いでみたりと二人とも完全に子供のようにはしゃいでいる。

「全く…緊張感のない……バシャッ!」

「ゼノさんに命中したよ!やるじゃねぇ~か!」

「……朝日」

「…ゼノさん怒った?」

「この野郎!!!」

「きゃー!溺れるよ!」

 キャッキャっと楽しそうに遊ぶ三人に呆れお通り越していっそ、微笑ましく見える。
 これからが一番大変だ。でも、この気の抜けた時間が寧ろ肩にのしかかっていた不安や重圧を降ろさせてくれた。

「男子側楽しそうね…」

「私、全然朝日くんに構ってもらえないんだけど!」

「アイラ、諦めな」

「それを言うならメイリーン!あんたもいい加減ギルバートの事諦めなさいよ!」

 裏では女の醜い争いもあったようだ。







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