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最終章
重なる思い
しおりを挟むガタッゴトッ、と音を立てながら進む馬車の中には完全武装をした数人の冒険者達。彼らはこれから魔物が蔓延る戦地へと向かう。
「ゼノ…話がある」
神妙な面持ちでそう口を開いたギルバートはゼノの隣で指を組み額に当てていた。
話したいのは此方も同じだ。
この話し合いは決して避けては通れない。
彼は裏切りったのか。それとも他に理由があったのか。その言い訳を聞いてやるくらいにはゼノはギルバートを信頼している。
「お前が感じているように私は奴が死んでいないことを知っていた」
「だろうな」
ただ、この話し合いで二人の関係は大きく変わってしまう可能性がある。それはお互い良く分かっていた。
だから一言一言の言葉が重い。
嘘はつきたくない。でも、思っていることを伝えるのは案外難しいことなのだ。
「私が二人の正体に気付いたのは二人が私達のパーティーに入って、少しした頃だった」
ある日の依頼で訪れた街にある何の変哲もない宿屋、夜の裏路地。
ギルバートはゼノやアイラ達との依頼達成の打ち上げを終えてクラクラする頭を冷やそうとその路地に入った。
そして、前々から依頼以外では単独行動の多い二人が偶々誰かと話しているのを目撃し、聞いてしまったのだ。
背格好と体格、声のトーンから見て男だろう。その男から王子と呼ばれるトアックと畏まった様子のニューラス。
ギルバートは以前から二人に対して違和感を感じていた。絶妙に上品さ、育ちの良さが垣間見えることがあった。
二人がそれを隠している様子も伺えたので何か事情があるのかも知れないと敢えて深くは聞かなかった。
「だから私は彼が王子と呼ばれているのを聞いて直ぐに納得した。そして、見たんだ。奴の髪色が真っ黒だったのを。それでウルザボードの出身だと分かった」
トアックとニューラスの二人はパーティーを組む数年前に滅びたウルザボードの逃げ延びた王子とその従者だったのだ。
トアック自身まだ幼かった事もあり、外交などには参加しておらず、王族として顔はあまり知られてはいなかったが、ウルザボードの王族には外見に特徴があった。それが真っ黒な頭髪だった。
決して黒髪がウルザボードにしかいないわけではないが、真っ黒となると王族しか有り得なかった。そんな特徴を隠す為に彼は常に大きな帽子で髪を隠していた。
そして、誰も見たことがないはずなのに誠しやかに囁かれていた噂ではウルザボードの王子の瞳はとても珍しい美しいアメジストだ、と言うのも当てはまっていた。
「ウルザボードの出身だと分かった私は彼らの目的を探り始めた。怪しい男はしょっちゅう会いに来ていたし、属国だからそれなりに情報源があって、思ったよりも簡単に色々と分かったよ」
怪しい男との会話、図書館でウルザボードの歴史について調べたり、ウルザボード出身の人に話しを聞いたり、とギルバートは皆が寝静まったあと単独で二人のことを徹底的に調べた。
そして、ウルザボードが滅びた理由や彼らの本当の目的も徐々に分かって来た。
ウルザボードは自然豊かな土地だ。山も川も海も森も、多く同時に手付かずの資源も多く存在した。
ウルザボードには大きく分けて三つの部族。エルフ族、そして生活を共にする精霊族、人族が共存していた。お互い助け合うまでは行かないまでも挨拶を交わすことぐらいはできる間柄だった。
そして三者間での古くから守られ続けている暗黙のルールがあった。
必要な資源のみを恵みとして貰い、自然を保ち続けること、だった。
決して神から与えられた土地を荒らしてはいけないとお互いに自然を守っていた。
「マナジウムを手に入れるためにウルザボードの自然豊かな土地を平気な顔で踏み荒らしたのが元皇帝ガブリエラ・ディア・オーランド。皇帝は森を荒らしその三部族を仲違いさせて争いの火種を作り、まんまとウルザボードの土地で戦争を始めさせた」
そして、ウルザボードはたった数日で滅び、仲裁国としてオーランドが介入し、結果的にオーランドの属国として今もオーランドの王弟、ディエゴ・ディア・オーランドが国を収めている。
「私は多分、彼らに同情をしていたのだと思う。必要のない無駄な争いで潰しあったこと、謂れもない疑いをかけられて同胞を亡くしたこと、そして、国を無くした彼らを。だから、彼らが抜けると言った時も私は直ぐに受け入れた」
パーティーが有名になる事、それは二人には都合の悪いことだった。二人は進めて来た復讐計画を完遂するために、顔を晒すことで正体に気付かれること、それはとても危険なことだった。
ギルバートが知ってしまったように何があるか分からない。偶々ギルバートはそれを漏らさなかったが、他も同じになるなんて運の良い話があるわけがない。
「お前は復讐を望んでいると知っていて二人を支持したのか」
「復讐には私も賛成だった。あの件さえなければ、私の恋人は今も私に笑いかけてくれていただろうさ…」
ギルバートの乾いた笑みはゼノを揺らす。
復讐。それは一重に言っても沢山の選択肢がある。見返してやる、と自身を高めて相手に後悔させるのも復讐だし、因縁の相手に危害を加えることだって当然復讐だ。
前者はとても前向きで自身の成長と充実させることが出来るが、後者には生きるか死ぬのみ。もう後なんかないのだ。
「…状況は何となく理解できた。奴は復讐計画の為に必要な金を手っ取り早くパーティーを組んで大きい依頼をこなしたかった。そして、程よいパーティーに入り、隠れ蓑にしていたが、俺らのパーティーが有名になり、都合が悪くなった。そういうことだろう?」
「そして我々の元から去って行った」
奴らに同情してしまったギルバートの気持ちは分からないでもない。彼の愛した人が無意味な死を遂げて、彼らに共感してしまったのも理解出来ない訳じゃない。
ただ、今回の件。
ギルバートの行動次第ではもしかしたら、未然に防げたかも知れない。
作戦通りに進んでいて順調ではあるが、少なからず死傷者が出ている。
ギルバートの行動を肯定する事はできないし、楽観視することも当然出来ない。
「じゃあ、あの時…。奴は何で俺に会いに来たんだ。何故お前はあの場に来なかった」
「…ゼノ、信じて貰えないかも知れないが私はあの時ニューラスに捕まっていた。お前の身に何が起こっていたのかもニューラスから説明もされた」
ニューラスはギルバートが二人の正体について勘付いていると分かっていた。
そして彼がそれについて誰にも何も話してないこと、寛容していることからギルバートが協力者になり得ると考えた。
だから、当日ギルバートを説得することにしたのだ。
「奴がお前の前に現れたのは単純に自分を殺すためだ。死んだことにして、裏社会で稼ぎ、復讐のために自由に動きたかった」
そして奴らの狙いは初めからこの世界への復讐だった。それもこの世界全てを巻き込む程大きな復讐だった。
「今まで言わなかった理由は?」
「…迷ってたんだ。でも、奴らがしようとしている事を知って今は後悔している。奴の恨みは皇帝やオーランドにだけ向けられているのではなく、彼らの助けを求める声を無視した他国にまで及んでいて、関係のない子供にまで手を出そうとしている」
「で、どうするんだ」
「此処まで聞いて分かる事は?」
「…リューリュー達のことだろうな」
「私にも分からないんだ。三人とも奴の子の可能性があった。だから、ロエナをつけてお前のそばに置いておいて調べさせていたんだ」
元パーティーメンバー達。三人はとても珍しい容姿をしていた。リューリューは紫がかった珍しい瞳を持ち、ピチュリは大きな帽子を外したところを見たことがないし、ハースは珍しい黒っぽいダークグレーの髪。
三人ともそれっぽい特徴を持っている。
そしてロエナルドはこの件のためにギルバートが用意した人材だった。
「誰かまでは分からない。寧ろ長く一緒にいて何か思い出す事はないか?」
「わかんねぇ…」
ギルバートはゼノの返答にやっぱり分からないか、と困ったような瞳を向けた。
「ロエナもそう言ってる。多分、本人も父親の顔を知らないのだろう」
「母親の方に聞くしかない、か」
ゼノは大きなため息を吐く。
やった事全てを許せるわけじゃない。たが、ギルバートは見逃していただけで手を貸していたわけじゃない。
それにギルバートはもしもの時の事も考ええて手を打っていた。
(ギルバートらしいな)
それならもう、今出来ることをやるしかない。ただそれだけだった。
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