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最終章

最後の夜

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「アイル、ありがとう」

「くぅ~ん」

 物凄い速さで森の中を駆け巡る。
 二人が朝日を迎えに来たのは事前に二人に頼んでいたからだ。また森で何か起こった時、呼びに来て欲しい、と。
 そして、二人が来たと言うことは守護者の森で今何かが起こっている、もしくは行われているということだろう。
 
「フィン、実はもう食べちゃったんでしょ?」

「勿論だ、あんなの私達の森に置いておけるわけがない」

「そうだよね。…本当にフィンの言う通りになっちゃった」

「…」

 先日、二人に会いに来ていた朝日。
 その時、フィンは世界が終わりに近づいている、と予言のように朝日に漏らしていた。
 世界中で取り尽くされてしまった魔法石。二度目の聖獣襲撃。各地で起こる魔崩れ。
 そして、その時は着実に迫っていて、もうほぼ回避し難いことだとフィンは言った。
 ただ、フィンが朝日を迎えに来たと言うことはまだ何か出来ることがあるのかも知れない、と朝日は少ない希望を持っていた。

「人間は勝手に我を聖獣だと呼ぶし、魔物達もそう呼ぶが、この世界の聖獣は変わらず古の龍、イグニス様…あのお方のみ。あのお方がいなくなったこの世界はただゆっくりと死に絶えていくだけなのだ」

「…みんな信じたくないんだよ」

「知ったことか。私はあのお方が残された言葉の通り、この世界の終わりを見届けるのみ。…心残りがあるとすれば、…二人の息子の晴れ姿が見れないことぐらいだ」

 悪態をつくフィンに朝日とアイルに優しい目を向ける。

「フィンは優しいね」

「我は優しくなどない」

「優しいよ。見届けるだけって言いながら魔物が森から溢れないようにしたり、森が残るように毎日見回りをしてたし、迷った子供を助けた事もあったね」

「…ふんっ。厄介なのを拾ったものだよ」

 こんなに世界のために何のギリもない人間のために聖獣として支えてくれている二人になんの恨みがあって傷付けようとするのだろうか。
 愚かしいにも程がある。
 実際マナジウムなんて無くとも生活は出来ているし、二人がいる限り魔崩れなんて本来なら起こり得ない。それなのに、強くなりたい、お金が欲しい、地位が欲しい、権力が欲しい…と欲望に駆られ無くてはならない存在を消そうとする。
 そんな彼らが憎くて仕方がない。

「フィン、恩はちゃんと返すよ」

「恩だと?我は我の神のためやっただけだ」

「うん、イグニス様にもお礼を言わなきゃね」

「…」

 フィンは突然足を止める。
 アイルは驚いて、少し先まで進んでしまい慌ててフィンの元へと駆け寄る。

「…我は我の神を殺した人間が憎い。我は聖剣が主人を見つけられるまで守るよう神イグニス様に言われていた…。しかし、我の神を殺したのは人間ぞ!誰も信用できるわけがない…一生許せるわけがない!いつの間にか勝手に持ち去るものは居ても、我はその行方を見守るだけ。そいつらは聖剣に選ばれたのではない。だから、戦いと共に命を落とす」

 突然始まったフィンの懺悔にも似た話し。
 偉大なる龍、イグニスがいなくなった世界は彼と同じくゆっくりと破滅へと進む。フィンが彼から聖獣として与えられた役割は聖剣を守ることだった。でも、聖剣を十分に使いこなす人も認められるものはおらず、聖剣はただの観光地や威光を表すための飾りとなりつつあった。

「二度目の魔崩れが起こった時…。我は我の本当の息子を亡くした。あれは完全に我のミスだ。絶対に信じてはならない人間なんかに不覚をとり、取り乱して荒れ、森も相当破壊してしまった。アイルはフェンリルではない。シルバーウルフというただの魔物だ」
 
 魔崩れが起こる原因。
 それは聖獣の代替わりが上手く行われなかったからではない。聖獣自身が深い悲しみを受けた時に世界中のマナの流れが変わり、その乱れたマナに触れた魔物は混乱し、正気を失い、暴れ回るのだ。
 その影響力は聖獣の力に匹敵するため、イグニスの時ほどの規模の魔崩れは起きないが、それでもフィンが息子を亡くしたあの日、イングリードは滅びた。

「あの時、怪我をしたアイルを見つけていなかったらこの世界は本当に消えていたことだろう」

「アイルは怪我をしていたの?」

「あぁ。そしてその手当てをしたのは人間の男だった。息子に似たアイルが襲われていると思い込んだ我は手当をしていた男に飛びかかったのだ。だが、奴は簡単に我を退けた」

「それは誰だったの?」

「分からぬ。ただ、中々の手合いのものだ」

 とにかくその人が居なかったらこの世界は消え失せていて、今はそれを繰り返しかけている。良くはないが、今回怪我をしたのはフィンだったから細々とだがまだ生命線が繋がっている。
 怪我をしたのがアイルだったら、再びフィンは正気を失い、今よりも更に大規模な魔崩れが起こっていただろう。

「とにかく、これで僕も少しの間は自由に動ける。冒険者として出来ることをするよ」

「…はぁ、勝手になさい」

「頑張ろうね、アイル!」

「キャンッ!!」

 再び駆け出した三人。
 気付けば辺りは薄暗い。禍々しい様な、神々しい様な、今いる場所と対岸では全く異なる次元にあるかのような不思議な感覚。
 その場所へ足を踏み入れることを一度は躊躇させるが三人には歩き慣れた場所だ。

「ふむ…また入り込んだ奴がおるな…」

「アイルを狙ってるんだよね?」

「くぅん…」

「…まぁ、そうだな」

「じゃあ、アイルさえ守れれば良いんだよね」

 朝日はアイルの首に紐をかける。
 少し嫌そうな素振りをしたアイルだったが、朝日がごめんね、と頭を撫でるのでアイルは大人しく腰を落ち着けた。

「ふむ、成程。確かに並の人間になら気配を悟らせずにいられるかも知れないな」

「うん、これは僕も少し頑張ったんだ」

「本来ならお前の眷属にでもすれば良いのかも知れないが、この子を手放す事が我には出来ない」

「アイルもフィンと一緒いる方が絶対に幸せだよ」

「朝日、勘違いするでないぞ。我はお前も我の息子だと思っておる」

「うん…!分かってるよ。フィンが僕を街へ送ったのは僕のためだって」

 フィンは朝日に顔を寄せる。
 彼女の暖かさと優しさに引き去られる様な胸の痛みを抱えながら朝日は笑う。

「朝日。早速、その恩とやらを返してもらうおうか」

「勿論だよ、フィン」

「アゥアゥ!」

 深く、暗く、冷たい、じめじめとした森へ三人は消えていった。









「…私は何故失敗したのかを聞いている」

 地面に伏せている窶れた男の顔を鷲掴む。
 酷く怯えた男は彼に対抗する事も出来ず、ただただ身体を震わせるだけ。

「わ、私は言われた通り…ひ、人の多い場所や重要地点…表通りや裏通りまで完璧に…えぇ、寧ろ郊外のそれは完璧に仕上げるためのサプライズだったのです…」

「お前が完璧に仕上げたはずなのに、何故爆発は郊外の寒村部ばかりだったのだろうな」

「そ、それは…」

「この狼煙で私は世界中を恐怖に陥れてる予定だったのだ。それが見てみろ。主要都市はそのままに、怪我人ひとりいないそうではないか。今のままでは私はとても滑稽ではないだろうか…?」

 トアックの計画。
 それは決死の戦いを行い、やっと魔崩れを退けたところに更なる絶望を与えるためにオーランド以外の国の主要都市に大量の魔法爆発を起こさせる予定だった。
 そして、次こそは必ず聖獣の子供を仕留めて本物の魔崩れを引き起こし、魔物による蹂躙で世界中が平らになる。
 復讐は順調に進んでいるはずだった。

「私はね、何故自分が死ぬのか、死なねばならないのか、と何処にぶつければ良いのか分からない怒りを抱きながら死んで欲しいのさ。我々の同胞がそうだったように」

「どれだけの人々が無常に目の前で儚く散っていったのか…。お前も覚えているだろう」

「も、勿論です…私の妻は、妻は…」

「そうだったね。辛いことを思い出させて悪かった…。でも、だからこそ…無意味に呑気に生きている者達に理解させなければならない。そうだろ?」

「はい、王子」

「では、一緒に様子を見に行こうか」

 一度、男を部屋へと帰らせてトアックはゆっくりと息を吐き出すと、ニューラスに背を向けた。

「計画はとても順調だった。イングリードをぶっ壊した時から今日の今日まで…ねぇ?そうだろ…?ニューラス」

「えぇ…。全て想定内の出来事でした」

 ピクリと反応するトアック。

「想定内…か。そうだな、英雄は誰一人始末は出来ないし、聖剣は一本も手元にない。邪魔な子供すら連れて来れず、皇城にあったはずの魔法石は全て研究者が持ち去ったまま。そしてオルブレンは奴らよりも先に見つけられない」

「想定内です。どんなに上手くいかなくとも、最後には“アレ”があります」

「…まぁ、そうか」

「彼らの歪んだ顔を見て、全てを終わらせましょう」

 トアックの手を握るニューラス。
 本当の意味の最後の時間を二人は空に浮かぶ大きな月を見て過ごした。






 
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