141 / 157
最終章
誘い
しおりを挟む「おい!そっち行ったぞ!」
「クソッ。昨日より増えてやがる」
「手が空いてるやつは怪我人を運べ!」
元聖剣の丘近くの森の中。
直ぐ近くに街があるために地方自治を担う赤騎士達が魔物退治に精を出している。
「団長!進行方向から見て二時の方向。距離300メートル。大型トロル5です!」
「はいよ!」
「副長!右手斜め前!10秒後かち会います!」
「りょーかい!」
一瞬なら楽しそうにも見えなくはない。
ただ、怪我人も出ているし、此処だけに止まるわけにも行かない。フロンタニアにはまだまだ沢山の街や村があって、領地が広すぎる所では領主達でも手が回らない。
ここ数日は各地に部隊を派遣しつつ、魔物退治をしていたが、王都カバロに近づけば近づくほど、魔物の数は増えていき、その強さも増している。
有難いのは魔物が発生するのは森からだけで、森周辺を守っていれば大丈夫だと言う事だ。
「ん?こっちは片付いていたのか」
「おー?其方は?見慣れないけど、冒険者か何か?」
「コイツは何言ってやがる」
「ボス。コイツは赤騎士の奴らですよ!」
「ほ~ぅ。朝日が強いと認めたやつか。なるほどなぁ。体つきは悪くねぇ」
「いやいや、其方こそ!中々の肉体だ!」
「お?話し分かるじゃねぇか!俺はボスと呼ばれてる。あのセシルとか言うやつは筋肉がなんたるかを知らねぇ」
「俺はエルダーだ!宜しく!」
「初めての気がしねぇぜ」
「同じくだ!兄弟よ!」
何故か出会ってその場で意気投合する二人に周りは唖然としていた。
ムキムキの男二人が肩を抱き合ってニコニコと笑い合っている絵なんて全く求めてない。
「ボス。そろそろ戻らないと」
「おう。朝日のお見送りに遅れちまう」
「朝日…なんか聞いた事ある名前だそ?」
「団長!国王からの任務で森に一緒に潜られた方の名前ですよ!」
「あ~!通りで聞いた事あると思った!」
彼は究極のアホだ。折角耳元で話していたのにそんなに大きな声で反応しては意味がない。
生きていくための技術や能力、知識に関しては右に出るものはいないだろう。その代わり、それ以外の一切の物事を覚える気がなく、王であっても玉座に座っていなかったら誰?と聞くレベルだ。
だから、寧ろ一度会ったことがあるだけで、認識しているなんて奇跡だ。
だとしてもだ、目の前の彼らはそんな事知らないし、もちろん知られたくないし。
でも、確実にそんな事言ったらダメな雰囲気だったのだけはよく分かる。
「何だ?知り合いか?」
「実はお互い迷子になってしまったが森で助け合って何とか脱出出来てだな!わりと知り合いだ!」
まぁ、災厄アホなのがバレるのは良い。
でも、彼の事を覚えていなかったと言う事だけばバレないで欲しい。
額に汗を滲ませながら、ボスの顔色を伺う。
「なら来い。朝日がオーランドに行くそうだ」
「お見送りか!是非参加しよう!」
本当に何か分からないが、とても気が合う二人。もしかしたら、兄弟だったのではないかと思ってしまうほどに息があっている、気がする。
「俺はな、元盗賊でよ。それなりに有名だったんだがよ?運良く朝日に見つけられちまったよ…。まぁ、早い話し、盗賊を辞めたんだ」
「そうなのか!俺も昔は盗賊をしていた!」
「え、いや…団長…それ言っちゃダメなやつ」
「何だ?同じ畑出身だが、お前は天下の騎士様で、俺は模範囚だって?人生何があるか分からねぇな!」
「そうだな。俺も運が良かった。偶々聖剣が俺を認めたらしい。そしたら、いつのまにか此処にいたんだ!」
話しが噛み合っているのかどうなのかいまいち分からないが、割とお互いの深い話しをしているのだけは分かる。若干聞いてはいけないような内容が入っていたのは気にしないことにした。
たぶん境遇は近しいものがありそうだし、それなりに苦労して生きてきて、散々悪い事もしてきた。
そして二人には道が伸びていて、一人は輝かしい騎士に、そしてもう一人は捕まり、囚人の道へ。
「ボス!と…あれ?」
「おう。久しぶりだな、朝日!」
「うん!野営楽しかったよね!」
「何かあったのか?」
表が何やら慌ただしい。
明らかに急いでいる様子で何事かと朝日に駆け寄る。
今は正午を知らせる鐘が鳴ったばかりで、オーランドへの出発は予定では昼食後だと聞いていたからだ。
「実は、予定が少し変更になりました」
「…アルメニアの農村部で大爆発が起き、更には守護者の森に侵入者が現れたのです」
「爆発に侵入者だぁ?」
「今のところ幸い、爆発による死傷者はいません。魔物被害が出ていた場所だったので、住民は避難済みだったようです。しかし、家屋諸共、畑や家畜も全てが吹っ飛んだそうです……もしかしたら、報告が来てないだけで他にも被害があるかも知れません」
全部セシルが考えた作戦通りに問題なく進んでいた。各地へ騎士や冒険者達の派遣、敵が新たな作戦を次々と出してこないよう、間引き討伐も順調に進み、その間に住民達の避難も終わらせることが出来た。
「皆さま、こんにちは」
「よ、幼女?」
「いや、コイツは確かセシルの妹で…」
「ね!凄く可愛いよね!」
「朝日様…結婚したいなんて…もう…」
彼女の裏の顔を知っているエルダーにとっては目の前の光景はとにかく恐ろしいものだった。
笑顔で楽しげに人の首を掻き切るその姿を初めて見た時は思わず、吐いてしまったほどだった。
「朝日様!騙されてはなりません!このババアはもう22歳なのにこんな若作りして!本当に見苦しいですねぇ?朝日様と釣り合うわけがないだろが!」
「クレアだったかしら?……所詮下級の貴族の娘如きがぁ?朝日様を幸せにできるだけの財力見せてみぃや!このアマァ…!」
「ウルセェ若作りババアぁ…!寧ろ上級貴族の当主と結婚して朝日様が幸せになれるわけねぇだろうが、脳みそまで腐ってんのかぁ??」
罵倒、凄み、の応酬に、胸ぐらを掴み合いからの暗殺者と剣士の死角での死闘。
「二人は凄く仲良が良いんだね!」
「…あ、あぁ。そうだな」
二人はニコニコと笑い合いながら、お互いの急所を突く殺し合いをしていると言うのに、どう見たら仲良さそうに見えるのかは分からない。
「僕、二人が仲良くなってくれてとっても嬉しい!」
「…そ、そうなんですの、ねぇ?クレアさん」
「え、えぇ。今度お茶でもどうかってお話ししてたのです」
「良いなぁ。僕も一緒にいい?」
「勿論ですわ!」「是非とも!」
何だが話しは纏まったようだが、今はオーランドに行くのが早まったのは何故なのか、何故そんなに急いでいるのか、それを知りたかったのだ。
「あー、お前ら何か急いでたんじゃなかったのか?」
「…あれだ」
「…え?」
「本物なのか…?」
「本物?聖獣のフィンだよ。こっちはアイル。可愛いでしょう?」
可愛い、と言うよりもその神々しいまでの白さ。そして、美しい青い瞳と醸し出される威厳が彼らに自然と畏怖の念を抱かせる。
これが聖獣で、この世界で一番強いものなのだ。
「アイラが言うには魔物を集めるために森を荒らしている人がいるんだって」
「そいつらを捕まえに行くんだな!」
「うんん。もう、フィンが捕まえて気絶させちゃってるみたい。でも、フィンがその時に怪我をさせられて…」
美しい白い前足に残る痛々しい赤黒い傷。それを庇って歩き方がおかしい。フェンリルの子供は彼女を支えるかのように寄り添い、傷を舐める。
「朝日、聖獣様のお手当は…?」
「フィンが言うには呪いなんだって。簡単には解けない呪い。忌々しいからそいつらを持っていってほしいって」
「…直ぐに締め上げてくれる」
「聖獣様…。同族の過ちを全ての人間を代表して謝罪します。大変申し訳ありません。もし、私なんかの謝罪を受け入れて下さるのなら守護者の森への侵入をお許し頂けませんでしょうか」
「ごめんね、やっぱりダメだって。僕、行ってくるよ!」
朝日はアイルと呼ぶフェンリルの背中に慣れた様子で跨り、首にしっかりと捕まる。
誰もが何も言葉に出来ないまま、去っていく背中を眺めていた。
0
お気に入りに追加
212
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした
高鉢 健太
ファンタジー
ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。
ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。
もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。
とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。
本当の仲間ではないと勇者パーティから追放されたので、銀髪ケモミミ美少女と異世界でスローライフします。
なつめ猫
ファンタジー
田中一馬は、40歳のIT会社の社員として働いていた。
しかし、異世界ガルドランドに魔王を倒す勇者として召喚されてしまい容姿が17歳まで若返ってしまう。
探しにきた兵士に連れられ王城で、同郷の人間とパーティを組むことになる。
だが【勇者】の称号を持っていなかった一馬は、お荷物扱いにされてしまう。
――ただアイテムボックスのスキルを持っていた事もあり勇者パーティの荷物持ちでパーティに参加することになるが……。
Sランク冒険者となった事で、田中一馬は仲間に殺されかける。
Sランク冒険者に与えられるアイテムボックスの袋。
それを手に入れるまで田中一馬は利用されていたのだった。
失意の内に意識を失った一馬の脳裏に
――チュートリアルが完了しました。
と、いうシステムメッセージが流れる。
それは、田中一馬が40歳まで独身のまま人生の半分を注ぎこんで鍛え上げたアルドガルド・オンラインの最強セーブデータを手に入れた瞬間であった!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる