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最終章
駆け引き
しおりを挟む「フロンタニアに戻りますか?それともオーランドの救援へ向かいますか?」
確かにチェルシーの言う通り、自身の立場を考えると、オーランドに戻り国民を守るのが筋だろう。先に事態を把握できたのなら尚更。
だが、それ以上に守らないといけない事もある。自分の意思だけを優先してられない、そんな時もある。
「いや、約束を守ろう。私達は此処を徹底的に守り切る。オーランドのことは彼らを信じて任せよう。報告を頼む」
「…かしこまりました」
チェルシーはアイルトンの指示通りに、アルメニアの騎士団に借りた自室に戻り、フロンタニアに立つための準備を整える。
今は魔崩れの脅威も無事去り、朝日から預かっていたポーションもあり、怪我人の治療も大方落ち着いた。
馬屋に預けていた愛馬を受け取り、直ぐに出発する。魔崩れがあったお陰か、いつも街道に出るはずの魔物達も今はなりを潜めている。
愛馬を怪我させないために、途中休憩を挟みながらも少しでも早く、と焦る気持ちが手綱を握る手に現れていた。
「…報告に上がりました」
「チェルシーさん、お疲れ様です。報告ですか?皆様のところに向かわれますか?」
「お願いします」
門番をしていた若者に連れられて門横に建てられている駐屯所の一室に向かう。
中には相変わらずの穏やかな表情が見えて、一気に焦っていたのが落ち着くのがわかった。
アルメニアの人達を救えたことはチェルシーも良かったと思っている。でも、綺麗事ばかりは言ってられない。オーランドには友人、知人、家族だって居る。彼らが危険に晒されるかもしれないと分かっていながら、動かないなんて事が彼女には耐えられなかったのだ。
でも、ここに来てアイルトンが何故あれだけ落ち着いて彼らに任せようと言ったのか、何となく分かった。
「チェルシーさん?」
「あ、の…報告に上がりました」
「お外、魔物は大丈夫でしたか?」
「えぇ。セシル様はいらっしゃいますか」
朝日はにこりと微笑み、何か可笑しなことでもあるかのように自身の膝元を指をさす。
チェルシーはそれに釣られて微笑み、朝日の指を刺した方を見る。
「寝てらしたのですね…」
「うん。セシルさん、全然寝たなかったんだ。出来ればもう少しだけ寝かせてあげたいんだけど…」
「分かりました。少し待ちましょう」
普段見ている彼の姿とはまるで別人のように優しく、少し幼くも見える寝顔。安心し切っていて全く起きる気配もない。
「…その、作戦は上手くいっていますか」
「うん。大丈夫だよ。今ゼノさん達がオーランドに向かってる」
「英雄が…。フロンタニアは誰が…」
「ボスが頑張ってるよ!」
「ボス、さんですか…?」
ボスが誰のことを言っているのか皆が分かっているかのように言う朝日だが、当然それが解体されたフィオーネ盗賊団のことだとは白騎士達以外は知らない。
彼らは実際には今は服役中の犯罪者で、強制労働所で罪を償っている最中であり、そんな彼らを外に出していると知られるわけには行かない。
ただ魔物の群れは止まる事を知らず、溢れ返り続ける。猫の手でも借りたい状態なのだ。
「ボスはすごく強いんだ!筋肉もムキムキでかっこいいし、お髭がぼうぼうでワイルドってやつで、男の約束ってヤツ!したから大丈夫だよ!」
「そうなのですね、作戦がうまく行っているのなら良いのです」
「大丈夫だよ」
「…はい。セシル様はまだ起きられないようですし。私は少し加勢に向かいます」
チェルシーは頭を下げて部屋を一旦退室する。
実際問題、英雄ゼノがオーランドに向かったのなら全く問題はない。寧ろ自分が行くよりも確実に事態が好転すると思える。
だからと言って何もしないと言うのは落ち着かない。少しでも貢献しておきたい。
「…お疲れ様です。人が足りてない場所はありますか?」
「チェルシーさん!凄く助かります。森の西側をお願いできますか?余裕があれば物資お願いします」
「分かりました。お任せください」
チェルシーは門番から預かったポーションを腰に巻いた皮のポーチに詰め込み、愛馬で森へ向かう。
程なくして直ぐに微かな戦いの音が耳に届き、進路を変える。音は着実に大きくなっている。
「ポーションをお持ちしました」
「物資の追加か。助かる」
「戦況はどうでしょうか」
「どうも何も…。全部セシルとやらに言われた通りだぜ。何か…何で前回の魔崩れの時はダメだったのか、って思うくらいあっさりしててよ」
「そう、ですね…」
「まぁ、文句言ってても仕方がねえよな。朝日に期待されてんだ。約束もしちまったし、そろそろ俺も残党狩りにでも行きますかね」
(ムキムキで、ワイルドで…約束…なるほど)
巨大な剣を振り回しながら易々と魔物達を投げ飛ばしていく彼が多分、朝日が言っていたボスなのだろう、とチェルシーは笑った。
ただただ時間が過ぎていく。
自分以外の誰かにはそんな風に思えるような暖かで良い天気の日。部屋にさす木漏れ日を受け取りながら仕事もせず、ぐーだらと過ごす事に少しばかりの抵抗感が有る。
それなのに動き出そうとしないのは、彼にはもう動く必要も理由もないからだ。
脱力し手足に力が入らない。スープを飲むために用意された軽い木のスプーンですら掴む事が出来なかった。
原因は分かってる。
念願だった復讐がもう遂げられそうだからだ。
「残念だなぁ。こんなにアッサリと終わってしまうなんて。ゼノをあれだけ挑発したのになんの反応も見せないんだよ?」
「それだけ完璧に準備をしてきたのです」
「どんな様子?」
「アルメニアにはアイルトンが向かったようです。魔物も大した強さではなかったので直ぐに制圧されました。フロンタニアは現在も戦闘中、オーランドにも精鋭を送ったようです」
少し首を捻るトアックにニューラスも同じく首を捻る。
「何か引っかかることでも?」
「そうだね。思ったよりフロンタニアが苦戦しているみたいってことかな?」
アイルトンがアルメニアを制圧したのがもう三日前のこと。英雄のゼノを有しているのにそこまで苦戦するような魔物が居たかな?と小さな違和感を感じる。
そもそもこの魔崩れは挨拶みたいな意味合いで彼らに向けた開幕の合図。それを苦戦されては意味がない。これからもっともっと楽しませようと思っていたのに。
「ん?…あぁ、なるほど。騙されちゃったなぁ」
「彼らにですか?」
「多分だけど、上手いこと間引いて街には被害なく戦闘を長引かせてるんだ。次の作戦までの時間を少しでも稼ごうと思ったんだろうね。お陰で予定が二日も押しちゃった」
楽しそうに笑うトアック。
先程まで全く動き出そうともしなかったのに生き生きとし出した彼にニューラスもやれやれと笑いかける。
「せっかく大変な思いまでして魔法石を集めて魔崩れ起こしたのにつまんないなぁ」
「でも、流石に気づいたのでは?前回の魔崩れを引き起こしたのは誰だったのか」
この二人の様子を傍目から見ればとても仲の良い兄弟にでも見えるのだろうが、話している内容は世界を壊すための相手との駆け引き。
楽しい、というその感情を自分の中で消化し切れなくなっているトアックは笑いが止まらない。
「ハハハ!今日はとってもいい天気だね」
「えぇ、そうですね」
人肌よりも少し暖かいタオルで顔を丁寧に拭く。
さっきまでは手足に力が入らないので食事はもちろん、着替えや歯磨き、お風呂、トイレもままならないので、相当な迷惑をかけていた。
それら全ての世話をしてくれているニューラスには全く頭も上がらない。
「決行日和だと思うんだ」
「私もそう思います」
締め切ったままのカーテンに手をかけながら言うトアックにニューラスは首を縦に振った。
急には良くないとレースのカーテンだけを残し、部屋に光を入れる。暖かさまでは伝わってこないが、本当に良い天気だった。
「じゃあ、始めようか!」
パンッと景気良くいい音を出す。
それは終末への合図となるのだろうか。
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