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最終章
舞台
しおりを挟む「あぁ、なんて素晴らしい眺めなのだろうね。ニューラス、君もそう思うだろう?」
「そうですね、これらこの見渡す限りの全てが平らになると思うと胸が弾みます」
「そうだろうね。私も同じ気持ちだよ、ニューラス。やはり君は永遠の従者で永遠の友だ」
森に溢れかえる魔物の群れ。
むさ苦しい息遣いが聞こえてくるようだ。
それがゆっくりと賑わい溢れる街へと向かい、今か今かとその時を待つ。
客寄せに必死な露店街の商人達。楽しそうに駆け回る子供達。井戸端会議に熱中している奥様方。暇そうに欠伸をする馬屋の店主。
外の様子に誰も気付かない。彼らはこれから不幸が起こるなど考えもしないのだろう。
「皆んなは驚いてくれただろうか。わざわざ一箇所に人を集めてくれるなんて、彼らには本当にありがとうと言いたいね」
「フロンタニアから此方までは最短でも二日はかかります。その間ぐらいは持ってくれないと話しになりませんが」
「そうだね。危なくなったら少し手心を加えてみるのも悪くないかもしれないね」
子供のように足をぶらぶらと揺らしながらはしゃぐ男は本当に楽しそうに笑う。
「ねぇ、そこの君。準備は出来た?」
「えぇ。勿論でございます。ご依頼通りに仕上げました。此方を」
差し出されたのは一枚の紙。
そこには複雑難解な魔法陣が書き記されている。
「これがあれば…おっと。お楽しみは取って置かないとね。彼らが到着したら、その目の前でパーティー開始の狼煙をあげよう!何も出来ず、ただただ絶望していくだけの彼らを私は見てみたい」
「はい。我らの王よ」
どこか無邪気な子供のように全てを楽しむ彼の時間はいつから止まったままなのだろうか。
「そろそろ、門番が魔物に気づくんじゃないかな?」
「降りましょうか」
ーーーカンカンカンッ
耳鳴りになるほどになり続ける警戒音。
誰もが怯え、皆があの惨劇を思い出してしまう。
「こちらの避難所はいっぱいです!商業地区の方に回ってください!」
「ふざけるな、俺らはそっちから来たんだ!」
「誰かー!誰か、この子の手当てをお願いします!」
「ママ…痛いよ…」
「邪魔だ!どけよ!」
「ウルセェ!お前こそどけろよ!」
「パーパ、早く逃げなきゃ!」
「だが、これは置いてけねぇ…これもだ、クソッ」
逃げ惑う人々。皆が我先にと気遣う事も譲り合う事もしない。
「第一部隊は西門の応援に行け!」
「「「「はい!」」」」
「東門から応援要請です!」
「…クッ、では…」
「怪我人の治療が間に合いません!」
「砲弾の装填完了したいました!」
「…帝国からの応援はまだなのか…!」
「応答もありません!」
軍も門を守るのに必死で他に手を回す余裕もなく、ただただ死傷者が増えるばかり。絶望感が漂う。
「がんばれ、がんばれ!もう少ししたらジェネラルが来てしまうよ?」
「防戦一方、という感じでしょうか」
「君達は、いや、君たちの国は全てを知っていながら、我々の国が滅びるのをただ見ていただけ。全てオーランドの言いなりで意思というものもない。傍観している方が更に罪深い。何の傷も負わずにただその恩恵だけを享受してきたのだから。…おっと、危ない」
深い森の中を進む彼らは魔物の襲撃合う。軽々と襲ってきたオウルベアの喉元を掻き切り、オウルベアは地鳴りのような断末魔をあげる。
「血がついてしまったね。出来れば彼らには綺麗な姿で会いたかったのに」
「では、お着替えを」
「流石、ニューラスだね。これは僕の晴れ舞台だからね」
ニューラスから着替えを受け取り、堂々と上着を着替える。血のついたシャツとスカーフを投げ捨てて彼は再び歩み始める。
「終焉の始まりだ」
低く、唸るように言い捨てたトアックは恐ろしいくらいに笑顔だった。
城門の上の見晴らしの良い場所。
魔物との死闘に完全に士気が落ちている。
此処まで案内してくれた門番の話しによると、昼間はジェネラル級のオークやゴーレム数体とそれに群れるエラコブラやゴブリンなどの下級の魔物達。夜は夜行性の魔狼やスケルトンやゴーストなどのアンデッド。
昼夜問わず魔物に襲われ続け、休む暇もない。当然、日増しに増え続ける魔物の群れ。
昼間倒した魔物が夜にはアンデットとして復活しているのだ。
「よくぞ、此処まで持ち堪えた。我らが来たからには安心してくれたまえ!」
少しでも士気を高めようとアイルトンは彼らに叫びかける。
「英雄だ!本当に英雄が助けに来たからだぞ!」
「アイルトン様だ!」
「助かった!俺たち本当に助かったんだ!」
「…一体、これはどう言うことだ?」
「…我々が来ることを知らせた者がいるみたいですね」
「チェルシー、お前はそれを調べに行け」
「かしこまりました」
アイルトンは魔物の討伐のためにチェルシーに背を向け堂々と突き進む。
周りからの声援に応えるようにアイルトンは大きく手を振り、剣を天高く突き上げる。
その手に握られているのは光り輝く黄金色の剣。
「せ、聖剣だ!」
「本物の聖剣なの!?」
「流石、英雄アイルトン!」
「期待しているぞ!」
彼の大きな一振りには必ず助ける、と言う彼らへの誓いが込められていた。
魔物の勢いは凄まじいが、アイルトンからすれば強さと言ったら大したことはなかった。確かに群れてはいるが、特に指揮系統がある訳ではなく、動きはいつも通りに単調だった。
「手応えをないな」
「流石英雄ですね…普段からワイバーンやマンティコア、ヴァンパイアなどを相手にされていると違いますね」
あらかた周辺の魔物を狩り終えて、アイルトンは怪我人が収容されている場所へ足を運ぶ。
中ではそれは忙しなく治療が続けられていて、治療に当たっていた神官達の疲労も既に限界を超えていた。
「アイルトン様」
「おう。チェルシー、お前も手伝っていたのか」
「はい。それで先はどの件、分かりました」
アルメニアが襲撃を受けて二日目の夜。
それはアイルトン達が到着する前の晩だった。
疲弊しきった軍隊。加勢に加わった冒険者達も撤退を余儀なくされるほどに魔物達に圧倒されていた。
後はただただ、人が街が国が魔物達に蹂躙されていくのを見て死を待つだけだった。
「こんにちは」
「…何者だ」
「これから英雄達が応援に来てくれます。もう少しです、頑張りましょう!」
「本当か!」
「えぇ。そんな嘘をついてどうするのですか」
「そ、それもそうだな。連絡ご苦労だ」
「それでお願いがあるのですが、英雄が来たらこれを渡して欲しいのです」
渡されたのは丁寧に封蝋された一通の手紙。
よく見るとその封蝋はオーランド帝国の紋章で皇帝直々の命を出す時に使われる絶対なる証だ。
「それがこれか」
「はい」
「……なるほどな」
「皇帝は何と?」
「差出人は肯定じゃない。皇太子からだよ」
「…片喰ですか?」
アイルトンは返事はせずに手紙へ視線を落とす。
「私達のプレゼントはどうかな、だとさ。ふざけてやがる」
アイルトンは手紙をくしゃくしゃに握りつぶし、そのままチェルシーへ押し付ける。誰が見ても皇室から出された手紙だ。何も知らないアルメニアの人達の目がある今、ぞんざいに扱うことは出来ない。
何よりアイルトンは自身のキャラを大切にしている。英雄だと称えられているからそこ、彼らが求めるアイルトンを演じているのだ。
ーーー英雄へ。魔崩れが起きて直ぐにアルメニアに向かった君を心から称えよう!でも、君には少し甘過ぎる相手だったかな。でも大丈夫だ、此処は始まりに過ぎない。今頃、フロンタニアはどうなっていることだろう。そして次はオーランドだ。これから一緒に最高のパーティーをしよう!私達のプレゼントはどうかな…?
「…舐めてますね」
「皇太子は封蝋印を貸しただけなのだろうな。そんなことより…我々は多分、奴等とすれ違っていたのだろうな…。どんな魔物が此処にいるのか見ていなければそんな事書けるわけがない」
アイルトンの拳が小刻みに揺れる。
アイルトンにとって馬鹿にされたことよりも彼らをみすみす逃した自分がとにかく許せなかった。
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