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第五章

真理

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 深い沈黙が続く。
 誰も彼らを責め立てることはしない。だが、フェナルスタに対しての不信感は強まってしまった事だろう。
 これまでその罪を隠してきた事。それにより、これほどまでに重大な事実を隠していた事。それは更なる罪に他ならない。

「…まぁ、話しは分かりました。隠していたことも結果的にはお話しくださったのですから、今は不問と致しましょう。ですが、まだ疑問は残ったままです」

「…皇帝が有限性を認めなかった訳ですよね。それは先程の説明させて頂きましたように、マクロスはマナジウムについて一番良く研究された方で、その後の子孫には彼ほどの親和性の高さを体現できる者は現れなかったからです。なので、マクロスが見つけた成果が我々にとっては絶対だった。それは皇帝も同じだったのです」

 歴代の皇帝達はマクロスの言葉を信じ、どんな研究結果が出たとしても、沢山のマナジウムを集め続けて来た。
 そして無視し続けた結果、マナジウムが採掘されなくなった。
 しかし、皇帝には別の方法があった。
 それが精霊の死、聖獣の死だった。
 それに伴い、マナが世界に帰りそれがマナジウムに変わる。
 国を維持していく為にもマナジウムを失いたくなかった現皇帝は何の躊躇もなく守護者との盟約を破り、森を犯し、守護者を殺し、この世界にマナジウムが復活する事を目論むようになった。

「マクロスは有限性に気付かなかったという事ですか」

「今思えば確認すらしていなかったのでしょう。今よりも多くのマナジウムを当たり前のように得ていたのですから。

 オルブレンの考えが分からないわけではない。彼らが信じた、ということは無限に存在すると言うのを立証する何かが存在していたのだろう。
 だか、果たしてそれだけの話しだろうか。
 それだけの研究をしてきた人がそんな事を見逃すのだろうか。

「帝国の強さがマナジウムによるものだと言うことは分かっています。歴代の皇帝はその強さをなくしたくはなかったから、マクロスを信じて保持し続けた。だとしてもマクロスも古の龍が死ぬことで聖獣はその時に最も力のある新たな種族へ受け継がれた、ということはその目で見ていた筈です」

 古の龍が居なくなったことで古の龍の恩恵が無くなり、マナジウムは大きくはなったが生成は止まってしまっていた事をマナジウムが取れなくなるまで気付かなかったとでも言うのか。
 いや、気付かないなんて、そんな見えすいたミスを犯すわけがない。それだけ彼はマナジウムに魅了されていたのだから。それが彼の力の源で、生きる糧だったのだから。

「マクロスは聖獣様に手を掛けなくてもマナジウムを作り出す方法を見出していたのでしょうね」

「…そうですね」

 多分マクロスは知っていたのだ。
 魔力のある生命から魔力を吸い取り、マナに還元し続ける事でマナジウムは作り出せるということを。
 だが、だとしたら問題が二つある。

「そっか。だからフェスタさんは聖剣を奪うように言ったんだね!」

「どういう事?」

「聖剣は古の龍さんで出来てるってさっきクリスさんが言ってたでしょう?」

「その聖剣があの魔法陣のトリガーだったという事ですか。腑に落ちますね」

「自分の為だったと言われればそれまでだ。朝日くん、私への気遣いは必要ないよ」

 フェナルスタは知っているはずだ。城に囚われていたハーフエルフがどのような扱いを受けていたのかを。
 だから、聖剣を奪うように言った。あの魔法陣のことを良く知っている彼だからこそ、そして聖剣に何もかもを奪われているグランジェイドだからこそ、聖剣を奪う他に彼女を救う手立てはないということを知っていたのだ。

「分からないことはまだあります。何故マナジウムを作り出せるのに皇帝はそんなに焦っていたのですか?マナジウムはもう少しで完成するところだった筈です。それにそれなら聖獣に手をかける必要はない筈です。言い方は悪いですが、精霊やエルフでも問題はない筈」

「確かに…言われてみればそうですね…?」

 あの地下深くに溜め込まれていた魔力の塊。勝手に皇帝がやっていたことだと思っていた。いや、あの時はそれ以外には考えられなかった。

「誰かが…聖獣を狙うように誘導した…?」

「…チッ。そういう事かよ」

「ユリウス?」

「皇太子だ。彼は“片喰”の後ろ盾を得て皇帝になろうとしてるんだ」

 ユリウスは皇太子と面会した時の言葉を思い返す。

ーーーでは、皇帝はこの件には関与していない、という事ですか?皇太子殿下

ーーーえぇ。そのミュリアルという人物は確かに我々の捕虜としてこの皇室に囚われていました。此方では彼女はウルザボードの姫だと聞いており、まさか精霊だとは今の今まで知りませんでした

 確かに皇帝は関与していないと言っていた。そしてウルザボードの姫だと思ったたのが皇太子自身だとは明言していない。そもそもミュリアルは精霊ではない。精霊とエルフのハーフだった。
 なんの嘘もなく、平気で嘘をついていた。

「通りで見抜けないわけだ。初めから嘘なんて一つもついてないんだからな」

「どう言う事ですか」

「どうもこうもじゃない。ミュリアルは捕虜でウルザボードの姫として皇室に囚われていた。その件には皇帝は関与していない。精霊だとは知らなかった。そう言われたんだよ」

 まるで煙に撒かれた気分だ。
 何にも嘘は言っていない。皇帝は何も知らなかった。そう、皇帝は。

ーーー皇帝になるには当然後ろ盾や方々に顔を通して色々と根回しをしたり、資金集めをしたり…まぁ、とても面倒らしいですが、私は何もしなくてもいいそうです

ーーーなるほど、もうそれらをやってくれる忠臣がいる、と

ーーー忠臣…ですか。皇帝の転覆を狙う不届き者、そう考える人もいるのですよ

「後ろ盾も見つけたらしい。奴は何もしなくて良いんだそうだ。そうだろうな。皇帝は勝手に追い詰められて、勝手に溺れていくんだからな」

 全て本当のこという事で此方の警戒を解き、言い回しとトーンでてっきり反皇帝派のことを言っているのかと思わされていた。

 “紅紫の片喰”はもう皇城の深いところまで入り込んでいるのは明らかだ。

「もしあのままマナジウムが完成していだとしたら、片喰は何に使うつもりだったのでしょうか?それに片喰が後ろ盾になったとしても皇太子を持ち上げるだけの地位、権力、資産がある家を表に置かなければなりません」

「それなら…エルガバフ侯爵、でしょうか」

「ふふふ、なるほど。作戦が決まったようですね」

「そのようだな」

 帝国側には分かっていないだろうが、セシル達はその名前が出た時点で此方の勝利を確信した。

「しかし…手が足りませんね」

「僕、良い人知ってる!」

「一人や二人増えたところで、ってやつだよ。ギルドには政治介入はできないし、個人レベルでお願いしたところで…」

「ボス!ボス達なら実力も人数も補えるよ!」

 ボス。朝日がそう呼ぶのはたった一人だ。
 白日の騎士団で捕らえ、現在は実刑判決を受けて強制労働をしているフィオーネ盗賊団の頭、アンゼル・フィオーネ。
 刑期を満了していないのを別にしても確かに実力、人数、共に戦力として申し分ない。
 だが、此方の言うことを聞くのだろうかという不安はある。

「彼らが協力してくれるかは朝日君次第かな…?」

「任せて!」

 何やら向こうだけで盛り上がる様子について行けていないのがアイルトンを含むオーランド側の陣営だ。
 手数の話ならそれなりに協力できる筈だが、何の説明もして貰えない彼らはその様子を眺めているだけだった。









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