スキル【自動回収】で人助け〜素直な少年は無自覚に人をたらし込む〜

ree

文字の大きさ
上 下
134 / 157
第五章

筋書き

しおりを挟む



「一体何があったのですか?」

 落ち着いた声で言うのはこのパーティーの主催者であるフォーグナー伯爵だ。夫人も一緒に連れているところを見るとパーティーの責任者としての気遣いを感じる。

「この男が!」

「…閣下、大変申し訳ありません。こんな猥雑な者をパーティーに招いてしまったのは私の失態でございます。…おい、今すぐ閣下のお目の届かない所へ連れて行け」

「なっ!何を言ってるの!?」

 フォーグナー伯爵の言葉に顔を青ざめさせる彼女は触るな!と泣き喚きながらそれでも引き摺り出そうとしている兵士達に必死の抵抗をする。

「まさか、公爵家の令嬢があの様な態度をするとは…本当に申し訳ない。どうか、フロンタニアとの友好は切られぬようお願い申し上げます。………皆様にもこの様な醜態を晒してしまい申し訳ありません。我が家の秘蔵の美酒を振る舞わせていただきますのでどうかこのままお楽しみ下さい」

 パチパチ、と歓迎の拍手を贈られたフォーグナー伯爵は夫人と共にゆっくりと、そして深々とお辞儀をして下がる。

「ユリウスさん、もう大丈夫だよ」

「…そうだな」

 彼女の攻撃を交わすために朝日を抱き抱えていたユリウスはそっと地面に下ろす。
 そして、背後から近づいてくる気配に大きなため息を吐く。

「危うく、朝日が怪我をさせられる所だった」

「まさか、子供にまで手を出す程に品のない奴だとは。想像の遥か上を行く女だったな」

「小さくて巨乳でしたね」

「そうなんだよ。だからこそ、始末したかった」

 ニヒルな笑みを浮かべるカイトに朝日はコクリ、と頷いた。

「あの女の痴態は今回だけじゃないんだ。パーティーのたびにやらかしていてな。でも、公爵家の令嬢だろ?誰も止められなかったんだ」

 公爵家の令嬢である彼女は自身に逆らうことはないと相当不遜な態度を続けていたらしい。
 パーティーでは足を引っ掛ける、ドレスにお酒をかける、暴言を吐くなどの事を日常的に行い、とあるパーティーでは参加者の女性と口論となり、顔に傷を負わせたこともあったのだと言う。
 周りはかなり手を焼いていたそうで次第に彼女はパーティーにも招待されなくなっていった。
 すると今度は自身を溺愛している公爵である父にお願いして招待状を送るよう貴族達に圧力をかけ始め、本当に誰も逆らえない状況を作り出した。
 結局、誰もが彼女を恐れて、傷物にされた女性は泣き寝入り、逆らう者は一人も居なくなっていた。

「だから、俺は彼女を陥れることにしたのさ!ユリウスも公爵家の令息で尚且つ侯爵。これを思いついた時は俺は自分が天才だと思ったね」

「だからと言って朝日を巻き込んだのは許される事ではない」

「それは悪かったよ。言っただろ?俺もあそこまでアホだとは思ってなかったんだって」

 少し戯けたように言うカイトにも周りの目はとても優しい。
 参列者の失態はパーティーの主催者の責任となる。でも、今回は誰もそれを咎める事はない。例に漏れず、ここにいる全員が彼女にも公爵家にも辟易していたのだから。

「どうだい?清々しただろ?」

「えぇ。本当にありがとうございます。閣下にもご迷惑をおかけして、お連れの方も巻き込んで申し訳ありませんでした」

 朝日の視線に合わせてしゃがみ込んでごめんなさいね、と謝罪をする彼女は多分、先程話に出て来た傷物にされた女性なのだろう。帽子と黒いベールで隠してはいるが、それでも分かる程に頬に残る大きな傷がとても痛々しい。

「僕はユリウスさんの側にずっといるから大丈夫です!」

 ユリウスの側にいれば何があっても大丈夫だ、と堂々と宣言する朝日に周りから温かい視線が集まる。
 謝罪する彼女はその言葉に思わず涙する。
 どんな言葉をかけられても憐れみや同情にしか聞こえず、女として終わったのだ、とただただ苦しい日々を送っていた。
 忌々しい傷を作った公爵令嬢に復讐を遂げ、心が落ち着くかと思ったが、それでもこの傷は残り続けるのだと、寧ろ苦しみの方が大きくなっていた。

 でも、傷を見ても驚かず、憐れみや同情の色も見せず、ただただ安心して貰えるようにと発せられた朝日の言葉に心が癒された。

「僕の気持ちは変わってないよ。エミリー」

「…こんな傷物を好むなんて、本当に貴方は変わったお方ですわ…」

 ほんの少し前向きに考えられるようになれた。

「痛い?」

 朝日は跪く彼女の顔に残っている傷を隠すようにかかっていふ髪の毛を少しだけ避けて少し悲しそうな表情を向ける。

「もう、痛みはないわ」

「苦しい?」

「…」

 朝日の言葉に返事が出来ない。
 苦しい、とても苦しい。そして悔しい。
 何故傷つけられたのが私だったのか。何で私だけこんな目に遭わなければならなかったのか。どうして口論してしまったのか。
 出来るのなら傷つけられる前に戻りたい。
 どんなにカイトに愛を囁かれても、前向きになれても、鏡を見るたびにそう思ってしまうだろう。

「………苦しい、」

「うん。お姉さん、目を閉じててね?」

「え?」

 朝日は彼女の目元を手で覆ってそっと瞼に触れる。小さな温かい手に涙をそっと拭かれて、彼女は目を瞑り、優しく微笑んだ。

「お姉さんは凄く強い人だ。そして優しくて、綺麗で、最高の女性だよ。………ほら、もう元通り」

「…」

 今度は手の甲に小さな温かい手が触れる。優しく包み込まれ、付き添われるように頬へ向かう手が久しぶりに自身の頬に触れる。
 ガサガサとした瘡蓋と傷により凹凸、触れればズキッと鈍い痛みがあって、見るも恐ろしかった頬に出来てしまった深い傷。

「……ない?」

「うん。もう、傷はないよ。お姉さん、すっごく美人さんなんだね?」

「なんで…?だって……あの傷は一生残るって…直せないって……化粧でも隠せず、むしろ悪化するって…皆んな、皆んな言ってたのに…!」

 本当に傷が無くなったのか、と頬に手を当てたままの彼女は力が抜けたのか、そのままペタリ、と床にへたり込む。
 何が起こったのか分からないし、想像も出来ない。ただ、触れ続けた手にも頬にもガサガサの瘡蓋も、深い凹凸も、鈍い痛みも、何もかもない。

「カイト様…どうなってるのですか?本当に…本当に…!傷が…?」

「あぁ、本当に傷は無くなっているよ」

「本当に、傷が…?」

 へたり込む彼女の頬に涙を必死に堪えたカイトは優しく触れて本当だ、ともう一度囁く。カイトに言われてやっと実感が湧いたのか、彼女の頬に涙の雫がゆっくりと伝っていく。

「お姉さん、ごめんね。傷は治ったんだけど…傷ができてから時間が経ってたから……その、少しだけ跡が残っちゃったんだ」

「少しだけ跡が…そうなのね」

「エミリー大丈夫だ。化粧をして隠れる程度の本当に薄く小さな跡だよ」

「そうなのね…本当に、無くなって………ありがとう、」

 泣き崩れた彼女を支えるカイトは声を押し殺して、静かに一筋の線を流す。
 かき集めた全ての医者と術師達が匙を投げた彼女の傷がほんの少し跡だけになったのだから。

「私からも礼を言う。本当にありがとう。ユリウスには怒られてしまったが、君を巻き込んだのは正解だったようだ」

「カイトさんが凄くエミリーさんを大切にしてたから」

「あぁ…これからも大切にする」

 傷があろうとなかろうと彼女を愛し続けたカイトなら、傷により日に日に窶れていく彼女を見てられずに復讐を手伝うぐらいだ。例え自身がどうなろうとも彼女を救うための努力をしていただろう。

 復讐を遂げたことは良かった。
 ただユリウスに迷惑をかけていなかったら、本当に心から朝日も祝っていただろうし、素直に傷を治してあげていただろう。
 だから、今回は彼のエミリーへの深い愛情に免じて許したのだと、朝日は彼に言い含めたのだ。
 カイトはそれを深く受け止めて、ユリウスへゆっくりと深くお辞儀をした。

「…朝日、帰るか」

「うん!お腹いっぱい見たことない美味しいもの食べれて幸せだった!」

「そうか」

 ユリウスは朝日の気遣いに気づかぬふりをして小さく笑った。






しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

【完結】ご都合主義で生きてます。-ストレージは最強の防御魔法。生活魔法を工夫し創生魔法で乗り切る-

ジェルミ
ファンタジー
鑑定サーチ?ストレージで防御?生活魔法を工夫し最強に!! 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 しかし授かったのは鑑定や生活魔法など戦闘向きではなかった。 しかし生きていくために生活魔法を組合せ、工夫を重ね創生魔法に進化させ成り上がっていく。 え、鑑定サーチてなに? ストレージで収納防御て? お馬鹿な男と、それを支えるヒロインになれない3人の女性達。 スキルを試行錯誤で工夫し、お馬鹿な男女が幸せを掴むまでを描く。 ※この作品は「ご都合主義で生きてます。商売の力で世界を変える」を、もしも冒険者だったら、として内容を大きく変えスキルも制限し一部文章を流用し前作を読まなくても楽しめるように書いています。 またカクヨム様にも掲載しております。

処理中です...