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第五章

パーティー

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 暖かさと息苦しさで目が覚める。
 目を開けると目の前には丸い小さな窪み。顎の下には柔らかいが芯のある物体。首に回った何かに頭を押さえられていて簡単には動けない。

「…」

 取り敢えずゆっくりと優しく顎の下の物を避けてみる。何の抵抗もなく布団の中を移動するそれは朝日の足だ。
 そのまま下へと潜るように首に回った腕からも抜け出す。ぽとん、とベッドに沈んだ腕を見るとしっかりと繋ぎ合わせられていて、無理に動かなくてよかった、と起こさずに済んだことに安堵する。
 スヤスヤと気持ちよさそうに眠る朝日のおでこをツンッと続いて、顔を歪ませた朝日を見てクスリと笑う。

「おはようございます、どうぞ」

「あぁ」

 目覚める時間にしてはかなり日が高くなっている事に気付いて、こんなにしっかり寝たのはいつぶりだったかと使用人が差し出す桶の水を掬い、顔を洗う。

「いつもより大分遅いお目覚めで」

「…みたいだな」

「よく寝られたようで何よりです」

 深く眠れなくなって久しい。
 もう、何年も、何十年もそれが当たり前になるくらい前からずっとそうだった。
 最近は少しマシになってきたと思っていたが、これだけ頭がスッキリしているのを自覚するとマシだったのかも疑わしい。

「ぷくぅ…」

「なんなんだ、その寝息は…」

 顔を拭いていたユリウスの元に届いた可愛らしい寝息。起こさないようにと口元に手を寄せてクククッ、と押し殺したような声でユリウスは思わず笑う。

「そんなお顔をお見せになったのも久しぶりですね」

「…そうだったか」

 まだ寝ぼけているのだろうか、急にユリウスが抜けて空になった場所を手で探る。
 ユリウスが見兼ねて腕を差し出すと、小さな白熊は満足そうにまた寝息を漏らす。

「出発は遅れないように準備だけはしておいてくれ」

「かしこまりました」

 なんで優しい目をしている事だろう。
 大人を信じられなくなって、親友も信じられなくなり、あまつさえ家族でさえ信用できなくなった彼が何の疑念も抱かず、何の躊躇もなく、ただありのまま信じられる唯一の人。
 家族よりも友人よりも仲間よりもどれだけ一緒にいても朝日だけが彼にとっての特別だ。

「準備に行って参ります。暫くは部屋に誰も向かわないようにしますので、ごゆっくりどうぞ」

「…シャルナーク、昼食は用意しておいてくれ。それまでには起こす」

「…かしこまりました」

 言葉が出てこない。
 生まれたての赤ん坊の時から見てきた坊ちゃん。自身もまだ4歳と幼かったが、差し出した指を掴まれて驚き払い除けたのに、満面の笑みを向けてくれた。
 とにかく可愛らしかったのを覚えている。
 物心がつくのが早かったからか、大人達の汚い部分を散々見てきた坊ちゃんが壊れたのはまだ4歳になったばかりの頃。
 その一件依頼、笑顔がぎこちなくなっていき、言葉数も次第に減り、周りにいる全ての人に心を閉し、仲の良かった自分の名前も忘れてしまったかのように呼ばなくなった。
 エナミラン侯爵を背負うようになってからはそれに拍車がかかり、来るもの拒まず去る者追わずを貫きつつも、常に人を疑ってかかっていた。

 そんな彼が、数十年ぶりに名前を呼んでくれた。
 思わずこぼれ落ちそうになった涙に気づかれないようにいつも通りしっかりと頭を下げて部屋を出る。

「さぁ、皆さん!ユリウス様がお目覚めになられました。昼食は時間通りに用意するように。朝日様はまだお目覚めではありません。部屋の清掃は昼食後速やかに行うように」

「執事長…目が赤い…」

「解散!」

「「「は、はい!」」」

 坊ちゃん、諦めないで下さい。
 朝日様は痛みを知っている人です。求めるままに彼を求めれば、きっと家族にだってなれますよ。

 主人の幸せを願い、シャルナークは小さく微笑んだ。



「朝日様!お急ぎ下さい!」

「う、うん」

「今日はユリウス様とお色を合わせましょう」

「櫛を持ってきて下さい!」

「サスペンダーは何処?」

 お昼過ぎにユリウスに起こされ、まだ目も開かぬうちに口元に飛び込んできた物を咀嚼し、やっと薄っすら目が開いたと思ったらお湯を被っていた。
 茹でたてむきたてのゆで卵ぐらいホクホク、ツルツルにされたと思ったら、ユリウスが連れてきた使用人総出で、あーでも無い、こーでも無いと言いながら服を選び出し、紅茶を勧められたのでやっと落ち着くのかと思えば、今度は香油やら、クリームやら、魔法やら何やらかんやら駆使して髪型を整える。

「ユリウスさんは白の方が良いんじゃ……何でも似合うんだね」

「ユリウス様に似合わないのはフリフリのドレスだけですよ」

「え!それも似合いそうだけど」

「いえ、身長が高すぎてどうにもなりません」

「確かに!」

 頭を撫でつけられながら、横目で自身で支度をするユリウスを下からなぞるように見る。

 ピカピカに磨き上げられた靴。綺麗につけられた真っ直ぐなタックがユリウスの長い足をより長く見せている。朝日を覆い隠すほど広い背中。器用に止められていく青く輝くカフスボタン。白銀の美しい髪は後ろに流されていて凛々しい顔立ちを露わにしていることだろう。

「ユリウスさんって彫刻みたいだよね」

「彫刻?確かに髪は白いが…」

 自身の髪の毛を弄りながら、朝日の言葉の意味を理解していないユリウスは悩ましい顔をする。

「ユリウス様、どちらになさいますか?」

「…コレも捨てがたいが、赤もいいな」

「困りました」

 ユリウスの衣装は朝日に合わせている為か、朝日が決まらないとユリウスも決まらない。
 全く同じ格好をしているのだから仕方のない事だが、ユリウスは何を着てもかっこいいのだと言う実験なのでは、と朝日はおかしな事を考えていた。

 やっと準備が整ったのは出発予定の1分前だった。
 やり切った、と言わんばかりの満足そうな顔を浮かべる使用人達に感謝して二人はパーティーの会場となる貴族の屋敷に向かう。

「嬉しそうですね」

「うん!ユリウスさんの仲良しの人に会えるんでしょ?」

「えぇ、まぁ。…それが嬉しいのですか?」

「ふふふ、僕、ユリウスさんのお友達に紹介してもらえるんだよ!」

「…?」

 とにかく嬉しそうな朝日にもう何でもいいか、とシャルナークは小さなため息を吐く。

 馬車はすぐにライトアップされた美しい屋敷に到着した。沢山の馬車が集まっていて、着飾った人々が屋敷へ入っていく。
 入ってすぐの場所に小さな人だかりが出来ていてお陰で流れが悪い。
 ユリウスは何にも気にせず朝日とシャルナークと共に屋敷に入って行くが、直ぐに呼び止める声がして振り返る。

 人だかりがかき分けられて一人の男がユリウスの肩を抱く。

「久しぶりだな。元気にしてたか?」

「相変わらずそうで何よりだ」

 少し皮肉が混じったようなユリウスの返答にも彼は笑顔で笑い飛ばし、ユリウスの背中を叩く。

「ん?この小ちゃな子は?」

「初めまして、朝日と申します」

「可愛いなぁ。しっかり挨拶出来て偉いなぁ」

「朝日は成人してる」

「な゛!?」

 ニコニコと可愛らしい朝日を愛でる男はユリウスにつまみ上げられて驚く。
 いつもパーティーには一人で来るユリウスが珍しく同伴者を連れて行く、と連絡が来たのでどんな相手だろうか、といつも通り揶揄うつもりで入り口で待っていた。
 だが、予想に反して同伴者は男の子。しかも、その連れが可愛らしい男の子で尚更関係性が気になった。
 いつもなら適当にあしらいながらも幼少からの付き合いもあり、自分には他より少しだけ優しいユリウスの態度が優越感と自分の拍が上がる気がして好きだった。
 だが、質問をする前に一蹴されてしまい、去って行くユリウスを見つめながら、彼を追っていたエナミラン家、執事長シャルナークの首根っこを掴む。

「えっ…!」

「シャルナーク、あれは一体何なんだ」

「カイト様?何がです?」

「あんな笑顔、俺は見たことないぞ」

「朝日様を大切になさっておられるのです」

「…大切にだ?アイツが?」

 シャルナークの柔らかい表情を見て、カイトは大袈裟なため息をついて、穏やかな表情で男の子の話しを聞いているユリウスの後ろ姿を眺めていた。









 
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