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第五章

優しい時間

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 踊り食い、漁師飯、食べ歩き、生簀付きの高級店では、釣り堀体験。
 終始満面の笑みの朝日に誰もが釣られて笑顔になる。街の人々も温厚で温かい人達ばかりで、ユリウスを領主だと気付いてもお忍びだからと気遣い、見守ってくれていた。

「美味しい!!」

「嬉しいこと言ってくれるねぇ。どうだい?まだ食べれるならサービスするよ!」

「何個でも食べれる!」

「そりゃ、困っちまうなぁ!ハハハ!」

 気のいいおっちゃんにイカ焼きを貰い、大きな一口で齧り付く。

「慌てるな。冷ましてからにしろ」

「うん、びっくりした」

 フーフーと息を吹きかけて冷ます。
 店主達からは兄弟にでも見えているのだろうか。温かい視線に囲まれる。

「天使やな…」

「可愛いわぁ」

 口周りについてしまったタレをハンカチで拭われて思わず目を瞑る朝日に周りから深いため息が漏れていた。

「これなんだろ?」

「他国から入ってくる物だ。確か、清酒とか言ったか」

 みんなへのお土産を見て回る。
 クリスには毎晩飲むというお酒を。セシルには仕事でも使えるようにと他国から入ってきたという珍しいペンを。ラムラやクロムなど使用人達の分も見て回る。
 気を使うことはない、と言いたいところだが、朝日はこの時間を特に楽しんでいるようにユリウスには見えた。

 ゼノやクリス、セシル同様、ユリウスも自身の立ち回りをよく理解していた。
 朝日が望めば向かい入れる準備は整っている。でも、自分の元にくる可能性は低い事をユリウスは良く分かっていた。

 朝日が家族に求めているのは思い出や楽しかったことの共有、一緒にいる時間、そして、自身を理解し受け入れてくれる…そんな存在だ。

 自分には求められた所に連れて行くことが出来てもクリスのように楽しみを提案することは出来ないし、冒険の付添は出来てもゼノのように長い時間を共有することも出来ないし、話しを聞いてやることは出来てもセシルのように悩みを察して聞き出すことは出来ない。
 自分に出来るのはただ見守ること、お金を使ってやることぐらいで、それは朝日の求めていることとは少し違う。

 だから、ユリウスは思った。
 求められた所に連れて行き、お金を使える所は使い、話したい時に話しを聞いて…彼が求めるままに動こうと。


 一日中歩き回り、たくさんの物を食べたからか少し眠たそうにする朝日。

「明日はパーティーに向かおうと思っているが、朝日。お前はどうしたい?向こうにペントハウスがあるから、前乗りして向こうを見て回ることも出来るが」

「うん!外国だもんね!見てみたいなぁ!」

「そうか。じゃあ、今日は早く寝ろ」

「…ユリウスさんは何処で寝るの?」

 朝日がお風呂に入る為の準備を使用人達が進める中、朝日がポツリと呟くように言う。
 少し申し訳なさそうに、でも期待に満ちたような表情にユリウスは鼻で小さく笑う。

「セシルとはよく一緒に寝てたな」

「僕、一人でも寝れるよ…」

「今日はいつもより冷え込んでいるそうだ」

「そうなの?」

「しっかり温まったら、湯冷めしないように来い。待ってるから」

「…うん!」

 ユリウス付きの使用人と共に浴場へ向かう朝日のふにゃふにゃした笑顔にほんのり胸が温かなる。

 朝日が来るまで時間があるので、持ってきていた読みかけの本を手に取る。しおりを挟んでいたページを開き、そして閉じる。

「夜食を用意しておいてくれ」

「はい。名物のマーレタルトをご用意いたします」

「…それと、朝日の寝間着は持ってきていたな」

「あ、はい。先日、マダム・ポップの店から取り寄せたスリープの毛で作ったもこもこの寝間着があります」

「用意しておいてくれ」

「では、風邪を引かないようにユリウス様に吹き上げをお願いしても宜しいですか?」

 差し出されたタオルを見て固まるユリウスに使用人はバレないようにこっそりと笑みを浮かべる。
 主人のこんな可愛らしい姿を見れると思ってはいなかったし、こんなに優しい表情を見せてくれるとも思っていなかった。
 全て朝日が来てくれてからだ。

「…どうすれば良いのだ」

「こんな感じで…頭を拭いてあげるのです。私は寝間着の準備をして参りますのでお願いしますね」

「あぁ、」

「ユリウスさん!上がったよ!」

 短く返事をするユリウスに頑張れ、と心の中で叫ぶ。彼も二人の仲慎ましい姿を見ていたいが、きっと見ていたら照れて優しく出来ないだろう、と準備に向かう為に部屋を後にする。

「…ここに座れ」

「うん!……気持ちいいね」

「これは気持ちがいいものなのか」

「うん、眠たくなってくるよ」

 ベッドに腰掛けて待っていたユリウスの膝の間に朝日が腰をかける。優しい叩きで、でも少し不器用なユリウスに朝日はへへへ、と笑いながら、その幸せな時間を甘受する。

「お着替えをお待ちしました」

「マダムの店のだ。朝日用に作ったと聞いている」

「マダム・ポップが僕用に?」

「マダムは朝日様のお名前を出されただけでそれはもうそれは信じられないほど沢山のインスピレーションが湧くそうで、コレも朝日様に似合うと大変自信満々におっしゃっておりました」

 使用人の両手がいっぱいになるほど白くふわふわ、もこもこの寝間着。見るからに気持ちよさそうな生地感と温かそうな生地の厚みに朝日は驚く。
 広げられた場所に足を入れて、使用人が前のボタンを閉める。最後にフードを被せる。

「あったかい…」

「触り心地も良さそうだな」

 出来上がったのはもこもこの白いくま。
 頭をすっぽりと覆うフードにはご丁寧に耳まで付いていて、お尻には律儀に丸い小さめのしっぽまである。手元はミトンのようになっているし、足まで全て覆っていて殆んど赤ん坊に着せるロンパースのようだった。
 ただ見た目だけではなく、お腹部分には大きめのポケットが付いていたり、滑って転ばないように、物が掴みやすいように、と滑り止めまで付いていて利便性もかなり高い。

「朝日様、とっても可愛いです…」

「触っても良いですか…?」

「抱っこしたいです…」

 メロメロの使用人達はもう朝日に見惚れていて、若いメイドはきゃっきゃっと飛んで喜んでいる。
 朝日もそれを喜んでいてクルリと回ったり、抱っこを受け入れたり、とサービスしている。

「他のも買い付けるか…」

「そうしましょう!絶対にそうしましょう!今、早馬出します!」

「え!今から?」

「そうだな、早い方がいい」

「夜だし、危ないよ…?」

「夜間早馬輸送をしている商会に頼むので大丈夫ですよ!」

 そうと決まれば動くのは早い。それが出来るだけの地位とお金がユリウスにはある。どれだけかかろうが侯爵家にとっては痛くも痒くもない。
 テキパキと指示を出すユリウスに朝日は思わず声を出して笑い、飛びついた。

「嬉しいのか」

「うん!前は可愛いって言われるの好きじゃなかったの。でもね、今は嬉しいって思えるようになったの」

「嬉しい…のか」

「うん、みんな凄く笑顔になって、喜んでくれるの。みんなが笑顔だったら僕も嬉しいから!」

「あぁ。俺らはお前が笑顔なら嬉しい」

「ふふふ。一緒だね」

 帝国での苦しみは今も忘れられないだろう。でも、その経験をしたことで朝日は何倍も強くなった。
 何かを大きく変える必要はない。ただ大好きな人達が笑顔で笑ってくれていれば幸せだ、と。そう思えるようになった。

「今日は楽しかったか」

「うん、すっごくね!」

「それは良かった」

「明日も楽しみだよ」

「あちらは帝国との関わりが深いからフロンタニアよりも近代化している。街並みを見るのも珍しく思うかもな」

「…うん…」

「フッ。無理するな、寝ろ」

「…はぁい…おやすみなさい…」

「あぁ、おやすみ」

 もぞもぞとユリウスに擦り寄ってくる朝日をぎこちないながらも優しく受け入れる手が朝日にはとても心地良く、とても安心した。




 
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