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第五章
帰国
しおりを挟む「朝日君、おかえりなさい」
「ただいま!」
「どうだった?」
「セシルさん!温泉ってね、すっごく広くて大きくて泳げるんだよ!」
元気よく返事する朝日にセシルは両手を広げて待ち受ける。
クリスからの突然の連絡に一度は帰ってきた時の制裁を考えたものの、朝日が一番の楽しみを蹴ってまでオルブレンの捜索のために我慢した、ということがセシルにブレーキをかけてくれた。
朝日が我慢したのだから、こんなに楽しそうに語るのだから、とセシルの怒りは収まったものの、クリスへの制裁の件だけは残ったままだった。
何故なら元より仕事量が多過ぎるのに、クリスが休んだせいで普段は行かない調査にも自身で行く羽目になり、その上帰ってこず、居ない間の仕事も肩代わりし、更にはオルブレンの有力情報の裏付けまで押し付けられたのだからお叱りはごもっともなのだ。
「あのね、ぼく皆んなにお土産買ってきたんだ!旅行に行ったら仲良しの人にお土産を渡すんだよ」
「そうだね。何かな?楽しみだ」
「セシルさんにはコレ!」
朝日が先程から片手を後ろへ回し、何かを隠している事にはとうに気付いていた。寧ろ何を持っているのかも朝日の背後にあるピカピカに磨かれた銀でできた鞄に逆さまながらも写っている。
それに気が付いていないのが可笑しくもあり、可愛らしくもあってセシルはニコニコと微笑む。
差し出されたのは避暑地として有名なダレスならでは、お酒を飲むような美しい装飾が施されたガラスのコップ。
飲み口は極限まで薄く、底は分厚い。気泡などは一切なく、代わりに金が浮いている。
「凄く綺麗だ。こんな素敵な物を貰えるなんてお土産っていいものだね」
これまでもお土産をごまんと貰ってきたが、こんなに嬉しいのは初めてだった。
本当に嬉しい、と少しだけ赤く色づいた頬が訴えている。それがセシルの中性的な美しさを更に引き立たせていた。
「うん!また買ってくるね!」
セシルはニコニコと微笑む。
そして、朝日の発言に少しずつ違和感を感じてゆっくりと朝日の言葉を咀嚼して復唱する。
「……また?」
「うん!来週はユリウスさんの領地に招待されてるんだ!」
徐々に顔を引き攣らせていくセシルに朝日は首を傾げる。
「朝日君、少し待っててね」
「うん、?分かった」
セシルは笑顔はそのままに素早く立ち上がり、朝日に背を向けたと思ったら周りには脇目も振らずに、足速にどこかへ去っていく。
セシルの部屋の少し背の高い椅子に腰掛けていた朝日は退屈そうに足をぶらぶらと揺らす。
数分後部屋に戻ってきたセシルは出て行った時と変わらずの笑顔のままだったが、その手には紙を力強く握りしめて、クシャクシャになろうが気にしないと言わんばかりだった。
「朝日君、ユリウスとは十日の予定だよね」
「うん!聞いてきたの?」
「そうなんだ。私も是非朝日君を招待したいと思ってね」
「セシルさんの領地に?」
「そうだよ」
途端に目を輝かせて喜ぶ朝日にセシルはは不満たらたらながらもよかった、と朝日を抱き寄せる。
「いつ頃がいいかな?」
「朝日君に合わせるよ」
「次ね、ユリウスさんの領地に行く前はゼノさんとエレメンタルの討伐依頼を受ける予定だけど、その後は何もないよ!」
「じゃあ、帰って来た日から5日後に一緒に行こうか」
「うん!」
ようやくセシルも朝日との予定を入れ込み、一息つく。優雅に紅茶を飲むセシルは何度見ても飽きない美しさと上品さに朝日は思わず見惚れる。
「セシルさん!今日、お泊まりして良い?」
「もちろん朝日君ならいつでも歓迎だよ」
「良かった!皆んなにお土産配ってくるね!」
元気よく部屋を出て行った朝日を見送って、セシルは手に握っていた紙にペンで書き殴り、ベルを鳴らす。
直ぐにクロムが部屋に入って来て、セシルは彼に紙を渡す。
中身に一瞬だけ身を通すと、小さくククク、と笑い、セシルが握りしめてクシャクシャになってしまった紙を手伸ばす。
「大体二週間後に領地に行く。準備をしておけ」
「では、私は騎士団の方に行って参ります」
「坊っちゃ~ん!!」
「そんなに嬉しかった??」
「はい!ラムラは実はイングリード出身なのです。スパイスは故郷の味です!残念ながらフロンタニアにはスパイスのスの字もありません」
しおしおと萎れるラムラを支えてあげる朝日は早速要望を伝える。
ラムラが故郷の亜人、と言うように朝日にとってもカレーは故郷の味だった。
それを聞いたラムラは萎れてたことなど忘れたようにやる気満々で満ち満ちていた。
「坊ちゃん、どうでしょう?」
「んー、なんか違うな…でも、僕…一回しか食べたことないし…あれは…レトルトだったし…」
「レト?…んー、“たーめりっく”は黄色なのですよね、後二つはは茶色で、最後に辛味の赤いスパイス」
「うん。“コリアンダー”と“クミン”のそれぞれの味は知らないし…混ぜてみないと…」
研究に研究をねる二人だが、なかなか成果が上がらない。朝日もカレーは食べたことがあっても、スパイスをそれぞれ食べたことはないし、ラムラもスパイスに詳しくても料理自体を知らないので味も何もない。
何より茶色のスパイスの数が多すぎる。色の濃淡はあれど、ほぼ茶色だ。
「…ん?これ、カレーの匂いする、と思う…」
「これですか?これはヒョンの実ですね」
「名前が全然違うね」
視覚、味覚だけではなく嗅覚も駆使して作業を続ける。多分、朝日が食べていたカレーとは違う者なのだろうがこの匂いを嗅いだ瞬間、懐かしい気持ちが呼び起こされる。
「このヒョンの実に合うのはコレか、この辺ですね。こっちは少し柑橘系の香りと苦味があるスパイスで、こっちは甘味のある香りとコクを出してくれるスパイスです」
「うん!何かヒョンの実さえあれば何でもいける気がする!」
「ヒョンの実がキモだったのですね!」
早速混ぜ合わせてスープを作る。
香りがより立つように挽く前のスパイスを炒める。立ち登る良い香りにラムラは昇天しそうなほど白目を剥いて涎を垂らす。
「この香りは!!美味しい、もう美味しいです!!ヒョンの実はあまり使ったことがありませんでしたが、炒めるとこんなに素晴らしい香りが!!」
「うん!この匂いだ…」
「これがスープに…」
「本物はトロトロなんだけどね」
「トロトロ!」
朝日はざっくりとカレーの説明をする。
カレーには色々な種類があり、国によって作り方もスパイスも違うこと。朝日が食べたことのあるのはトロトロの方だが、同じ国でもどんどん進化してスープカレーと言う料理もあったという事。外国のカレーはスパイスがとにかく強くてパンのような“ナン”という小麦粉を練ったものと一緒に食べる事、など本で得た知識を披露する。
「そう言えば!先日、教わった“びしゃめる”…あれを応用出来ないでしょうか?後は具のモイモ。あれも溶けるまで煮込むととろみが出ます!」
「カレーには隠し味が必要なんだ!」
「ほう!隠し味ですか!」
「チョコレートとかリンゴとか…蜂蜜とか!」
ふむふむ、と声に出して頷くラムラは顎に手を当てて熟考モードだ。いつも無意識的にふむふむ、と言ってしまうのが何とも彼らしくて朝日は好きだった。
「なるほど…確か、“りんご”はシャクリの実のことでしたね。蜂蜜も料理ではよく砂糖がわりに使ったりするので置いてありますよ!でも、“ちょこれーと”はどんなものなのでしょう??」
「チョコレートは凄く甘ーいお菓子!カカオ豆っていう木の実で作るんだ!」
「カカオ!あの苦いスパイスの事ですか!?」
「名前同じなんだ!」
「これは最近イングリード持ち込まれた物ですね。スパイスなら何でも大歓迎な国ですから、用途は分からずとも仕入れているんですよ!」
カレー話しをヒートアップさせていく二人に補助のために厨房にいたコック達はただ見守ることしかできなかった。
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