スキル【自動回収】で人助け〜素直な少年は無自覚に人をたらし込む〜

ree

文字の大きさ
上 下
125 / 157
第五章

失態

しおりを挟む


 とにかく言いにくいと言葉を詰まらせるカーチェスにクリスが話しが進むようにと酒を勧める。
 グラスに琥珀色の液体が注がれ、クリスはカーチェスとグラスを合わせると一気に煽る。それを見たカーチェスも一度息を吐き出して一気に煽いだ。

「…私は、カーチェス・ノエル。帝国の男爵位を持っています…今は分かりませんが。我が家は少々魔法の能力に長けていて、私は…いえ、私達は皇帝の命を受けてある研究の研究員として働いていました」

 重々しい雰囲気で始まったカーチェスの話しは彼らが最も欲しがっていた話しだった。
 
「とある研究とは?」

「主にマナジウムについての研究です。マナジウムの開発、再利用、類似品の発掘、等…とにかく何とかマナジウムを安定供給させるための研究でした。我々はその研究でマナジウムについて知るところから始めたのです」

 何をするにもまずはその物を知ることが始まる。それは普通のことだと思うが、これまで帝国はマナジウムを使って成長して来た。
 なのにこれまで一度もマナジウムについて調べることはなかったのだろうか、と素朴な疑問が芽生える。

「研究資料を漁って分かったのはマナジウムが魔力の塊だと言うことだけでした。これまでは大した研究はなされていなかったようです」

「何故だ。何故これまで研究をしていなかった」

「マナジウムが有限だと知ったのが、最近だからです。これまで帝国はマナジウムが有限の資源だと言われていても否定していたのです」

「否定?」

「…皇族はマナジウムの出来方を知っていた。精霊を殺すことで生まれると知っていたのです」

 全員絶句だった。
 今の言い方だと精霊を殺して来たと言っているのと同じではないだろうか、と。

 ただ、クリスは敢えて何も知らない程で話しを進める。それは疑り深いクリスなりの妥協点だった。
 本来のクリスならカーチェスの話しが信じられずに聞き流しているところだが、今回は他でもない朝日が彼に何かを感じてわざわざクリスに会わせるために此処まで連れてきたと言う前提がある。
 朝日が言うことなら紛うことなく信じるとクリスは決めていた。
 だが、カーチェスは彼らのこれからを左右する重要参考人だ。話しの整合性は確認しておきたい。
 それでエライアスから聞いていた話しと辻褄が合えば彼が嘘をついていないとして確認を取ることにしたのだ。

「皆さんのご想像の通りです。これまで我々…帝国が使って来たマナジウムは…全部とは言いませんが、精霊を殺してまでもぎ取ったものだったのです。それを知ったのが一年程前です」

「研究はいつからしてたんだ」

「10年ほど前からです。我々研究チームはマナジウムの元となる魔力凝縮魔法《魔力塊》とマナジウムに魔力を送り込む技術を応用して、空のマナジウムに魔力を留める魔法陣を完成させました。その二つを研究結果として皇帝に報告したのが一年程前。ですが…皇帝には本物とは似ても似つかない紛い物だと突っぱねられました。そしてそこで言われたのです。…無理なら精霊を連れてこい、と」

「…なるほどな」

「近年、精霊の数も減少傾向にあり、それに伴い魔法使いの数も衰退気味だったのですが、その原因は分かっていなかったのです…。でもまさか、そんな禁忌を犯しているとは…我々はもう、皇帝を…帝国を信じられなくなったのです」

 帝国を信用できなくなった、というカーチェスは折れてしまった枝のように項垂れる。
 彼の…いや、彼らの心は完全に折れてしまったのだろう。

「それで逃げ出してきたということか」

「はい。我々は帝国が精霊を殺すことが出来ないように研究所からマナジウムを持ち出し、逃げる算段を模索していました。しかし、真実を知ってしまった我々を皇帝が逃すわけもなく…その時に我々の逃げる手伝いをしてくれた人がいたのです」

「…手伝いをした?」

「黒いマントを被っていたので顔は見えませんでしたが、魔法陣のありかを教えてくれました。そして我々は別々の魔法陣で三箇所に散ったのです。…ただ、私と所長が行き着いた先にはトロルがいまして…繋がった先から逃げ出す事が出来ず…つい半年程前までは洞窟に潜んでいたのです」

 段々話しが見えて来た所で謎の協力者の存在。
 クリスは渋い顔をする。
 それが誰なのかはおおよその見当が付く。クリスが朝日に目をやると、朝日は笑顔で小さく頷いた。

「イングリードに行きたい理由はそれか。そこには誰がいる」

「研究チームの三人がイングリードにいます。他の三人はアルメニアに。所長も洞窟から出た後、其方に向かったと聞いております」

「…所長の名前は」

「オルブレン。オルブレン・オベル・グランジェイド。帝国のグランジェイド公爵家のご子息様です」

 クリスは再び朝日に目を向ける。
 彼の話しとこれまでの出来事から推察するにその洞窟を暴いたのは朝日とユリウスだ。そして、その洞窟の中に閉じ込められていた人達は黒騎士が家に送り届けたと聞いている。

「分かった。今日は休むと良い」

「信じてくださるのですか!」

「あぁ、嘘を言う必要がないだろ」

「は、はい。そうですね」

 控えていた使用人にカーチェスを部屋まで案内させてクリスは大きなため息を吐く。

「洞窟に居たんだな」

「うん。あのおじさんがオルブレンさんとお話ししてたの」

「なるほどな…」

「ごめんね」

「いや、良い。セシル達は?」

「知ってるよ」

 主語のない話しが二人の間で行き来する。
 理解の追いつかないシュクールは置いて、ジョシュは何となく察しがついた。

 多分、クリスは黒騎士を怪しんでいた。
 そして朝日もそれを肯定した。
 だが、今日それが覆った。しかし、朝日の反応からすればそれは分かっていたことだった。
 そして、謝罪。
 多分、朝日はクリスに何らかの疑念を抱いていた。そして、その疑いが今晴れた。その謝罪だ。
 そして知らなかったのはクリスだけだと知らされた。

「…もう、隠し事はしねぇ」

「うん!分かった!」

「疑われるのは気分悪りぃな」

「うん…」

 長く深い夜夜はまだ始まったばかりだ。
 クリスは使用人を呼び寄せて、空いたグラスに酒を注ぐ。大きな丸い氷が少し小さくなってカラン、と小さな音を立てる。

「飲むなよ」

「…ダメなの?」

「これはこの前の奴より強い」

「うんとね、持って来てるんだ」

「…まじか」

「セシルさんに貰ったの!」

「アイツ…」

 セシルからの疑いが晴れた祝いかのような差し入れにクリスはこうなる事を予想していたのか、とゲンナリする。

「…クリス様は何をなされたのですか?」

「クリスさんは…んー、隠し事してたの」

「それは、分かりましたが…」

「…俺も現場にいたんだ。さっき話に出てた洞窟のな」

「クリス様は特攻隊長ですから、当然の事だと思われますが…?」

「クリスさん、僕とその時会ってないんだよ」

 確かに疑わしい行動だったか、と反省しつつもクリスは間の抜けた話し方をする。直ぐに朝日に付け加えられて頭を描き、嫌々ながら話しを続ける。

「…黒騎士と?」

「あぁ、…黒騎士の方にトロルの話しを持って行っていた」

「内通していたのですか」

「…確かに黒には情報を貰いに何度も行ってる。ついでに調べた情報を流してた」

「でも、ロードアスターさんは“敵じゃなかったんだから大丈夫だよ」

「…だが、アイツは俺と同じで何しでかすか分かんねぇからな…」

 深刻そうな顔を一瞬見せたクリスは再び酒を煽る。呑まなきゃやってられないのだろう。下手したら敵に情報を漏らしていたかもしれないのだから。

「セシルは僕が狙われたのはクリスさんのせいじゃないって言ってたよ。その前に僕ロードアスターさんに自分の能力見せちゃってたから」

 慰めにならない慰めを受けたクリスはそのまま無言で酒を更に煽った。






しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした

高鉢 健太
ファンタジー
 ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。  ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。  もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。  とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

スコップ1つで異世界征服

葦元狐雪
ファンタジー
超健康生活を送っているニートの戸賀勇希の元へ、ある日突然赤い手紙が届く。 その中には、誰も知らないゲームが記録されている謎のUSBメモリ。 怪しいと思いながらも、戸賀勇希は夢中でそのゲームをクリアするが、何者かの手によってPCの中に引き込まれてしまい...... ※グロテスクにチェックを入れるのを忘れていました。申し訳ありません。 ※クズな主人公が試行錯誤しながら現状を打開していく成長もののストーリーです。 ※ヒロインが死ぬ? 大丈夫、死にません。 ※矛盾点などがないよう配慮しているつもりですが、もしありましたら申し訳ございません。すぐに修正いたします。

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

処理中です...