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第五章
失態
しおりを挟むとにかく言いにくいと言葉を詰まらせるカーチェスにクリスが話しが進むようにと酒を勧める。
グラスに琥珀色の液体が注がれ、クリスはカーチェスとグラスを合わせると一気に煽る。それを見たカーチェスも一度息を吐き出して一気に煽いだ。
「…私は、カーチェス・ノエル。帝国の男爵位を持っています…今は分かりませんが。我が家は少々魔法の能力に長けていて、私は…いえ、私達は皇帝の命を受けてある研究の研究員として働いていました」
重々しい雰囲気で始まったカーチェスの話しは彼らが最も欲しがっていた話しだった。
「とある研究とは?」
「主にマナジウムについての研究です。マナジウムの開発、再利用、類似品の発掘、等…とにかく何とかマナジウムを安定供給させるための研究でした。我々はその研究でマナジウムについて知るところから始めたのです」
何をするにもまずはその物を知ることが始まる。それは普通のことだと思うが、これまで帝国はマナジウムを使って成長して来た。
なのにこれまで一度もマナジウムについて調べることはなかったのだろうか、と素朴な疑問が芽生える。
「研究資料を漁って分かったのはマナジウムが魔力の塊だと言うことだけでした。これまでは大した研究はなされていなかったようです」
「何故だ。何故これまで研究をしていなかった」
「マナジウムが有限だと知ったのが、最近だからです。これまで帝国はマナジウムが有限の資源だと言われていても否定していたのです」
「否定?」
「…皇族はマナジウムの出来方を知っていた。精霊を殺すことで生まれると知っていたのです」
全員絶句だった。
今の言い方だと精霊を殺して来たと言っているのと同じではないだろうか、と。
ただ、クリスは敢えて何も知らない程で話しを進める。それは疑り深いクリスなりの妥協点だった。
本来のクリスならカーチェスの話しが信じられずに聞き流しているところだが、今回は他でもない朝日が彼に何かを感じてわざわざクリスに会わせるために此処まで連れてきたと言う前提がある。
朝日が言うことなら紛うことなく信じるとクリスは決めていた。
だが、カーチェスは彼らのこれからを左右する重要参考人だ。話しの整合性は確認しておきたい。
それでエライアスから聞いていた話しと辻褄が合えば彼が嘘をついていないとして確認を取ることにしたのだ。
「皆さんのご想像の通りです。これまで我々…帝国が使って来たマナジウムは…全部とは言いませんが、精霊を殺してまでもぎ取ったものだったのです。それを知ったのが一年程前です」
「研究はいつからしてたんだ」
「10年ほど前からです。我々研究チームはマナジウムの元となる魔力凝縮魔法《魔力塊》とマナジウムに魔力を送り込む技術を応用して、空のマナジウムに魔力を留める魔法陣を完成させました。その二つを研究結果として皇帝に報告したのが一年程前。ですが…皇帝には本物とは似ても似つかない紛い物だと突っぱねられました。そしてそこで言われたのです。…無理なら精霊を連れてこい、と」
「…なるほどな」
「近年、精霊の数も減少傾向にあり、それに伴い魔法使いの数も衰退気味だったのですが、その原因は分かっていなかったのです…。でもまさか、そんな禁忌を犯しているとは…我々はもう、皇帝を…帝国を信じられなくなったのです」
帝国を信用できなくなった、というカーチェスは折れてしまった枝のように項垂れる。
彼の…いや、彼らの心は完全に折れてしまったのだろう。
「それで逃げ出してきたということか」
「はい。我々は帝国が精霊を殺すことが出来ないように研究所からマナジウムを持ち出し、逃げる算段を模索していました。しかし、真実を知ってしまった我々を皇帝が逃すわけもなく…その時に我々の逃げる手伝いをしてくれた人がいたのです」
「…手伝いをした?」
「黒いマントを被っていたので顔は見えませんでしたが、魔法陣のありかを教えてくれました。そして我々は別々の魔法陣で三箇所に散ったのです。…ただ、私と所長が行き着いた先にはトロルがいまして…繋がった先から逃げ出す事が出来ず…つい半年程前までは洞窟に潜んでいたのです」
段々話しが見えて来た所で謎の協力者の存在。
クリスは渋い顔をする。
それが誰なのかはおおよその見当が付く。クリスが朝日に目をやると、朝日は笑顔で小さく頷いた。
「イングリードに行きたい理由はそれか。そこには誰がいる」
「研究チームの三人がイングリードにいます。他の三人はアルメニアに。所長も洞窟から出た後、其方に向かったと聞いております」
「…所長の名前は」
「オルブレン。オルブレン・オベル・グランジェイド。帝国のグランジェイド公爵家のご子息様です」
クリスは再び朝日に目を向ける。
彼の話しとこれまでの出来事から推察するにその洞窟を暴いたのは朝日とユリウスだ。そして、その洞窟の中に閉じ込められていた人達は黒騎士が家に送り届けたと聞いている。
「分かった。今日は休むと良い」
「信じてくださるのですか!」
「あぁ、嘘を言う必要がないだろ」
「は、はい。そうですね」
控えていた使用人にカーチェスを部屋まで案内させてクリスは大きなため息を吐く。
「洞窟に居たんだな」
「うん。あのおじさんがオルブレンさんとお話ししてたの」
「なるほどな…」
「ごめんね」
「いや、良い。セシル達は?」
「知ってるよ」
主語のない話しが二人の間で行き来する。
理解の追いつかないシュクールは置いて、ジョシュは何となく察しがついた。
多分、クリスは黒騎士を怪しんでいた。
そして朝日もそれを肯定した。
だが、今日それが覆った。しかし、朝日の反応からすればそれは分かっていたことだった。
そして、謝罪。
多分、朝日はクリスに何らかの疑念を抱いていた。そして、その疑いが今晴れた。その謝罪だ。
そして知らなかったのはクリスだけだと知らされた。
「…もう、隠し事はしねぇ」
「うん!分かった!」
「疑われるのは気分悪りぃな」
「うん…」
長く深い夜夜はまだ始まったばかりだ。
クリスは使用人を呼び寄せて、空いたグラスに酒を注ぐ。大きな丸い氷が少し小さくなってカラン、と小さな音を立てる。
「飲むなよ」
「…ダメなの?」
「これはこの前の奴より強い」
「うんとね、持って来てるんだ」
「…まじか」
「セシルさんに貰ったの!」
「アイツ…」
セシルからの疑いが晴れた祝いかのような差し入れにクリスはこうなる事を予想していたのか、とゲンナリする。
「…クリス様は何をなされたのですか?」
「クリスさんは…んー、隠し事してたの」
「それは、分かりましたが…」
「…俺も現場にいたんだ。さっき話に出てた洞窟のな」
「クリス様は特攻隊長ですから、当然の事だと思われますが…?」
「クリスさん、僕とその時会ってないんだよ」
確かに疑わしい行動だったか、と反省しつつもクリスは間の抜けた話し方をする。直ぐに朝日に付け加えられて頭を描き、嫌々ながら話しを続ける。
「…黒騎士と?」
「あぁ、…黒騎士の方にトロルの話しを持って行っていた」
「内通していたのですか」
「…確かに黒には情報を貰いに何度も行ってる。ついでに調べた情報を流してた」
「でも、ロードアスターさんは“敵じゃなかったんだから大丈夫だよ」
「…だが、アイツは俺と同じで何しでかすか分かんねぇからな…」
深刻そうな顔を一瞬見せたクリスは再び酒を煽る。呑まなきゃやってられないのだろう。下手したら敵に情報を漏らしていたかもしれないのだから。
「セシルは僕が狙われたのはクリスさんのせいじゃないって言ってたよ。その前に僕ロードアスターさんに自分の能力見せちゃってたから」
慰めにならない慰めを受けたクリスはそのまま無言で酒を更に煽った。
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