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第五章
出会い人
しおりを挟む「わぁぁあ!」
「あったかいな」
「それに綺麗だよ!」
「うちの領地は冬でもそれ程気温が下がらなくてよ。冬の湯治場として需要が高くて観光客が多い」
先日話にあったクリスの領地にある温泉にやってきた朝日。辺りに立ち込める硫黄の香りに笑顔ながらも少し渋い顔をする。
「これが温泉の匂い?」
「あぁ。苦手だったか?」
「ううん!でも、はじめて嗅いだからびっくりしちゃった!」
びっくりしちゃった!と身体でも表現する朝日に思わず笑う。
「あそこの水が噴き出しているところ。あそこに温泉が噴き出す間欠泉ってのがある」
「間欠泉?」
「お?知らなかったか?」
「本でなら読んだことあるよ!」
「見に行くか?」
「うん!」
クリスの朝日に対する想いは他の三人とは違う。
クリスは朝日に軽い苦手意識があった。
いつでも笑顔でキラキラと星を溢しながら歩き、道ゆく人たちに花束を配るような朝日の存在がクリスには眩しく見えていた。
そんな彼が、なんて事ないで褒め称え、煽てて、祭り上げる。それが何とも恥ずかしくて、むず痒くて仕方がなかった。
クリスの家はいく人もの優秀な騎士を輩出している家系で、当然兄や弟も騎士で赤誠の騎士団に所属している。
男ばかりの三人兄弟の真ん中と言う立ち位置の彼は親からの期待を兄に、愛情を弟に取られていたがそんなものを気にしない程に自由を楽しんでいた。
騎士になってからもその自由さは変わらず、特攻隊長も性分に合っていた。
全部自由に、何となくやってきた事だった。
だから、兄のように誰かに期待を寄せられて褒められたり、弟のように甘やかされてちやほや構われることに慣れていないのだ。
ただ、今回のことがあってクリスの中で何かが変わった。朝日に褒められたり、持て囃されたりするのが寧ろ心地よいと感じるようになったのだ。
それは朝日の不遇な人生を聞いたからだ。
今まではキラキラふわふわしている良いとこの出の坊ちゃんだとばかり思っていた朝日がクリスにそう言う扱いをするのが本質的に疑う性分のクリスからすれば気持ち悪かったのだが、彼は本気でクリスのことを褒め称え、羨ましがり、尊敬してくれていたのだと分かったのだ。
今までも分かっていなかった訳ではないが、疑心と放漫なせいで認めていなかっただけだった。
そして、朝日は保護対象としてクリスは見るようになり、実の弟よりも兄らしく接するようになったのだ。
「わぁ、すっごく深いね」
「そこが見えませんね」
「はぁ…で?何でお前までいんの?」
「私は朝日様の執事ですから」
「うん。そう、なったみたい。ジョシュにはお宿でもお世話してもらってて。今日の朝はセシルさんに呼ばれてて別行動だっただけなんだって」
「はいはい、分かりました。もう、何でもいいわ」
頭を抱えるクリスはまだ間欠泉に見入っている朝日を見て諦めの言葉を吐く。
「俺は実家に顔出してくる。堅苦しいのはダルイだろ?一人で行ってくるから、お前らは勝手に観光でもしててくれ」
「うん!ありがとう、クリスさん!」
「あぁ、存分に楽しんで来い」
優しい笑顔のクリスに朝日はニマニマと目を細めて笑う。クリスは豪快に朝日の頭を撫でて、そのまま一度も振り返ることなく何処かへと歩いて行った。
「つぎは何処に参りましょうか」
「ご飯!」
「畏まりました」
「何食べんだ?」
「あ!クリスさんに聞けばよかっ…」
「朝日様…?」
朝日が言葉を切って何かを見ている。
視線の先には少し薄汚れた格好をした中年の男性がいて、何やら宿屋から追い出されたところのようだった。
「あ!朝日様!」
「なんだ…?」
朝日が一目散にその男性に駆け寄るので二人は咄嗟のことで身体が動かず、置いてけぼりになる。
「おじさん。困ってる?」
「…え、あ……困って…?あぁ、その……困っているかも…」
「そっか!」
ーーーーぎゅるるるるるる
「お腹空いてるの?僕達も今からご飯なんだ!おすすめのお店知らない?」
「み、店…知ってるよ」
「どこどこ??」
朝日は男性の手を取って歩き出す。
二人が追いついた頃には話しがもう纏まりかけていて口を挟む暇も与えてはくれなかった。
「ここ?」
「あ、あぁ…」
「楽しみだなぁ!ね!」
「はい、朝日様」
「何の店だろうな」
何が起こっているのか理解が追いついていない男性は朝日に手を引かれるまま店へと雪崩れ込む。
店に入ると初めは元気な挨拶が聞こえてきた。
しかし、朝日達を見てその言葉尻を段々弱めて行く。
「な、んめい…様でしょうか?」
「はい、四人です!」
「その…うちの店はその、ドレスコードがありまして…」
「そうなの?御免なさい…ジョシュ、どうしよう。お着替えしないといけないんだって」
店員は朝日に行っている訳でないことは店にいた客も他の店員達も、当然男性だって分かっている。
それなのに朝日がどうしよう、と泣きそうな顔でしょぼくれるものだから周りは大慌て。
何故なら、朝日が従者を連れたお忍びの貴族の坊っちゃんぽく見えているからだ。
「その、奥の個室でしたら…」
「だそうです。朝日様お言葉に甘えて奥の部屋に参りましょう」
「うん!ありがとうございます!」
朝日の満面の笑み攻撃を食らった店員はハートを撃ち抜かれ、フラフラと壁に倒れ込む。
ーーーあれ、大丈夫なのかよ…
ーーー私、行きたくないわよ!
ーーー下っ端!お前行けよ!
ーーーぼ、僕ですか!?
それを完全に無視して個室へと向かう朝日に周りは相当な大物だ、と噂していた。
「おじさん、好きなもの頼んでいいよ!お店に案内してくれたお礼!」
「あ、いや…」
「貴族の嗜みとして、義理を通さなくては顔が立ちませんので」
「…あぁ、そうだな」
「おじさん、お肉好き?」
「あぁ、何でも食べる…な。特にこれがと言う物はないよ」
「そっか!」
ーーーコンコン
「ご、ご注文はお決まりでしょうか…」
年若い青年が恐る恐る、といった雰囲気で優しいノックをして入ってきた。
普通なら少し偉い者、若しくはベテランの店員を貴族に失礼があったら何されるか分からない、と言う一般的な考え方から充てがうのだが、貴族なのかも不明、更には浮浪者のような人間を連れている、という不信感から新人が無理矢理使わられた。
当然、貴族に対する見解は同じなので、彼は本気で怯えているのだ。
「おすすめってありますか?」
「お、おすすすす、め…ですか…?」
「はい。おすすめです」
「あ、の…それなら……コレとか、コレ…コレもおすすめです」
「じゃあ、それ下さい!」
「か、畏まりました」
注文を聞いて部屋をそそくさと出て行った青年を優しい目で見送って朝日はそのまま視線を男性に向ける。
「おじさん、お宿も困ってる?」
「…そうだね、私は旅をしていてね…先程丁度手持ちが尽きて追い出されたのだよ。参ったよ、本当に恥ずかしいところを見られてしまったね」
「お金がなくなっちゃったの?」
「…まぁ、この年になってから仕事を探すのはなかなか難しくてね…」
「じゃあ、僕の所においで!温泉もあるよ!」
ぽりぽり、と頬を掻きながら、痛いところを突かれた、と困ったような照れ笑いを浮かべる男性に朝日は嬉しそうに問いかける。
当然男性は驚いた表情を浮かべ、そしてまたすぐに困ったような表情へと変えていく。
提案としてあり得ないことなのは置いとくとして、普通の人なら飛びつきそうな提案に彼はなかなか乗ってこない。
遠慮している、というよりはその提案自体に困惑と動揺をしているようで、それが何故なのかジョシュにもシュクールにも分からなかった。
「お料理…お待ちしました…」
「ありがとうございます」
ワゴンを押して入ってきた店員にお礼を告げる。
出来立ての料理からは湯気が立ち込めていてどれも美味しいそうな香ばしい香りを放っている。
「失礼します…」
店員が部屋をまたそそくさと出て行って、朝日は料理に手をつけた。
見たことのない料理に朝日のフォークが止まらない。ジョシュが次のを取り分ける間もなく皿が空になってしまうほどだった。
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