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第五章

酒の肴

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 ひと通り朝日の話を聞いた四人は小さな後悔とお互いへの牽制で睨みを効かせていた。
 お互い思うことはあるだろう。特に朝日への肩入れが強いゼノとセシルの間には言い知れぬ思いがある。
 ただそこはお互い朝日の意思を尊重する為に今は置いておく事にする。

「朝日はどうしたい」

「僕は冒険をしたい。ゼノさんに新しい目標を探せばいいって言われてから何をしたいのか、よく考えてたんだ。此処は多分、僕の生まれた世界じゃない」

「生まれた世界じゃ、ない?」

「うん。僕が読んでいた世界には鉄で出来た空飛ぶ乗り物があったり、絵が動く鉄の箱があったり…ここに本の中の世界はなかった。でも、僕は新しい物を知れれば本の中じゃなくても良いって思ったんだ」

「鉄が飛ぶ?」
「絵の箱?」

「うん。不思議でしょう?僕も見てみたかったんだ。でもお手伝いさんが本の方が多くの事を知れるって」

 ゼノやクリスは腕を組んで想像しているのだろうか。セシルは相変わらずニコニコと朝日の話しを聞いていて、ユリウスは無反応にただ朝日を見ていた。
 それこそ物語の中の話のように聞こえるが、読書は貴族の嗜みで三人ともそれぞれ教養のために少なからず本は読んできたが、誰もそんな不思議な物語を読んだ事も聞いた事もない。
 それこそ朝日の言うそれが実在するものなんて思った事も聞いた事もない。

「それが朝日君の世界にはあったんだね」

「うん。空飛ぶ鉄は“飛行機”って名前で…動く絵の箱は“テレビ”って言うんだ。他にもね、食料を冷やしておける“冷蔵庫”とか“食べ物を一瞬で温める“電子レンジ”とか…」

「朝日が実際に見たことがある物はあるのか?」

「うん!髪の毛を乾かす“ドライヤー”とゴミを吸い取る“掃除機”は見たことがあるよ!」

 あとね、あとね、と楽しそうに話し続ける朝日。
 次々と出てくる未知なるものどれも見た事も聞いた事もない。
 ただ、朝日がこれだけの笑顔を向けてくれる事に皆、安心して見守るような優しい目をしていた。

「見たかったのはその不思議道具なのか?」

「うん。でも一番見たかったのは外の世界。僕の部屋には窓がなかったから、空が青から赤そして紺に変わっていくのをお外に出て初めて見て…本当に感動したんだ」

 なんてことないことに感じる空の青さ、白い雲、日が暮れて赤く色づき、日が沈んで闇が訪れ空には星が出る。
 教わる前に勝手に目にするそんなものが朝日には特別で新鮮で楽しいものだった。

「だからゼノと見た湖のお月様…本当に綺麗だった。あんなに近くで見れるなんて知らなかったの」

 そもそも月がどんな大きさなのか、丸じゃない時はどう見えているのか、誰も気にしない事、それが当たり前だと思っている事が朝日にとっては全て不思議で興味のあるものだった。

「次の満月にまた見に行くか」

「うん!」

「お弁当はラムラに作らせるよ」

「お弁当!」

 セシルだけが知っている朝日の故郷の知識。
 “お弁当”が何か分かっていない三人からの視線に優越感を覚える。
 普段は能面のようなセシルがいやらしくニタニタと笑う姿に三人は呆れた顔をする。

「おにぎりは僕に任せて!」

「一緒に作ろうか」

「うん!」

 “お弁当”の説明もなしに話しが進んでいくが、話しの腰を折れない三人は知ったような顔をしていた。

「朝日、俺の領地に面白いものがある」

「え!何々?」

「温かい水が沸いてるんだ。ホットプールと俺らは呼んでいる」

「温泉だ!」

「ふふふ、そう。“おんせん”だな」

 今度はクリスがマウントを取りにくる。
 朝日が興味を持ちそうな不思議な物を頭をフル回転させて考える大人四人組は傍から見ればひどく滑稽だろう。

「あー、私の領地は港町で…魚が美味い」

「港町…」

 良い案を出せないユリウスは苦々しい表情でそっぱを向きながら苦し紛れに言い、恐る恐る朝日の表情を片目で確認する。

「海があるんだね!」

「…あぁ」

「海って本当に塩っぱいの!?あ!海があるって事は塩を使ってるのかな?ユリウスさんは侯爵様だもんね、良い土地が貰えるよね!」

「…そうだな、海の水は塩っぱいな」

「凄い!」

 何ならカバロに無いものなら何でも良いのではと思うほどに朝日は何も知らない。何にでも食いつく朝日に二人が一斉に笑い出す。

「ユリウスがこんなに吃るなんて…ハハハ!」

「マジ、ビビりすぎだろ!」

「まぁ、そんな時もあるだろ」

 ゼノのなんのフォローにもなってない発言に流石のユリウスも疲れたような顔をする。

「朝日君。私の領地は畑ばかりでね。今の時期は麦畑かな?」

「一面の黄金だ!」

「そうだね。それが終わったら春までお休み。内職をして過ごすんだよ」

「“びにーるはうす”は無いんだね」

「“びにーる”?」

「うん。寒くてもお野菜を育てられるんだ」

「温室みたいなところかな?」

「畑に建てるんだよ」

 また不思議なものが出てきた。
 朝日の世界の凄まじい発展を理解した四人はこれまでしてきた朝日への評価を見直すことになった。朝日の世界の知識はこの世界ではまだ誰も使った事のないものばかり。
 でも彼らには分かってしまった。
 それらはこの世界でも作り出す事が出来てしまうのだと。そう、魔法石と錬金術が有れば。

「朝日君。…朝日君の世界の話しも盗賊たちに話したのかな?」

「してないよ。今初めて話したよ。ボスがね、話しちゃダメだって言ったの」

「そっか。私達は話したらダメとは言わないよ。でも、凄くいい話しだから皆んなに話すと混乱してしまう、かな?」

「うん。僕、ボスにこの世界の人じゃないって言ったの。ボス達は信じるって。でも、皆んなが皆んな信じてくれる訳じゃないって。だから話す人は選ばないといけないって言ってたから…僕、皆んなに話したの、ダメだった?」

「うんん。私達は朝日君の話しが聞けて凄く嬉しいんだ。勿論全部信じてるよ。でも、そうだね。ボスが言ってたように信じてくれなくて、心無い言葉を使う人もいるかも知れない。だから、その約束は今後も守った方が良い」

「うん。分かった」

 この世界での朝日の生活が守られていたのは彼らのお陰も大きい。そして、悪者がどうしてあんなにもコロっと心変わりしたのかが、なんとなく分かった気がした。

「後はお茶でも飲みながら話そうか。今日はお泊まり会だからね」

「ユリウスさんのお家で?」

「あぁ、構わない」

「私の家でも良いんだよ?」

「俺んとこでもいいぞ」

「クリスさんのお家も行ってみたい!」

「今度実家の方にも連れてってやる」

「やった!!」

 笑顔が戻った朝日を囲うように食堂を出る。
 朝日の左右を陣取るセシルは紳士らしく朝日に手を差し出す。朝日もそれに慣れてしまっていて、当然のように握る。
 仲良く笑い合いながら歩き出す二人を後ろから三人がついて歩く。

「ゼノ、どうなった」

「確かに帝国の地下には魔力塊が出来ていた。だが、魔法石にはなってない。それから、ギルドの方は完全に黒だった」

「そうか、アイルトンからは?」

「視線の正体もお前らが掴んだ通り、…ニューラスだったと聞いた。それから、ウルザボードは…予想以上だったらしい」

「なるほどな、追い詰められているのは向こうも同じと言うことか」

「あぁ、他にはもう話した。時間もなさそうだ」

「引き続き頼む」

「あぁ、後は…アレだけか」

 意味深な言葉を漏らしたゼノに二人は強く頷く。

「ゼノさん!見て!おっきいの!」

「クッキー…か?」

「違うよ!おせんべい!僕の世界のお菓子!」

「菓子か…」

「ふふふ!これはね~、塩っぱいお菓子なの!」

「…あ゛?」

「一口だけでいいから食べてみて!ゼノさん好きだと思う!」

 朝日があまりに良い顔で笑うものだから、ゼノも無碍には出来ず眉間に皺を寄せながらも言われた通り口に含む。

「…まじか。酒飲むか」

「うん!僕も飲む!」

「お前はダメだ」

「やだ!」

「の~む~!」

 押し問答を繰り返すゼノと朝日にセシルが小さく咳払いをして間に入り込む。

「こんなに言ってるんだから飲ませてあげたら?」

「…お前、責任取れるのか」

「責任?」

「…チッ。耳かせ」

 朝日の大きな目に見つめられながらゼノに笑顔で耳を傾ける。自信満々のセシルが少しずつ表情を変えていく。
 一体何を言われたのかは分からないが、ユリウスとクリスにはセシルは少しだけ青ざめているように見えた。

「…朝日君、お酒は……その、いや……あのね、」

 目を潤ませながら見つめてくる朝日にセシルは言葉尻をどんどん細めていく。

「…責任は私が取るよ」

「言ったな」

「良かったな、朝日」

「うん!」

 そして楽しい宴会が始まった。









 
 

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