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第五章
聖獣
しおりを挟む暫くは食事を囲んだ歓談の時間が続く。
笑いこそ起きないが、朗らかな会話と雰囲気がこの食事会が楽しいものだと錯覚するくらいには盛り上がっていた。
口火を切ったのはフェナルスタだった。
「朝日君。先日預かっていたものを返そうと思う」
「…オルブレンさんの手記のこと?」
「あぁ」
セシル達も朝日から聞いてそのことは知っていたので特に反応する事ない。ただその視線は手記に向けられていた。
古ぼけた字が並んでいて一見手記には見えないその本を朝日がフェナルスタの執事から受け取る。
これに一体何が書いてあったのかが気になるが、流石にこの場では読む事は出来ない。
「手記で何か分かったの?」
「あぁ、その事で今日はここに来た」
セシル達の予想通り、手記によってフェナルスタは何かの情報を得たようだ。
誰もが彼が話し出すのを待っている中、フェナルスタは運ばれてきた最後のデザートを口に入れて美しい深紅色のナプキンで口元を拭う。
一つ一つの動作がとてもゆっくりで朝日は昨日のユリウスを思い出す。
「…オルブレンがしていた研究はマナジウムを作る物…だけじゃなかった」
「…では、一体何の研究だったのですか」
「本人は何も知らずにマナジウムの作成研究を進めていた。手記にもそう書いてある。そして研究の成功と共に気付いたのだ。その研究の本当の意図に…」
「聖獣の討伐、だよね」
朝日の発言に一同がまさか、と驚き朝日に向けた視線をフェナルスタへと変える。
フェナルスタの肯定するような表情に唖然とした。
「帝国がまだ小さな国とも呼べないような集落だった頃。当時その集落の長をしていたのが、オーランド帝国初代皇帝アレクサンドリア。彼は優秀な剣の使い手でその腕前は各国からもお墨付き。アレクサンドリアを敵に回したくない各国はどうにか彼を囲い込もうと争っていた」
そこから語られる帝国史、本当の史実がグランジョイド家創設の理由だった。
「アレクサンドリアはとても優れた剣使いで『剣聖』と呼ばれ、各国のピンチに多額の対価を貰い請け負っていた。そしてその対価を使い一つの国が誕生した。それがオーランドだ」
フェナルスタはそこまで語ると胸元の内ポケットから何かを取り出し、皆に見えるように食器が下げられた机の上に置く。
机の上で小さく光るそれは宝石の様な、鉱石のような物で皆、目を凝らしてそれを見つめる。
「アレクサンドリアは剣士としてはとても優れた人物だったが、一国の主人としてはずぶの素人だった。他国の頭の回る奴らにいいように利用されてこの価値のない石粒を対価として貰っていたのだ」
「しかし、これは…」
「そう。アレクサンドリアも他国もこの石粒の価値を知らなかった。その価値に気付いたのが我がグランジェイド家の初代公爵、マクロスだった。マクロスは強力な魔法使いでアレクサンドリアと共に魔の討伐にも参加していた」
フェナルスタは朝日に目配せをしてその石ころを手にとるように手を差し出す。
「マナジウムだ。マクロスはその価値に気付き、そしてその力を使って魔の討伐を行う技術も生み出した。それが錬金術だった」
「錬金術…」
「錬金術を用いて強力な武器や防具を揃え、アレクサンドリアは『動』として、マクロスは『知』としてオーランドは瞬く間に成長していった」
「当然、他国は黙っていなかったでしょうね」
「そうだな。初代のことを邪魔だと思った他国の者達は何度も暗殺者をマクロスの元に送った。が、その度にアレクサンドリアが守り抜いたと聞いている。そして他国はアレクサンドリア以外の力を手に入れようと代替わり間近の古の龍の子供に手を出したのだ」
二人がとても良い間柄でお互いにない物を持ち尊重しあっていたからこそ、オーランドは大きく成長していったのだろう。
しかし、思いがけない事が起こる。
帝国史にもあった古の龍の代替わり。その時、何が起こったのかは想像に固かった。
アレクサンドリアを手に入れるためにはその邪魔をするマクロスを始末したい。しかし、それを阻むのもまだアレクサンドリアだった。
そして、その力に対抗するために禁忌に触れる。
「我が家と皇室の関係が分かったと思う。切っても切れないほどのこの代々の深い関係が。そしてオルブレンはとても優れた魔法使いで現皇帝もまた『剣聖』と呼ばれている」
「オルブレンが断れなかったのも騙されていたのもよく分かりました」
「…見ての通り当時のマナジウムは純度も低く、大きさもこの通りだ。しかし、図らずもそれが古の龍の死後、世界中に霧散した龍の魔力が世界中のまだ発見されていなかったマナジウムを成長させたのだ」
「なるほど」
オルブレンの話しをするフェナルスタは少し苦しそうだった。
どんな気持ちでいるのか朝日にはわからない。代わってやりたかったのかもしれない。時期当主になるはずだった息子がもう何年も帰って来ず、生きているのかも、死んでいるのかも分からなかったのだから。
「それでもう一度聖獣を殺し、世界中のマナジウムを復活させようとしているのか」
「何と罰当たりな…」
「今の聖獣は古の龍程の力を持っていない。聖獣が今齎してくれている恩恵はないに等しい。それなら、マナジウムの代わりになれ、ということなのだろうな」
理屈は分かるが、聖獣を殺して得れる魔法石は一体どのくらいなのだろうか。
「恩恵はあるよ」
「…朝日君?」
「恩恵はあるの。聖獣がいないとまた森の反乱が起きて魔物達の狂化が起きるんだ。そもそもアイルたちを殺しても魔法石は生まれないよ」
確信しているようにそう言う朝日に視線が集まる。真剣だが、悲しそうな朝日にセシルはそっと寄り添う。
「聖獣様は森を守ってくれてるの?」
「…僕は、一年前にあの森の奥の屋敷から抜け出してきたんだ…」
右も左も分からない朝日を助けてくれたのはアイルとフィンという大きくて真っ白な狼だった。
ベッドの代わりに毛玉をくれたり、食べれる物を教えてくれたり、森の危険な場所を教えてくれたり、魔物から助けてくれたり、朝日を甲斐甲斐しく世話をしてくれた。二人が聖獣だと知ったのは昨日のことだった。
ミュリアルとゾルがいなくなり、その不安はどんどん膨らむばかり。セシル達に迷惑をかけたくないので、必死に平静を装ってみたがそれも上手くできない。思い出す度に胸が締め付けられて苦しい。
不安な時に助けてくれた二人。
とても落ち着く二人に会って気持ちを整理したかったのだ。
でも、会いにいったフィルはとても殺気だっていて、朝日にさえ襲いかかりそうな勢いだった。
アイルに話しを聞くと最近森を荒らすの輩が増えていて魔物が殺気立ちそれを二人が宥めていたが、先日その輩がアイルに手を出そうとして、フィルの怒りが頂点に達し手が付けられなくなっていたそう。
フィルが朝日に気が付き落ち着いたので、詳しい話しを聞いたのだった。
「聖獣様は森を荒らしている者達について話してたかな?」
「うん…。黒ずくめの訛りが強い人達だったって」
「訛り、か。ウルザボードかイングリードだな」
朝日のほんのりと匂わされた生い立ち。
当然その場にいる者全員がそれが気になっている。
セシルがそれを誰かが聞こうとするのを止めるために話しを晒す。ユリウスはその意図に気がつき、そのまま話しを続ける。
朝日はいつだって自身のことを隠してはいなかった。それでも彼の生い立ちを誰彼構わず聞かせることがセシルには許せなかった。
「お話しはわかりました。皇太子殿下からの伝言も伝え聞いております」
「そうですね。今日はこれでお開きにしましょうか」
早々に話しを切ったセシルにフェナルスタはフッと小さく笑って席を立つ。
セシルが朝日の表情を確認するのを見てアイルトンも席を立つ。
「ゼノは残るんだろ?」
「あぁ」
アイルトンはゼノの返事だけ聞いて手を挙げて、床につきそうなほど長いマントを翻して去っていった。
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