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第五章

恨み

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 フロンタニアまでの道のりは割と楽しげな雰囲気だった。

「朝日、おかわり」

「俺も」

「うん!今持ってくるね!」

 朝日は行きと同じように料理を振る舞ってくれて、会話も今朝のような上の空ではなかった。

「…」

「朝日君?」

「あ!ごめんなさい!今作るよ!」

 ただ、やはりふと思い出してしまうのか、時折悲しげな表情を見せる。その度に自身を鼓舞するかのように両頬を叩いて、休みなく動き続ける。 
 動いていないと思い出してしまうのだろう。セシル達はそれを見て見ぬ振りをする。

「お待たせ!」

「ありがとうな」

「これから遠征も朝日同伴がいいな」

「ふふふっ!」

 から元気なのは誰の目から見ても明らかだった。
 大好きだった人達が目の前から去り、もうこの世には存在しないと理解して受け入れる。朝日の心がそこまで行くにはまだ時間が必要だった。


 フロンタニアに到着してすぐ、朝日はギルドに向かうと言った。早速その友達とやらに会いに行くのかと思ったが、ギルドを後にした朝日はそのまま宿屋に戻ったと報告を受けた。
 当然ギルド内では一悶着あったらしい。
 ゼノが帰ってきているのに朝日が一緒ではなかったことにアイラがまた暴走していたからだ。

 次の日は前日受けた依頼をしに行くと宿の者に告げて真っ直ぐ一人で森へと向かった。
 当然ながら、いつも通り双子の護衛が気付かれないようにその後を追った。

「こんにちは。うるさくしてごめんね」

 そうして森へ入ってから朝日はこれまたいつも通り、ただただ森を歩き回り、行く先々で出会った動物や虫にも挨拶する。
 時折立ち止まったと思えば、あった!とか、これじゃない…、などと独り言を呟きながら木や草花などを確かめ先に進む。

「二股の悪戯柳を右!」

 朝日の独り言が増えれば増えるほどに森が深まっていく。
 天気が良いことが幸いしてか、目的地が近づいているからか、朝日の進む速度がいつもより早かった。
 苔むした岩に足を取られながらも森に入ってからほぼ一直線に進む朝日が樹齢1000年近い大木の前で足を止める。

「…あれ…?」

「朝日は何処?」

「探すわよ」

「えぇ」

 今の今までその目で捉えていたはずの朝日が瞬きの間に姿を消す。
 まるで神隠しにでもあったかのように一瞬の出来事だった。
 ただ、それで焦るような二人ではない。
 実は森での護衛中は時折あったことだった。

 しかし今回は違った。
 どんなに探し回っても中々朝日の事を見つけられない。気配を隠す事の出来ない朝日を見つけるのは二人にとっては容易な事だったが、今日はそれが通じない。
 それに帝国での事もある。気付かないうちに朝日に振り切られていて大事には至らなかったが、朝日が危険に晒されたのだ。
 それを思い出した二人に不安が押し寄せる。
 
 そのまま朝日を見つけられずにお昼を回った頃、流石に主人へ連絡をしようと足を踏み出そうとした時。遠くの方で微かな気配を感じた。
 そう、気配は確かに微かだった。森の何処からか出て来ているのか分からないほどに微かな気配。
 その気配はとても遠くのような気もするし、凄く近い気もする。もしかしたら森全体が見られているような…。
 それに二人は身震いした。
 恐怖や不安などをハイゼンベルク家の暗殺者教育で完全にコントロールしている二人を身震いさせるほどの殺気。その殺気は完全に二人に直接向けられたものだった。
 殺気に当てられて汗が止まらない。
 絶対的な力を主張するようにずっと向けられた続けた殺気に動けなくなった二人はただその場で汗を握りしめていた。


 陽が沈み、動物達が慌ただしくなる頃。
 気が遠くなるような時間に感じられた。

「ユナさん、シナさん」

「「…ジョシュ」」

 呼びかけられた言葉で二人は漸くその殺気から解放された。どちらかと言えば見逃してくれた、と言った方が正しい。一矢報いるなんて烏滸がましい。その姿を見る前には殺される、そう思ってしまう。
 その殺気にはそれほどの力の差を感じさせられた。

「宿屋に朝日様がお戻りになったのにお二人が見えないので探しに参りました」

「じゃあ、今、朝日君は誰が見てるの?」

「ユリウス様が宿屋にみえておりますので、大丈夫かと」

「「そう」」

 双子は大きく息を吸い、呼吸を整える。
 絶対的な力を持っている先輩二人がこうも憔悴し切っていることにジョシュは眉根を下げる。
 二人のそんな姿を見た事はないし、想像もしたことがなかったからだ。

「何かあったのですか?」

「得体の知れない何かに殺されかけたのよ」

「殺されかけた?」

「今回は何故か見逃してくれたようだけど」

「この辺には誰も居なさそうですが…?」

「何処からかもわからない殺気に五時間ほど睨まれ続けていたの」

「…お二人でなければ廃人でしたね」

 いつもなら調子の良い事を言ったり、揶揄われたりと本当に手を焼いている。そんな二人がこうもあっさりと負けを認め、そして安堵している。

 この森で何があったのか。
 ジョシュは遠くまで広がる森を眺めた。


 二人の回復を少し待って宿屋へ戻る。
 宿屋にはユリウスと朝日の姿があって、それを確認した二人は声もかけずに部屋へと帰って行った。
 殺されかけた、と話した以降二人は表情にも態度にも疲れや恐怖を噯にも出さなかったが、やはり相当身体はしんどかったのだろう。二人の後ろ姿が物語っていた。

「お茶です」

「ありがとう」

「朝日様もどうぞ」

「うん!ありがとう!」

 ジョシュがお茶を出すが、ユリウスはお茶に手をつけない。貴族の嗜みとして話しをする前は話し始める方はお茶に手をつけない。相手が一口飲み、お茶を置いてから話し始める。
 ユリウスは朝日がお茶に手をつけるのを待っているのだと分かり、ジョシュは朝日の耳元で囁き誘導する。

「美味しいね」

「今我が家にフェナルスタ公が来ている。朝日、お前にも一緒に話しを聞いて欲しい」

「うん、分かったよ。僕も話したい事があるんだ」

「明日、昼前には馬車を送る」

「お昼ご飯を食べるの?」

「あぁ。セシルのところからコックを借りる。お前が好きな料理を作るそうだ」

「ラムラさんがくるの?楽しみ!」

 朝日の返事を聞いて話が終わったユリウスはお茶を手に取る。ゆっくりと落ち着いた動作でお茶を口に含み、一度大きく息を吐く。

「…大丈夫か」

「…うん」

 何を言いたいのかは分かっている。
 ユリウスが中々話し出すタイミングが無くてわざとゆっくりとお茶を飲んでいるのも、息を吐いた理由も。

「無理はダメだ」

「うん」

「お前がセシルにそう言ったんだぞ」

「…うん」

「あれは仕方のない事だった。彼女はお前が生まれてくる前からあの場所に囚われ続けていたのだから」

 分かってはいる。理解はしているのだ。ただそれに感情が追いつかない。セシル達やその使用人達にも迷惑がかかると悲しい気持ちを押し込めていた。

「あの日、僕はお城に行こうと思ってた。見つかってもいいって。そして皇帝を捕まえて…何であんな事したのかを聞こうと思った」

「あぁ…」

「でも、途中から何の意味もないなって思った。ミュリアルが話してくれたんだ。故郷で出来た友達の話しとか、連れ去られた時の話しとか。皇帝よりその人達の方が悪いと思ったの」

「…聞くところによるとミュリアルは同郷の奴らに売られたらしい。しかも、その国の姫と偽られて、だ。そして、そいつらは帝国に恨みを持っていた」

「ミュリアル…」

 思い出してしまったのか、彼女の心中を察してか、ポツリと呼んだ声はとても小さく弱々しい。
 こんな時何と声を掛けるべきかユリウスには分からなかった。

「朝日。明日フェナルスタ公から話しを聞く。多分それで全部が分かるだろう。そして全てを終わらせるんだ」

「うん」

 だから、朝日が立ち止まって枕が涙に濡れないように、ユリウスは朝日が恨みを向けるべき相手を明確にさせたかった。

 





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