116 / 157
第五章
恨み
しおりを挟むフロンタニアまでの道のりは割と楽しげな雰囲気だった。
「朝日、おかわり」
「俺も」
「うん!今持ってくるね!」
朝日は行きと同じように料理を振る舞ってくれて、会話も今朝のような上の空ではなかった。
「…」
「朝日君?」
「あ!ごめんなさい!今作るよ!」
ただ、やはりふと思い出してしまうのか、時折悲しげな表情を見せる。その度に自身を鼓舞するかのように両頬を叩いて、休みなく動き続ける。
動いていないと思い出してしまうのだろう。セシル達はそれを見て見ぬ振りをする。
「お待たせ!」
「ありがとうな」
「これから遠征も朝日同伴がいいな」
「ふふふっ!」
から元気なのは誰の目から見ても明らかだった。
大好きだった人達が目の前から去り、もうこの世には存在しないと理解して受け入れる。朝日の心がそこまで行くにはまだ時間が必要だった。
フロンタニアに到着してすぐ、朝日はギルドに向かうと言った。早速その友達とやらに会いに行くのかと思ったが、ギルドを後にした朝日はそのまま宿屋に戻ったと報告を受けた。
当然ギルド内では一悶着あったらしい。
ゼノが帰ってきているのに朝日が一緒ではなかったことにアイラがまた暴走していたからだ。
次の日は前日受けた依頼をしに行くと宿の者に告げて真っ直ぐ一人で森へと向かった。
当然ながら、いつも通り双子の護衛が気付かれないようにその後を追った。
「こんにちは。うるさくしてごめんね」
そうして森へ入ってから朝日はこれまたいつも通り、ただただ森を歩き回り、行く先々で出会った動物や虫にも挨拶する。
時折立ち止まったと思えば、あった!とか、これじゃない…、などと独り言を呟きながら木や草花などを確かめ先に進む。
「二股の悪戯柳を右!」
朝日の独り言が増えれば増えるほどに森が深まっていく。
天気が良いことが幸いしてか、目的地が近づいているからか、朝日の進む速度がいつもより早かった。
苔むした岩に足を取られながらも森に入ってからほぼ一直線に進む朝日が樹齢1000年近い大木の前で足を止める。
「…あれ…?」
「朝日は何処?」
「探すわよ」
「えぇ」
今の今までその目で捉えていたはずの朝日が瞬きの間に姿を消す。
まるで神隠しにでもあったかのように一瞬の出来事だった。
ただ、それで焦るような二人ではない。
実は森での護衛中は時折あったことだった。
しかし今回は違った。
どんなに探し回っても中々朝日の事を見つけられない。気配を隠す事の出来ない朝日を見つけるのは二人にとっては容易な事だったが、今日はそれが通じない。
それに帝国での事もある。気付かないうちに朝日に振り切られていて大事には至らなかったが、朝日が危険に晒されたのだ。
それを思い出した二人に不安が押し寄せる。
そのまま朝日を見つけられずにお昼を回った頃、流石に主人へ連絡をしようと足を踏み出そうとした時。遠くの方で微かな気配を感じた。
そう、気配は確かに微かだった。森の何処からか出て来ているのか分からないほどに微かな気配。
その気配はとても遠くのような気もするし、凄く近い気もする。もしかしたら森全体が見られているような…。
それに二人は身震いした。
恐怖や不安などをハイゼンベルク家の暗殺者教育で完全にコントロールしている二人を身震いさせるほどの殺気。その殺気は完全に二人に直接向けられたものだった。
殺気に当てられて汗が止まらない。
絶対的な力を主張するようにずっと向けられた続けた殺気に動けなくなった二人はただその場で汗を握りしめていた。
陽が沈み、動物達が慌ただしくなる頃。
気が遠くなるような時間に感じられた。
「ユナさん、シナさん」
「「…ジョシュ」」
呼びかけられた言葉で二人は漸くその殺気から解放された。どちらかと言えば見逃してくれた、と言った方が正しい。一矢報いるなんて烏滸がましい。その姿を見る前には殺される、そう思ってしまう。
その殺気にはそれほどの力の差を感じさせられた。
「宿屋に朝日様がお戻りになったのにお二人が見えないので探しに参りました」
「じゃあ、今、朝日君は誰が見てるの?」
「ユリウス様が宿屋にみえておりますので、大丈夫かと」
「「そう」」
双子は大きく息を吸い、呼吸を整える。
絶対的な力を持っている先輩二人がこうも憔悴し切っていることにジョシュは眉根を下げる。
二人のそんな姿を見た事はないし、想像もしたことがなかったからだ。
「何かあったのですか?」
「得体の知れない何かに殺されかけたのよ」
「殺されかけた?」
「今回は何故か見逃してくれたようだけど」
「この辺には誰も居なさそうですが…?」
「何処からかもわからない殺気に五時間ほど睨まれ続けていたの」
「…お二人でなければ廃人でしたね」
いつもなら調子の良い事を言ったり、揶揄われたりと本当に手を焼いている。そんな二人がこうもあっさりと負けを認め、そして安堵している。
この森で何があったのか。
ジョシュは遠くまで広がる森を眺めた。
二人の回復を少し待って宿屋へ戻る。
宿屋にはユリウスと朝日の姿があって、それを確認した二人は声もかけずに部屋へと帰って行った。
殺されかけた、と話した以降二人は表情にも態度にも疲れや恐怖を噯にも出さなかったが、やはり相当身体はしんどかったのだろう。二人の後ろ姿が物語っていた。
「お茶です」
「ありがとう」
「朝日様もどうぞ」
「うん!ありがとう!」
ジョシュがお茶を出すが、ユリウスはお茶に手をつけない。貴族の嗜みとして話しをする前は話し始める方はお茶に手をつけない。相手が一口飲み、お茶を置いてから話し始める。
ユリウスは朝日がお茶に手をつけるのを待っているのだと分かり、ジョシュは朝日の耳元で囁き誘導する。
「美味しいね」
「今我が家にフェナルスタ公が来ている。朝日、お前にも一緒に話しを聞いて欲しい」
「うん、分かったよ。僕も話したい事があるんだ」
「明日、昼前には馬車を送る」
「お昼ご飯を食べるの?」
「あぁ。セシルのところからコックを借りる。お前が好きな料理を作るそうだ」
「ラムラさんがくるの?楽しみ!」
朝日の返事を聞いて話が終わったユリウスはお茶を手に取る。ゆっくりと落ち着いた動作でお茶を口に含み、一度大きく息を吐く。
「…大丈夫か」
「…うん」
何を言いたいのかは分かっている。
ユリウスが中々話し出すタイミングが無くてわざとゆっくりとお茶を飲んでいるのも、息を吐いた理由も。
「無理はダメだ」
「うん」
「お前がセシルにそう言ったんだぞ」
「…うん」
「あれは仕方のない事だった。彼女はお前が生まれてくる前からあの場所に囚われ続けていたのだから」
分かってはいる。理解はしているのだ。ただそれに感情が追いつかない。セシル達やその使用人達にも迷惑がかかると悲しい気持ちを押し込めていた。
「あの日、僕はお城に行こうと思ってた。見つかってもいいって。そして皇帝を捕まえて…何であんな事したのかを聞こうと思った」
「あぁ…」
「でも、途中から何の意味もないなって思った。ミュリアルが話してくれたんだ。故郷で出来た友達の話しとか、連れ去られた時の話しとか。皇帝よりその人達の方が悪いと思ったの」
「…聞くところによるとミュリアルは同郷の奴らに売られたらしい。しかも、その国の姫と偽られて、だ。そして、そいつらは帝国に恨みを持っていた」
「ミュリアル…」
思い出してしまったのか、彼女の心中を察してか、ポツリと呼んだ声はとても小さく弱々しい。
こんな時何と声を掛けるべきかユリウスには分からなかった。
「朝日。明日フェナルスタ公から話しを聞く。多分それで全部が分かるだろう。そして全てを終わらせるんだ」
「うん」
だから、朝日が立ち止まって枕が涙に濡れないように、ユリウスは朝日が恨みを向けるべき相手を明確にさせたかった。
0
お気に入りに追加
212
あなたにおすすめの小説
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。
3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。
そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!!
こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!!
感想やご意見楽しみにしております!
尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
【完結】ご都合主義で生きてます。-ストレージは最強の防御魔法。生活魔法を工夫し創生魔法で乗り切る-
ジェルミ
ファンタジー
鑑定サーチ?ストレージで防御?生活魔法を工夫し最強に!!
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
しかし授かったのは鑑定や生活魔法など戦闘向きではなかった。
しかし生きていくために生活魔法を組合せ、工夫を重ね創生魔法に進化させ成り上がっていく。
え、鑑定サーチてなに?
ストレージで収納防御て?
お馬鹿な男と、それを支えるヒロインになれない3人の女性達。
スキルを試行錯誤で工夫し、お馬鹿な男女が幸せを掴むまでを描く。
※この作品は「ご都合主義で生きてます。商売の力で世界を変える」を、もしも冒険者だったら、として内容を大きく変えスキルも制限し一部文章を流用し前作を読まなくても楽しめるように書いています。
またカクヨム様にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる