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第五章

帰路

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 早朝。窓には少しだけ霜が降りていて、外を歩く人たちはまだ疎らだが、皆一様に腕を抱えたり、首をすくめたり、手に息を吹きかけたりしている。
 昨日早く寝付いてしまったからか、まだ薄暗いうちに目が覚めてしまった。
 隣にはスースーとまだ寝息を立てているセシル。
 自身に乗せられていた腕をそっと避けようとするが、まだ寝ているというのに力が込められて失敗してしまった。

 焦燥感が抜けない。
 無くしてしまったものの大きさに比例して、脱力感が大きく、抜け殻のようになっていた数日間、本当に自分を見失っていた。
 何がしたいのか、何をすれば良いのか、此処にいて良いのか、やれやこれや考えているうちに自分が何者であるのかを忘れてしまっていた。

(会いに行かなきゃ)

 隣で寝ているセシルの綺麗で気持ち良さそうな寝顔を見た朝日は何かを強く決意した。


「…」

「あー……追加お願い」

「かしこまりました。直ぐにお持ちします」

「…」

「追加…要らない…な」

「…」
 
 朝日が喋らない。
 ユリウスとクリスはそれがとても気になるが、セシルが気にしていないようなので何も聞けないでいる。
 これからフロンタニアに帰るにしても、此処に残るにしても何か言ってもらいたいところなのだが、何となく朝日の雰囲気がそうさせない。
 話すキッカケを掴めないでいる二人は早々に朝食を食べ終えてしまい、まだゆっくりと食事をしている二人を眺めていた。

「ぼー、としてるだけなんだよ」

「ぼーと、だぁ?」

「何か考え事してるみたい」

「…考え事ねぇ」

「考え事か」

 セシルも内容までは知らないまでも今朝ユリウス達と同じく、朝日の様子を疑問に思い、聞いてみたのだろう。

「フロンタニアに戻るのは問題なさそうだよ。会いたいお友達がいるんだって」

「友達…ギルドの奴らか?」

「いや、違うみたい」

「ん、じゃあ…懐いてるとかいうちびっ子達か?」

「いや、フロンタニアに戻ったら森に行くって」

「森…ねぇ」

 森に住む友達、また突拍子もないことを言い出す朝日。これまでの朝日を見ていたら聖獣と友達だと言われても何ら不思議には思わないだろう。

 朝食が済み、部屋に戻る。
 それでも相変わらず上の空で考え事の最中らしい朝日はセシルの服の裾を掴みぼーとしながらも歩く術を身につけていた。
 部屋では使用人達はとても慌ただしく働いていた。
 トランクに洋服を詰めたり、お土産を馬車に運んだり、部屋を出たり入ったりしている横で食後のお茶を嗜む四人。
 良い香りが漂う中、特に会話らしい会話はなく、ただただ朝日以外の三人の目線でも会話が繰り広げられていた。

「お支度完了致しました」

「朝日君、準備が出来たみたいだよ」

「…うん」

 セシルが手を差し出すと情景反射的に手を伸ばした朝日はピッタリとくっ付いたまま部屋を出て階段を降りる。
 宿を後にするところで朝日がシェフに声をかけられる。

「元気になったか」

「……うん!お世話になりました」

「世話にってなぁ。お前さんは客だろうが。世話もへったくれもねぇーよ。…まぁ、結構感謝している。料理人になって30年近く経ったが、久々に腕を磨く機会になった。お礼を言うなら俺の方さ」

「僕、シェフのご飯好きだよ!」

「なぁーに言ってやがる!そんなの当たり前だろうが!」
 
 反応するまでに若干のタイムラグはあったものの、それ以外には特に変わった様子もなく、いつも通り愛想良く会話する朝日の姿を見て、少しだけ侘しい気持ちになった。

 シェフと別れを告げて宿を出る。
 宿の前には見知った顔ぶれがチラホラとあった。

「帰るんだってな」

「うん!許してくれた?」

「ふん!許すも許さないも最終的にはゼノが決めることだ。俺に決定権はない」

 最後の挨拶だから、とセシル達が気を利かせて先に馬車に乗り込む。

「じゃあ、一緒に行こう?僕、後悔させないよ?」

「…あのなぁ」

 朝日が堂々と口説き落としにかかる中、腕を組み、宿の前で堂々と仁王立ちしているロエナルド。
 その後ろには少し面倒臭そうに立っているリューリュー、ピチュリ、ハース。

「僕ね、ロエナさんが来てくれたら凄く嬉しい」

「…あら、私達は要らないのかしら?」

「リューリューさんは何言っても帝国から離れないし、ピチュリさんはリューリューさんと離れる気はない。ハースさんは護衛なんでしょ?」

「…」

 知ったようなことを、と言いたいところだが、図星すぎて三人は言葉をなくす。
 正直言って三人の帝国を離れたくない理由が微妙だった。住みやすさに加えて、帝国での地位。そんなのゼノが抜けたパーティーで保てる訳がない。
 なんて言ったってゼノは英雄だから。

 そう分かったら、彼らがパーティーを解散させてまでこの帝国に残りたい理由があるのだと分かった。
 ただ理由までは分からなかった。

「何でそう思ったの?」

「リューリュー!」

 だから朝日は簡単な罠を仕掛けた。

「これからゼノさんが抜けてパーティーとしてやっていくのに三人じゃ足りないでしょ?でも僕がロエナさんを引き抜こうとしても何も言わないから」

 帝国で過ごしてみて分かったのは、此処は他民族国家だ。元々帝国出身っと言うものはそんなに多くない。他国から優秀な人材が集まって出来た国。
 だから、いろんな文化が入り混じり、それを皆んな許容しているので、魔法石がある事を抜きにしても発展が著しいのだ。
 それと同時に色んな人が入り易い。
 優秀でさえあれば認められる。スパイは入り放題なのだ。

「三人は仲が良いよね」

「…」

「三人は何処の国の人?」

「そう…。まぁいいわ」

「こんなに人目があんた無ければお陀仏だったわよ」

「どーすんの、コレ」

 あ゛ー、と豪快に頭を掻くリューリューはもうどうする事も出来ないこの状況に苛立ちを覚える。

「僕、誰にも何も言わないよ」

「…そうしてくれないと殺さないといけないから」

「そうなんだね。じゃあ、ロエナさんは僕が貰っていくね」

 何が何だか話しについていけていないロエナルドはただ呆然とその会話を聞いていた。

「…ロエナって呼ぶなよ」

「話聞いててソレ?」

「本当に弄りがいのある奴だな、お前は」

 朝日が言わないと言う言葉をどれだけ信じれるのかは分からない。正体がバレたからには朝日は確実に始末対象だ。
 例え人目があって、もう馬車に乗り込んでいるあの強者達に殺されるのが前提だとしても自身の死と引き換えにしてでもヤるべきなのだ。

 なのに。

「バイバイ!」

 見逃さす、もしくは初めから何も聞かなかったことにするしかなかった。

「鋭すぎね?」

「見逃してよかったの?」

「私達の任務を忘れないで。アレをやらないで死ねるわけないでしょ?」

「だね」「だな」

 朝日が乗り込んだ馬車が小さくなっていくのを見据えながら声を揃えて返事する二人。
 彼らは何よりも目的最優先で、朝日の言葉を信じるしかなかった。

「何話してたの?」

「ロエナさん下さいって言ったの」

「ロエナ、ね」

「何だよ、朝日が乗れって言うから…俺…」

「ロエナさん!ゼノさんは?」

「もう先にフロンタニアに向けて出発してるよ」

 落ち着いた雰囲気の宿屋街を通り抜けて馬車が通り易い表の大きな道に出る。
 窓の外を見れない。
 外に目をやればミュリアルと見たアクセサリー屋、ゾルが絶賛したフルーツ屋、二人と歩いた散歩ルート、妖精の天敵スライム人形があった店、何時間も本探しを手伝ってくれた店主、三人で粧し込んだマダムの店。
 思い出だらせの街並みをまともに見ることが出来ない。今見て仕舞えば、まだ残っているこの悲しみが溢れ出してしまうから。

 ギュッと握りしめていた拳に優しくそっと触れる温かい手。

「泣くのは悪いことじゃないよ。心の中に溜め込んでそのままにしてはいけない。涙と共に流してしまった方が楽になるよ」

「泣きたくない。ミュリアルは寂しいのに最後は僕に笑いかけてくれてたから」

「…そうだね。彼らには笑顔でお別れしようか」

「……さよなら…ミュリアル、ゾル」

 朝日はそう小さく呟いた。








 
 
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