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第五章

帰り支度

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 皇太子との会談が終了したユリウスとクリスは宿屋に戻ってきた。未だに部屋に篭っている二人を置いて食事を取りながら先程の事を話し合う。

「お前は皇太子をどう思った。本当に朝日へのお礼だけが目的だったと思うか?」

「いや、正直なところそれは考えられない。が、研究員の名前こそ言及しなかったものの“研究”自体はしていたことを認めた所を見ると、多分皇太子は嘘は言っていなかったのだろうな」

「話した事といえば、ミュリアルはウルザボードから姫だと偽られ連れてこられた捕虜で精霊だったことも知らなかった。研究は世界が豊かになる為に行っていた。そして、皇帝と皇太子は考え方が違い、皇太子は朝日のお陰で皇帝になる事を決意した、と。都合が良過ぎると思うのは俺だけか?」

「いや、俺もそれは思っていた。ただ…」

「あ゛?なんだよ」

「お前が初めに言ってた通りだよ。他に何か言いたい事があったんだろうな」

 多分内容にヒントがある。
 皇太子はユリウス達に何かを伝えたかった。でも大ぴらにいう事は出来ない状況だった。
 監視がいるのかもしれない。だから、朝日が回復するのを待つのではなく、ユリウス達呼び出した。

「セシルの意見を聞きたい」

「だな、俺らがあれこれ考えたって勘繰るだけで話しが進まねーからな」

 二人はどちらかと言えば身体を使う方が得意だ。決して馬鹿な訳ではないが、実働隊として生きて行くには何事も疑ってかからないと、すぐに足元を掬われる。
 用心深いのが決して悪い事だと言う訳ではないが、何事も疑うのでこう言った話し合いの際取捨選択が苦手だ。
 いつもはセシルが間に入って上手く取りなしてくれるのだが、セシルは最優先事項は朝日だと考えている為、付きっきりで此方のことは後回し。
 皇太子との会談も行く気はないとユリウス達に完全に丸投げした。

 考えるだけ無駄だ、とクリスは席を立ってそそくさといつも通り自室に戻る。
 ユリウスも考えは同じで部屋へと戻る為重い腰を上げた。


 階を上がり部屋に入る。
 ベッドやソファには脇目も振れず、部屋の右奥にある扉を見る。
 元々この部屋はセシルの部屋だった場所で、今朝日とセシルがいる部屋は従者用、クロムの部屋だった。

「セシル、どうだ」

「今は寝てるよ」

「…寝たのか」

 初め双子に連れられてきたボロボロの朝日はセシルの部屋に運ばれ、寝かされていたが目を覚ました後、人を避ける為か誰もいなかったあの部屋に篭もったのだった。

「どうぞ?」

「あ、あぁ」

 セシルが部屋に招き入れる。
 人が三人は寝られる大きなベッド、シワ一つないシーツ、見るも美しい調度品が並び立ち、壁紙のキナリ色が良く映えるように天井には豪快なシャンデリア。
 一方で此方はよく見る木製の一人用ベッド、灯りはサイドテーブルにある蝋燭のみ。壁紙は汚れが目立たぬ様に茶色で部屋全体が暗い。
 隣の部屋とは天と地ほどの差がある。

 部屋に入って直ぐあるベッド。
 小さな膨らみが規則正しくゆっくりと上下運動を繰り返す。

「やっとまともに顔が見れた…が、隈が酷いな」

「なかなか眠れないようだったからね…。やっと寝たかな、と思っても悪夢を見て直ぐ目を覚まして…短い睡眠を繰り返してた」

「…飯は?」

「さっき、少しだけ。お腹いっぱいだって言ってうとうとし始めてね。眠気が勝ったみたいだね」

 まだ隈も残っているし、顔色も悪い。
 それでも少し前までならそのまま死ぬぐらいの勢いだったことを考えれば、こうして寝たり、食べたりしてくれるようになっただけマシだ。

「それで、何だったの?」

 少し声色を低くしたセシルはベッドでスヤスヤと眠る朝日の頬を撫でる。
 擽ったそうに頬を緩める朝日を見てクスリと笑う。

 ユリウスはクリスと二人で聞いてきた皇太子の話しを軽く話す。
 折角寝れた朝日を起こしたくはないし、朝日の反応で幸せそうに笑うセシルを皇太子の話で機嫌を悪くしたくはない。

「ただ、俺らには何か別に言いたい事があるような…含みがあったように聞こえた」

「なるほどね。全く…皇太子は暇な仕事なの?親切なことだよ」

「何がだ」

「皇太子が話してきた内容はこっちがもう情報を掴んでるものだけ。此方の動きは把握されてると見て間違いない」

「皇太子はそんな事を言いたかったのか?」

「いや、本題は別。皇太子は言いたかったのはウルザボードには何かある。ミュリアルを皇室に送り込んで何かをしようとしていた。きっと魔法石に関係することだ。そしてそれがいずれ世界を揺るがす事件になる。皇室はそれを警戒している。皇帝には朝日の事は知らせない。朝日に危害が加わる可能性があるから。そんな感じだね」

「忠告…てことか」

 セシルは相変わらず朝日の頬を撫でているが、その表情はドス黒い。
 何を考えているかは一目瞭然だが、セシルがそういうのを顔に出すのは珍しいし、そもそも朝日を呼び捨てしたのも初めてかもしれない。

「ただ、まぁ…お陰で片喰の目的と次の行動は分かったね」

「はぁ?」

「“紅紫の片喰”を動かしているのはゼノが持ってきた情報通りなら、ウルザボード出身の元王族、ゼノの元パーティーメンバーでもあるトアック・ディン・ボード。そして彼が潰したいのはオーランドだけじゃなくてこの世界、全て。そしてその全てを無に返すために城にミュリアルを使って魔法石を作り出した」

「…冴えてるな」

「朝日君の願いは叶えなくてはいけないってユピに言われた理由が分かったね。私は朝日君に生かされてるみたいだ」

 ユリウスは呆れに近いため息を吐く。
 確かにセシルは朝日に対して盲目的な所があって、それが誰よりも強い。
 そして、そのせいで今回朝日に嘘をついたり、隠したり、除け者にしたり、怒られたり…と、まぁ対立したことで気がそぞろだった。

「ユピが言ってるのはまた別件だと思うが」

「まぁ、それもおおよそ検討はついてるよ」

「…それはまぁ良い。ゼノの剣については分かったのか」

「取り敢えず、キャッスルが作った物ではないらしい。名工本人に確認を取ったから間違いないよ」

「じゃあ、ほぼお前の予想通りか」

「朝日君がいると頭がよく回るみたいでね…ふぁ…」

 セシルも朝日に付き合って殆ど寝ていなかったのだろう。珍しく欠伸まで見せる。
 気が抜けていてこんなにも無防備なセシルを見たのは彼らがまだ物心が付いていないほど幼い時依頼だろう。
 セシルが朝日を抱き抱えて寝る態勢に入ったのを見たが、ユリウスは近くの椅子に座り、まだ居座る気だとセシルに示す。

「ゼノが“無くした剣を朝日が持ってきた”って言ったのを聞いてすぐに分かったよ」

「ファーストの方は?」

「報告書通り。ラース殿下の指示通り片喰の必要情報は持って帰ってきたよ」

「今は何処にいる」

「クロムとは帰って来た時に話してるみたいだけど、何処にいるかまでは…此処に止まれば関係が疑われるからね」

「朝日の護衛に据えるんだろ?」

「それはフロンタニアに戻ってからかな。彼、なかなか良いよ。朝日君のためなら死んでも良いって感じがさ」

 それは今回の二の舞になるのでは、と顰めっ面をするユリウスにセシルは小さく笑う。

「その姿勢が、って事。本当に死んだら、俺がアイツを殺す」

「…もう、懲りたな」

「そうだね」

 もう一度欠伸をしたセシルは続きはまた明日、と手を上げてひらひらと翻す。
 ユリウスは椅子から立ち上がり、部屋のノブに手をかける。

「明日、帰れそうか?」

「そうだね。目を覚ましたら聞いてみるよ」

「…あぁ」

 ユリウスが去った部屋にはふたつの寝息が交互に音を奏でていた。













 
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