113 / 157
第五章
皇太子殿下
しおりを挟むオーランド帝国はガラリと様変わりした。
魔法石の供給量が確保出来なくなり供給はストップ、と言う話だったのを皇室が訂正し、マナジウムはもう皇室にも無い、と声明が出されたからだ。
帝国が魔法石をはっきりと“ない”と言い切ったのはこれが初めてだった。帝国内で相当な混乱が起こるのでは、と方々から予想されてはいたが、大きな混乱はなかった。
言うほど人の流動は余りなく、反発もそんなに大きくはなかった。
ただ白騎士達からすればミュリアルがいなくなり、聖剣がなくなり、研究者も公爵ですらこのいなくなったと言うのに、皇室側はそれ以上何のアクションも起こしてこない、と言うのがなによりも気味が悪くて、いつまでも警戒を解くことが出来ないでいた。
此方としてはいつまでもこのまま、とはいかない。
オルブレンの捜索、ギルドの疑惑、ウルザボードの元王子トアックの真相…やらなくてはいけない事がまだまだ沢山ある。
今掴めている情報を整理して早急に何かしらアクションを起こす必要があるのだ。
そして今ユリウスとクリスは皇室に呼び出されていた。
「なるほど。では、皇帝はこの件には関与していない、という事ですか?皇太子殿下」
「えぇ。そのミュリアルという人物は確かに我々の捕虜、としてこの皇室に囚われていました。此方では彼女はウルザボードの姫だと聞いており、まさか精霊だとは今の今まで知りませんでした」
「…」
何も判別が付かない。
小一時間ほどこの皇太子と対峙しているが、塵ほどにも表情ご動かない。
普通ならどんな人間にも癖、というものがあって、嘘をつく時、何かを隠したい時に出す視線の僅かな動きや姿勢の傾きなどの僅かな動揺や機微を見せる。
ユリウスには経験上それを見抜く自信があった。
しかし彼は一瞬を目を離す事なく二人を見据え、秒単位で二人の間を行き来する視線はまさに公平だった。
お茶を飲む所作も使用人を呼ぶ声のトーンも時が巻き戻っているかと錯覚してしまうほどに完璧に一緒で、ただ淡々と言葉を発している、宛らしゃべる人形のようだった。
「分かりました。貴方はどうなんです?皇太子殿下」
「私は彼女と話したことすらありません。まぁ、そのせいで今の今まで正体を知る事が出来なかったのですからこの国の皇太子として申し訳ない気持ちでいっぱいなのです」
「では、ほかに思い浮かぶ人物は?」
「そうですね…しいと言えばいなくなった研究員でしょうか」
「…研究員、ですか」
彼が何をしたいのか分からない。
今までずっと隠し、誤魔化し、有耶無耶にし、魔法石の研究について明言したことはなかった。
それがここに来て“研究員”と言い出す。
彼の狙いは一体何なのか。
「貴方が掴んでいる情報通り、皇室では長年マナジウムの研究をしていました。それはこの国が豊かになる為じゃなく、この世界を豊かにする為に必要なことでした」
「世界を…とは、また大きな話ですね」
「マナジウムは有限の資源なのは言わずもがな。小さな子供でも知っていることです。だから大変貴重なものとして我国以外では扱われてきた。でも、それが作り出せるとしたら?代用品があったら?そう考えました」
「他国でも帝国のようにマナジウムを使用するようになる、ということですね」
言いたい事は分かるが、わざわざ他国の発展のために帝国オーランドがそんな事をするとは思えない。
皇太子の表情が読めないから尚のことかも知れない。
ユリウスは初対面の相手からそこそこの信用を得るには少し自分の事を話すのが有効だと知っている。それは直接話すとも、表情や行動でも相手に示せるがその一切がないのだ。
だから、この皇太子と対峙してから今の今までずっと警戒を崩す事が出来なかった。
もしかしたら、寧ろ此方から情報を取られている、もしくは情報を得ようとユリウス達を利用しようとしているのかもしれない。
「よく分かりました。それで、我々が呼ばれた理由は?まさか、この話しをする為に呼ばれた訳ではないのでしょ?」
「えぇ、そうですね。私は皇帝になるつもりです」
「…はい」
「皇帝になるには当然後ろ盾や方々に顔を通して色々と根回しをしたり、資金集めをしたり…まぁ、とても面倒らしいですが、私は何もしなくてもいいそうです」
「なるほど、もうそれらをやってくれる忠臣がいる、と」
「忠臣…ですか。皇帝の転覆を狙う不届き者、そう考える人もいるのですよ」
皇太子はそう思っている、と言う事だろうか。
先程から一言も話さないクリスに視線を向ける。だが、少し苛立ちが込められた睨みを貰いユリウスは皇太子に視線を戻す。
「それで、彼の事を知ったのです。名前は…確か、朝日君、でしたか」
「それで…、と言われましても話しが繋がっておりませんよ」
「まぁまぁ、細かいところはこの際水に流しましょう。此方もその方が良いでしょうし」
朝日達が城に潜入し、金庫室からミュリアルの魔力を閉じ込めていた魔法石を盗んで来た日。
朝日は偶然に皇太子とあった、と思っていたがそれがそもそもの勘違いだったようだ。彼は朝日が何者か知っていて近づいていたのだ。
それなのに、偽名を名乗った。
何を言われても仕方のない状況だと言う事らしい。
が、それを知らない二人はこの世界で二番目に高貴な人物である皇太子に何か不味いことを朝日がしでかしたのだと言うことだけ理解し、そして、それを水に流してくれると言うのだから、二人は取り敢えず黙る他なかった。
「私はマナジウムがあるように見せる父のやり方には賛成していなかったんだ。有限性を知られているマナジウムです、そもそもいつまでも隠し通せる問題ではなかった。そんな折に朝日君が現れた」
「…」
「彼は我々が成し遂げられなかったマナジウムの代用品を見つけてくれたのです」
「朝日が、代用品を?」
「えぇ、料理人には新たな食材を。鍛治師には新たな石材を。被服師には新たな錦糸を。薬屋には貴重な素材を。花屋には“ドライフラワー”という新たな花の売り方をね」
あらゆる職人が朝日が与えた新たな素材で物を作る。すると、足りない素材を求めてギルドに職人達が集まり冒険者達を頼る。
そして売り物が増えれば必然と街が潤う。商店が潤えばその地域を管理する領主も潤う。
そして職人達はまたその素材を求めてギルドに集い、冒険者達が潤う。
そしてその冒険者達が依頼を受ける事で帝国外に出向き、職人達が作った物を使う事で自然と宣伝されていき、職人達も潤う。
朝日がした事はこの街を救ったと言っても過言ではない。停滞していた経済を回すきっかけをつくったのだから。
本当の意味での魔法石の代用品ではないのだろうが、確かに現状一番良い方向に進んでいるのは間違いない。
「私はそれで今回国民に全てを打ち明ける決意をした。当然、父とは対立することになってしまったが、後悔はしていない」
至極真っ当な事をしている皇太子。
正直言って、表情の事や行動の事を置いておくのなら警戒する必要がないくらい出来た君主だ。
彼が皇帝になると言うのなら寧ろ願ったりな状況だ。
「だから、彼に…朝日君にお礼が言いたかったのだ。だが、容態が良くないと聞いてね。君達を呼ばせて貰ったのだ」
「…本人に伝えておきます」
「そうしていただけるとありがたい。長く引き止めてしまって申し訳なかった。彼が心配だ。良くしてあげて欲しい」
「勿論です。落ち着いたらご連絡させて頂きます」
「待っています」
何はともあれ、皇太子と対峙出来たことで分かったこともある。
彼が皇帝の暴走を良く思っていないという事、そして争う覚悟もあるという事。
その他に関しては未知数だ。
これだけ話しても何を考えているのか分からない。ただ皇太子ともなれば、そのくらいでないと通用しないのかも知れない。
それ以外なら話の出来る良い人だと思えたからだ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
204
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる