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第四章
小さな希望
しおりを挟む「朝日の様子はどうだ」
「会いたいだろうが、すまない。まだセシルと部屋に篭ったまま出てこない」
「もう五日か…」
「此方の依頼ばかりで会う時間もあまり無かっただろ」
「…俺にも関わりがある話だからな…」
ミュリアルとゾルが居なくなって3日。
一向に宿屋に帰ってこない朝日を双子が抱えて戻ってきたのは次の日だった。
目は泣いて直ぐに擦ってしまったのか、真っ赤に腫れて大きなビー玉の目は見る影もない。顔中に切り傷を付けて、マダム・ポップの店で買い込んだ高価な洋服もボロボロの泥だらけで如何行動すればそうなるのか、と疑問に思うほどだった。
二人の報告によれば、二人が朝日に別れを告げてから暫くその場から動けないでいたのだそう。そろそろ声を掛けようか、と二人で話し合っていたら、突然立ち上がりそのままとぼとぼと歩き出した。
二人が朝日の後を追って行くと、宿屋には戻らず、特に依頼を受けた訳でもなく、当てもなくただひたすらに森の中を彷徨っていたらしい。
木の根や石に躓いて転倒してしまったり、木が目の前にあっても避けず激突していて、Aランクのモンスターが出ようと倒すわけでもなく《フォール》で身を覆い、その場を凌ぐだけでただひたすらに歩き続けていたそう。
結局、そのまま魔力切れになるまで歩き続けた朝日はその場に倒れ息絶え絶えだったそう。
次の日には目を覚ましたが、布団を被って泣くだけで何も話さない。話そうとしない。
セシルが話しかけても何も話さず、顔すら見せてはくれず、当然食べ物にも一切手をつけなかった。
このままでは朝日が死んでしまうのではと不安になったセシルが自分も朝日が食事に手をつけるまで食べないと言わなければ、そのままだったかも知れない。
しかし、セシルがそれだけやっても特別に用意してもらったパン粥を二口ほど口にしただけだった。
セシル達も予想はしていた。だからフェナルスタの提案にも賛成したのだ。
しかし、その想定以上に朝日の精神状態は不味かった。
「とりあえず、状況が知りたかっただけだ」
「何かあったら知らせる」
「頼む。それとこれが追加だ」
「あぁ。先日受け取った資料には目を通した。後はいつ行動を起こしてくるか、だな」
「……本当に二人は生きているのか?」
ゼノから受け取ったばかりの資料に目を通してながらユリウスはゼノに一瞥する。
英雄と呼ばれる彼の余りに弱々しい声色にどんな表情をしているのか、と気になったからだ。
「…まだ信じられないか?」
「信じられない、と言うより…俺自身がそう思い込みたいだけのように思えてならなんだ」
「そう思うのは仕方がないだろうな、自分が殺した相手がまさか生きてるなんて思わないだろう」
「…」
ゼノのパーティーを解散に追い込んだほどの事件。
その事件以降アイラは武器を持つだけで手が震えるようになり、メイリーンはギルバートにより一層執着するようになった。
そのギルバートはその場にいなかった自分を攻めて、ジオルドは自身の斥候としての仕事が足りなかったのだと責任を感じ…ゼノは二人を死なせてしまったことへの罪悪感からパーティーは崩壊したのだった。
「…とりあえず、我々は朝日の回復を待ってカバロに戻る。次の報告の場所は後から指定する」
「指定…?団じゃ駄目なのか?」
「…黒が我々を裏切り、片喰に加担していると分かった」
「…何処で何を聞かれているか分からないな」
帝国でならまだしも、フロンタニア王国の全ての情報を握っている黒印の騎士団が敵側に付いたとなると情報の管理には相当気を使わなければならない。
ゼノも一度朝日の情報操作の為に黒騎士と取引した事があるのでその辺のことは良く分かっている。
「世話をかけるな」
「いや、俺はそっちの好意でこの件に関わらせて貰えているって分かっている。寧ろ感謝してる」
「そうか。ギルドの見張りはセシルのとこの奴に行かせている。気にせず戻ってくれ」
「あぁ。そうさせて貰う」
ゼノは一度ユリウスの背後にある扉を見てから、部屋を出て行った。
ユリウスはゼノが部屋から出て行ってのを見て自身の後ろの扉に目をやる。相変わらず物音ひとつしない隣の部屋。
ユリウスは直ぐに資料に視線を戻した。
カーテンも閉め切ったままの部屋。
流石高級宿、遮光性の高いカーテンだからか全く部屋には光が入って来ない。
ベッドサイドに置かれた小さな蝋燭はもう燃え尽きそうになっていて激しく揺れている。
食べかけの皿、投げ捨てられた服、倒れたままのゴミ箱、使い切った蝋燭の残りかす…。
清掃が入らず、散らかり放題の部屋のベッドの上に出来た小さな膨らみ。
「今日はいい天気みたいだよ」
「…」
セシルは一切返事が返ってこないと分かってはいるが、それでもいずれは返事をしてくれると信じて問いかけ続ける。
「昨日はまた新しい事が分かったんだ。朝日君が助けた“お兄さん”覚えてるかな?」
「…」
「彼はラース様との約束を見事果たして、昨日その仕事の結果を持ってきてくれたんだよ」
「…」
「それで分かったんだけど、“紅紫の片喰”はゼノの元パーティーメンバーで死んだと言われていた二人だと分かったんだ」
かなり重要で、かなり重ための内容を話してみる。これで顔を見せてくれれば万々歳、反応を示してくれるだけでも儲けものだろう。
「…写真」
「あぁ、ゼノから私も見せて貰ったよ」
努めて何もなかったかのように返事をする。ここで驚いて見せたり、急に喜んだりするのは返って引き込ませる事になりかねないからだ。
「その二人は死んだ事になってたんだ」
「…」
「でも生きてた」
今この話をするのは少し賭けだった。
ミュリアルとゾルのことを思い出すのは分かりきっている。ただ、朝日には今一番興味がある内容だとセシルは思い切った。
「…ミュリアルとゾルはね。お星様になっちゃったんだ。キラキラしてたの。僕…頑張って追いかけたのに…」
「精霊の粉だね。その粉を浴びると幸せになれるって言う迷信があるけど実際には精霊を私達が見れるように魔力を可視しただけなんだ。精霊は魔力の塊に意識が宿った不思議な存在だから、その魔力が漏れ出した時に朝日君が見たようにキラキラと輝くんだよ。だから、精霊の身体の一部、みたいなものかな?」
「…精霊の粉…、……精霊の粉っ!」
突然ガバッと布団を跳ね除けて顔を出した朝日は窶れ切っていて、大きなビー玉の目の下にはそれを強調するほどの深い隈。ほんのりピンクがかって可愛らしかったはずの痩せこけてしまっている。そのせいで色白の肌が今は病的に見える。
「おいで。ゆっくり話そうね」
「精霊の!精霊の粉!僕の…僕のポシェットに…入ってるんだ…」
興奮と焦燥と哀情が入り混じり、涙に濡れながらも言葉には強さと焦りを感じる。
やっと顔を見せてくれたことを喜びたいが、今は朝日が再び潜ってしまわないようにただただ話しを聞いてあげることが先決だとセシルは表情を分厚いお面で隠す。
「僕、回収してたんだ…。ミュリアルとゾルは完全に消えちゃった訳じゃないんだ…」
「朝日君。大切にしないとだね」
「うん」
何処からともなく取り出された二つの空き瓶に、これまた何処からともなくキラキラと煌めく粉が詰められていく。
溢れないようにしっかりとコルクを閉めた朝日はその二つの瓶をギュッと握りしめた。
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