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第四章

お別れ

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「ごめんなさいね、こんな話しつまらなかったわよね。自分の話しを誰かにする日が来るとは思ってなかったわ」

「うんん。僕はミュリアルのこともっと知りたいよ。好きな物も嫌いな物も好きな事も嫌な事も、楽しかった事も悲しかった事も何もかも全部!ミュリアルのことならみんな全部知りたい!」

 あまりに真剣な表情で言うものだからミュリアルは朝日をぎゅっと抱きしめる。
 か細い身体は強く抱きしめると折れてしまいそうで少しだけ力を緩める。

「私は勇敢な勇者が冒険をするようなお話が好き」

「うん、知ってるよ」

「ただ輝いているだけの宝石はそんなに好きじゃない」

「うん、知ってる」

「朝日が楽しそうに冒険者をしているのを見ているのが好き」

「そうなんだ。また一緒に行こうね」

「森が枯れてしまうのは嫌」

「…うん」

「お散歩も食べ歩きもみんな全部楽しかった」

「僕もだよ」

「それから…悲しかった事はないけど、貴方とお別れするのは悲しいわ」

「…」

 今はきっとこの込み上げてくる感情が顔に出てしまっている。だからそれを彼に見られないように、声で気づかれないように、肩に顔を埋める。

「…今日は本当に楽しかったわ!」

「…ミュリアル?」

「朝日、これからが大変だと思うわ」

「…ミュリアルもゾルも…どうしたの?」

 ミュリアルの優しい目が朝日を見つめる。
 何処か寂しげで、何処か儚げで、朝日はミュリアルから目を逸らせなかった。
 ゆっくりと夕日へ視線が移っていき、夕日の赤に染められた彼女はとても美しかった。

「ウルザボードは…私の故郷はもうない。全て帝国に奪われてしまったから。…ギルドを信じてはいけない。…貴方なら分かるわね」

「…」

 その言葉の意味を考えることよりもミュリアルが今、そう言った意味が分かってしまう。

「寂しく思わないでね」

「…」

「朝日、貴方の周りにはたくさん支えてくれる人がいるから大丈夫よ。少し悔しいけどね」

 状況が飲み込めない。いや、飲み込みたくない、とそのまま呆然としている朝日にミュリアルは今できる最高の笑顔を向ける。

「本当にありがとう。朝日」

「…何処にいくの?僕、絶対に会いにいくよ」

「やっぱり少しだけ寂しく思ってくれてた方が嬉しいかも」

「うん、凄く寂しいよ。寂しいから…僕と一緒に居ようよ?ね?僕、二人のこと毎日楽しませれるように頑張るから…」

 ゆっくりと首を振り、朝日からゆっくりと離れていくミュリアルに朝日は彼女が逃げないようにと手を握り締める。
 振り払われる訳ではないが、目が合う事もない。
 ミュリアルの突然の冷たい態度に朝日の目には涙がたまる。それでも朝日は努めて明るい声で二人に問いかける。

「そうだ!この前楽しいって言ってた本の続きがセシルさんのお家にあるんだって!」

「セシルさんのお家に?そうなのね、本当に残念だわ」

「一緒に行こう!お泊まり会もすごく楽しいし、ラムラさんっていうコックさんの作るご飯、とっても美味しいんだ!」

「そうなのね。ぜひ食べてみたかったわ」

 朝日が何を言っても否定的な発言で返えすミュリアルにどうしたらいいのか、と朝日は必死にミュリアルが喜んだもの、好きそうなもの、興味を持ちそうなもの、あれこれ並び立てて説得を続ける。
 ゼノと見た綺麗な月が映る湖の話し、蛹海老という絶品食材の話し、高値の花という珍しい花の話し、宝石のような卵を産む魔物の話し。
 持てる全ての引き出しを開けて彼女に訴えかける。

 一緒にいて欲しい。
 一緒に居たい。
 ただそれだけを今の全てをかけて。

「そのお話しもっと聞きたかったわ」

「でしょ!まだまだたくさんあるよ!」

「流石冒険者ね。これからもっと色んな場所に冒険しに行ってまだ見たことのないものを探して行ってね」

「うん!ミュリアルも一緒に!ね…?」

 美しい笑顔を少しづつ歪ませていくミュリアルに朝日はただただ言葉をかけ続けることしか出来ない。こんなにも近くにいるはずのに、手の届く場所にいるはずなのに、心の距離がどんどん離れていく。
 求めれば求めるほど掬った側からこぼれ落ちていく、そんな気分だった。

「…朝日。私は貴方の心の中に居座るために優しい貴方を傷つけようとしてたの。なのに今は怨まれたくはないと良い人を演じてる」

「そんなことないよ!ミュリアルもゾルも僕、大好きだよ!」

「ミュリアル…それで良いのか?」

 本当は朝日の心の中に居座るために彼の目の前でその最後を迎えようとしてた。負の感情だったとしても印象に残れば忘れられない、そんな風に考えていた。
 でも、実際に彼に会ったらそうはいかなかった。
 やっぱり彼の中に残る自分は彼が可愛いと言ってくれた笑顔が良い、そう思ってしまった。

「やだ!ミュリアル、ゾル!僕と一緒にいてよ!」

「朝日」

 私も一緒にいたい。

「やだー!」

「ごめんなさい」

 離れたくないよ。

「朝日」
 
「絶対にやだ!…やだよ…」

 でも、出来ないの…
 私も貴方とずっと一緒にいたいよ…

「せめて私達との別れが貴方のためになるようにこれを…」

「いらない!何にもいらないから!僕とずっと一緒にいてよ…」

「ありがとう、朝日」

「達者でな」

「待って!ミュリアル!ゾル!お願い!一生のお願い!まっ…て……置いてかないで…僕をひとりにしないで…」

 綺麗な夕日の赤を受けて広げられた羽はほんのり色づいて美しく、輝いている。
 でも、その羽はもう殆ど消えかけていて、あぁ、もう本当に最後なのだと伝えてくる。
 二人は自分の形を止めるので精一杯でどうするのか、決断を迫られていた。

「精霊は自由な生き物なのだ。縛ってはいけない」

「…そんなこと言われたら…もう、どうしたら…いいの?」

 ゾルのその一言に朝日が狼狽える。
 二人が散々縛り付けられ、自由になりたいと願っていたからこそ、その言葉の重みが身に沁みる。

「朝日。これから貴方はもっと沢山のものを見て、聞いて、体験していく。冒険者を続けて行くのなら褒められる事ばかりじゃないかも知れない。苦しい事も辛い事もあると思う。それでもいつまでも今のまま変わらず、優しく温かい心を持って私達を助けてくれたように沢山の人を助けてあげてね」

「僕は、ミュリアルを助けてあげれたの?いなくなっちゃうのに…?」

「そうね。こんな世界だもの…理不尽なことなんて沢山溢れてるわ。助けたのに裏切られたり、傷つけられたり。助けた事すら忘れられるかも。でも、やらなかった後悔よりやって後悔した方が絶対にいいわ。後悔を恐れず、冒険者としての貴方がやりたい事を全力でやりたいだけやって…失敗して強くなるの。きっとみんなが助けてくれるわ」

「ミュリアル…」

「さよなら朝日。ずっと愛してるわ」

「……ミュリアル!ゾル!やだ!…やだよ…」

 最後だと言うように朝日を優しく抱きしめたミュリアルはそう一言だけ言って朝日から離れていく。

 堰が切れたかのようにわんわんと泣き出す朝日に、一瞬心が折れそうになって伸ばしかけた手をゾルの小さな手が止める。

「ゾル、ありがとう…」

「…」

 ミュリアルはその目に朝日を映さないように目を閉じて背を向ける。
 朝日が何度も転びながら全力で追いかけてくるのを泣けなしの理性で振り返る。

「…ゾル…私、消えたくない…消えたくないよ…」

「ミュリアル…」

「朝日と一緒に居たいのに…どうして?消えないといけないの?ねぇ、一体私達が何をしたって言うの?」

「…」

 ミュリアルにかける言葉が見つからない。彼女の怨みつらみはゾルに向けられたものではないが、他に何か出来た事があったのではないか、と思い付いた言葉が喉でつっかえて出てこなかった。








 

 






 

 
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