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第四章
敵の一味
しおりを挟むようやく話しが繋がってきた。
帝国は貴重な魔法石を日常的に使用し、大発展を遂げた。しかし、魔法石は有限の資源である。
皇帝は研究チームを発足させ、魔法石の作り方、もしくはその代わりとなるものを開発するように命じた。
しかし、研究は目に見えるような成果はなかなか上がらなかった。
皇帝は魔法石が使えなくなると、この生活に慣れ切った帝国民は当然不満が溜まるのではないか、その不満がいつしか爆発して、暴動が起こるのではないだろうか、と、皇帝は自分の地位が無くなるのではと恐れ、危惧し、焦り始める。
そして皇帝はその代わりにと各地から魔法石を秘密裏に集めるようになる。
色んな国に遠征や訓練と評して発掘作業に明け暮れた。しかし、既に掘り尽くされいる魔法石の探鉱作業は難航し、知られているような鉱山で出てくる魔法石の数は少なくジリ貧だったに違いない。
ただ、帝国以外で魔法石を日常的に使用する国はなく、この優雅な暮らしが根付いてしまった帝国民は今更に生活を変えるのは難しいだろう。
だから帝国民が帝国から出るまでには猶予があるだろうと考える。
皇帝はその間に魔法石を出来るだけ集めておこうと考え、守護者の森周辺にまで探鉱の脚を伸ばし始めた。その中の一つにフロンタニアへの遠征が含まれていた。
だが、しかし。
その遠征は魔物の狂乱化クリスタルフロッグの大発生によって全滅、と言う悲惨な結果に終わる。
しかし、帝国も諦めるわけにはいかない。諦めて仕舞えば大暴動が起こるのは目に見えているからだ。
そして次に手に打って出た。
以前より進めていた新たな魔法石の開発。研究が一体どんな方向性で何処まで進んでいて、どのような形で残っているのかは全く分からない。
だが、その研究によって何かしらの成果をあげたか、ユピの言う通り入れ知恵した者もいるか、もしくはその両方か。
皇帝は禁忌である精霊殺しを行ってまで魔法石を生み出そうとミュリアルとゾルを城に縛り付けて魔法石を作り出そうとしていたのは間違い。
そのせいなのかは分からないが、何かしらあって研究者は城から逃げ出し、更には備蓄していた魔法石も全て消えて無くなってしまった。
皇帝は相当焦った筈だ。
でも、だからこそ皇帝は魔法石の紛失と研究者の失踪事件について公表出来なかった。魔法石が無くなったという事実を知れば国民が国を出て行きかねないし、そもそも暴動が起こった時の抑止力が無くなってしまうからだ。
ただでさえ小さな国だ。今は発展したお陰でとても豊かで快適な生活水準を維持しているが、魔法石もなくなり、優秀な人材も不足すればすぐにでも国は傾くだろう。
今はその精霊達ですら逃げ出してしまって、頼みの綱である聖剣まで奪われたと知れば何を仕出かすか。
何もしないで、国民にしっかりと状況を説明して理解を求めていれば、もしかしたら魔法石がなくなってもこのまま幸せに暮らせていたかも知れないのに、皇帝はその道は選ばなかった。
「“紅紫の片喰”は何故帝国の邪魔をしているのでしょうか…?」
「考えられる可能性が多過ぎて何とも言えないな」
「ウルボザード、イングリード…精霊、エルフ…色んな可能性が高くなっていますね」
ポシェットの話しから口を開かなくなった朝日を皆んなチラチラと確認しながら、敢えて話しを続ける。何となく無言になるのが怖かったのだ。
「片喰が魔法石を集める理由もそうですが、貴族や商人たちだけが狙われたのはどうしてでしょう?帝国の人間なら皆んな魔法石を持っていた筈です。でも、彼らは姿を消してはいない」
「お前たちが貴重な魔法石を手に入れた帝国民だとしたらどうする?」
「…秘密にして高く売ります、かね?」
「運ぶ時は?」
「それこそ、沢山の護衛をつけて…」
「それはないな。その護衛が魔法石を狙って裏切る可能性もあるし、沢山の人に存在を知られたら情報が漏れる可能性が高くなるし、狙われる可能性が高くなる。だから、私なら自分で運ぶ」
「…その輸送中、護衛を付けないとなると、人通りの少ない場所か、もしくは逆に人目のある人通りが多い場所を歩く…?」
「横取りされないように手に入れた事も話さない。だから、何処で何をしていていつ居なくなったのかも気付かれなかった。片喰側は彼らが必ず通る場所や通らざるを得ない場所などにあの魔法陣を設置すれば取り放題…ですね」
ただやはり目的が見えてこない。
帝国を脅すつもりならとっくにやっているだろうし、戦うつもりでも既に事は起こしているだろう。
帝国には内外に沢山の敵を作りすぎた。恨んでいる者が多すぎて犯人像が絞りづらい。
それに“紅紫の片喰”ほどの巨大組織が行っているのだとしたらかなり生温い気もする。
これはまだ準備段階だと言う事なのだろうか。
「そもそも帝国は片喰の存在に気づいているのでしょうか?」
「誰かは分からずとも妨害がある事くらいは分かっているだろうな」
「あのさ、お前らそろそろ俺のこと探してくんない?」
草陰から姿を現したクリスはやる気のない彼らを見て呆れていた。
「クリス様!」
「セシル、忘れてただろ」
「いえ、忘れてはいませんよ」
ニッコリと微笑むセシルにギョッとした表情を見せたクリスは面倒だ、と言わんばかりに踵を返して洞窟に入っていく。
「朝日」
「…ん、あい!」
「ちょっと来い」
「うん」
朝日はボー、としていて変な返事を返してしまう。
クリスに呼ばれて洞窟へと向かう。
相変わらず暗く、狭い洞窟はとても陰湿だ。どちらかと言えばあまり近づきたくないのだが、珍しくクリスが真剣な表情をしているので朝日は見えない引力に引き寄せられるかのようにその足を進めた。
「お前、分かったんだろ」
「…何を?」
「さあな。でもな、顔を見れば分かる。セシルは何も聞かないつもりみたいだが、俺は違う。お前を甘やかすつもりはない」
「…」
黙ったままだったのが悪かったのだろうか、それとも顔に出てしまっていたのだろうか。
朝日は何か言おうと口を開くが上手く言葉に出来ず、ただ口をパクパクと動かしている。
「言え」
「…あの、」
「大丈夫だ。何となく察した」
「…うん」
何の確証もない。ないけど多分そうとしか考えられない。ただ伝えてしまったら…そんな怖さがあった。
「誰が何なんだ」
「…ロードアスターさんは“紅紫の片喰”の人だと思う」
「…そうか」
団は違えど同じ国を守る仲間の騎士が敵の一味だと言われたのにも関わらず、やけに落ち着いているクリスは一言そう言うと、はぁー、と少し大きめの溜め息をついて頭を掻いた。
仲間が敵かも知れない、と朝日が言った事に困惑するかと思っていた。もしかしたら、そんなわけない、と反論されたり、ふざけたことを言うな、と罵られたりするかも知れないと思っていた。
でも、クリスの表情はどちらかと言えば朝日の言葉で確信してやっぱりな、と…そんな表情だった。
「とりあえず、この事は俺の中で留めておく。セシルとユリウスにはきちんとお前からどうしてそう思ったのか、伝えておけ」
「…うん」
「絶対に言え。セシルみたいになるなよ」
「…うん、分かったよ」
ならいい、とクリスは朝日の頭を乱雑にぐしゃぐしゃとかき混ぜて踵を返した。
薄暗く陰湿な洞窟は本当に怖くて朝日はクリスの後を走って追いかけた。
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