104 / 157
第四章
緩みきった笑顔
しおりを挟む分厚く大きな本をポシェットに戻すと、先程魔法陣を書き込み終えたハンカチを壁に当てて、振り返る。
「この転移魔法陣は間違ってたから指定した場所に送るだけで戻って来れなくなってたの。もう大丈夫だよ」
セシルはなるほど、と頷く。
消えてしまった魔法陣を思い浮かべながら、朝日がハンカチに書いた正されたものを当てはまる。
恐らくだが、これは間違いではなく意図的に一方通行にしていたのだろう。そして、ゼノが手に入れた城の設計図に書かれていた幻の部屋は元からなく、セシル達のような者を釣る餌だったのだろう。
何か皇帝の秘密を探ろうとしたり、城内を調べたり、しなければこんな場所に辿り着くものは少ないだろう。
この餌にまんまと引っかかった不届き者を一網打尽にする絶好の場所なのだ。
「魔法陣は稼働させられるのかな?」
「何か条件があるみたいなんだけど、僕そこまでは分からなくて…。錬金術なら分かるのになぁ」
「錬金術…」
セシルは自身の腕に光るブレスレットを見つめる。
先程、魔法陣が動き出したのはセシルが魔法陣に魔力を流したからだと仮定すると動かしたのは自分だ。だけど、魔法陣はクリスだけを連れ去った。あの時、クリスの他にも近くに立っていた者もいたのにだ。
だから、もし魔法陣がクリスに反応したのだとするとその原因となる物を持っていた事になる。
「ジョシュ、何故私を庇った」
「私の目にはセシル様の魔力を魔法陣が吸ったように見えたからです」
昨日、ミュリアルを救う為に解放したエルフの魔力も全て根こそぎ魔法石に取られ、身体に相当な負荷がかかり、動けなくなるほどのダメージを負った。
それを知っているジョシュはセシルの身の危険を感じ、魔法陣から引き離した、のだろう。
「…流した魔力が少なかったのか?」
魔力が足りなかったからクリスしか持っていけなかったのだろうか、それにしてはクリスの反応が悪かったように思える。
剣聖にも引けを取らないと言われている程の実力者のクリスが危険を目の前にして動けないなんてことがあり得るのだろうか。
「セシルさん?」
「大丈夫、何でもないよ」
力の入らない手を確認する為に握りしめるセシルを心配して朝日はその手をそっと握る。朝、あれだけ怒っていたのに心配する朝日にセシルの身体は脱力する。
セシルは契約精霊であるユピに魔力を借りて本調子では無いにしてもかなり回復していた。
それでこの脱力感。
確かにジョシュの言う通り、魔法陣に触れていた右手に力が入らない。
(…まさか)
握りしめていた腕に光るそれを見つけてセシルはもう一度魔法陣に目を向ける。
そして今までの誘拐事件、朝日の“錬金術”という発言、動かなかったクリス、右手の強い脱力感…全て関連づけるとその条件は自ずと一つに絞られた。
「魔法石、か」
セシルの腕に光るブレスレットは魔法石で出来ている。
誘拐事件の失踪者達も皆、魔法石を保有する人間で、朝日もそれが原因で誘拐された。
そして魔法陣を使用する際に用いられるのは魔法石だ。
原因を、魔法石と仮定すると、クリスが動けなかった事にも説明がつく。
クリスが常に腰に挿している剣には魔法石が埋め込まれている。セシルの右手に力が入らないのと同様にクリスの右足に力が入らなかったのだとしたら?
よって、全て魔法石が関わっていると説明出来る。
「セシルさん。皆んなを助けに行こう?」
「…」
ーーーセシルはあの子を巻き込みたくないと頑なだけどあの子がいなければ、魔法石が完成していたわ。そしてその魔法石は精霊の殺戮の為に使われていたのでしょうね。彼は私達全ての精霊の大恩人よ
ユピが何故頑なにセシルに朝日の願いを叶えるように言ってきたのか。そしてゾルはミュリアルを救いたいのに何故朝日にしか魔法石を触らせないように言ったのか。
やっとそこで腑に落ちた。
自分達が帝国に来た理由、そしてこちらに来てから何をしていたのか。
それを朝日に何も話していなかった。話してなかったとしても朝日は何もかも分かっていたのだ。分かっていながらもセシル達を信じ、話してくれるのをずっと待っていた。
セシル達を頼らずに自分でやろうとしていたのもそうする事で話すきっかけを作ろうとしていたのかもしれない。
だから、クリスの未熟な言い訳やユリウスのわざとらしい演技にも見て見ぬふりをしていた。
それが朝日の今の言葉に全部込められていた。
「…もう一度この魔法陣を開く」
「皆んなでいけるようにするには魔法石を持つ必要があるね」
「借りられるかな?」
「うん!」
ポシェットから手に握れるほどの小さめの魔法石を取り出した朝日はクロムに手渡し、クロムはそれを使用人達にひとつづつ配っていく。
「朝日君。全部が終わったらきちんと話そうか」
「お泊まり会だね!」
楽しみだなぁ、と言いながら1日ぶりに朝日らしい柔らかい笑顔が見れたセシルはやっと肩の力が抜けたのが分かった。
身体がどうこうじゃない。
今朝、朝日に見つめられたあの時からモヤモヤとしたものがずっと頭の中を埋め尽くしていて、セシルらしい頭を使った動きが出来ていなかった。
朝日に隠し事をしている事がどこか後ろめたくて、あの瞳が何もかもを見透かしているような気がした。
これまでもそうだったが、朝日と初めて会った時も、患って倒れた時も、利用した時もいつもモヤモヤとして本来の力が発揮出来ないくらい衝撃や怒り、動揺がコントロール出来なくなった。
そしてそれを朝日が微笑んでくれたり、言葉を投げかけてくれたり、心配してくれたりして、漸く気付かされて来た。
人より感覚が鈍いのは自分が一番良く分かっている。そしてそれをいつも後悔するのだ。次はもうしない、と。
「私は相当馬鹿なようです」
「…?セシルさんはすごく賢い人だよ?」
「ふふふ、朝日君に言われると素直に喜べないな」
何で?と少し困った様子で首を傾げる仕草ですら可愛く見える。
朝日を守りたい、と思う。
でも、それは身体的な話だけではダメなんだ。常に朝日が笑顔であれるように本当の意味で朝日を守らないといけない。
「私はもう少し勉強しなくてはいけないね」
「何のお勉強するの?」
「今まではあまり必要性も感じていなかったんだけど、もう避けては通れないみたい。あんまり好きじゃないんだけどね」
「じゃあ、僕も一緒やろうかなぁ?」
「それはとても楽しそうですね」
ニコニコと微笑み合う二人にはもう朝のような蟠りは全くなくなっていた。いつものように兄のような友達のような、そんな柔らかい雰囲気の二人を見て、クリスが消えた動揺も少し落ち着いた。
「僕ね、前に本で読んだことがあるんだ。嫌いなものを率先してやれる人間は強くなれるって」
「朝日君は強くなりたいの?」
「うん。僕は力もないし、知識も足りないし……その、まだ小さいし…。でも、強いってそういう事だけじゃないよね?誰かを支えたり、寄り添ったり…そう言う包容力みたいなのも強さだと僕は思うの」
「…じゃあ、朝日君は今のままでも大丈夫。私は朝日君に相当支えられてるから」
「僕、セシルさんを支えれてる?」
「凄くね」
頬が落ちてしまいそうな程に緩ませた笑顔にぱぁー、と辺りに花が咲いたように空気が一瞬で華やぐ。
帝国に来てから一度も見てなかった、朝日の緩み切った笑顔にセシルは朝日が相当気を張っていたのだと知った。
0
お気に入りに追加
212
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした
高鉢 健太
ファンタジー
ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。
ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。
もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。
とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
スコップ1つで異世界征服
葦元狐雪
ファンタジー
超健康生活を送っているニートの戸賀勇希の元へ、ある日突然赤い手紙が届く。
その中には、誰も知らないゲームが記録されている謎のUSBメモリ。
怪しいと思いながらも、戸賀勇希は夢中でそのゲームをクリアするが、何者かの手によってPCの中に引き込まれてしまい......
※グロテスクにチェックを入れるのを忘れていました。申し訳ありません。
※クズな主人公が試行錯誤しながら現状を打開していく成長もののストーリーです。
※ヒロインが死ぬ? 大丈夫、死にません。
※矛盾点などがないよう配慮しているつもりですが、もしありましたら申し訳ございません。すぐに修正いたします。
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる