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第四章

緩みきった笑顔

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 分厚く大きな本をポシェットに戻すと、先程魔法陣を書き込み終えたハンカチを壁に当てて、振り返る。

「この転移魔法陣は間違ってたから指定した場所に送るだけで戻って来れなくなってたの。もう大丈夫だよ」

 セシルはなるほど、と頷く。
 消えてしまった魔法陣を思い浮かべながら、朝日がハンカチに書いた正されたものを当てはまる。

 恐らくだが、これは間違いではなく意図的に一方通行にしていたのだろう。そして、ゼノが手に入れた城の設計図に書かれていた幻の部屋は元からなく、セシル達のような者を釣る餌だったのだろう。
 何か皇帝の秘密を探ろうとしたり、城内を調べたり、しなければこんな場所に辿り着くものは少ないだろう。
 この餌にまんまと引っかかった不届き者を一網打尽にする絶好の場所なのだ。

「魔法陣は稼働させられるのかな?」

「何か条件があるみたいなんだけど、僕そこまでは分からなくて…。錬金術なら分かるのになぁ」

「錬金術…」

 セシルは自身の腕に光るブレスレットを見つめる。
 先程、魔法陣が動き出したのはセシルが魔法陣に魔力を流したからだと仮定すると動かしたのは自分だ。だけど、魔法陣はクリスだけを連れ去った。あの時、クリスの他にも近くに立っていた者もいたのにだ。

 だから、もし魔法陣がクリスに反応したのだとするとその原因となる物を持っていた事になる。

「ジョシュ、何故私を庇った」

「私の目にはセシル様の魔力を魔法陣が吸ったように見えたからです」

 昨日、ミュリアルを救う為に解放したエルフの魔力も全て根こそぎ魔法石に取られ、身体に相当な負荷がかかり、動けなくなるほどのダメージを負った。
 それを知っているジョシュはセシルの身の危険を感じ、魔法陣から引き離した、のだろう。

「…流した魔力が少なかったのか?」

 魔力が足りなかったからクリスしか持っていけなかったのだろうか、それにしてはクリスの反応が悪かったように思える。
 剣聖にも引けを取らないと言われている程の実力者のクリスが危険を目の前にして動けないなんてことがあり得るのだろうか。

「セシルさん?」

「大丈夫、何でもないよ」

 力の入らない手を確認する為に握りしめるセシルを心配して朝日はその手をそっと握る。朝、あれだけ怒っていたのに心配する朝日にセシルの身体は脱力する。

 セシルは契約精霊であるユピに魔力を借りて本調子では無いにしてもかなり回復していた。
 それでこの脱力感。
 確かにジョシュの言う通り、魔法陣に触れていた右手に力が入らない。

(…まさか)

 握りしめていた腕に光るそれを見つけてセシルはもう一度魔法陣に目を向ける。
 そして今までの誘拐事件、朝日の“錬金術”という発言、動かなかったクリス、右手の強い脱力感…全て関連づけるとその条件は自ずと一つに絞られた。

「魔法石、か」

 セシルの腕に光るブレスレットは魔法石で出来ている。
 誘拐事件の失踪者達も皆、魔法石を保有する人間で、朝日もそれが原因で誘拐された。
 そして魔法陣を使用する際に用いられるのは魔法石だ。
 原因を、魔法石と仮定すると、クリスが動けなかった事にも説明がつく。
 クリスが常に腰に挿している剣には魔法石が埋め込まれている。セシルの右手に力が入らないのと同様にクリスの右足に力が入らなかったのだとしたら?
 
 よって、全て魔法石が関わっていると説明出来る。

「セシルさん。皆んなを助けに行こう?」

「…」

ーーーセシルはあの子を巻き込みたくないと頑なだけどあの子がいなければ、魔法石が完成していたわ。そしてその魔法石は精霊の殺戮の為に使われていたのでしょうね。彼は私達全ての精霊の大恩人よ

 ユピが何故頑なにセシルに朝日の願いを叶えるように言ってきたのか。そしてゾルはミュリアルを救いたいのに何故朝日にしか魔法石を触らせないように言ったのか。
 やっとそこで腑に落ちた。
 
 自分達が帝国に来た理由、そしてこちらに来てから何をしていたのか。
 それを朝日に何も話していなかった。話してなかったとしても朝日は何もかも分かっていたのだ。分かっていながらもセシル達を信じ、話してくれるのをずっと待っていた。
 セシル達を頼らずに自分でやろうとしていたのもそうする事で話すきっかけを作ろうとしていたのかもしれない。
 だから、クリスの未熟な言い訳やユリウスのわざとらしい演技にも見て見ぬふりをしていた。
 それが朝日の今の言葉に全部込められていた。
 
「…もう一度この魔法陣を開く」

「皆んなでいけるようにするには魔法石を持つ必要があるね」

「借りられるかな?」

「うん!」

 ポシェットから手に握れるほどの小さめの魔法石を取り出した朝日はクロムに手渡し、クロムはそれを使用人達にひとつづつ配っていく。

「朝日君。全部が終わったらきちんと話そうか」

「お泊まり会だね!」

 楽しみだなぁ、と言いながら1日ぶりに朝日らしい柔らかい笑顔が見れたセシルはやっと肩の力が抜けたのが分かった。

 身体がどうこうじゃない。
 今朝、朝日に見つめられたあの時からモヤモヤとしたものがずっと頭の中を埋め尽くしていて、セシルらしい頭を使った動きが出来ていなかった。
 朝日に隠し事をしている事がどこか後ろめたくて、あの瞳が何もかもを見透かしているような気がした。

 これまでもそうだったが、朝日と初めて会った時も、患って倒れた時も、利用した時もいつもモヤモヤとして本来の力が発揮出来ないくらい衝撃や怒り、動揺がコントロール出来なくなった。
 そしてそれを朝日が微笑んでくれたり、言葉を投げかけてくれたり、心配してくれたりして、漸く気付かされて来た。
 人より感覚が鈍いのは自分が一番良く分かっている。そしてそれをいつも後悔するのだ。次はもうしない、と。

「私は相当馬鹿なようです」

「…?セシルさんはすごく賢い人だよ?」

「ふふふ、朝日君に言われると素直に喜べないな」

 何で?と少し困った様子で首を傾げる仕草ですら可愛く見える。
 朝日を守りたい、と思う。
 でも、それは身体的な話だけではダメなんだ。常に朝日が笑顔であれるように本当の意味で朝日を守らないといけない。

「私はもう少し勉強しなくてはいけないね」

「何のお勉強するの?」

「今まではあまり必要性も感じていなかったんだけど、もう避けては通れないみたい。あんまり好きじゃないんだけどね」

「じゃあ、僕も一緒やろうかなぁ?」

「それはとても楽しそうですね」

 ニコニコと微笑み合う二人にはもう朝のような蟠りは全くなくなっていた。いつものように兄のような友達のような、そんな柔らかい雰囲気の二人を見て、クリスが消えた動揺も少し落ち着いた。

「僕ね、前に本で読んだことがあるんだ。嫌いなものを率先してやれる人間は強くなれるって」

「朝日君は強くなりたいの?」

「うん。僕は力もないし、知識も足りないし……その、まだ小さいし…。でも、強いってそういう事だけじゃないよね?誰かを支えたり、寄り添ったり…そう言う包容力みたいなのも強さだと僕は思うの」

「…じゃあ、朝日君は今のままでも大丈夫。私は朝日君に相当支えられてるから」

「僕、セシルさんを支えれてる?」

「凄くね」

 頬が落ちてしまいそうな程に緩ませた笑顔にぱぁー、と辺りに花が咲いたように空気が一瞬で華やぐ。
 帝国に来てから一度も見てなかった、朝日の緩み切った笑顔にセシルは朝日が相当気を張っていたのだと知った。










 
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